伊勢改

Cached: 2026-03-19 15:17:28 Last-modified: 2026-03-17 (火) 12:31:43
No.102
航空戦艦、伊勢です。後部飛行甲板とカタパルト2基で航空戦力を運用可能よ。伊勢 改(いせ)伊勢型 1番艦 航空戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久77火力63 / 86
装甲-- / 92雷装0
回避36 / 77対空45 / 92
搭載47対潜0
速力低速索敵24 / 60
射程30 / 79
最大消費量
燃料95弾薬105
艦載装備
1135.6cm連装砲
11瑞雲
11未装備
14未装備
改造チャート
伊勢伊勢改(Lv10) → 伊勢改二(Lv88+改装設計図x2+試製甲板カタパルト+戦闘詳報+開発資材x80)
図鑑説明
洋上航空戦力強化のために、主砲を一部外して、かわりに飛行甲板を設置、
軽空母並の航空戦力を運用可能な航空戦艦、伊勢です。
海自の新鋭DDHにもその名は受け継がれているわ。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。
最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:大坪由佳、イラストレーター:しばふ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

CV:大坪由佳、イラストレーター:しばふ

定型ボイス一覧

イベントセリフ改装段階備考追加



 
 




 




 
追加
入手/ログイン超弩級戦艦、伊勢型の1番艦、伊勢。参ります!××編集
航空戦艦、伊勢です。後部飛行甲板とカタパルト2基で航空戦力を運用可能よ。××編集
提督!改装航空母艦、伊勢。全通飛行甲板で参ります!××編集
母港*1編集
母港1詳細はい、提督?××編集
…ぁ、御免なさい、呼びました?×編集
母港2砲塔が重いかって?全然!××編集
ま、水上機が基本なんだけどね。×編集
母港3…ぁ、御免なさい、振り向きざまに砲塔がぶつかっちゃった?××編集
戦艦の火力と軽空母並の航空機運用力…ね、素敵でしょ?×編集
ケッコンカッコカリ提督、あの、一緒に五番主砲塔の配置について語りませんか?…え、意味わかんないって?くぅぅ…ダメかぁ××編集
提督、あの…カタパルトとか、取らないでくださいね…あれが無いと私…!あっ…いじわるぅ!×編集
ケッコン後母港ふーん?××編集
いいんじゃない?×編集
放置時×××編集
編成出撃編集
編成戦艦伊勢、出撃します!××出撃と共用編集
航空戦艦伊勢、出撃します。××編集
航空母艦、伊勢!航空戦隊預かります。日向、いい?××編集
出撃日向、いい?出るわよ!××編集
日向遅いよ。置いてくからね?×編集
開戦・攻撃*2編集
戦闘1昼戦
開始
右舷(みぎげん)砲戦、行くわよ!××昼戦攻撃
航空戦開始
と共用
編集
左舷、砲戦開始!××編集
さあ、行きましょうか!伊勢航空隊、発艦始め!××編集
戦闘2昼戦
攻撃
沈みなさいっ!××編集
瑞雲とかってどうかな、いける?××編集
よーし!伊勢攻撃隊、いけぇ!××編集
セリフバレンタイン編集
セリフ??2018決戦編集
戦闘3夜戦
開始
さあ、追撃するわよ編集
艦載機、発艦急げ!××編集
さあ、いっちゃいますか!××編集
戦闘4夜戦
攻撃
主砲、六基十二門、一斉射!××カットイン共用編集
主砲、四基八門、一斉射!××航空戦開始
カットイン共用
編集
そっか、そうなるよね。××編集
戦闘時ステータス*3編集
小破…やったわねっ…!?××編集
小沢囮艦隊のときに比べれば、この位!×編集
痛いじゃないの!××編集
どんどん撃ってきなさいな!×編集
セリフ??2018決戦編集
中破/大破ちょっとまずったな…どうしよう××編集
がーん!折角の飛行甲板がぁ~×編集
轟沈これまでか…日向…先に逝くわね…××編集
まぁ…やるだけやったかな。日向…ゆっくり来なよ×編集
戦闘終了*4編集
勝利MVPえっ、私の戦果が一番なの?やったー。日向、みたみた?どうよー?××編集
え?またあたしの戦果が一番なの?…どうなのさ~日向、おとなしいじゃん。×編集
旗艦大破痛いじゃないの!編集
装備・改修*5編集
装備1改修/改造よーし!これでいけるわね。××編集
んふふ…日向がびっくりしちゃうかな?××編集
いいわね、この子達も。へ~え××編集
装備2ふーん?××編集
結構、ばっちりじゃない、コレってば!×編集
装備3改修/改造/開発/バケツ/遠征/発見やだ!結構良いじゃない、これって!××編集
いいんじゃない?×編集
その他編集
帰投艦隊が帰投したようですね××編集
艦隊が帰投です。おつかれさま×編集
補給よーし!これでいけるわね。××編集
ふふ…日向がびっくりしちゃうかな?×編集
入渠
(小破以下)
ちょっとした怪我よ、大したことないわ××編集
ちょっとした怪我よ。でも、ありがと。×編集
入渠
(中破以上)
さすがにちょっと…まずったかな××編集
さすがに修理しとかないとね。×編集
建造完了提督、新型艦が進水しました。××編集
提督、新型艦が進水したみたい。×編集
戦績表示提督。ご連絡のようですよ。××編集
提督にご連絡です。…忙しいのね×編集


時報ボイス一覧


季節ボイス一覧


イベントセリフ改装段階備考追加



 
 




 




 
追加
桃の節句編集
春の訪れ編集
ホワイトデーへえ~、提督、チョコのお返しくれるんだ♪ 意外とマメなとこあんだね。 ううん、もらっとく♪編集
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春本番編集
梅雨編集
初夏編集
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盛夏そうね、あの夏かぁ……もう結構前になるのよね。2018編集
夏祭り編集
お、日向元気じゃん! 屋台とか好きだもんねー♪編集
秋刀魚セリフ編集
晩秋編集
ハロウィン編集
秋のワイン編集
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師走編集
クリスマスセリフ編集
年末早いわねー。もう今年も終わりか。ねえ、日向。大掃除とか、しとく?編集
新年新年だよ新年。日向、あけましておめでとう! 今年もよろしくね♪編集
節分どうした日向、節分だよ? 元気ないじゃん。……え? 節分とは何か考えてる? そ、そう、ですか……。編集
バレンタインそうね、バレンタインだもの。提督、日向。はい、チョコレート。ふふ♪編集

二周年記念今日はめでたい日かぁ~。日向、良いね! 楽しい気分だね! 今日は飲んじゃおっか!編集
三周年記念編集
四周年記念セリフ編集
五周年記念艦隊はついに五周年かぁ~。日向、良いね! 楽しい気分だね! 今日は、飲んじゃおっか! とっておき、あけちゃう?編集
六周年記念艦隊は六周年かぁ~。提督、日向、良いね! 嬉しい気分! 今日は……飲んじゃおっか! いいのあるんだ、開けちゃう?編集
七周年記念艦隊は七周年かぁ~。提督、日向、大淀、良いね良いね! 今日は飲んじゃおっか! あっ、大淀気が利くぅ!編集
八周年記念艦隊は遂に八周年。提督、日向、大淀、みんな、乾杯! 今日は大いに飲んじゃお! おっ、日向、いい飲みっぷり!編集
十周年記念艦隊は遂にまさかの十周年! 提督、日向、大淀、みんな、今日は飲んで騒いじゃお! 提督は……飲みすぎないでね。編集



エンガノ岬決戦……ふぅ。回避運動はよし、っと。噴進砲も……よし! いいかなっ!?編集
そうね、日向。結構大変そう……。準備万端で挑みたいね?編集
おつかれ、日向! まあ、まずはお風呂で汗を流そっか!ね!??帰投編集
捷一号作戦佐世保もいい街ね。 なんだろう?この不思議に馴染む感じ。?オフタイム編集


お買物mode編集

ゲームにおいて

  • 改になり戦艦から航空戦艦(航戦)へと艦種が変更されている。それに伴い運用方法が変わっているので注意。
    • 水上偵察機のほかに水上爆撃機、水上戦闘機、カ号観測機の装備が可能になった。
    • 水上爆撃機を装備している時は敵に潜水艦が居る場合最優先で対潜攻撃を行う。ただし水上爆撃機が全滅した際に昼の弾着観測射撃ができなくなるといったデメリットにもなりうるので、運用には注意が必要。
    • 対潜ダメージについてはカ号観測機複数装備でもないと中大破どまりになりがちだが、昼戦を2巡させる能力を持ちつつ対潜可能なのは航戦ならでは。
    • 燃料消費が上昇、代わりに弾薬消費量は減少している。
 
