飛鷹

Cached: 2024-12-08 08:35:00 Last-modified: 2024-06-30 (日) 18:16:59
No.065
名前は出雲ま…じゃなかった、飛鷹です。航空母艦よ。よろしくね、提督!飛鷹(ひよう)飛鷹型 1番艦 軽空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久40火力0 / 19
装甲21 / 39雷装0
回避28 / 54対空21 / 59
搭載58対潜0
速力低速索敵38 / 59
射程10 / 49
最大消費量
燃料40弾薬40
艦載装備
12九六式艦戦
18九九式艦爆
18九七式艦攻
10未装備
改造チャート
飛鷹飛鷹改(Lv25)
図鑑説明
飛鷹よ。
北米航路用の新造客船「出雲丸」を建造途中で改装した、商船改造空母なの。
でも、正規空母並みの活躍を見せたんだから。ホントよ。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:大坪由佳、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

CV:大坪由佳、イラストレーター:くーろくろ

定型ボイス一覧

イベントセリフ改装段階備考追加


 
 



 
追加
入手/ログイン名前は出雲ま…じゃなかった、飛鷹です。航空母艦よ。よろしくね、提督!編集
母港*1編集
母港1詳細そんなに暇ならエレベーターの油圧の具合を見てよ。調子悪いったら!×編集
何なの、もう!執務中に冗談はやめてって!もう…×編集
母港2ちょうど良かったわ、艦載機の整備を手伝って。何気に数が多くって。編集
母港3なに? 忙しいのよ!×編集
何、忙しいのに。そんなに暇なら消火ポンプとかよく確認しておいてね!×編集
ケッコンカッコカリあーあ、何か艦隊任務って疲れるわぁ…、提督に愚痴ってごめん…って、えっ、いいの?…何で…?編集
ケッコン後母港やっるぅ♪×編集
提督、少し顔色が悪いわ。あまり根を詰めて仕事してはダメ、少し休んで。きっとその方が、全て上手くいくって! ほんとうよ。×編集
放置時サンフランシスコ航路…諦めたわけじゃないわ。平和になれば何時か、きっと…編集
編成出撃編集
編成さぁ、飛鷹型航空母艦の出撃よ!×編集
さぁ、飛鷹型航空母艦、全力出撃です! 航空隊の練度もバッチリよ!×編集
出撃次はどこ? アリューシャン方面?編集
開戦・攻撃*2編集
戦闘1昼戦開始攻撃隊、発艦開始!編集
戦闘2昼戦攻撃全機爆装!さあ、飛び立って!編集
戦闘3夜戦開始さぁ、ミッドウェーの仇をとるわよ!編集
戦闘4夜戦攻撃多少防御力が弱くったってえっ!編集
戦闘時ステータス*3編集
小破うああっ!編集
飛行甲板に火?! 消火ポンプ、急いで!編集
中破/大破消火ポンプが故障って…どういうことよ…編集
轟沈火災鎮火は…無理か……私も逝くのね…編集
戦闘終了*4編集
勝利MVPどう?改装空母だって甘くないでしょ?私達、結構やれるんだから!編集
旗艦大破飛行甲板に火?! 消火ポンプ、急いで!編集
装備・改修*5編集
装備1改修/改造なになに、パワーアップ? いいわねー♪×編集
ありがとう!いい機材ねーこれは♪×編集
装備2わたしもともと民間の客船になるはずだったのにー。ま、いっか。×編集
よし、これなら正規空母並みの戦力を発揮できます!やるわ♪×編集
装備3改修/改造/開発/バケツ/遠征/発見やっるう♪×編集
あら、いいわね♪×編集
その他編集
帰投作戦完了ですってー。編集
補給なになに、パワーアップ? いいわねー♪×編集
補給、大事に使わせていただきます!×編集
入渠(小破以下)入渠してる暇なんか、ないのに……。編集
入渠(中破以上)ドック入り!?もうドックは飽きたな……。編集
建造完了ちょうど進水した船があるわよ。編集
戦績表示提督に連絡があるみたい。なにかなー。×編集
提督、情報の確認はとっても大事よ。はい、報告書です♪×編集

各ボイス項目の詳しい説明はこちらをご覧ください


時報ボイス一覧


季節ボイス一覧


イベントセリフ改装段階備考追加


 
 



