羽黒

Cached: 2020-10-23 20:43:51 Last-modified: 2020-09-26 (土) 13:35:18
No.058
羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ子です。あ、あの…ごめんなさいっ!羽黒(はぐろ)妙高型 4番艦 重巡洋艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久44火力40 / 54
装甲32 / 49雷装24 / 49
回避34 / 59対空16 / 54
搭載6対潜0
速力高速索敵12 / 39
射程10 / 49
最大消費量
燃料40弾薬65
搭載装備
220.3cm連装砲
2未装備
2未装備
装備不可
改造チャート
羽黒羽黒改(Lv25) → 羽黒改二(Lv65)
図鑑説明
長崎で生まれたの。スラバヤ沖海戦、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、第二次ソロモン海戦、
マリアナ海戦など数々の海戦に参加しました。
あの…頑張ります!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:種田梨沙、イラストレーター:bob (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:種田梨沙、イラストレーター:bob
入手/ログイン羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘です。あ、あの…ごめんなさいっ!
母港/詳細閲覧し、司令官さん…?ごめんなさい!
あのー…司令官さん?
あの…すみません。それはなにか新しいコミュニケーションなのでしょうか
母港/詳細閲覧(新春ご挨拶)新年、明けましておめでとうございます。今年もどうぞ…よろしく…お願いします!
母港/詳細閲覧(節分)司令官さん、節分ですね。あの…羽黒が鬼役をしましょうか?…えっ、それは…
母港/詳細閲覧
(バレンタイン)
あっ、あの! 司令官さんっ! こっ、このチョコレート、よ、よかったら、受け取ってくださいっ!
母港/詳細閲覧
(ホワイトデー)
え…? この、可愛らしいクッキーを…私に!? 司令官さん…本当に…ひっく…ありがとうございますぅ……ぐすっ、うぅ~……
母港/詳細閲覧(2周年記念)司令官さん、2周年ですね!本当に…ありがとうございます!羽黒も…嬉しいです!
母港/詳細閲覧(記念日)し、司令官さん…今日は記念日ですね。羽黒も本当に嬉しい…嬉しいです!……はい…
母港/詳細閲覧(夏真っ盛り)夏ですね。…え? 泳がないのか、って? だって、水着とかないし…あ、あの…え、えええっ!?
母港/詳細閲覧(秋)秋は…静かですね。羽黒、この季節好きなんです。司令官さんは…どうですか?
母港/詳細閲覧(クリスマス)司令官さん…メリークリスマス! …あ、あの…プレゼント。もしよかったら…あの…
ケッコンカッコカリ(反転)この戦いが終わったら…し、司令官さんと一緒に…!あの…あ、あのあの!
ケッコン後母港(反転)司令官さん、いつか戦いが終わって、静かな海になるといいですね。私祈っています、司令官さんならきっと…。
編成こんな私ですが、せいいっぱい頑張りますね!
出撃貴方たちの背中は、私が守ります!
こんな私ですが、せいいっぱい頑張りますね!
遠征選択時ごめんなさい!
アイテム発見ごめんなさい!
開戦撃ち方、始めて下さーい!
航空戦開始時
夜戦開始これ以上、やらせません!
攻撃砲雷撃戦って、これでいいのかしら・・・?
撃ち方、始めて下さーい!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃全砲門、開いてください!
小破やめてぇっ!
中破/大破ダメ…見ないで…見ないでぇー!
勝利MVPこのまま、すべての戦いが終わってしまえばいいのに…
帰投作戦完了…って、あの、報告が…
補給私なんて、強化していただかなくても…
改装/改修/改造私なんて、強化していただかなくても…
ごめんなさい!
ほ、他の人を改造してあげて
入渠(小破以下)私より、あの娘を先に…
入渠(中破以上)はい、もう少しで轟沈するところでした…
建造完了新しい仲間が進水されたみたいです
戦績表示お、お知らせが届いたって…
轟沈(反転)あの娘達、ちゃんと逃げ切れたかな…ああ、もう何も…何も見えない……
時報
放置時

ゲームにおいて

  • 妙高型の四番艦。姉妹艦は妙高那智足柄が存在している。
  • 妙高型は平均的な重巡洋艦であるが、4隻を揃えるクエストがある。これをクリアすることによる派生クエストが第四艦隊開放に必要なので、それをクリアするまでは、大事にしておこう。
  • 2014/05/23のアップデートにて追加された任務『「第五戦隊」を編成せよ!』『「第五戦隊」出撃せよ!』にも必要となる。
  • 史実を反映してか、性能的には改妙高型とも言える高雄型の下位となってしまうが、逆に妙高型は改古鷹型とも呼べる存在なので彼女達より全体的に性能が高くなっている。度重なるアップデートにより、どの重巡娘を選んでも愛で十分カバー出来る範囲に収まっている。好きな艦を育てよう。
  • 小破ボイスといい、被弾カットインといい、いろいろと危険な艦娘である。
    • 特に被弾中破カットイン時のボイスの火力は壮絶。音量に注意しておかないととんでもないことになる。ついでにビジュアル的にもヤバイ。見ないでぇーっ!
  • 髪飾りはカタパルトをモチーフにしたもの。*1
  • アップデート2014/05/23で待望の改二が実装され、母港ボイスも更新された。予想に反して運の伸びはつつましい分、攻撃力が大きく伸びたアタッカーになっている。幸運艦というより、武勲艦のイメージであろうか。