  • ステータス
    • 改装前と比較すると火力が僅かに下がった。
    • 火力が下がったことによって仮に大和砲徹甲弾を搭載しても火力146止まりと「戦艦」という部類でみると昼戦キャップ未到達&夜戦火力も非常に低い。
    • そのうえフィット砲関連で装備可能最大火力砲である大和砲を別の砲にすると更に火力低下がモロに見え、対戦艦クラスとなると相当厳しくなることも。他戦艦、扶桑型改二と違い過剰火力が無い分、フィット重視か火力重視かよく考えおこう。
      • 最近の昼砲撃戦キャップ値が180に調整されたことで、戦艦分類として低火力がかなり痛手となってしまった。
    • 火力以外のステータスは上昇しており、特に回避が吹雪型駆逐艦と同じ破格の40、本当に戦艦かというレベルの回避性能を持つ。
      • ちなみに速力と回避の関係は要検証。今のところ艦種による回避の差は確認されていない(回避値が同じであれば航空戦艦も駆逐艦も同等な回避となるデータはある)。
      • 加えて戦艦としての耐久、装甲も兼ね備えているので生存力は非常に高い。改でありながら扶桑型改二と比較して耐久は同等、装甲もわずかに高い。
    • 運は平均を大幅に超える30。夜戦カットインが実用範囲にはなるが、航空戦艦になっても夜戦は連撃装備が基本なのであまり生かしきれない(運は命中に補正がある模様なので無駄というわけではない)。
 
  • 運用について
    • 大口径砲による単純な火力役としては素火力値が低めのため他戦艦・航戦からは一歩劣る。
    • 対潜戦闘時に攻撃を二巡させる役として便利。航戦勢の中では燃料&弾薬消費が少なめなのも利点。
      • 低難易度の対潜戦闘海域での周回(1-5)などでは攻撃二巡役(+ルート固定役)として航戦必須だったが、先制対潜攻撃の実装で以前ほどには必要ではなくなっている。
      • ただし駆逐艦や軽巡が先制対潜攻撃が行えるようになるには高いLvが必要になるため、そこまで至っていない提督には未だ重要。
      • また高耐久の潜水艦が多数登場する高難易度海域やイベント等では攻撃回数を稼ぐために航戦が必要になる場面は多い。
    • 空母系や水母の出撃が制限される海域では水上戦闘機を搭載し制空役としての運用方法もある。
      • 水上偵察機や水上爆撃機と違い水上戦闘機では昼戦の弾着観測射撃が行えないので注意。
      • 制空値に余裕があるならば水上戦闘機を水上爆撃機に代えれば開幕爆撃にも参加可能。ただし対空射撃を受けるため撃墜されやすく熟練度が落ちやすい点がデメリット。
      • 水上偵察機、水上爆撃機、水上戦闘機の使い分けについては艦種ごとの特徴や、装備考察扶桑改二のページにも記載あり。
    • なお、改二にすると一部装備が改修できなくなる(2019年6月現在)。これは日向も同様であるため、両方とも改二にする時には注意が必要。
      • 任務に絡んでくる瑞雲(六三四空)、並びに量産しておきたい12cm30連装噴進砲用として、どちらか一隻を改で止めて保持しておくと吉。幸いにして改装レベルは高くない。
        ちなみに日向改は伊勢改と違い瑞雲系全てを改修できるが、伊勢改は12cm30連装噴進砲の改修日が日向改より1日多いという差異がある。
 
  • その他
  • 伊勢の飛行甲板はイラストでは艦尾側を前に向けているが、飛行機を射出する時は左肘を曲げて艦首側(カタパルト側)を前にして射出する。
    田中P原作の漫画「いつか静かな海で」で、妹の日向による詳細な発進シークエンスを見ることができる。
  • 2016年4月に稼働を始めた「艦これアーケード」のロゴは、水上機を発進させた伊勢型航空戦艦*6のシルエットをシンボルにしている。筐体も伊勢型航戦の後部水上機甲板を大きくあしらったもの。ひゅうで「せーがー」という事らしい。
    公式ロゴとしては本家ブラウザ版の長門型、TVアニメ版の大和型、プレイステーションVita版「艦これ改」の翔鶴型&秋月型に続く形での起用となった。

期間限定グラフィック

  • 2017年6月23日のアップデートにて、鎮守府「瑞雲」祭り【法被mode】が実装された。
    これは同17日より、山梨県の富士急ハイランドにて「鎮守府瑞雲祭り」というイベントが開催された事を受けてのもの。
    • 最強の瑞雲こと瑞雲(六三四空/熟練)も実装されるなど、まさに瑞雲づくしのアップデートとなった。
    • 2018年4月には、会場を東京都のよみうりランドに変えて第2回が開催されたが、この瑞雲modeもそれに合わせて復活を果たしている。
    限定イラスト:法被mode

    限定イラスト:法被mode
    102_Fujiq.jpg

  • 2018年2月17日、冬イベント開始と同時に、【エンガノ岬決戦】差分modeが改のみに実装された。
    • 通常の立ち絵は他の限定グラフィック同様、冬イベント終了後に図鑑に格納されたものの、
      通例は併せて格納されるはずの、カード状態に加工されたイラスト及び中破立ち絵は何故か図鑑に格納されていない。

アップデート履歴

  • 2013/12/25
    航空戦艦は対潜能力を持つ艦載機を装備している場合、対潜攻撃を行うようになった。
  • 2014/03/14
    新たな水上機瑞雲(六三四空)瑞雲12型が実装された。
    • 金剛型高速戦艦の改ニ実装などに伴い、航戦の水上砲撃戦における地位は相対的に下方に位置した。
      一方で水上機の選択肢も広がった事で、航戦は航戦として独自の運用が研究・実践されている。
      艦種ごとの特徴や、装備考察で詳しく考察されているので参照されたい。
      対潜攻撃にしろ航空戦にしろ限定的あるいは補助的なものであるが、スキマを埋める仕事をこなしつつも戦艦ならではのタフネスと高い回避のおかげで長丁場に強いのが頼もしい。
  • 2014/04/23
    水上偵察機等を装備する事で昼間の砲撃戦時にも連撃・カットイン攻撃が出せる新ギミック「弾着観測射撃」が実装された。
    戦艦・重巡洋艦の火力を激増する強力な新ギミックであるが、なぜか水上爆撃機は観測機役に適用されず、航戦の立場はさらに下がった。……かに見えた。
  • 2014/04/25
    水上爆撃機も特殊射撃のフラグたる観測機役を適用されるように変更された。
    この結果、航空戦艦は制空/爆撃力を維持しつつ特殊砲撃が行える強力な艦種に生まれ変わった。
    瑞雲による制空で特殊砲撃の条件を満たし、先制爆撃で雑魚どもを蹴散らして、残った大型艦は徹甲弾による弾着観測射撃や連撃で叩き潰すという芸当を自前で行えるのは航戦ならでは。
    空母勢の制空と連携しよう。航戦の時代、ここに来たれり。
    • 航空戦が特殊砲撃の条件となった今、航空戦艦や航空巡洋艦といった航空火力艦を上手く運用するには、マップごとに必要な制空値の計算が必須。
      きっちり計算して装備を整えれば、瑞雲によって制空値を補助し、制空の主力である空母の戦闘機枠を減らして空母の攻撃力を高めることも可能なのだ。
      • 敵味方ともに航空戦力が無く航空戦が行われないと弾着観測射撃も発動できない。空母の居ない戦闘では航空戦艦や航空巡洋艦に1スロだけ搭載した水上爆撃機で航空戦を発生させ、弾着観測射撃を行えるようにすると効率が良い。
    • つまり個艦の強さだけではなく、出撃マップに応じた艦隊全体の事情も踏まえた細やかな装備構成が、航空戦艦の真の力を思い知らせる秘訣である。
      • 敵編成に潜水艦がいると、この辺の作戦が激変する。
        航路固定のために水雷艦を編成しているならそちらに任せるか、カ号観測機を載せて自身も対潜攻撃をさせるか、艦隊後列に配置して砲撃能力を活かすべきか?
      • 航戦の直接的なアップデートではないが、2016年6月30日に先制対潜攻撃が実装。実はこれこそ潜水艦に火力を吸われるのが悩みだった航空火力艦にとっての大きな転機となった。
        先制対潜可能艦の配備することで航戦の潜水艦対策の必要性が激減し、潜水艦を含む敵相手であっても、自慢の制空補助・先制爆撃、そして砲撃火力を存分に発揮できるようになった。
  • 2014/10/24
    装甲最大値が89→92に上方微調整された。
    なお同時に日向の装甲も同値へと引き上げられた事により装甲差は無くなった。
    また「艦載機搭載数」が44→47に上方調整された。
    2014/10/24以前 合計搭載数44【11,11,11,11】
    2014/10/24以後 合計搭載数47【11,11,11,14】(4スロットのみ+3)
  • 2016/04/22
    日向共々火力最大値が79→83に、対空最大値が89→92、索敵最大値が49→60へそれぞれ上方修正された。これにより索敵値は戦艦2位に。
  • 2016/7
    先制対潜攻撃が実装され敵編成に水上艦と潜水艦が混じる海域においては、軽巡を対潜特化にし、複縦陣にすることにより、安定して砲撃戦前に敵潜を落とせるようになった。つまり、対潜は軽巡に一任し、制空、開幕爆撃、砲戦に集中できるようになったのだ。
    • 防御面は、依然として装甲等が他の戦艦級と比べると低めながら、伊勢・日向は全戦艦中最高の回避力を持つので、どちらが有利とは一概に言えない。
      強力な火力を持つ敵がわんさか出る後半マップでは、装甲で耐えるより回避でかわすほうが有利な面もある。
      通常の戦艦と取捨選択しながら攻略していくこととなろう。
      • ただ、「回避」はレベルによって成長していくものなので、低レベルのまま高難度マップに突撃するのはさすがにしんどい。
    • 対潜攻撃実施を嫌う場合は、水上爆撃機ではなく偵察機や観測機を載せる手もある。
      その場合はボーキサイトも消費せず、出撃コストが軽く高回避な戦艦として運用できる。
  • 2017/6/23
    日向共々火力最大値が83→86(+3)と強化された。
  • 2018/02/05
    対空噴進弾幕が実装され、特定装備を積めば自艦に対する開幕航空攻撃を一定確率で無効化できるようになった。伊勢型は他艦より成功率が高めに設定されている。
    また、戦艦の汎用カットインの上位互換となる専用の対空カットインがメンテナンスに先んじて実装された。