 
追加
桃の節句編集
春の訪れ編集
ホワイトデー編集
お花見の季節ですね。良いですね。…提督、私も手料理、頑張ってみますね。うふふっ、期待していてください。編集
春本番編集
梅雨梅雨ね。……提督に傘の準備を……隼鷹の分……って……隼鷹!? ああもう飲み過ぎ! やめなさいって!!編集
初夏編集
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盛夏隼鷹……駄目だから! ……あっコラ、本当にもう! ……もうあなた、禁酒しなさい! 禁酒!! 駄目、もう!編集
夏祭り編集
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秋刀魚編集
晩秋編集
ハロウィン編集
秋のワイン編集
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師走編集
クリスマスク、クリスマスかぁ。ドレス、まだ取っておいたかなぁ…着ても、いいかな?編集
年末編集
新年編集
節分節分ですね。……え、龍鳳さん、鬼役を? 慣れてるって本当? 大丈夫? ……あっ、こら隼鷹! あなたねえ!編集
バレンタイン編集

五周年記念そっかぁ、艦隊は五周年なんですね。……隼鷹、もう真っ赤だし……どんだけ飲んでるの?編集
六周年記念そうなんですね、艦隊は六周年を迎えたんですね。……隼鷹、あなたもう真っ赤だし……飲み過ぎでしょ?編集
七周年記念そっかぁ、艦隊は遂に七周年なんですね。……隼鷹、もう真っ赤じゃない。飲み過ぎ! もうっ!編集
八周年記念提督。艦隊は遂に八周年を迎えました。これまで……ありがとう。……ほら、隼鷹も……って! 酔いつぶれてる……。編集
九周年記念艦隊は九周年……隼鷹! もう飲み過ぎだから!編集
十周年記念艦隊は遂に十周年……隼鷹! もう、提督まで! 飲み過ぎですっ!編集
周年記念そっかぁ、今日は特別な日なのね。…隼鷹、もう真っ赤だし。…どんだけ飲んでるの?編集


ゲームにおいて

  • 入手直後から搭載機数58機を誇り、即戦力として活躍が期待出来る優秀な軽空母。
    早ければ1-5や2-1のボスマスでドロップ入手可能であり、コストに優れるが力不足が否めない鳳翔やステータスは十分でも運用コストが嵩む赤城に代わって艦隊の中核を担うことが多い。
    • 58機という搭載機数は正規空母の蒼龍飛龍の64機に迫るものである。彼女たちは正規空母の中でも少ない部類とは言え、軽空母としては破格の性能である。
    • 一方火力が砲撃戦時のダメージに左右される仕様、速度が「低速」、耐久値や装甲の限界値が劣るため一発中破しやすい、などの点で正規空母には明確に劣るため、戦線が進むと置換されがち。
      母港の問題から厳選したプレイを余儀なくされている提督は、その点に注意が必要である。詳しくは飛鷹改を参照のこと。
    • 平均化されたスロット構成と優れた費用対効果をいかに用いるか、提督の戦術が問われる。
  • 「多少防御力が弱くったってぇッ!」と言っているが、装甲の初期値は軽空母の中で最硬であり改造上限も他艦と同等である。
    また、低速にもかかわらずなぜか改装後の回避は軽空母トップタイ。
  • 搭載スロットは最小でも10とバランス型。また、隼鷹とともに初期状態でスロットが4つある。
    尖ったところがないため安定した運用が可能だが、レア度の高い艦載機が少ない場合は何かに特化した運用はし辛い。
  • 一方、艦載機開発が一線を超えると今度は「軽空母最高の制空役」という立場に浮上してくる。試製烈風 後期型を1~3番スロットにセットした制空値は126。
    この能力は特に連合艦隊「水上部隊編成」で重要な役柄で、相棒の隼鷹改二彩雲を積ませてコンビを組むのはイベント海域最深部における定番となりつつある。
  • 近代化改修の素材としても優秀(対空+3、装甲+2)。入手し易いレア度3の艦としては対空改修値がトップである。
  • 最終的には「低速」と「軽空母としては最悪の燃費」という点がネックとなる。
    • 即戦力としては優秀だが、最終戦力としてはちとちよに、支援要員としては祥鳳に劣る。
    • 近年のイベントでは、低速艦を混ぜると不利なルートを通るケースが多くなっているのも痛いところである。