小ネタ

  • 綾波神通と並んで戦果に対して大人しい性格にされたと言われている一隻。その3隻と共に夕立のような改二が来ると噂されていた一隻。そして2014年5月23日をもって、ついに改二が実装された。ハグロスキーの諸君、おめでとう。潮と神通にも言えるが、内気で気弱だが気配り上手で心優しい艦娘とされ、加えて改二になると芯の強さが垣間見れる発言が増える。羽黒は周りを優先する自己犠牲の精神がかなり強い。
    • しかしその弱気な性格に反し、日本重巡中随一の歴戦の武勲艦である。
      最前線での迎撃や先制攻撃が主任務である第二艦隊に所属し、太平洋戦争最初の組織的海戦であるスラバヤ沖海戦から、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、第二次ソロモン海戦など数々の海戦に参加し、最後の戦闘であるペナン沖海戦まで戦い抜いた。
      • 詳細は神通のページを参照されたいが、帝国海軍の編成では戦艦達の燃費が悪すぎる上に速度が遅く前線に出せないので決戦艦隊である第一艦隊を温存するため、第二艦隊が大いにこき使われた実質的な主力として駆け回っていた。
    • 実力ある戦隊司令官の指揮のもと、ベテラン艦長*2と豊富な戦闘経験を有した歴戦の乗員達に裏打ちされた実力で、やや旧型艦ながらも危険海域の曳航から強行輸送や艦隊決戦とあらゆる場面に活躍した。活動期間も大戦末期まで及び、現在艦これに登場している中で、撃沈された艦としては姉である足柄に次いで最後から2番目である。
      • 雪風には及ばないものの、常に第一線を張りながら戦果を上げて尚且つ無事に戻ってきた事から、乗務員達の間では幸運の艦羽黒と呼ばれていた。しかし艦これでは運10と実に平凡であったが、改二にて運が19へと上がるようになった。これは生存組である青葉の30には及ばないものの、利根改二の運15を4上回り、一定の評価を得たと考えられる。
    • 設備の関係で旗艦の経験こそ少なかったものの、南西方面部隊の最前線に突撃する巡洋艦戦隊の一つ第五戦隊に最初から最後まで在籍した唯一の艦であり、同隊の中心的存在であった。*3
  • 羽黒は昭和4(1929)年4月25日生まれ(竣工)。その名は山形県の羽黒山*4に由来する。妙高型重巡の4番艦として計画され、2番目に世に出た。
    • 末妹なのに次姉(?)という妙な家庭環境になったのは、主に大人の事情である。妙高姉妹は建造中に発生した昭和金融恐慌のため十分な予算を確保できず、工事の進捗に大きな影響を受けた。例えば、同じ長崎出身の日向は1年9ヶ月で進水したのに対し、羽黒は約3年かかった。
    • 加えて先に起工していた上の二人はそれぞれ関東大震災の影響や建造ドックのクレーンの事故といったアクシデントがあり、さらに昭和3年の大観艦式に間に合わせるため那智は急かされ、同時期に行われていた榛名の第一次改装と加賀の空母改装を優先するため妙高は一時放置さえされた。
    • 結果、計画では「妙高」「那智」「足柄」「羽黒」の順だったが、実際は「那智」「羽黒」「妙高」「足柄」の順に艦隊入りと相成った。妙高姉妹は生まれる前から波乱万丈である。
    • 後の武蔵と同じく民間の三菱長崎造船所出身であり、商船建造のノウハウが生かされ、
      姉3人よりやや居住性が良い
      • 当時、同社は豪華客船「浅間丸」「龍田丸」の建造も請け負っており、陸上に公室の豪華絢爛な実物大セットを作って各室のデザインの検討を行っていた。
        これを目にした海軍監督官が「羽黒は最新式巡洋艦。艦内はこれまでの武骨無粋な英国式ではなく、日本式の明るく荘厳な雰囲気にしたい」と企画したのである。
      • 艦内公室の塗色は従来の味気ない白にかわり明るい緑色に統一。床のリノリウムも緑にした。
        士官私室の机やロッカーには重量軽減・防火も考慮して木目塗りのアートメタルを採用、天板など人の手が触れる部分は風合いを重視し耐火木材を使用した。
        艦内通風も改良され、配管を天井裏に隠すことでスッキリさせており、吹出口も任意の方向へ向けられる客船形式となった。
        烹炊所などの換気も集中電動排気式が採用され格段に改善され、兵員の寝床も上げ下ろしの面倒なハンモックから蚕棚式のベッドへ改められた。
        その他、細かい配慮や改善点は数しれず。このように従来の海軍形式を破った艦内艤装は水兵達の中で人気があったらしい。*5
        更に旗艦機能は限定的*6なので、偉いさんが乗り込む心配もなくうわなにをするやめ
    • 公試運転では妙高型の性能諸元を超えた36.3ktを記録。これは4姉妹中で最速だった。
    • 一方で、軍令部が欲張って意欲的にさらに武装を盛り込もうと建造中に設計変更を繰り返させたため、仕上がりはバランスが悪く不具合の多い艦となってしまった。特に居住区の圧倒的狭さ(主に魚雷兵装のせい)は水兵に大きな忍耐を強いており、これらの改善には後の大改装を待たなければならなかった。
  • 羽黒は太平洋戦争までに2回の近代化大改装を受けた。新造時には攻撃力偏重のせいで不具合が多かったが、2度の大改装を経て、バランスのとれた優良な艦に仕上がった。
    • 第一次改装は1934年(昭和9年)末に妙高足柄より着手し、翌年8月末には各艦工事を完成させる。
      • 第一次改装は砲撃の強化を主目的に据えて主砲を20cmから20.3cm砲に換装した他、砲塔弾庫関係の改装、シェルター甲板の新設、バルジの装着、対空兵装強化、射撃指揮装置や魚雷発射管の換装、船体補強工事と多岐に渡る。
      • 特に航空兵装では射出機を2個装備し、両舷から水偵2機を同時射出可能にしている。
      • 魚雷発射管が居住区のある中甲板から上甲板に移設されたため、居住区が人並みの広さになった*7
    • 1939年(昭和14年)1月から同年12月にかけて第二次改装を行っている。
      こちらも広範囲に渡るが、本改装ではバルジを大型のものに換装し、航空、対空、指揮装置と通信能力を更に強化。居住性の改善や防毒設備の改善等も含まれたが、特に雷装は一番力を入れて強化された。
      • 第一次改装と第二次改装の間に行われた高雄型の改装内容を踏まえて実施されたため、この改装で最新鋭の最上型に近い性能となり、偵察巡洋艦としての色が強くなっている。
      • しかし、重量増加に伴い速度は33.3ktまで低下している。
      • この際妙高足柄には戦闘時旗艦としての通信力強化が図られた。那智・羽黒は非戦闘時旗艦のまま据え置かれた。
  • その後もたびたび戦時改装を行い武装を強化している。特にマリアナ海戦の直後には、呉工廠とシンガポールで電探の装備、調整が行われた。
    (具体的には)艦橋上の6m測距儀の両脇に2号2型、前部マスト頂上に2号1型、後部マストのマストトップに1号3型。(※何れも終戦直後に撮影された『妙高』の写真より「推定」)
  • 長くなるので簡単に戦歴を紹介すると
    • 太平洋戦争緒戦のスラバヤ沖海戦で妙高型四姉妹や二水戦、四水戦と参加。敵連合艦隊を撃破しており、
    • ブーゲンビル島沖海戦では日本海軍初と言われる照明弾を利用しての夜戦を決行。優勢な敵巡洋艦部隊に臆することなく主砲全門全開の殴り合いを演じている。
    • その後も様々な任務をしながらも生き延び、かの悪名高いレイテ沖海戦にも参加。僚艦が次々と沈んでいく中で中破こそするものの、逆に敵空母撃沈等の戦果を上げて無事に帰還している
    • 最期は太平洋戦争最後の海戦と言われるペナン沖海戦。輸送任務中に英駆逐艦5隻から包囲され、僚艦を逃がすために囮となり奮戦。攻撃を受けて炎上、傾いた状態でも戦闘続行、総員退去命令後も高角砲を人力で動かしてなお反撃。その状態で1時間あまりも戦闘し力尽きるという壮絶な最期を遂げている。
  • 文字通り最初から最後まで戦った彼女は前述の通り幸運艦と呼ばれており
    • 実は砲弾を6発も食らっていたのに全部不発だったり
    • 修理のために港を出たら、翌日その港が大空襲にあって残った船は大損害を受けていたり
    • 潜水艦から奇襲を受けたが、避けられないと思った魚雷が何故か途中で浮上。そのせいで速度が落ちて回避できたり
    • 次は飛行機から航空魚雷を受けたが、直撃だと思ったら今度は深すぎて船の真下を通り過ぎていったり
      等々と言った様々な幸運エピソードを持っている。
    • もっと詳しく知りたいと思った提督諸氏は、是非下部の折り畳みを開いて一読していただきたい。
  • 2019年7月17日、まや型護衛艦の2番艦が「はぐろ」と命名された。