小ネタ

史上初の「航空戦艦」爆誕

  • ミッドウェー海戦で4を失い、早急に空母戦力を回復する必要に迫られた海軍が実施した諸政策の中で「既存艦の空母への改装」が提言され、結果誕生した「伊勢型航空戦艦」の姉の方。
    • 彼女がグラフィックで左手に装備している西洋の盾のようなものが、そのとき付けられた飛行甲板である。
  • 改装までの経緯はこちらに詳しいが、全通飛行甲板をもつ「完全空母化」ではなく、5.6番砲塔を撤去してそこに格納庫や飛行甲板を増設、発艦は水上機用カタパルトで行い帰還は周囲の他空母が行う、という形となった。これは戦局が厳しくなる中で改装に数年もかかるようなものでは間に合わないと判断されたためである。
    • 因みに収容艦載機は自身の持つ主脚で移動するのではなく水上機と同様専用の台座の上に置かれ、そのままカタパルトに設置されて射出される方法であった。
      このため飛行甲板等には台座を移動させるための軌道が配置されているので、通常空母の飛行甲板のように真っ平ではない。
      • この飛行甲板は木製ではなく鋼板の上にコンクリートを敷き詰めるものとなっている。
  • 意外と知られていないが伊勢型は航空戦艦に改装された際、対空火器の増強をかなりの規模で行っている。
  • 因みにこの改装時に最悪と言われた居住性の改善も図られており、一部居住区に冷房設備が設置されたそうな。
  • 1942年(昭和17年)12月から始まった伊勢の航空戦艦への改装は、翌1943年(昭和18年)9月には完了して部隊に復帰した。航空戦艦となった伊勢の姿を写した有名なこちらの写真は、復帰前の8月24日に行われた全力航行試験の際に撮影されたものである。
    • ただ、戦線復帰はしたものの妹の日向はまだ改装工事は完了しておらず*8、搭載する艦載機彗星すら制式化されていない*9状況だった。このため伊勢は艦載機を搭載することなく、改装後の初任務はトラック諸島への物資輸送だった。
  • 大和型戦艦を改装した空母信濃(未実装)と航空戦隊を組む計画もあったという説がある。
    実際のところ
    • 伊勢型の航空戦艦化の工事がされていた頃、大和型戦艦3番艦として建造途上だった信濃を、空母として改めて建造する案が出ていたのだが、艦政本部には大和型戦艦の強靭な船殻をもつ信濃を利用した、いわゆる『不沈空母による中継基地案』があった。
      その中で戦艦の防御力を持つ伊勢型2隻と組んで、通常の空母機動部隊の前衛として進出し、艦載機の前進基地役と敵の攻撃を凌ぐ盾役の双方を期待する計画であった。
      • 艦政本部側はこの案に大分固執していて、大鳳の建造時からこの『不沈空母による中継基地案』は推されていた。だが大鳳の時と同様、運用する側である軍令部や航空本部はこの案に猛反対していた。
        結局信濃は擬装に関しては艦政本部側の意見を「尊重」はするが、運用や使用方法は軍令部、航空本部の方針とすることが昭和17年7月末に取り決められ、艦政本部の大鳳以来の悲願は潰え去った。
      • もっとも、伊勢や日向の航空戦艦への改装終了時点で、信濃はまだ進水すら済んでいない状態であり、最後に改装された日向の改装完了は1943年(昭和18年)11月18日だが、信濃は人員不足から建造中断*11しており、竣工予定日も1945年(昭和20年)1月とまだまだ先の状況であった。伊勢型と信濃で戦隊を組むという話は当時の関係者等の証言としてあるわけではなく、真偽は不明な話である事にも留意する必要はある。
        • 因みに「信濃の中継基地案」自体も、あくまでも艦政本部の主張する案の一つであり、現場サイドである軍令部や連合艦隊、航空運用を管轄する「航空本部」は揃って反対しており、結局信濃は他の空母と同様「攻撃用空母」として運用する事が会議で決定もしている事から、中継基地的な運用をされる事は100%なかっと言っていい。
        • 搭載する艦載機用各種兵装にしても、航空燃料こそ670tと従来の航空母艦よりも多い数値ではあるが、航空機用の各種爆弾や魚雷の搭載数は圧倒的に少なく、同規模の保有数を持つ雲龍型と大差がない。
          項目雲龍型信濃
          搭載定数常用51機+補用2機*12常用42機+補用5機*13
          800㎏または500㎏爆弾72発90発
          250㎏爆弾288発216発
          60㎏爆弾456発216発
          航空魚雷36本36本
          航空燃料360t670t
          信濃は攻撃用空母である雲龍型と同程度の爆弾、魚雷搭載能力しかなく、中継基地として他空母へ供給できる程の搭載量は持ち合わせていない事が分かる*14

レイテ沖海戦

航空戦力の消耗

  • 輸送任務を終えた伊勢だったが搭載する艦載機は中々配備されず*15、11月に改装を終えた妹と共に練習部隊である第十一水雷戦隊に所属して練習艦としての日々を過ごしていた伊勢だったが、1944年(昭和19年)5月1日、2隻は再編された「第四航空戦隊*16」の所属となり、同時に戦隊固有の航空部隊「第634海軍航空隊」も開隊、漸く航空機として彗星8機、瑞雲14機の搭載が決定する。
    • こうして少しずつ航空戦艦としての体裁が整ってきた伊勢らだが、米軍の侵攻はそれを待ってはくれなかった。
      6月15日、米軍がサイパン島に侵攻を開始し遂に大規模な反攻が始まった。日本海軍は小沢機動部隊を中心に反撃に出て、マリアナ諸島沖で「マリアナ沖海戦」が発生するが、結果は空母大鳳翔鶴飛鷹を失い、折角再建できた空母艦載機部隊も壊滅してしまい、大敗北に終わった。
      伊勢と日向は開隊されたばかりで練成途上であり、この海戦には参加しなかったが、この結果第四航空戦隊及び634空は日本海軍に残された唯一の「即応可能の航空機動戦力」となってしまう。
      • 四航戦には解隊されたニ航戦から隼鷹龍鳳が編入され、8月には2個飛行隊(どれも戦闘機部隊)が634空に編入、マリアナ沖海戦に参加していなかったことで搭乗員のレベルも一定の練度が維持されており、壊滅状態の中から必要定数をかき集めていた653空や601空と比べ、634空の編成はスムーズに進み、8月末には再建は完了すると見込まれていた*17
        9月1日時点の634空保有機、稼働機は以下の通り
        機種保有機数稼働機数
        零式艦戦21型70機記録なし
        零式艦戦52型44機17機
        彗星26機15機
        九九式艦爆10機8機
        天山5機4機
        瑞雲21機20機
        合計176機
  • だが米軍の侵攻速度は日本の想定を上回る。9月にハルゼー機動部隊の中南比方面への攻撃と、誤報から始まった混乱による大損害(ダバオ誤報事件)で、サイパン攻防戦で壊滅しつつも再建していた第一航空艦隊は壊滅的打撃を受けてしまう。
    そして10月に入ると米機動部隊が沖縄、台湾等を空襲し「台湾沖航空戦」が生起する。戦いは大消耗戦となり、日本側は米機動部隊に大打撃を与えつつも(実は誤認)、主力となった第二航空艦隊も航空機をすりつぶしてしまい、早急の戦力補充が必要となってしまっていた。
    • ここで連合艦隊は補充戦力の一つとして634空を充てる事を決定する。来るべき捷号作戦では航空戦力の一翼として戦う事が予定されていた機動部隊側は「航空戦力が無くなる*18」と猛抗議するが、連合艦隊司令部の「当面は機動部隊を出撃させることはしない」との口約束を受け、10月12日に634空と653空の台湾沖航空戦への投入を決定する*19
      • だが、その後とんでもない事態に発展する。航空戦力の提供を決定し、各機が南九州の作戦基地に移動して程ない10月17日、大規模な米軍艦隊がレイテ湾東にあるスルアン島を占領し、米軍のレイテ侵攻の兆候をえた連合艦隊は、捷一号作戦警戒を発令、関係各部隊に出撃の指示をだすが、つい先日「当面は使わない」と言っていた機動部隊にも出撃を命じてきたのである。この舌の根の乾かぬ内に約束を翻した連合艦隊司令部の行為に、機動部隊司令部の中には激怒する声も多かったという。
  • 南九州に展開した各機は15日頃より投入されていて多くが損失したり台湾や沖縄などの各基地に帰還していたりしていて、機動部隊本隊への合流は難しい状況となっていた。このため四航戦所属艦艇のうち、隼鷹と龍鳳は搭載航空機を確保が無理と判断され待機*20となり、伊勢と日向は艦載機を未搭載のまま「戦艦」として出動する事になる。