キャラクターについて

  • 基本的には生真面目。若干だが神経質なところもある。
    • 妹が奔放な飲んだくれとあって、「自分がしっかりせねば」と気負いがちな精神の表れか。周年記念ボイスをはじめ、とにかく限定ボイスでは隼鷹の飲酒を窘めるものが多い。
    • 提督に対しては意外にフランクな対応をしており、暇をしている提督に対して艦載機用の昇降エレベーターの不調を訴えたり、艦載機の整備を手伝わせようようとしてくる。
      さながら「いきなり家を出奔させられ、軍部で激務の追われることになったお嬢様」といった風。
      • 本来はだれもがうらやむ豪華客船となる予定が、下記の経緯からいきなり軍へ転属させられたのだから、割り切れない思いもあるだろう。むしろ隼鷹の割り切りが良すぎるともいえるが
        そのためか、放置ボイスでは客船に戻ることを諦めていない節を見せ、クリスマスには客船就役を想定して用意したであろう秘蔵のパーティードレスを持っていることを匂わせている。
      • とはいえ、隼鷹ほどではないにしろ、改修/改装・戦績表示のボイスでは割とノリのいい一面も見せる。
        また軍艦として強化されること自体に抵抗はない様子。
    • ちなみに節分ボイスで、龍驤のことは「龍驤さん」と敬称で呼んでいる。