戦歴

  • 第一次改装後、支那事変(日華事変)に参加。上海上陸作戦、華北沿岸部での作戦に従事している。
  • 太平洋戦争緒戦、1942年2/27~3/1にかけて、第五戦隊の羽黒は、那智に率いられ初の組織的戦闘であるスラバヤ沖海戦に参加した。この海戦では妙高型四姉妹が共闘し、英重巡「エクセター」、蘭軽巡「デ・ロイテル」「ジャワ」、蘭駆逐艦「コルテノール」、英駆逐艦「エレクトラ」「エンカウンター」を撃沈、ABDA連合艦隊を壊滅に追いやっている。
  • 2/27午後、敵艦隊発見の報を受けABDA艦隊の接近を知った第五戦隊は、索敵機により敵艦隊の位置を把握し*8、直衛として指揮下にあった第七駆逐隊小隊()そして第二十四駆逐隊小隊(江風山風)を合流した二水戦に臨時編入させ、東部ジャワ攻略部隊である陸軍輸送艦隊に近づけないよう北上を遮る形で同航砲戦の体勢をとった。
  • 砲戦は20,000m以上という遠距離で開始された。遠距離砲戦に自信を持っていた日本海軍であったが、そこそこ正確な射弾は送り込むものの決定打が出ず戦況は膠着した。双方とも距離を詰めることを検討したようだが、機雷原や潜水艦*9を警戒し結局遠距離戦に終始した。*10
    • そのため、砲身のペンキが剥がれ落ちるほど射撃をしたにも関わらずほとんど命中弾はなく、弾薬切れ寸前という惨憺たる結果を招いてしまい、翌々日の追撃に別働隊の足柄妙高が急遽援護に来る事となった。*11
  • 膠着した戦況を打開したのは「エクセター」機関部を直撃した羽黒の一発であった。これにより陣形を大きく崩したところ、さらに羽黒が22,000m超から放った酸素魚雷が幸運にも「コルテノール」に命中して轟沈。*12ABDA艦隊は混乱し、一時離脱を余儀なくされる。…砲雷撃戦、これで良いのかしら…
  • 敵艦隊の後退・接近と何度か小競り合いをしたのち、二水戦・四水戦から離れていた那智・羽黒の2隻は体勢を立て直し再度北上接近してきたABDA艦隊の巡洋艦4隻と夜戦となる。すでに残弾心許ない2重巡の射撃は控えめなものとなったが、距離12,000mより那智と共に雷撃を実施。旗艦「デ・ロイテル」と「ジャワ」を撃沈し大勢は決した。*13
    • この撃沈ののち、羽黒は敵兵であるオランダ人20名程を捕虜として救助している*14。羽黒では司令部が乗艦していなかったため空いていた参謀予備室を捕虜に提供した。*15
  • 3/1昼ごろ、第五戦隊と第二十四駆逐隊の四隻はスラバヤからの脱出を図る「エクセター」、「ポープ」、「エンカウンター」と遭遇、南から追い詰め北から援護しに来た本隊である第三艦隊の足柄妙高との挟撃に成功した。
    • 第五戦隊らの残弾は残り少なかったため節約しながらの攻撃になったが、の雷撃により「エクセター」の足が止まったのち、集中的に砲撃雷撃を行い、沈没する寸前まで最後まで勇敢に奮闘していた「エクセター」に止めを刺した。*16
  • 那智が北方海域へ転出した後も羽黒は妙高とともに南方に留まり、珊瑚海海戦に参戦した。この戦いは完全に航空戦となり、敵機も随伴艦を無視して航戦に殺到したため、損害も無かったが戦局にも寄与できなかった。
    • 脇役のため大して輝いてはいないが、妙高と一緒に水偵を飛ばし艦隊の目として地味に働いていた。両艦とも偵察機を喪失した後は空母の前方8Kmに出て、艦自身で偵察、警戒にあたった。
  • ミッドウェー海戦では攻略部隊に組み込まれ、上陸船団の護衛にあたった。しかし、機動部隊が壊滅し、成すところ無く反転する。
    • 撤退にあたり、羽黒は姉の妙高三日月の属する第九駆逐隊とともに牽制部隊となるよう命じられる。要は殿である。偽電文を発しながらウェーク島の周囲を数日間回遊していたが、本格的追撃はなく命拾いしている。 貴方たちの背中は、私が守ります!
      • 洋上補給をしていた羽黒が航空機の襲来を受けた際、兵が艦から落下し失神状態となった。艦長の森友一大佐は下士官に「海へとびこめ」と命令、そのまま対空戦闘へ突入していった。40分の戦闘後、激しく動き回ったにもかかわらず下士官と水兵のいる海上の一点へ正確に戻り、艦を停止させ2人を救出した。
    • 牽制任務後、そのまま北方のアリューシャン方面へ援護に行くよう命じられる。夏服しか用意していなかったため慌てて大湊へ防寒着の手配を頼んだものの、日ごとに下がっていく外気温には相当難儀したようである。イラストで縮こまっているのはこの辺りが元ネタであろう(←ウソです)。
  • アリューシャン作戦支援後、羽黒自身は比較的平穏であったが、巡洋艦は仕事が多い。北へ南へと走り回り、およそ1年半の間に赤道を5回越えた。
  • ブーゲンビル島沖海戦にて、上陸船団撃滅を狙う妙高、羽黒の第五戦隊はそれを阻止せんとする第39任務部隊*17と暗夜真っ向から激突した。
    • 先手を取ったのはレーダーで相手の動きをつかんでいた米軍であった。羽黒ら五戦隊も距離16,000mで日本海軍初とされている照明弾*18発射で対抗する。しかし、暗闇の中高速で回避運動を行った艦隊の隊形は乱れ、混乱した。川内が被弾、大破し、白露五月雨に衝突。そして羽黒の前方でも妙高初風が衝突、初風は艦首を失い、妙高は速力が低下した。
    • これを見た羽黒は妙高の盾となるべく前へ出る。羽黒に被弾が集中するが、まもなく妙高も速力が回復し戦列に復帰。この時点で互いに単縦陣の同航戦となり、両軍の巡洋艦は主砲全門全開(20.3cm砲20門 vs 15.2cm砲48門)の殴り合いに突入する。
    • 羽黒と妙高の射撃はよく夾叉し米兵に日本側のレーダー射撃を疑わせた。この砲戦中に米巡洋艦「デンバー」へ3発命中させるが、全て不発弾で損害は軽微だった。しかし、「デンバー」は浸水で速力が低下した。一方、羽黒も最終的に6発の命中弾を受けるが、うち4発は幸運にも不発弾で爆発しなかった。
    • その後、必要以上の危険を嫌った米巡洋艦部隊が煙幕*19を張って一時距離をとり、五戦隊も照明弾が尽きた上、翌朝の空襲を考慮して退避したため、海戦は終息に向かった。
    • レーダーを活用し、各隊を連携させ有効に働かせた米軍に対し、日本側は個々の部隊の奮戦に頼りきりで、終始苦戦を強いられた。しかし羽黒と妙高が、自身に倍する米巡洋艦部隊を相手に一歩も引かず互角の戦いを繰り広げたことは紛れも無い事実であり、戦闘詳報にも「その功績は顕著」と記されている。
      • こちらに羽黒たちと殴りあったモントピリア乗組だった米兵の回想が抜粋されている。興味のある方は目を通してみるといいだろう。優勢に戦いを進めた米軍ではあったが、決して楽な戦ではなかったようである。
  • ラバウルに帰還した直後、ラバウル大空襲を受ける。150~200機に及ぶ攻撃機がラバウル港を爆撃するものの、羽黒はほぼ無傷で乗り切った。
    • 艦が大きくなるとそう簡単には身動きできない。なかなか速力の上がらない羽黒であったが、幸運なことに、泊まっていた位置は敵機と陸上施設の延長線上にあったため、向かってくる殆どの機体は投弾を終えていた。羽黒も全砲門を開いて迎え撃ち、複数の敵機を撃墜した。と思われるが、何ぶんにも激戦であり戦果を確認する余裕も無く、正確なところは不明であるという。
    • 先のブーゲンビル島沖海戦による損傷修理の為、第五戦隊は佐世保に帰投する事になった。だがこれが幸運な事に、出港の翌日ラバウルは再び大空襲を受け、入れ違いに入港した第二艦隊の巡洋艦や残っていた艦艇は大損害を受けている。
      • なお佐世保へ帰還する際に、タンカーの「日章丸」*20鳥海から引き継いで曳航した。ラバウルからトラックまでの敵潜水艦が潜む危険海域を、3日かけて曳航している。
  • 約1ヶ月の修理の後、陸軍兵力のカビエン輸送を命じられる。揚陸作業の遅れから、敵機に発見され空襲を受ける寸前であったが幸運にも猛烈なスコールが見えたため、その中に逃げ込こんだ。更に幸運な事に、そのスコールは羽黒が逃げる方向と同じ方向へ進んでいたため、長時間隠れることが出来、難を逃れた。*21
    • この頃から、乗員の間で幸運の艦羽黒が合言葉となる。
  • 後のトラック大空襲、さらにその避難先のパラオ大空襲は、共に事前に察知して出航し、難を逃れている。羽黒は他の艦と共にはるか西方のリンガ泊地へ後退した。
  • 1944年5月末、ビアクに上陸した米軍に呼応して連合艦隊は渾作戦を発動。羽黒もこれに参加するが、優柔不断とも言える作戦指導から何も得るところ無く作戦は終わる。徒に重油を浪費し、味方が損害を受けるのを眺めるだけであった。*22
    • 作戦中の6月8日、第五戦隊直衛の風雲が待ち伏せていた米潜「ヘイク」の雷撃を受け眼前で轟沈した。魚雷の誘爆によりわずか4分で海中に没し、未処置の爆雷が海中で破裂、被害を拡大した。秋霜らによって救助された生存者が羽黒に運ばれてきて応急手当や手術を行ったが、殆どの者が爆雷による衝撃で内臓をやられ、せっかく引き上げたにもかかわらず次々と死亡していったという。戦争は残酷であった。…すべての戦いが終わってしまえばいいのに。
  • 渾作戦で煮え切らない動きをしている間に、米機動部隊はマリアナ諸島に来襲。連合艦隊は渾作戦を中止し、羽黒にも至急本隊へ合流するよう命じた。ここにマリアナ沖海戦が勃発する。
    • 羽黒は空母大鳳の直衛として輪形陣の一角を成したが、大鳳は潜水艦の雷撃*23により沈没する。脱出した小沢長官や古村参謀長を収容し、一時的に艦隊旗艦を務めた。しかし、羽黒の設備では通信能力が不足するため、機動部隊司令部は結局瑞鶴に移った。
    • 大鳳沈没後の翌6月20日、米機動部隊からの大空襲を受ける。羽黒は対空砲火で敵機を5機撃墜している。艦自身は大した損害を受けていないが、乗員に戦死者は若干出ている。また、この空襲で飛鷹が航行不能になり、味方駆逐艦によって自沈処分された。羽黒は飛鷹の最期を見届けた。
  • マリアナ沖海戦のおよそ4ヵ月後、後に史上最大の海戦と称されるレイテ沖海戦に参加する。およそ1週間におよぶ、対潜対空対艦すべてをこなす濃密な戦闘航海となった。特にサマール島沖の遭遇戦では艦隊の先頭を行き、2番主砲を失ったものの僚艦と協同して護衛空母1、駆逐艦3を撃沈。さらに護衛空母1を大破させた。