死闘、エンガノ岬沖海戦

  • こうして伊勢と日向は戦艦としての出動となってしまったが、前述したように伊勢型は航空戦艦として改装された際に対空兵装を大幅に増強しており、更に完成後も12㎝28連装噴進砲6基を搭載する等増強工事を幾度となく受けており、この強力な対空火器群はこの海戦で威力を遺憾なく発揮し、伊勢が生還できた要因の一つとなった。
  • レイテ湾に突入する第一遊撃部隊(通称「栗田艦隊」)を米機動部隊の航空攻撃から守るため、半ば「囮」として敵を北方に誘導する任務を負った機動部隊本隊(通称「小沢艦隊」)は中々ハルゼー機動部隊を捕捉できずにいた。24日になって漸く捕捉できた事で小沢艦隊は航空隊を出動させるなどして、あの手この手でハルゼー機動部隊を北方に誘導しようとする。そうした中で伊勢と日向は、秋月型駆逐艦4隻*21と共に前衛として小沢艦隊から離れ、更に南下を継続する。
    • これはハルゼー機動部隊が北上してきた場合に伊勢、日向の主砲による水上戦闘に持ち込むための処置であった。だが20時に栗田艦隊より「敵航空攻撃による損害のため、一時的に敵の空襲圏外に退避する」という16時発信の無電が届き、続報もない事から、小沢提督はこのままでは自艦隊のみが敵中に孤立すると判断、21時27分に伊勢ら前衛に反転北上するよう指示、これをうけて前衛は小沢艦隊との合流のため北上を開始する。
  • 前衛は翌25日7時には小沢艦隊と合流し、第四警戒航行序列の体形をとる。これは瑞鶴と瑞鳳の第五群、千歳と千代田の第六群の空母2グループを個々に随伴艦艇が囲んで対空警戒にあたる陣形で、伊勢は第五群に属して後方に位置し前方左右に展開する瑞鶴と瑞鳳を防衛する位置についた。
    • 第四警戒航行序列
      所属艦艇
      第五群・航空母艦2隻(瑞鶴瑞鳳
      ・航空戦艦1隻(伊勢)
      ・軽巡洋艦2隻(大淀多摩
      ・駆逐艦4隻(初月秋月、若月、桑)
      第六群・航空母艦2隻(千歳千代田
      ・航空戦艦1隻(日向
      ・軽巡洋艦1隻(五十鈴
      ・駆逐艦4隻(霜月、、桐、槇)
  • 8時過ぎより始まった空襲は計4度にわたる熾烈なものとなり、小沢機動部隊は最終的に空母4隻全てと軽巡1隻、駆逐艦2隻を失う事になる。そうした中で伊勢は奇跡的な回避でこれをかいくぐり、ほぼ無傷でこれを乗り切った。
    • 伊勢は4度の空襲に全て晒されたが、第三次空襲までは敵は空母瑞鶴瑞鳳を標的としていたので、伊勢自体を狙ってくる機はそれほど多くはなかった。だが4空母を沈めた後に行われた第四次空襲(17時26分頃から約1時間)では大きな目標は伊勢と日向しかおらず、結果米軍機は伊勢型の2隻、特に伊勢に集中してしまったのだった。
    • この時点で小沢艦隊は四散した状態であり、多くの艦が沈没艦の救助、損傷による撤退などをしていたため、17時26分頃の小沢長官直轄の第五群の状況は、旗艦となっていた大淀と伊勢の2隻だけで行動している状態だった。
      • 約85機に及ぶ米軍機の集団は二手に分かれ、17時26分から僅か3分間の間に左右両舷の後方から連続して急降下爆撃を仕掛けてきた。更にこの間に別の編隊の攻撃機がこちらは左右の艦首方向から計11本の魚雷攻撃をしてくるなど、鈍重な大型艦相手に「絶対命中できる」戦術と物量で猛攻してきた。だがなんと伊勢はこの大量の米軍機の猛攻を殆ど回避したのである。
        低速で運動性も悪く図体のでかい戦艦でこれほどの猛攻を全て回避するなどというのは前例がなく、伊勢の凄まじさを物語る戦歴となった。
      • 最終的にこの海戦で伊勢の船体に「直接」命中したのは、第二次空襲の際に第二砲塔上の機銃座にあった応急弾薬箱2つに命中爆発してこれを破壊、羅針艦橋の窓ガラスおよそ21枚も粉々にした小型爆弾1発の命中のみで、あとは至近弾及び機銃掃射による被害のみであった。
  • 実は当時の伊勢艦長、中瀬泝(のぼる)少将と、日向艦長の野村留吉少将は揃って艦長としては新米な人物であった。
    新米艦長中瀬泝
    • 伊勢艦長の中瀬泝(のぼる)少将は海軍兵学校45期卒で、同期には大和最後の艦長有賀幸作や、その前任でレイテ沖海戦時の大和艦長の森下信衛、武蔵艦長の経験もある最後の二水戦司令官の古村啓蔵、利根隼鷹翔鶴の艦長を歴任した岡田為次など、太平洋戦争を艦長職や隊司令で迎えた世代の一人である。だが中瀬自身は1931年より峯風型駆逐艦「島風」(こちらの先代)の艦長を1年ほど勤めた以外は、ほとんどを陸上勤務や艦隊司令部付や基地航空隊の隊司令などを務めていて、開戦時も海軍省人事局第一課長という立場で迎えており、現場とはあまり縁のない海軍人生を送ってきた人物だった。
      • そんな中瀬が伊勢の艦長を拝命したのは1943年(昭和18年)12月25日で、洋上勤務は1938年に妙高副長を務めて以来であった*22
        幸いにも、彼が着任した頃の伊勢は前線にでず内地で訓練に終始していた時期であり、艦長として伊勢を操る為の訓練を行う時間は十分にあった。足りないのは「艦長としての実戦経験」だったともいえる*23
    • 部下からも非常に慕われていた人物であり、生誕地にある「中瀬提督の碑」では北号作戦における潜水艦による雷撃の回避を「神業」と評され、その人柄を「剛毅果断ながら内に慈愛の心を秘め、部下も艦長を慈父のように慕う」とある。
      • 中瀬艦長の出身地は宮崎県椎葉村。現在は上椎葉ダムにより水没しているが、椎葉村長でもあった父中瀬淳氏の邸宅が日本民俗学発祥地として保存されている。
        邸宅内には中瀬艦長ゆかりの品や、上記の戦艦伊勢の模型等も収蔵されている。
        • 中瀬邸は資料館の類ではなく、現在でも住民が住まう民家であり、訪問の際は椎葉村観光協会を通しての事前のアポ取りを強く推奨する。
  • 新米艦長の中瀬が頼りにしていたのが、当時の四航戦司令官、つまり中瀬の上司であった松田千秋少将が作成していた「爆撃回避法」であった。
    • 松田少将も戦後の証言で、中瀬艦長はマニュアルを完全にマスターしていたと、中瀬の爆撃回避に太鼓判を押している。*24
      また、松田少将は「人格も統率もよし、戦も上手だし、操艦も上手い」もっとも優れた艦長として中瀬艦長の名前を上げている。
      そんな中瀬艦長、急降下爆撃に対してはこれでもかというほどの「取舵」一辺倒で回避したという。理由は「言いやすかったから」とのこと。因みに日向の野村艦長は逆に「面舵」の連打でそれぞれ回避しており、その理由も「言いやすかったから」だそうな
      • 急降下爆撃の場合、舵を切るタイミングが大事で方向はどっちでも良かったそうな。そのため中瀬艦長が取舵をし続けた事で
        「取舵だったから次は面舵だろう→取舵でした→今度こそ面舵だろう→(`Д´#)ガッデム!」
        …と、こんな感じで米軍機の予測の裏をかき続けてたそうな。
        なお雷撃に対する回避については、航海長に任せていたそうである*25
        この顛末は、光人社「艦長たちの太平洋戦争」で、両艦長の証言としてまとめられているので、興味があればご一読を。
      • そんな伊勢でも間一髪の場面があった。当時伊勢の見張り員に声の大きな兵が居たそうで、あまりの大声に耳が痛くなるほどだったそうな。訓練の時、中瀬艦長が「うるさいから静かにしろ」と注意すると以降は意識したのか大声を出すことはなくなったそうだが、第四次空襲がひと段落して交代で休憩をとる事になり、その兵が艦橋の後ろで一服してた際、伊勢めがけて突進していくる魚雷の雷跡を発見する。
        実はこの雷跡、中瀬艦長や航海長、見張り員をはじめ艦橋の誰もがこれに気づいていなかった。激闘だった第四次空襲を潜り抜けてほっとした隙を突かれるようなこの雷撃を、誰よりも先に発見したこの兵は咄嗟に「雷跡!艦尾より雷跡!」と大音量で絶叫、これで中瀬らも気づいて慌てて回避、ギリギリ躱す事に成功した。中瀬は戦後、この兵に感謝する発言を残している。
      • また第三次空襲後沈没した瑞鳳乗員救助まで行っている。言うまでもないが戦艦のような大型艦は一度止まると容易には再加速できない*26
        そんな中での豪胆というか殆ど暴挙に近い行動だったが、第四次空襲が始まるまでに無事98名の生存者を収容している。
        因みに伊勢と同様、駆逐艦「桑」も瑞鳳の生存者救助にあたり、此方は17時20分までに瑞鳳艦長杉浦矩郎大佐以下847名を救助している。米軍機の皆が伊勢への攻撃に躍起となった結果、見向きもされなかった…のかもしれない。
  • なおエンガノ岬沖海戦では報道班員が各艦に配置され映像や写真を残している*27。その中で軽巡大淀から撮影された伊勢の対空戦闘の映像が今現在も観ることができる。
    日本戦艦の実戦における主砲射撃シーンを捉えた(たぶん)唯一の現存映像(日本ニュース第232号・NHKアーカイブス)で、主砲や高角砲などが猛然と火を噴く映像はド迫力かつ超貴重なので、興味があればぜひご覧いただきたい*28
    伊勢の他に、軽巡大淀・空母瑞鳳瑞鶴らの勇姿を見ることができる。*29何度でも言うが大変価値の高い映像である。