小ネタ

  • 商船改造空母として1942年、神戸川崎造船所で竣工。
  • 散々自分で名前を間違えかけるが、その訳は豪華客船「出雲丸」として生まれ……るはずだったから。
    元々は「橿原丸(隼鷹)」と共に、紀元二千六百年記念事業の一環として計画された船で、名前は勅祭社の出雲大社から拝領したものである。
    • 弓道着スタイルの空母娘が多い中、隼鷹ともども幹部乗組員の白ブレザー軍服に巫女袴という外見なのはこのためだろう。
    • そのスタイルに見合わせてか、戦闘技法は陰陽術
      飛行甲板を巻物にし、構えた手から「勅令(神・王の命令の意。この場合は呪術的な意味で「命令する」という呪文)」の火の玉を発し、襟元には琥珀色の勾玉を身につけている。
      • 絵師が同じである隼鷹龍驤も同じスタイルで、弓矢からどうやって艦載機に変化しているか謎な空母艦娘たちと比較すると原理は明確だが、その分オカルト色が強い。
      • グラフィックでは見えづらいが、巻物には「航空式鬼神召喚法陣飛鷹大符(こうくうしきがみ/しょうかんほうじん/ひようだいふ)」と書いてある。
        なお、あきつ丸改も『走馬燈の影を投影する』という、似たスタイルをとる。
    • 現存する戦闘詳報の覚書(実際の戦闘中に記されたメモ)には出雲丸と本名で記されているものが多い。
    • 2013年に海自の新型ヘリ空母ヘリコプター護衛艦が進水し、「いずも」と命名されたが、こちらは出雲大社ではなく出雲国に由来する。
      なお、海軍には、同じ由来の装甲巡洋艦「出雲」があり、護衛艦いずもはこの2代目になる。*6 関係ないが少し前になかやまきんに君のYoutubeの動画で写ってた
  • もし出雲丸として生まれていたなら、日本最大の豪華客船として桑港(サンフランシスコ)航路の華となるはずだった。桑港航路については平安丸の項を参照。
    その大きさと性能は同航路のライバル「エンプレス・オブ・ジャパン」号を凌ぐもので、現在の「ぱしふぃっくびいなす」号より大きく、文字通り「太平洋の女王」として君臨するのは確実だった。
    • これほど大きな客船を用意したのも、1940年開催の東京オリンピック*7を見越してのことであった。
    • 橿原丸とともに、豪華客船としてのインテリアデザインは、これまでの洋風デザイン一辺倒から脱却し、
      アール・デコを基調としつつも日本の伝統意匠や工芸技法をふんだんに取り入れた「現代日本様式」で統一される予定であった。
      • 特に出雲丸のインテリアデザイナーについては、特筆すべき人物として建築家・雪野元吉が挙げられるだろう。
        雪野は豪華客船に昔から強い憧れを持ち、客船インテリアを設計したいがために建築家になったと語るほどであった。
        当時すでに宮内省内匠寮の建築家として帝室博物館、横浜海岸教会、東伏見宮邸、秩父宮邸などの建築実績で名を知られていた雪野は、出雲丸建造計画を知るや
        「一生に一度、客船インテリアを設計したい」との長年の夢を叶えるため、わざわざ宮内省を退職して川崎造船所へと転職したのである。
        しかし、出雲丸の航空母艦化により、その夢は儚く消え去った。失意の雪野は昭和19年にジャカルタの船舶工場へと出張、すでにマリアナの海底へと沈んでいた飛鷹の後を追うかのごとく、翌年その地で病没した。
    • 戦後建造された客船「飛鳥」は橿原丸級の意匠を受け継ぎ日本最大の船となるべく設計された*8。時を超えた妹という奴である。
      • また1964年の東京五輪に際しても、1957年に橿原丸級客船をベースにした「ミス・ニッポン級客船」2隻の建造が予定されていた。
        しかし伊勢湾台風被害の復興資金捻出のため計画は打ち切られ、ミス・ニッポン級は起工されることすらなかった。
    • 日本郵船はこの経緯がよほど悔しかったらしく、初代飛鳥船内には完成した橿原丸の油絵(当然予想図)が飾られ完成予想模型が(飛鳥自身の模型よりも目立つところに)飾られていた(二代目については未確認)。
      • この幻の橿原丸級を戦後に実現させるべく怨念を発揮尽力したのが、日本郵船社長、そして会長も勤めた宮岡氏である。
        原動力となったのは、彼が「」の航海士だったときに経験した「氷川丸」との出会いであった。詳しくは「響」の項その他各自で調べたし。
  • 戦後、出雲丸の名は貨物船の船名として継承された。2代目は第二十一次計画造船により日立造船向島工場で建造された伊勢丸型貨物船の1隻で、1966年に竣工。10,498総トン、航海速力18.4ノット、最大速力21.4ノットの大型高速貨物船だった。2代目出雲丸は1982年に中国船籍となり、1998年に解体のため中国の解体業者に売却され、翌年に解体された。
  • 「有事の際は空母にするから」という契約で、海軍と日本郵船が共同出資し造られた。出自詐欺軍縮条約対策である。当初は海軍が建造費の8割を出資する予定であったが、予算上の遅延や減額等で日本郵船は建造引受けの決定を見送っていたという。
    • 結局、建造途中の1940年10月に空母に改造することが決定して翌年1月から建造と並行して空母への改造を開始。1941年6月進水しそのまま民間の空母として完成した。一月半後に海軍に移籍したけど。もっとも設計のときから、航空機用エレベーターを設置するための区画や燃料タンクの位置まで海軍に指定されていたのだが。