    どろり濃厚レイテ沖海戦

    どろり濃厚レイテ沖海戦

    • レイテ湾に突入すべくブルネイ泊地へ進出した39隻の中に、羽黒の姿もあった。部隊はシブヤン海を経て北から突入する主隊(栗田艦隊)とスリガオ海峡を突破し南から突入する支隊(西村艦隊)に分けられた。当初は扶桑山城らと共に西村艦隊としてレイテ湾に突入する予定だったが、幸運な事に直前になって予定が変更された為、栗田艦隊の一員に組み込まれた。*24
    • ブルネイ泊地を出撃した翌10月23日早朝、バラワン水道にて潜水艦の襲撃を受ける。愛宕高雄が被雷後、羽黒にも5本の魚雷が向かってきた。とっさの操艦によって前の4本をうまく回避し、回避不可能と思われた1本も幸運な事に直前で水面航走を始めて速度が落ちたために回避できた。
      • しかしその魚雷が、そのまま後続にいた摩耶に命中、轟沈させている。*25…ご、ごめんなさいっ!
      • 第四戦隊が壊滅しただ1隻となった鳥海は、第五戦隊に編入され羽黒と共に戦うこととなった。
    • 10月24日、シブヤン海では苛烈な対空戦闘に叩き込まれる。朝の10時頃に始まった空襲は夕方の16時頃まで間断なく続き、最後の対空戦闘は18時半に終了した。味方航空機の援護は一切無く、ひたすら忍耐の進撃である。
      • 艦隊は2群に分かれ、それぞれ大和金剛を中心に2重円の輪形陣を敷き、敵機を迎え撃った。上空には戦艦と重巡の打ち上げる三式弾が炸裂し、高角砲が弾幕を張る。ハリネズミのごとく増強された機銃は接近を許すまいと火線を巡らせた。だがその中を敵機は怯むことなく突撃してきた。羽黒は大和のグループで輪形陣の内郭を構成し、全砲門を開いて応戦。最大戦速で走りながら、次々に投下される爆弾と魚雷を必死に回避した。
      • 武蔵に敵機の攻撃が集中したため致命傷こそなかったものの、絶え間ない空襲で徐々に輪形陣は崩され、小ダメージと乗員の疲労はじわじわと蓄積しつつあった。このままでは全滅必至と思われたが、幸運な事に夕方以降、空襲がぱったり途絶えた。*26また、姉の妙高が大破撤退したため、第五戦隊旗艦の任を引き継いでいる。…こんな私ですが、精一杯頑張りますね!
    • 翌10月25日のサマール沖海戦では、護衛空母6隻、駆逐艦7隻からなる護衛空母群タフィ3に向かって全軍の先頭で突撃した。延べ100機にも及ぶ敵機の妨害と護衛駆逐艦の必死の反撃で熊野鈴谷筑摩鳥海が被害を受け落伍していく中、第二砲塔に爆弾を受け中破するものの、他に唯一落伍しなかった利根、単独で進撃してきた金剛と共に護衛空母「ガンビア・ベイ」を撃沈、同じく「ファンショー・ベイ」「カリニン・ベイ」に損傷を与え、駆逐艦「ホーエル」「サミュエル・B・ロバーツ」を撃破し、最もレイテ湾に肉薄している。…全砲門、開いてくださいっ!
      • 早朝、輪形陣を形成中の艦隊は、遠方に敵の空母群らしきマストを発見した。皆、これを正規空母からなる高速機動部隊と誤認。一刻を争うとの判断から隊列整形を捨て、まずは重巡戦隊、ついで戦艦戦隊に突撃が命じられた。残燃料に不安のある水雷戦隊は重油を浪費せぬよう待機。羽黒は漸次増速、鳥海を率いて突進した。
      • 羽黒らにとっても予期せぬ会敵だったが、タフィ3にはまさに青天の霹靂であった。煙幕を張り、護衛の駆逐艦に重巡の足止めを命じ、艦載機を手当たり次第放って妨害に当たらせ、周囲のスコールを隠れ蓑に全速力(といっても17.5ノット)で逃走にかかった。
      • 羽黒は突撃しながら大いに暴れ回り、主砲の20cm砲弾を9割以上も発射。当時の砲術長は帝国海軍最高射弾数の記録を塗り替えている。*27羽黒も反撃で爆弾2発、駆逐艦の主砲直撃、機銃数千発の被害を受けており、当時の戦いの激しさが想像できる。また、直撃と思われた敵の航空魚雷が深すぎたせいで、船の真下を通過していくという幸運に恵まれたおかげで無事に帰還を果たしている。
      • 鳥海とともに*28敵空母へ砲撃中、突如飛来した敵機により2番砲塔に爆弾が直撃する。天蓋には大穴が開き、殆どの砲員が死傷し或いは気絶した。注水は遅れ、あわや陸奥の二の舞寸前となるところまでいったものの、幸運にも一人の若い水兵が意識を取り戻し、たった一人で冷静に事態に対処したために事なきを得た。
      • 歴戦を戦い抜き高い練度と技量をほこる羽黒の乗員であったが、この一発は止むを得ないものがある。敵機の行動から爆弾や魚雷を粗方発射し終えたものと判断されたため、被弾を覚悟で敢えて回避を一切せず、少しでも距離を詰めるべく一直線に突撃していた最中に落とされたものであった。*29対空と対艦を同時にこなさなければならない難しく危険な戦闘であったが、杉浦艦長は時折笑みを見せることすらあったという。
      • 遮二無二突撃した結果、羽黒は大きく突出し、味方は水平線の彼方に戦艦のマストの先が見えるのみであった。周囲には羽黒と利根の2隻以外おらず、執拗に喰らい付く羽黒に攻撃が集中しつつあった。これを見た利根は大きく転陀し、敵の攻撃を分散させるべく自ら羽黒の後方に付いた。いよいよ追撃戦も大詰めと見えたそのとき大和より集合命令が届いた。已む無く戦闘を中止し、未練を残す利根を連れ反転した。