再度の南方進出

  • レイテ沖海戦の後、10月29日に呉に戻った伊勢は「航空戦艦」としての運用を諦める事になり、11月1日には射出機を撤去した。
    11月9日には伊勢と日向は、第三戦隊らと共にマニラに向けての物資輸送のため出撃し、11日に台湾馬公に寄港するが、13日にマニラ湾が大空襲を受けた事で二手に分かれ、伊勢ら*30は新南群島に向かう事になる。
    • 14日、群島到着後は物資を輸送艦に移した伊勢だが、翌15日に日本海軍は激減した戦力の再編成を行い、空母戦力が壊滅した第三艦隊とそれを基幹としていた第一機動艦隊を解隊。第三艦隊に所属していた各戦隊*31も解隊されていったが、第四航空戦隊は空母である隼鷹と龍鳳を第一航空戦隊に移籍したうえで「戦艦戦隊」として存続する事になった。また第三艦隊が解隊された事で四航戦は第二遊撃部隊の基幹である「第五艦隊」に配属替えとなり、以後は第二遊撃部隊指揮下として活動する事になる。
  • だが伊勢、日向のような鈍足の戦艦を使用できるような戦況ではすでに無くなっていた。第二遊撃部隊の任務はレイテ島への物資および増援を輸送護衛するのが主目的であり、もはや米艦隊と雌雄を決するような余裕もない状況で、戦艦の使い道などなかった。
    12月になると伊勢らはリンガ泊地に移動、12日に出港して12月14日にカムラン湾*32に移動する。
    翌15日に米軍がミンドロ島に上陸を開始、カムラン湾にいた第二遊撃部隊はその上陸地点への殴り込み作戦「礼号作戦」を行うが、これに伊勢と日向は参加しなかった。
    • 礼号作戦自体は成功するも米軍の損害は僅か*33で、翌日には何事もなかったかのように米軍のミンドロ島制圧及び飛行場運用は続けられており、米軍の作戦に大きな影響を与えるようなものではなかった。翌1945年(昭和20年)1月9日にはルソン島リンガエン湾に米軍が上陸、遂にフィリピン本島への米軍侵攻が始まってしまう。
      こうした中で米側はカムラン湾にいる伊勢及び日向を脅威と感じていた。というのも礼号作戦ではたいした損害を被らなかったが、「敵艦隊に懐に入られた」のは事実であり、もし伊勢、日向らがこの時日本艦隊にいたら大損害を被っていたとハルゼー提督は考えていた。
      そこで南シナ海一帯に残存する伊勢、日向ら日本艦艇主力を撃滅し、二度と「懐に入られる」事の無いようにすべく、これまで潜水艦でしか進入できていなかった南シナ海へ米機動部隊を侵入させ大規模な攻撃を展開し、残存する日本艦艇を撃滅する作戦「グラティテュ―ド」を発動する。
    • 作戦は1月12日より行われ、バジー海峡より侵入した第38任務部隊の各群は、中国大陸からインドシナ半島の目ぼしい港湾施設等を捜索し日本艦艇を捉えようとした。だが12月30日に行われた米軍の事前偵察を「大規模空襲の予兆」と判断した第二遊撃部隊はカムラン湾他在泊の艦艇に昭南(シンガポール)もしくはリンガ泊地への撤退を指示しており、翌31日には伊勢はその他の艦艇*34と共に昭南に到着していのだ。
      • 見事な空振りとなってしまった第38任務部隊だが、方針を変えて周辺に避難していた複数の輸送船団への攻撃を開始する。ヒ86船団はタンカー含む輸送船10隻全てと護衛艦艇6隻*35中3隻*36が沈められた他、他船団も次々と攻撃を受け、ヒ86船団以外でも輸送船15隻、タンカー6隻、貨客船3隻、海防艦5隻、小型艦艇*374隻を失うという重大な損失を受けてしまう。攻撃は15、16、21日にも実施されて駆逐艦旗風、輸送船7隻、タンカー9隻が沈められており、これにより日本と南方とをつなぐ航路は船団自体が壊滅し、残された輸送船やタンカーによる小船団による細々としたものにせざるを得なくなってしまう。
      • 因みに本来の目的であった伊勢と日向の撃沈は果たせなかった第38任務部隊だが、カムラン湾にいたフランス軽巡のラモット・ピケ*38を伊勢と誤認して攻撃、撃沈してしまう事件があった。

北号作戦

  • グラティテュ―ド作戦で輸送船団が壊滅した事に衝撃を受けた日本海軍だったが、既に多くの戦力を失い、残された艦艇も多くがシンガポール方面に取り残されている状況だった。こうした中で軍令部は本土決戦に向けての戦力と物資を本土に集める方針をより強くし、2月4日、第四航空戦隊*39と第二水雷戦隊*40に物資人員を搭載しての内地帰投を命じた。
  • 翌5日は前線部隊の再編が行われ、第二遊撃部隊は第五艦隊共々解隊となり、南方の残存戦力は新設の「第十方面艦隊」に編入となる。新たな司令長官となった福留繁中将は「完部隊」と命名された内地帰投部隊に正式な内地帰投輸送作戦実施を命令、輸送船団が壊滅した今、少しでも本土に物資を送るべく、伊勢と日向は艦載機のない後部格納庫に大量の物資*41を搭載、甲板上にはガソリンを詰めたドラム缶を多数載せ、ちょっとでも被弾したら大爆発は不可避の状態で、部隊は2月10日夕刻、シンガポールに残留する事になった羽黒足柄、応急修理中の高雄妙高らに見送られながらシンガポールを出撃していった*42
    • 部隊は燃料節約のため16ノットに抑えて航行、航空支援は望めない状況の中で偽装航路*43をとったりしながら航行したが、米軍は暗号を解読しており、迎撃命令を付近の部隊に発していた。
      • だがこの頃、米軍は「硫黄島攻略作戦」を実施していて機動部隊もその方面に進出しており、実は完部隊の行動を阻止するための大規模な艦隊は不在の状況だった。そのため米軍の迎撃は南シナ海に展開する15隻の潜水艦や、付近の地上基地から飛来する米陸軍航空隊が主となるが、松田司令官の指揮と各艦の対応が見事にハマり、結果全艦揃って無傷で呉に帰還を達成するという奇跡を成し遂げた。全滅覚悟でいた上層部もこの結果には本気で目を疑い、ついで狂喜乱舞したという。
    • 成功の要因は複数あるが、複数の米潜水艦による接触・攻撃を全て回避できたこと。陸上からの支援も諦めていたなか、934空や足柄搭載の水上偵察機が対潜哨戒を実施してくれたこと。特に部隊で唯一水上機を搭載していた大淀の2号機が12日に発艦して艦隊直掩を実施後カムラン湾に帰還て補給を受け、以後海南島、厦門、基隆の水上機基地を利用しながら完部隊を追いかけて直掩を内地まで実施し続けた事、米陸上機(B-24)の大編隊をスコールや雲に助けられて躱す事に成功した事などが主な理由にあげられる。
      • なお、伊勢は潜水艦から接近する魚雷を命中寸前に高角砲で撃破するという芸当*44を見せている。日向も浮上追跡してくる米潜水艦を主砲で撃退したりと、姉妹揃って奇想天外なエピソードを残している。
        この潜水艦*45、伊勢を狙おうと追撃に夢中になりすぎてたのか、後方に居た日向の存在に気付いてなかったそうである。いきなり主砲を撃たれたもんだから大慌てで潜航し退避、伊勢は日向に救われた形となった。
    • 14日には台湾に近づいたこともあり、馬公から第一駆逐隊(神風、野風)が駆けつけて護衛につく。2隻は旧式駆逐艦ということもあってか悪天候のなか部隊に追従するのに難渋し、部隊から落伍する事もあったがなんとか任務を全うしている。この間、米陸上爆撃機数10機が襲来したが悪天候で完部隊を捕捉できず、あきらめて帰投した。
      15日夜半に馬祖島に到着、ここで燃料を補給すると共に第一駆逐隊と別れ*46、完部隊は16日になると共に出撃する。この後は敵の襲撃もなく、16日夜に舟山島仮泊、17日に黄海を横断し18日朝鮮半島南岸で再度仮泊、19日夜に下関に到着、20日午前に呉に帰還した。大淀の水上機2機も無事に帰還*47しており、全くの損害の無い状態での成功となった。
      • 大成功に終わった北号作戦に軍上層部は狂喜乱舞した。元より「全滅覚悟、半分でも帰ってきたら上等」という作戦であった中での無傷での成功は連合艦隊や軍令部を驚かせ、多くの感謝の言葉をもらったと、中瀬艦長は回想している。だが、完部隊で運ぶことのできた物資量は中型貨物船1隻分に過ぎず、仕方がない事ではあるが、この程度の量の物資輸送に成功した事を狂喜せねばならないというのが、この時期の日本の窮状でもあった。