    • 羽黒たちの攻撃を受け、危機に陥ったアメリカ第7艦隊の護衛空母群の1つ(タフィ3)が、第34任務部隊*30に救援を呼んだが、幸運なことに、この要請は取り合われなかった。さらに幸運なことに、状況を見かねたハワイのニミッツ提督が発した電文*31に指揮官のハルゼー提督が大激怒。憤怒のあまり延々とこの電文にこだわり罵り続けたため増援の派遣が一時間も遅れ、結果、羽黒たちは増援部隊に会わず無事シブヤン海へと脱出した。*32
    • 艦隊が突入を取りやめ、北方にいると連絡を受けた敵艦隊の追撃を開始した栗田艦隊は、16時過ぎに友軍機の大編隊と遭遇する。これは昼に栗田艦隊が発信した「ヤキ1カの敵を攻撃されたし」の無電を受けて出撃した第二航空艦隊の攻撃隊であった。作戦開始以来初めて見る友軍機の編隊に艦隊将兵は勇気づけられたという。ところが直後の16時40分、栗田艦隊は米軍機の空襲を受け応戦、一方の第二航空艦隊の攻撃隊は目標を見つけられず、それどころか米軍機の迎撃を受け四散する。その時、必死に敵艦隊を探す99式艦爆の一隊が空襲を受ける栗田艦隊を視認。ところがそれを「攻撃隊の空襲を受ける米艦隊」と思い込み、なんと米軍機と一緒になって栗田艦隊を攻撃、悪い事に目標となったのは羽黒だった。
      • 幸いこの爆撃は命中する事はなかったが、栗田長官は直ちにこれを通報、同時期退却する熊野でも誤爆騒ぎが発生しており、基地航空隊側はこれを受け当日の航空攻撃を全て取り止めてしまった。
    • あくる10月26日、シブヤン海を西へ西へと退避する栗田艦隊に米機動部隊が追撃を加えてきた。艦隊は大和を中心に輪形陣を敷いて応戦するが、一昨日シブヤン海を東進したときに比べ、その数はほぼ半減していた。
      • この日も朝から敵の索敵機が姿を見せ、その後の大規模な空襲を予感させた。触接機が姿を消して間もなく、約30機の敵機が現れ上空に殺到、攻撃を開始した。羽黒の記録では14回目となる対空戦闘の始まりである。
      • 空襲が始まると敵機の数はあれよあれよという間に増えていき、仕舞いには80機にもおよぶ大群となった。羽黒にも艦尾方向から急降下爆撃機の小隊が襲い掛かってきたが、連日の対空戦闘で鍛え上げられた機銃群がこれに素早く砲火を集中。投下された爆弾も回避し、その後さらに敵機1機を撃墜。この空襲も無事に切り抜けた。一方で輪形陣の先頭を走っていた能代が集中攻撃を受け、奮戦空しく被雷、落伍していった。左に傾斜し、羽黒の右後方に遠ざかっていくその姿は、一昨日同じ海で落伍した妙高を連想させたという。
      • 取り残された能代が第2波の攻撃を受け最期を迎えている頃、先行する本隊はB-24の大編隊による重爆撃を浴びていた。羽黒15回目の対空戦闘である。羽黒がはじめて経験する大型機の水平爆撃は、予想外に空母機の爆撃よりも回避の余裕があったという。しかし多数の500Kg爆弾が作りだす水柱は凄まじく、その振動は不気味に羽黒を揺さぶり、吹き上げられる無数の弾片は乗員の脅威であった。幸い被害は殆んど無く昼過ぎには敵機も去り、これが本海戦最後の空襲となった。
      • 夕刻、島風浦風など燃料の枯渇した駆逐艦が分離したため、艦隊の駆逐艦は雪風磯風のみとなった。その2隻も翌10月27日には燃料が尽きかけ、それぞれ榛名長門から給油を受けた。羽黒と利根は駆逐艦に代わり、給油中の無防備な艦隊の警護にあたった。
    • ブルネイに艦隊として帰還できたのは羽黒を含めわずか9隻。各艦が何らかの損害を抱えていたが、羽黒は2番砲塔以外全力発揮可能であった。栗田艦隊で最後まで戦闘力を保持した唯一の重巡だった。*33
    • 帰投後のブルネイ湾では連絡役として沖に一隻で待機しているところに敵機が来襲。単艦の羽黒に敵機の攻撃が集中するが、見事な操艦でこれを交わして生き延びている。
  • レイテ沖海戦の後、羽黒は南西方面艦隊に編入された。多くの艦が修理のため本土へ帰還する中、充分な戦闘力を保持していた羽黒は反撃に備え南方に留め置かれたものと思われる。
    • 昭和19年の年の暮れ。羽黒は姉の妙高救援に出動した。本土へ回航中、潜水艦の雷撃で大破したのだ。サイゴン近海からシンガポールにかけては敵潜水艦の多い危険海域であり共倒れを心配する声もあったが、多数の海防艦、哨戒艇の援護もあり、妙高を曳航し無事シンガポールまで連れ帰った。妙高が生き残れたのは羽黒のおかげと言っても過言では無い。
    • 1945年(昭和20年)、年が明けて、それまでずっと所属していた第二艦隊から南西方面艦隊に編入された。この時、臨時に大淀が第五戦隊に加わり、短い間であるが北号作戦で大淀がと共に本土に帰還するまで2艦で隊を組んでいる。
    • 同年2月5日に、新設された第十方面艦隊に組み込まれ、足柄とのコンビで第五戦隊を編成。シンガポールを拠点に行動した。第十方面艦隊は独立艦隊であり、そこの主力重巡といえば聞こえはいいが、この頃すでに本土と南西方面は米軍に分断されており、連合艦隊の置き去り宣言に等しい。*34
      • 南方は資源に余裕はあったが設備が無かった。海軍の一大拠点であるシンガポールも、度重なる空襲でその機能を失いつつあり、もはや羽黒は満足な修理も補給も受けられなかった。羽黒は前の戦闘の怪我を我慢しながら、姉の足柄と共に訓練に励み、輸送任務をこなし、勢いを増しつつある英海軍に対峙した。
  • マラッカ海峡の北口、ペナン沖。そこに羽黒は眠っている。1945年5月16日、羽黒は輸送作戦中に英駆逐連隊と遭遇。交戦の末、沈没した。あまり知られていないが、第2次世界大戦最後の水上戦闘と言われているペナン沖海戦である。

    海の勇者の終焉、ペナン沖海戦

    海の勇者の終焉、ペナン沖海戦

    • 大戦末期、羽黒はシンガポールにあった。ドイツを降し、対日戦に本腰を入れ始めた英軍の勢力は日に日に増しており、劣勢の日本軍は兵力を集中させる必要が生じた。その動きの一環として、羽黒にインド洋アンダマン諸島に物資を輸送、一部の人員を引き上げさせよという命令が下った。
      • この方面でまともに動ける艦は羽黒、足柄、旧式駆逐艦の神風*35の3隻のみとなっており、貴重な海上戦力であった。*36輸送船ももはや無かったため、大型艦である羽黒に白羽の矢がたった。
      • この時の羽黒の状態はとても良いとは言えなかった。
        本土との連絡が断たれたため、充分な補給や修理は受けられない。先のサマール沖海戦での第二砲塔損傷、セレター軍港での触雷による水面下の損傷、更にその後英空母「シャー」による空襲を受け、これらの被害を抱え込んだままの、ほぼ中破状態であった。
      • 少しでも積載量を稼ぐため、酸素魚雷と発射管は撤去され、主砲の弾薬は定数の半分に減らされた。甲板には燃料を入れたドラム缶を満載、艦内も食料、医薬品、小銃弾などが所狭しと積み込まれた。軍艦としてはまさに手足を縛られた状況であったが、『重巡』羽黒最後の奉公ということで乗組員の士気は高かったという。*37
    • 護衛に神風を伴い、羽黒は最期の航海へと出発した。しかし、その日のうちに潜水艦に発見されており、*38羽黒の行動は英海軍の知るところとなった。この輸送任務の妨害および掃討作戦のため、戦艦「クイーン・エリザベス」を旗艦とし第21護衛空母群や第26駆逐隊などからなる第61部隊はアンダマン・ニコバル諸島方面に展開を始めた。*39
      • 羽黒は慎重に行動した。引き返して見せたり偽装航路をとるなどし、敵の目を欺こうとした。しかし、潜水艦の奇襲*40やB-24の接触、味方哨戒機による敵艦隊の情報から、英軍に付け狙われていると察した橋本司令官は作戦中止を決意。反転してシンガポールへ引き返すことにした。
      • 深夜午前2時頃、ペナン沖。羽黒の電探は近づいてくる影を捉えた。すでに味方の勢力圏内であり、これが敵だとすぐには認識できなかった。作戦中止で緊張が解けていたのも災いした。近づく艦影が敵だと気づいた時には、もはや近距離まで踏み込まれていたのである。
    • 夜戦を挑まれた羽黒は果敢にも打って出た。懐に入り込まれていたこともあるが、敵は駆逐艦であり、重巡の火力と足があれば振り払うことも不可能ではないはずであった。だが、積み込まれた物資と蓄積していた損害が羽黒の動きを縛っていた。特に甲板高く積まれたドラム缶は主砲の旋回を妨げ、艦内深く残る損傷は羽黒に高速発揮を許さなかった。
      • 羽黒を捕捉したのは英国海軍第26駆逐隊所属の最新鋭駆逐艦「ソマレズ」「ヴィラーゴ」「ヴィーナス」「ヴェルラム」「ヴィジラアント」の5隻であった。昼間、真正面から重巡と撃ち合うのを避け、日が暮れるのを待ってから大胆にもマラッカ海峡に侵入してきたのである。
      • 甲板のドラム缶を投棄しつつ漸次増速、探照灯を照射し主砲を旋回させるが尽く後手に回っている感は否めなかった。それでも二斉射目が「ソマレズ」に命中し、火柱を上げる。だが、直後に魚雷1本が羽黒の前部に命中。この一撃で羽黒の電源が停止、全機能が麻痺してしまった。さらに甲板に積み上げられたドラム缶の燃料に引火、大火災発生。闇夜の松明となった羽黒を敵艦は取り囲み、さらに砲火を集中させた。
      • 後続の神風は、この状況を見て形勢不利を悟り戦闘を断念、断腸の思いで煙幕を展張しつつ全速力で離脱した。*41この時、羽黒のほうでも神風に離脱するよう命令が出ていたのだが、全電源が停止していた羽黒には伝える術がなく、最後の指令は神風に届かなかった。轟沈時のセリフはこの事に関係していると思われる。
    • 断末魔の様相を呈しつつある羽黒だったが、その闘志は一向に衰えていなかった。火だるまになり大きく傾きつつある中、人力操舵で艦のコントロールを取り戻し、一部電源を復旧させ、生き残った砲は周囲の敵艦に射撃を続けていた。しかし、2本目の魚雷を機関室に被雷し、ついにその動きは止まった。
      • この時点で退艦命令が出るが、直後に敵弾が艦橋を直撃、司令部が壊滅してしまう。だが一部の者は退艦命令を拒否。ここを死に場所と考え、高角砲を人力で動かして戦闘を続行した。行き足を失い、電源は破壊され、指揮系統も寸断された。火災はなお激しく、四周から打ち据えられた艦上構造物は、まさに削り取られるかのごとく破壊され廃墟と化していく。それでも羽黒は撃ち返した。
      • しかしいくら頑張ろうとも、もはや大勢は決していた。午前3時33分に4発目の魚雷が命中。*42
        停止してから約1時間。傾斜し、火災を発し、加速度的に累加する被害にのたうちながら尚も激しく戦闘を続けた羽黒だったがこの一発でついに力尽きた。同乗していた第五戦隊司令官橋本信太郎中将、艦長杉浦嘉十少将以下およそ800名が艦と運命をともにし、艦尾を高々と上げて美しいペナン沖へと没していった。*43
      • 大火災の劫火を背負い、雨のごとく浴びせられる集中砲火の中からなお反撃する羽黒を見た神風乗員は、その様をまるで阿修羅の如しと評し、英軍は戦後、最後の最後まで撃ち続けたその闘魂を絶賛、交戦した英国司令官をして日本海軍の精華なりと称賛せしめている。
    • その後、ペナン港で燃料補給と損傷の応急処置を済ませ、味方航空機の先導を受けつつ全速力で引き返してきた神風により320名が救助された。また、英軍側もカッターを出して生存者の救出をしている。羽黒の沈没により、シンガポールで健在な艦艇は、足柄神風の2艦のみとなった。

    • ペナン沖にただ一人沈んだ彼女だが、元乗員の手記にはこう記されている。
      「この作戦後、羽黒は浮き砲台になる予定だった。スラバヤ、バタビヤ、ミッドウェー、ソロモン、ブーゲンビル、サイパン、レイテと羽黒は海の勇者とともにあったと思った。単なる鉄の塊でなく、羽黒はしだいに魂を持つようになったと。セレター軍港奥深く着底して、死に体のようになって、朽ち果てることをいさぎよしとしなかったように思われた。生ある者のように、魂ある者のように、青く澄んだ印度洋の海原に躍り出てきたとしか思えなかった」と。

  • 羽黒の戦没者慰霊碑は長崎県佐世保市の海軍墓地(東公園)に建立されており、碑には引き上げの際に回収された舷窓枠が埋め込まれている。
  • 2003年3月4日、ダイバー兼写真ジャーナリスト Kevin Denley氏によってペナン島沖の水深68m地点で海底に横たわる羽黒が発見された。上部構造が激しく損傷しており、最後の戦いにおいて如何に激しく戦ったかを物語る。*44
  • 2005年9月23日、同地点にて日英合同の慰霊祭が執り行われた。彼女と、そして彼女とともに戦い散っていった御霊に、永の安らぎがあらんことを。

荒らされる海底の聖地 ※やめてくださ~~い!!