その後

  • 北号作戦を成功させた伊勢だが、内地にはもう伊勢を動かせる燃料などなく、3月1には長らく所属していた「第四航空戦隊」は解隊、伊勢は「呉鎮守府第一予備艦(要は浮き砲台)」に指定され、三ツ子島近海に停泊する。
    一時は「伊勢」と「日向」のどちらかが新型爆弾*48の標的になる予定だったが諸事情によりなんとか生きながらえた。*49
    しかし生きながらえたとはいえ、完全に動けなくなり停泊するのみとなっては、もう回避の技も強運も発揮のしようがなかった。
    3月19日の「呉軍港空襲」で伊勢は直撃弾2発を被り、修理をせぬまま呉港外・音戸町坪井沖に移動、「特殊警備艦」に変更となり動けぬまま防空砲台として戦い続ける事になる。
    7月24日に行われた空襲で伊勢は艦橋に直撃弾を受け、北号作戦を共に戦い抜いた大淀の艦長から転勤していた牟田口艦長以下50名が戦死、多数の被弾により浸水も激しく艦長代理となった師岡高射長の指揮のもと呉工廠第四ドックで修理を行う手筈となり、その準備作業中の28日、再びアメリカ軍の大空襲が始まる。
    • B-29などおよそ110機、艦載機延べ950機がすでに多くを焼失している呉市街と、呉軍港を爆撃。伊勢は猛烈な対空射撃を行い、連日の戦闘で400発以上の主砲弾を発射した。しかし、圧倒的な敵機を前に燃料もなく、回避行動を取ることができない伊勢に11発もの爆弾が命中。至近弾の数は数えきれないほどだったという。戦死者は573名に及び、わずかに伊勢に残っていた重油も流出したことで引火し、海面は猛火に包まれてしまう。やがて殆どの高角砲が使用不能となり、主砲も次々に動力を失っていき、ついに力尽き着底した。
      • 戦闘終了後、2番砲塔の右砲には三式弾が装填されたまま最大仰角で停止していた。大火災は次第に2番砲塔に近づきつつあった。暴発の危険もある事から呉市街の上空めがけ最大仰角で発砲。これが、日本戦艦の放った最後の主砲弾だった。
        火焔と黒煙を噴き出し砲声も絶え既に死に体のように見えた伊勢が、突然轟音とともに爆煙を噴き上げたため、呉鎮守府の見張員は思わず「伊勢爆発轟沈」と誤認して報告したという。
      • 発射を担当した2番砲塔右射手の東山久男上等兵曹はこの時のことを
        「電気、水圧ことごとく不良。砲身は仰角一杯、四十三度である。二番砲塔発射の命を受けて、最後の一発を砲側電池にて、伊勢の乗組員全員の祈りを込めて、この手で力一杯天にも届けと発射した。」
        と回想している。伊勢の最期の咆哮は、連合艦隊、そして大日本帝国海軍の最期をとむらう弔砲となって呉軍港に轟きわたった。
        こうして最大の危険物を処置し終わった直後、伊勢は最後の力を振り絞り2番砲塔を艦の正中線へ旋回。それが終わると同時に、ついに全ての動力が失われた。
        かくして伊勢の戦いは終わったのである━━
  • 昭和20年8月15日。伊勢はかろうじて残存していたものの、被弾著しく、大破着底の状態で終戦を迎えることとなった。後日、艦内に留まっていた乗員たちも総員退艦が下命され、軍艦旗を下ろそうとすると、ポールに引っかかりなかなか下ろせなかったという。
    • また、2番砲塔の砲身は動力を失いつつも空を睨んだままであった。この光景に、乗組員は「伊勢はまだ戦うつもりなのか……」と涙したという。こうして、大正時代から海軍を支えた戦艦伊勢は、静かにその生涯を終えた。→戦後撮られたカラー映像(10:08-13:10)
    • 戦後、陸揚げされ解体された伊勢の艦橋に戦災で家を失った家族(4世帯)が住み着いていたことがある。→日本ニュース 第97号
      • 1946年10月より伊勢は解体作業に入り、11月28日には上部構造物を撤去、1951年には完全に解体された。

「いせ」の名を継ぐ者

  • そして時は経ち2009年。全通甲板式のひゅうが型ヘリ搭載護衛艦(DDH)2番艦が進水。「伊勢」の名を継ぐ「いせ」と命名された。全長・全幅は戦艦伊勢とほぼ同じである。
    • 2011年3月16日に華々しくデビュー・・・のはずだったが、就役の5日前に「東日本大震災」が発生。
      軍艦旗自衛艦旗授与式などは予定通り行われたが、フル回転中の現場にそんな余裕は無く祝賀会は自粛。大きな期待と船体にしては非常にさびしいデビューとなった。
      • 先に就役し、来世でも再び姉妹となった「ひゅうが」と同様、マルチハザードに対応する洋上プラットフォームとして大きな期待が寄せられていたが、習熟訓練もこれからという彼女は何も出来ず、ただただ姉のひゅうがの活躍を見守るしか出来なかった。
    • こうしてデビュー早々悔し涙を飲んだ彼女だったが、デビューから2年。国外でいよいよ力を発揮する機会が訪れる。
      2013年11月、空母「ジョージ・ワシントン」を旗艦とする米国海軍の空母打撃群を筆頭とした各国の救援部隊が、大型台風で壊滅的被害を受けたフィリピンやパラオ等の被災者救援のために集結した。
      この救援活動には自衛隊も参加。“Operation SANGKAY”*50と名付けられたこの自衛隊史上最大規模の海外被災地支援任務に投入された救援艦隊の旗艦として、護衛艦「いせ」は発進した。因縁の海域であるレイテ島沖で激戦を繰り広げた国々が、今度は友軍として人道支援のために集結する事となったのである。
      • なお最大の被災地であったタクロバンはレイテ島東岸であり、栗田艦隊や西村艦隊が目指したところである。
    • その帰国から間もない2014年1月。レイテ湾からの帰りを報告するかのように、呉基地から近い三ツ子島海岸沖、まさに「伊勢」が力尽きたその場所で「いせ」による洋上慰霊式が行われた。
      同式典には「伊勢」元乗組員(一番主砲砲手)が出席、遠い後輩となる若き「いせ」のクルーとともに、戦艦「伊勢」そしてかつての戦友に、2代目の艦上から静かに祈りをささげた。「伊勢」と「いせ」が時を越えて一つになった瞬間である。
      • 「いせ」の多目的室にも、ひゅうがと同様、護衛艦いせと並走する戦艦伊勢の絵が展示されている。
        ひゅうがの絵にいるのは日向ではなく伊勢だったりするが。
    • 2015年6月3日、国賓として来日中だったベニグノ・アキノ三世フィリピン大統領は、参議院での演説で伊勢について触れた。「第二次大戦の『伊勢』は世界史上最大の海戦のためにレイテ沖にやって来たが、(2013年の台風支援でやって来た)『いせ』は、災害支援、平和の使者、比日連帯の象徴としてレイテに戻ってきた」
    • 2017年12月2日に佐世保で行われた『護衛艦カレーグランプリ』で、「いせ」のアピールタイムが行われた際、艦娘「伊勢」のパネルが掲出された。パネルには「C2プレパラート寄贈」と記載されていることから、運営の公認を受けている。*51
  • レイテ沖海戦から26年たった1970年10月25日、元乗組員と遺族による軍艦伊勢会によって呉海軍墓地(長迫公園)に慰霊碑が建立。毎年7月28日には少数の関係者によって法要が執り行われている。
  • 国鉄の列車名にも「伊勢」は存在した。東海道本線・関西本線・紀勢本線・参宮線の寝台急行として、1953年から1968年まで東京と鳥羽の間を結んでいた。
    • 当初は東京と湊町*52の間を結んでいた寝台急行「大和」(経由は東海道本線・関西本線)の鳥羽発着列車だったが、1953年に「伊勢」と名を変えた。
    • 当初は単独運転だったが、1958年から「大和」と亀山で分離併合する併結運転となり、東京と新宮を結ぶ寝台急行「那智」の運転開始(東海道本線・関西本線・紀勢本線を経由)に伴い1959年から1964年まで「那智」と多気で、東京と金沢(米原を経て東海道本線・北陸本線を経由)を結ぶ寝台急行「能登」と名古屋でそれぞれ分離併合された*53。1964年から1965年までは鳥羽行きの下り列車が亀山まで「大和」と、東京行きの上り列車が多気から「那智」とそれぞれ併結という変則運用となった。1965年からは上下列車とも「那智」と多気で分離併合と改められた。
      • 1968年、ヨンサントオで「大和」、「那智」と共に統合され、東京と紀伊勝浦を結ぶ寝台急行「紀伊」の鳥羽発着列車となった*54
  • 2013~14年にかけて、伊勢神宮の式年遷宮にあわせて、名古屋~伊勢市間にキハ85系で臨時急行「いせ」が運転された。所要時間は下り1時間55分(直前の快速「みえ」1号は1時間38分)、上り2時間6分(直前の快速「みえ」18号は1時間42分)と、かなりの鈍足ぶりを発揮した。おとなしいじゃん。