荒らされる海底の聖地 ※やめてくださ~~い!!

  • 2014年5月22日、衝撃のニュースがマレーシア誌「The Star Online」から届いた。こちら(英文)
    ペナン水域で「球磨」「長沙丸」はじめ、ほか「羽黒」とKepal TaiwanとKepal Siwan含む、少なくとも5隻の沈没船の残骸がサルベージ業者*45によって違法に引き揚げられ荒らされたというのだ。1度のサルベージにつき80~100トンの残骸を海底から引き揚げてくず鉄として売却したという。
  • 上記前者2隻についてはほぼ引き揚げられてしまったのではと考えられている。近くに眠っている羽黒の詳細な被害については現在のところ明らかになっていない。
  • マレー半島の周囲には、他に英戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」や「レパルス」など10隻余りの艦艇が沈んでおり、彼女たちも同違法業者によりサルベージの脅威に晒された恐れがある。
  • 彼女たちは只の鉄塊ではなく、多くの英霊が眠っている墓標だという事を理解してほしいものである。

この艦娘についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • メンテ明けに羽黒の掛け軸実装か……。運営には防衛省から事前に示されていたのかな?(去年までの報道関係者や軍事評論家たちのように) -- 2019-07-18 (木) 21:10:11
    • かがやふゆづきの進水式にC2スタッフ行ってますし -- 2019-07-18 (木) 23:23:51
      • 今回は「はぐろ」の進水記念絵葉書を書いた絵師にさえ艦名を伏せて依頼していたくらい守秘が厳しかった(かがやふゆづきのときはもっと緩かった。しらぬいの時はガバガバだった)からちょっと気になる。 -- 2019-07-19 (金) 17:01:56
      • かはの -- 2019-07-19 (金) 17:21:12
  • いろいろと来ましたよ -- 2019-07-18 (木) 21:10:35
    • 神風と出撃か。 -- 2019-07-18 (木) 21:54:37
    • 「パワースポットとしても知られる聖山」羽黒が、「戦女神アテナの魔法の盾」アイギス/イージスを持った!! -- 2019-07-20 (土) 22:14:11
  • はぐろの進水式のニュース見てここにカキコ確認しながら2-2行ってたら羽黒ドロしたwなんたる偶然 -- 2019-07-21 (日) 01:49:32
  • bob is god.  -- 2019-07-23 (火) 12:01:01
    • bobニキ is good. -- 2019-07-23 (火) 12:14:39
    • bobニキ is cool. -- 2019-07-23 (火) 13:25:50
      • bobニキ in pool? -- 2019-07-23 (火) 21:04:29
    • bobニキの記念イラスト尊すぎる -- 2019-07-23 (火) 18:03:50
      • てぇて死 -- 2019-07-23 (火) 22:19:24
    • nice bob. -- 2019-07-23 (火) 19:27:45
    • bob is dog. -- 2019-07-23 (火) 21:43:37
    • この笑顔であと896年戦える -- 2019-07-23 (火) 22:01:12
  • 夕張30歳シリーズなら、生まれたばかりの娘に授乳していることに...。あれ?なんか神々しくて、エロさを感じるのがおそれ多い気が... -- 2019-07-30 (火) 21:14:57
  • 羽黒「I'm back,baby」デデンデン デデーン デデンデン デデーン -- 2019-08-10 (土) 21:09:05
    • 次の佐世保イベントまで、待ってる。 -- 2019-09-27 (金) 23:01:36
  • アーケードの羽黒は身近にいる娘感がやばいレベルだな・・・。 -- 2019-11-09 (土) 20:54:40
  • 出羽三山開いた能除こと蜂子皇子って丹後由良から出港して出羽由良に着いたのか…。 -- 2020-03-26 (木) 09:46:35
  • 護衛艦はぐろのロゴマークが決定したようだけど、しっかり漢字で「羽黒」と入ってるな。かっこいい -- 2020-03-30 (月) 21:54:38
    • 8つの〇は「こんごう型」「あたご型」「まや型」の8隻が輪になり、「ワンチーム」となることで日本の領域を護っている姿をイメージした -- 2020-04-01 (水) 10:58:31
    • 6月23日、とうとう「はぐろ」の海上公試が始まったようだね -- 2020-06-23 (火) 23:55:41
      • 摩耶さまみたいに、相模湾で『人知れずのナニか』と戦ってくれるのね -- 2020-07-31 (金) 23:17:44
      • あの「まや」様の単艦台風迎撃はAIS見てて目を疑ったわw -- 2020-09-07 (月) 08:58:23
  • 羽黒神風任務を考え出した奴って何なん?・・・何この嫌がらせの極致みたいな任務・・・ -- 2020-04-05 (日) 13:44:31
    • せめて神風の所で言ったら? -- 2020-04-05 (日) 13:53:50
      • それはどうかと思うな。 -- 2020-04-05 (日) 13:59:14
      • 分かりました。そうします。 -- 2020-04-05 (日) 17:30:25
  • あの羽黒姐さんのご自慢の髪かざり、なかなかイイデザインだわ……考えるトコロあり、ぜひともgetしたいなー。いろいろ手を考えてはいるが、どーしたものか? -- 2020-05-03 (日) 13:14:22
  • いま生存者から明かされる、羽黒のソーゼツなる最期、その秘話!! -- 2020-08-16 (日) 20:07:45
  • 【新海域】は、歴戦の重巡「羽黒」、その最後の戦いの海   -- 2020-09-17 (木) 14:34:07
    • ペナン沖ってことかな? -- 2020-09-17 (木) 14:49:57
    • 羽黒神風で出撃任務きそう -- 2020-09-17 (木) 16:02:11
  • 今後7-3が修正されたら深海化した羽黒が出るかも? -- 2020-09-21 (月) 11:33:02
  • 羽黒の髪飾りが、日産のロゴに見えてくる・・・ -- 2020-09-26 (土) 13:35:15
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 「Febri」Bob氏コメントより。
*2 戦隊司令官として帝国海軍にその人ありと言われた水雷の橋本信太郎中将、艦長では操艦の名手森友一少将や異色の潜水畑出身艦長魚住治策少将、サマール島沖海戦で先頭を疾駆した杉浦嘉十少将など、曲者揃いである。
*3 この第五戦隊、戦争末期には僚艦を失って解隊された他の部隊の重巡達を統合し、重巡部隊の中心として存在していた。第五戦隊は羽黒が沈没した1か月後に足柄も失い解散している。
*4 羽黒山は出羽三山の一つであり修験者(山伏)の信仰の場、要は山岳信仰の対象としても有名。
*5 これが前例となり、後の巡洋艦は各建造所が可能な範囲で艦内艤装を競うようになったとか。
*6 妙高と足柄は平時の艦隊旗艦および戦時の戦隊旗艦をつとめられる機能が付されていたのに対し、羽黒と那智は平時の戦隊旗艦程度の機能となっていた。
*7 なお、姉の足柄がこの状態で欧州出張に行ったのだが、英国で『飢えた狼』の異名を頂戴して帰ってきたのは皆の知るところである。
*8 これは那智の零式水上偵察機による偵察の成果であり、零偵・羽黒1号機は前日にスラバヤ上空で敵飛行艇PBYカタリナ1機と交戦したのち羽黒に揚収する際に損傷したためこの海戦では飛ばすことができなくなっていた
*9 実際には機雷も潜水艦もなく、四水戦の放った酸素魚雷が両軍の中間で自爆したものであった
*10 お互いに相手への対抗艦である重巡を早期退場させるわけにはいかない事情があり、日本海軍としては敵艦隊を北西から南下しているジャワ攻略の陸軍輸送船団47隻に近づけるわけにはいかなかった。
*11 この炎天下の激しい砲撃戦の中、熱中症により四番砲塔弾庫員1名の戦死者を出してしまった。不幸な出来事ではあったが羽黒の開戦後初の唯一人の戦死者ということで葬儀は壮重盛大なものになった。
*12 二水戦など水雷戦隊が放ったものによるという文献もあるが、該当時間や方位から現在では該当する艦は羽黒以外に考えられていない。
*13 虎の子の酸素魚雷のデビュー戦となったこの戦闘では酸素魚雷の自爆や重巡の遠距離砲戦が演習とは違い当てにならないなど、さまざまな問題が噴出した。しかし、得られたデータはその後の戦術や酸素魚雷の改善に役立てられている。
*14 3名としている証言もある。この時那智でも8名を救助したと言われている。また翌々日未明、輸送艦隊を護衛しつつ同海域を哨戒中に発見した軽巡「ジャワ」の生存者37名を直衛の江風が収容した。
*15 主計兵が最初オランダ人捕虜にスープとして味噌汁を差し出したところ、食文化の違いのためかたまらず吐き出したものもいた。だがしばらくして空腹のためかスープや洋食を食べ元気を回復したという。
*16 この海戦の後、直衛の山風が「エクセター」の生存者67名を救助した。ちなみに有名なによる敵兵救助はこの日の夜のことである。最終的に那智羽黒江風が救助した生存者は翌日山風にまとめて収容され、山風と共に捕虜収容所のあるマカッサルに送られた。
*17 軽巡4、駆逐8から成る。なお軽巡とはいっても、彼女らは最上型の対抗艦ブルックリン級をさらに改良した、最新鋭の“1 万 ト ン”級軽巡である
*18 探照灯による照射射撃は、神通の例に見るように敵艦の容易な目標になり早期に戦闘不能になるため、これに代わる夜戦手段が研究されていた。
*19 その煙幕のため、第五戦隊は米巡洋艦を撃沈したと誤認した。
*20 出光外航部門初のタンカー。その名を受け継いだ2代目「日章丸」は、戦後復興に関わるある闘い(日章丸事件)に挑んでいる。詳しくは各自ググれ。
*21 この機動隊は近くにいた皐月文月を発見。彼女らが一手に引きつけてくれたおかげで利根ら主力の巡洋艦部隊は無傷ですんだ。
*22 米主力艦隊をパラオ付近に誘い出し、決戦(あ号作戦)につなげるため企図されたビアク逆上陸作戦。しかしこの方面の米軍は陽動であり、米機動部隊はマリアナへ来襲したため空振りに終わった。
*23 大鳳に命中した魚雷は大遠距離の潜水艦から発射したもの、重巡の羽黒に阻止できるものではない。
*24 尚、急遽代わりに西村艦隊へ編成されることになったのが重巡最上。そしてその後の西村艦隊の運命は…ご存知の通りである。
*25 魚雷を放った「デース」は、そもそも“戦艦のような大きな艦”(艦橋のデカい摩耶である)を目標としており、羽黒はちょうどその射線上に居たに過ぎない。よって、摩耶轟沈のことを必要以上に気に病むことはないのである・・・・・・多分。
*26 米機動部隊が北方の小沢囮艦隊に釣られたためだが、このときの羽黒には知る由もなかった。
*27 この時の徹甲弾の残弾は125発。2番砲塔は使用不能で4番砲塔は残弾0(!)になっていたので、残り3砲塔に各40~45発あったわけだが、砲1門あたりにすると20発程度という薄ら寒い状況である。
*28 この後、鳥海は立て続けに被弾し落伍してしまう。僅か3日のみの第五戦隊在籍であった。
*29 この被害で通信用の空中線が切断され、大和に前線の状況を連絡できなくなった。その後の追撃中止命令の遠因の一つといわれる。
*30 第34任務部隊の編成は戦艦6、巡洋艦7、駆逐艦17、こちらより戦力は遥かに上。ハルゼー提督麾下の機動部隊より抽出された打撃部隊である。
周囲の者は栗田艦隊への抑えとして配備されるものと思っていたが、ハルゼーは小沢機動部隊を殲滅するために編成していた。この齟齬により羽黒らの付け入る隙が生じた。