この艦娘についてのコメント

  • 現在勲章7個で4-5、5-5、6-5残し。勲章を任務でもらえるのは黒潮と伊勢どっちだ・・・ -- 2018-06-13 (水) 22:06:32
  • あまりに強化されたんで低燃費用2隻目も反射的に確保してしまった… -- 2018-06-14 (木) 07:11:10
  • 牧場あり? -- 2018-06-14 (木) 09:41:28
  • 妖怪Lv1足りない -- 2018-06-14 (木) 11:29:46
  • 改二への改修Lvが抜けてたので追記 -- 2018-06-15 (金) 08:58:47
  • ロケランの改修ができなくなっった・・・ -- 2018-06-16 (土) 01:12:45
    • 2面以降回してれば数日で拾えるし、改にするのも10あればいいんで……支援砲撃要員兼ねて二隻目作るか。 -- 2018-06-17 (日) 10:56:08
  • 慢心提督なんで必死こいて連れまわしてるんだけど、小破の台詞かっこいいな -- 2018-06-18 (月) 12:50:27
  • 航空戦艦枠のサブと噴進砲改修用として二隻目育成開始 -- 2018-06-22 (金) 20:53:31
    • うちも改二の燃費がよくなかったので、日向とセットで二組目を育成開始。 -- 2018-07-09 (月) 23:25:30
  • 瑞雲(六三四空)★+7を載せたら、火力+2された。 -- 2018-06-30 (土) 15:52:52
    • よく見たら瑞雲(六三四空)のページに載っていた。 -- 2018-06-30 (土) 15:55:59
  • 噴進砲の改修のために2隻目としておいておこうかと思う、地味に不便 -- 2018-09-14 (金) 00:06:08
  • 中瀬艦長の故郷、宮崎県椎葉村には、今も中瀬姓の家が何件か残ってる -- 2018-09-18 (火) 20:12:24
  • 万年丙提督です。他のカタパルトを改装に使用する艦と比べて伊勢改二の改装優先度はどの位でしょうか? -- 2018-10-23 (火) 12:42:20
    • 使用感からの個人的な感想になるが、艦としての有用度は伊勢≧装甲空母≒夜戦空母>>護衛空母くらいだと思う。一応の理由としては、装甲空母は強いが空母で代用出来なくはない。夜戦空母は有用だが使う場面が限定的、護衛空母はカタパルト必要ない瑞鳳がいる。それらに比べて伊勢は他の戦艦では代用できず使える場面も多い。 -- 2018-10-23 (火) 14:51:31
      • 不等号を逆にしないと誤解を与えますよ -- 2018-10-23 (火) 15:04:21
      • 不等号の向きが逆では? あと夜戦空母よりは装甲空母の方が優先度上だと思う。夜戦空母は使う場面が極めて限られるが、装甲空母は正空使えるすべての場面で「強い空母」として使える。丙提督には優先度低いでしょ。 -- 2018-10-23 (火) 15:10:58
      • 不等号逆だね、直した。あと書いてから気付いたが、夜戦空母に関しては夜攻・夜戦揃ってない可能性考慮してなかったのは我ながら迂闊だった。そういう意味でも装甲空母より優先度低いね。 -- ? 2018-10-23 (火) 18:56:00
    • 翔鶴瑞鶴と並んで最優先候補だと思ってるわ。他の戦艦より火力落ちるとはいえ、空母を使わず弾着維持したまま22機の艦戦使えるのは破格。伊勢でやるかは別として、やろうと思えば扶桑型改二と同程度の火力を発揮可能なわけだから艦戦要らない場面でも戦力的に潰しが効くし。決して最強ではないけどめちゃくちゃ重要なポジションの艦だと思う -- 2018-10-23 (火) 18:28:07
    • 色々な意見をありがとうございます。改二まであと少しなので改装を決めました。 -- 木主? 2018-10-24 (水) 17:05:04
  • 噴進改二ゲットしてなんとなく伊勢改にテキトーな機銃と高射装置積んで5-2行ったらヤバかった。対空値145程度なのに150戦ノーダメージ、、、 -- 2018-12-04 (火) 23:14:11
  • 噴進の改装のために改を作っておこうとしたらLV10で改になるんだな、びっくりした -- 2019-02-09 (土) 15:21:39
  • 提督の兄貴姉貴方、噴進砲改修の為の伊勢日向はレベルいくらくらいまであげられてますか? -- 2019-04-18 (木) 21:29:51
    • 日向改をLv10まで -- 2019-04-19 (金) 01:38:14
  • 呉で大破着底の日ですね…日本戦艦最後の射撃が引火を防ぐための伊勢の三式弾やったんやな…夏ボイスが本当に泣ける… -- 2019-07-28 (日) 22:39:35
    • 内地で終戦を迎えられただけまだ幸せな方だと思うよ… -- 2019-07-29 (月) 01:05:59
  • 何かで貰った噴進砲改二2つあるけど、いよいよ自前で作ろうと思ったら何気に伊勢型改が必要と知る。そういう時に限ってすぐに来ないのはお約束。 -- 2019-09-12 (木) 03:24:45
  • 航空戦艦にする際に主砲降ろしてると思うんですけど、その主砲ってその後はどうなったのですか? -- 2020-03-15 (日) 18:35:16
    • 下ろした副砲は陸戦隊の重砲隊に配備されたそうですが、主砲の方は私も記録を見たことがありません。 -- 2020-05-30 (土) 19:08:32
  • 噴進砲改修用に用意した伊勢型改の2人がイベントで結構役立ってくれて何より -- 2020-07-05 (日) 21:25:07
  • 改二にするために5-2あと450周しなきゃ… -- 2021-01-05 (火) 20:32:05
  • 今でも最上と伊勢日向の改は改修で時折必要になるね。もうええやろと思った頃また瑞雲で必要になるからやっぱ伊勢型は2隻持ちせにゃ駄目か -- 2021-09-15 (水) 19:30:56
  • 噴進砲レべリングのお供に最適かも。改二より燃費いいしお手軽。 -- 2021-12-19 (日) 18:16:36
  • 艦これ自体リリース当初からやってて、最近5年ぶりくらいに何となく再開してみたんだが、伊勢の「小沢囮艦隊のときに比べれば、この位!」のセリフ聞いて、昔燃えてた頃を思い出した。「リアルは大変だったけど、今度は俺と一緒に頑張ろうぜ!」ってマジメに思ってた、当時。痛々しいけど、懐かしいな~。 -- 2022-08-11 (木) 15:52:38
  • なんじゃこりゃ!? (OO;現存実機が有るとも聞かんし、伊勢型の姐さんや、提督先輩がたならば何か知ってるかと思うて上げて見ました。どなたかご教示のほどを (// -- かぼちゃ大王? 2022-10-01 (土) 11:31:36
  • 伊勢改に乗って、異世界に行きたい。 -- 2022-10-12 (水) 13:40:34
  • 対潜マップの2巡・瑞雲で索敵と開幕・水戦で制空と案外出番ある 役割的にはレベル無関係だけど、単発とはいえ当てられると強いのでできればサブでもレベル上げておきたい -- 2023-03-29 (水) 22:45:48
  • 脚注17がなんかおかしい「直径1.6m、成型炸薬効果により爆発地点から前方3kmを吹き飛ばす威力」大和砲でもこうはならんぞ -- 2023-06-17 (土) 10:24:38
  • 固有対空カットインが実は改でも出せる上に複合判定化して 増設に噴進改二に次いで三式弾も行けるようになったんで 意外に防空艦として最低ハードル?な艦かもしれない -- 2023-07-10 (月) 17:31:38
  • 先日の海自のシーホーク(SH-60)の事故(小笠原諸島の鳥島東沖にて。2機の空中クラッシュか?)で、第1報を聞き知ったのも、小ネタであったこの「いせ」姐さんだそうでんね? -- かぼちゃ大王? 2024-04-21 (日) 21:15:45
  • 速報🆕👂️‼️伊勢・日向ほか水上機母艦姐さんたちの悲願、瑞雲ついに来たる!!! -- かぼちゃ大王 2026-01-30 (金) 20:52:32

*1 母港ボイスは各艦娘につき3つ割り当てられています。「詳細」ボイスは編成画面の「詳細」ボタンをクリックすることで聞くことが出来るボイスです。母港画面でも聞くことが出来ます。「母港3」ボイスは「母港画面でのクリック」もしくは「母港画面への遷移」でのみ聞くことが出来る、いわゆる「提督お触りボイス」です。編成画面での「詳細」ボタンでは聞くことが出来ません
*2 4つの基本ボイス(昼戦開始・昼戦攻撃・夜戦開始・夜戦攻撃)がありますが、各ボイスはその他の色々な場面でも使われます。各ボイスをどのフェーズ(航空戦/開幕雷撃/先制対潜/昼戦攻撃/各種CI...など)に割り当てるかは艦娘によって異なり、例えば開戦ボイスを攻撃でも使ったり、夜戦攻撃ボイスを昼戦でも使ったりします)
*3 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*4 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*5 装備ボイスは3ボイスありますが、近代化改修ボイスと共用化されています。また、ボイス3は「近代化改修」「開発」「バケツによる即時修復」「遠征出撃」「アイテム発見」ボイスと共用化されています
*6 後部マスト形状から、日向ではなく伊勢と断定できる
*7 伊勢の航空戦艦への改装工事が完了した1943年9月時点では大和型は両舷に副砲を搭載する竣工時とほぼ同じ状態であり、高角砲は6基12門、対空機銃は増設している(両舷副砲の前後に2連装機銃を1基ずつ追加など)が、それでも伊勢の数には及んでいない
*8 日向の改装工事は1943年5月から11月18日までの間で行われている
*9 彗星の制式化は1943年11月
*10 伊勢だけで1278名を輸送
*11 横須賀工廠で建造を請け負っていた雲龍能代、松型駆逐艦の建造や水上機母艦千代田の空母化、前線で損傷したり故障した艦艇(翔鶴飛鷹大淀摩耶など)の修理などで工員の人手が足りなくなってしまっていた。工廠では工員4,000名を増員したりしていたのだが、それでも全然足りなくなってしまっていたという
*12 一七試艦戦(烈風):18+2機、一六試艦爆(流星):27+0機、一七試艦偵(彩雲):6+0機
*13 一七試艦戦(烈風):18+2機、一六試艦爆(流星):18+2機、一七試艦偵(彩雲):6+1機
*14 着艦時に爆弾や魚雷等の重量物を搭載したままですることは、着艦時の衝撃で外れてしまったり、主脚が負荷に耐えれず破損する危険があるので厳禁である。そのため中継基地として信濃を運用するなら、他空母から飛来する際は未武装のまま信濃に着監し、そこで武装を搭載する必要がある。これは現在の旅客機も一緒で、着陸時は燃料等が減った状態で「安全な着陸」が出来るようにしているため、国際便など燃料を満載した状態の機がトラブルなどあって引き返す際は、燃料を上空で遺棄して機体重量を軽くしてから着陸している。
*15 彗星の制式化が遅れたのは前述したが、その彗星をカタパルト発艦に対応する改修(機体構造の強化等)を施した彗星二一型(D4Y1改)の開発は更に遅れていたのが要因
*16 開戦時は龍驤春日丸で編成していた航空戦隊だが、ミッドウェー海戦後の部隊再編の際に解隊となる。
*17 因みに653空(3航戦)は10月、601空(1航戦)は年末に再建完了が見込まれていた
*18 この補充は634空だけでなく653空の投入も指示されており、この2隊を供給してしまうと、機動部隊には最も練成が遅れている601空鹿手持ちの戦力が無くなってしまう
*19 派遣戦力は最終的には634空で零戦59機、彗星17機、天山17機、瑞雲18機。653空は零戦88機(爆装零戦含む)、天山40機、99艦爆9機
*20 但し隼鷹は搭載燃料を出撃艦艇へ配分する事になり、本土を出撃するまで随伴
*21 秋月初月、若月、霜月
*22 その間に第二遣支艦隊司令部付などを経験しているが、司令部付だったのは10日程ですぐに第14航空隊司令に異動したりしており、本格的な洋上勤務は妙高副長時代にまでさかのぼる
*23 大型艦の操艦となると艦種固有の癖(例えば伊勢型は直進性に難があるとか、大和型は舵が効き始めるのは遅いが効き始めたら急角度で回頭出来る等々)や、艦自体の癖もあったりするので、指揮を執る艦長や航海長はそういった癖を把握して操艦をしなければならず、訓練等で操艦経験を積んでいるのといないのとでは、例え着任前から何回も艦長経験がある熟練者でも実戦での操艦に差が出たという。
*24 当時の戦艦などの艦長の間には「船は航空攻撃に対しては無力」の考えが一般的であり、このマニュアルを軽視する人も多かったと言う。マスターできたのも艦長経験の少なさのおかげでそういった先入観無しでマニュアルに取り組めたからである。
*25 雷撃に対しては艦の正面を敵編隊に向け、急降下爆撃に対しては艦の側面を敵編隊に向ける、というのが爆撃回避法のポイントで、IL-2などのフライトゲームで対艦攻撃してみれば、この機動を取られると非常に攻撃しにくいことが実感できるだろう
*26 というか駆逐艦でも普通は無理
*27 小沢艦隊だけでなく志摩艦隊にも配置されていたようで、二つに分かれて炎上する扶桑の姿を撮影している
*28 ちなみに画面右側に写る大きな黒い影はカメラマンの指。伊勢型が航空戦艦に改造されたのは機密事項だったので、航空甲板を指で隠しながら撮っているのである。
*29 空母瑞鳳と軽巡大淀からの撮影。この時小沢艦隊は部隊を2分しており、妹の日向千歳千代田の護衛として離れた位置に居たため、大淀とともに瑞鶴瑞鳳の護衛であった伊勢の映像である。よって残念ながら日向は写っていない
*30 伊勢の他に日向、秋月型駆逐艦「霜月」、松型駆逐艦「梅」「桐」
*31 第三航空戦隊や、護衛戦力として配属されていた第十戦隊など
*32 現在のベトナムにある南シナ海に面した港
*33 日本側の報告では「輸送船4隻、魚雷艇1隻、小型舟艇2隻撃沈、敵飛行場ならびに物資集積場を砲撃して破壊」する戦果を挙げたとあるが、実際の米軍損害は輸送船「ジェームス・A・ブリーステット」の大破炎上と魚雷艇数隻の損傷、飛行場施設が若干の損傷、荷揚作業が一時中断し、航空機20機が迎撃の際に損失、数機が滑走路の損傷で着陸できるに不時着で全損。という程度でしかなかった
*34 他には日向、大淀、足柄、朝霜、霞
*35 練習巡洋艦香椎及び海防艦鵜来、大東、27号、23号、51号
*36 香椎、23号、51号
*37 哨戒艇や掃海艇など
*38 ドイツに本土を占領されてヴィシー政権所属となり動けない状況であった
*39 日向、伊勢、後に大淀が第五戦隊より編入(10日付)
*40 霞、朝霜、初霜
*41 ガソリンの他生ゴム、錫など
*42 各艦艇の物資搭載量は以下の通り。日向:航空揮発油満載ドラム缶4994個、常設の航空機揮発油タンク内100t、普通揮発油満載ドラム缶326個、生ゴム1750t、錫820t、タングステン144t、水銀24t、輸送人員440名。伊勢:航空揮発油満載ドラム缶5200個、常設の航空機揮発油タンク内100t、生ゴム1750t、錫1750t、タングステン144t、水銀24t、輸送人員551名。大淀:生ゴム50t、錫120t、亜鉛40t、タングステン20t、水銀20t、航空揮発油満載ドラム缶86個、常設の航空機揮発油タンク内70t、輸送人員159名。各駆逐艦:生ゴム・錫を3隻合計140t
*43 マニラ方面に突入する殴り込み作戦のための出撃だと思わせようとした
*44 機銃で撃破したという証言もある。なお、近くの海面めがけて撃ったため一部砲弾は水切りよろしく海面を飛び跳ねて初霜の方へすっ飛んでいき、初霜の酒匂艦長を慌てさせた。
*45 日本の雑誌などではこれを「フレッシャー」としている場合があるが、米側の記録では共フレッシャーと共に完部隊を攻撃した「バッショー」と記録されている
*46 同駆逐隊はそのままシンガポールに向かい、野風は戦没したが神風は終戦まで生き残る事になる
*47 直掩にでた2号機の他、米部隊発見の誤報を受けての偵察に大淀から1号機が出撃していた
*48 桜弾の事。いわゆる「アレ」絡みの爆弾で直径1.6m、成型炸薬効果により爆発地点から前方3kmを吹き飛ばす威力を期待されていた。
*49 代わりに未完成だった雲龍型五番艦「阿蘇」(艦これ未登場)が標的となり甲板から艦底まで貫通、大破着底した。
*50 SANGKAY(サンカイ)とはレイテ島で使われているワライ語で「友達」の意。米軍による東日本大震災の救援作戦“Operation TOMODACHI”に倣ったものである。
*51 https://twitter.com/nagatolove7/status/936833213904781313
*52 湊町は1994年にJR難波と改称。世間一般で言う「なんば」とは少し離れた位置に存在する
*53 東京~名古屋間は「能登」、「伊勢」、「那智」の三層列車で、繁忙期には堂々の16両編成で運転されたという。
*54 鳥羽発着列車は王寺発着列車(旧大和)とともに1972年に廃止され、寝台特急となった「紀伊」自体も1984年に廃止された。