*31 後ろの挿入句(暗号化のために挿入したランダムな文章)を取り除かずそのまま報告したため、内容が大変侮辱的なものとなった。
「where is Task Force Thirty Four」(第34任務部隊はいずこにありや?)、後ろの挿入句は「The world wonders」(全世界は知らんと欲す)、一つの文章にすると……。

*32 増援部隊が捕らえたのは逃げ遅れた駆逐艦1隻だけ。筑摩の生存者を収容した野分である。
*33 10月28日ブルネイ帰投時点の消耗弾数:主砲九一式徹甲弾582、零式通常弾211、三式通常弾69、高角砲通常弾薬包930、着色弾薬包329、機銃通常弾薬包31,411、曳跟弾薬包11,284、徹甲弾薬包1,213、魚雷8。人的損害は戦死者55名、負傷者75名であった。
*34 この頃に行われたのが、日向伊勢の第四航空戦隊を主力とした物資輸送及び撤収作戦である「北号作戦」。この作戦は奇跡の完全成功を収めたと評されるとおり、もはや安全な航路などどこにもなかった。
*35 睦月型の先級の1番艦。「艦これ」に則すると、スペック上最弱駆逐艦である睦月型よりも貧相。なにせ「艦これ」最弱雷装の61cm三連装魚雷さえ搭載できず、それ以前までの53cm二連装魚雷が神風の最大火力なのである。この説明でいかに旧式であるか、分かっていただけたら幸いである。
*36 妙高、高雄もあったが大破しており自力で動けず、修復も放棄され防空砲台となっていた。
*37 制海権はなく、燃料も不足しがちな状況であり、この作戦後に浮き砲台となる事が決まっていた。
*38 この時、英潜水艦「サトル」からピンクと緑に迷彩塗装された羽黒の姿が報告されている。
*39 英軍側の妨害・掃討作戦(Operation DUKEDOM)と羽黒撃沈の詳細については、元イギリス海軍将校の伝記作家 John Wintonによる書籍『Sink the Haguro!: Last Destroyer Action of the Second World War 』にまとめられている。
*40 見張り員が雷跡発見と同時に回避方向を指示、超至近距離でギリギリ回避した。方向指示は越権行為であったが、同見張り員は後刻、艦長直々にビールを賜った。
*41 電探で探知した陸地に向けて全速離脱したのだが、幸運にもその方角にスコールが発生していた為に無事に逃げ切れている。彼女の強運っぷりを示すエピソードである。
*42 この4発目が命中するまでに第26駆逐隊からは計39本の魚雷が放たれた。
*43 この時になっても、まだ高角砲は射撃を続けていた。
*44 その後2010年まで同氏らにより調査・記録が行われ、海中写真やスケッチ含め海底に眠る羽黒の状況記録がレポートされている。 → レポートはこちら(外部リンク・PDF・英語)。
*45 カンボジア船籍のサルベージ船 Hai Wei Gong 889に乗る中国人グループによる犯行でマレー半島のほかスマトラ・ジャワ周辺でも違法なサルベージを繰り返してきたと考えられている。同年5月下旬に逮捕拘束され現在のところ違法サルベージは停止している。こちら(英文)