    • 日本郵船は他に新田丸級貨客船(新田丸・八幡丸春日丸)*9建造時も、橿原丸級同様「有事の際の空母転用」を条件として海軍からの出資を受けていた。
      そして実際に日米情勢悪化を受け、3隻全てが大鷹型航空母艦(それぞれ冲鷹・雲鷹大鷹)に改造され、戦没している。
      このうち第一船の新田丸と第二船の八幡丸は橿原丸級(飛鷹型)の2隻と違い、短期間ながらも一応貨客運用に就いてからの徴用・空母改造だった。
      それでも、本来の目的だった横浜ロンドン線への就航は叶わなかった。当時既に擬人化されていたが
    • イタリアでも似たような性能の改装空母「アクィラ(アキラとも。イタリア語で「鷲」の意)」が作られていた(未完成)→再現動画
  • 実のところ、客船としての設計にも、平賀造船中将ら海軍関係者と三菱長崎造船所の軍艦設計チームが深く関わっており、最初から空母化を想定した艤装が行われて、二重底にもなっている。
    • このため、船体が大きな割には船室が少なく、乗船可能な乗客は少なめで、超豪華客船として船賃を高めに設定しないと採算があわない船になってしまった。
      橿原丸級が豪華なのは、空母転用のための設計も、一つの理由なのである。
  • 橿原丸級の設計は三菱長崎で行われているため、本来は出雲丸も三菱長崎造船所に発注される予定だったが、海軍の意向もあって日本郵船とは疎遠な神戸川崎造船所に発注された。
    • 日本郵船はそもそも三菱財閥の中核企業であり、川崎造船所はいわば商売敵。
  • 自称飛鷹型空母1番艦。しかし祥鳳と同じく2番艦隼鷹の方が先に竣工している。日本の軍艦ってこんなのばっかりである。もっとも日本に限った話じゃねぇんだけどな! イギリスのツタンカーメン級潜水艦とか。詳細は球磨の項目で。 客船段階でも「橿原丸級」なんですけど何で飛鷹型って言ってるのさ
    • 海軍公式では「隼鷹型航空母艦二番艦」が正式であり、飛鷹型一番艦という表記はおそらく艦艇研究家だった福井静夫氏の『日本海軍全艦艇史』が初と思われる。残念ながら当の福井氏は1993年に没しているので、飛鷹型という根拠は闇の中ではあるが、一応仮称艦名の段階では飛鷹/第一〇〇一番艦と、隼鷹/第一〇〇二番艦より番号が若かった。ただ、その段階ですら海軍公式文書の『昭和十六年度以降空母搭載機格納状況』では隼鷹/第一〇〇二番艦が先に書かれている。ちなみに進水は飛鷹のほうが早い。まあ正規空母並の排水量を誇る飛鷹と隼鷹を軽空母と分類する艦これ世界では飛鷹型が正式なのかもしれない
  • 自称軽空母だが、25,000t弱という大半の正規空母を凌ぐ超巨大軽空母。並の旧世代戦艦よりでかい。
    艦橋も正規空母よりでかく軽空母らしからぬ威容を誇る。故に元給油艦でもないのに胸部装甲が厚い。
    正規空母並みの活躍というか、そもそも他のゲームだと正規空母扱いの方が多い。
    • 日本海軍においては書類上「正規空母」と「軽空母」を区別しなかった上、これらの定義自体が時代や国によっても変わる曖昧なものなので…(→詳しくは雑学の正規空母を参照)。
      なお、飛鷹型は商船からの改装であるため、進水当初は「特設航空母艦」に分類されていた。
    • 幅のほうはさらにご立派で蒼龍の1.2倍。横に広いと最高速力は犠牲になるが、安定性は高まり横揺れに強くなる。
      乗り心地重視の客船ベースならではと言えるが、こんなに太いのは加賀や、英国のアークロイヤルとイラストリアス級ぐらい。
      英国面空母達はそんな縦横比にもかかわらずなぜか赤城並に速いけど、紳士の国の技術力*10だから仕方ない。
      日本はもっと変態だったけど。*11
  • 自称「防御力が低い」が実際は装甲が薄いだけで、その装甲も外舷前部以外蒼龍飛龍と大差ない。
    • おかげで潜水艦の襲撃で魚雷2本食らっても自力で帰ってきたり。
      その後もダメコンの一環として、艦内調度品などの木製品一切、木甲板に至るまで、あらゆる可燃物を撤去する。
      僚艦の隼鷹も、彼女の徹底したダメコンを参考にしたと言われる。
    • しかしそんな彼女もマリアナ沖海戦で消火ポンプが故障、不運な最期を遂げることとなる。中破時セリフの元ネタである。
      運命とは残酷なもので、ダメコンの手本となった飛鷹が沈み、隼鷹だけが終戦まで生存することになった…。
  • 唯一の弱点はその速度。竣工時の加賀や姉妹の隼鷹にすら劣る25.5kt。
    九九式艦爆などが現役の時代は問題なかったが、天山などの新型機が登場し始めると遅すぎて運用が困難になった。
    新型飛行機ほど重くなるので「空母の速さ」か「飛行甲板の長さ」が足りないと飛びあがれず、鳥人間コンテストのようになってしまうからである。
    • 「甲板から飛び出したあとは、そのまま滑空して飛び上がれそうだからいいじゃん」と思いがちだが、運用する場所は波の高さが2mとかザラにある外洋である。
      飛行甲板から飛び出した後に機体の沈み込みが深いと、高波に機体が突っ込む危険性があるのだ。
    • 同速の鳳翔が天山を飛ばそうとするとだいたいこうなるので、飛鷹もお察しください。
      とは言え動画の通り「発艦困難」であって「不可能」ではない。最低限の速力と巨体ゆえの飛行甲板の長さがあるため、他の鷹シリーズのように全く飛ばせない訳ではない。
      だが、沈没まで彼女が彗星を搭載することはなかった。マリアナ沖海戦時の第652航空隊には、彗星が9機しか配備されなかったので全て隼鷹に載せ、飛鷹の艦爆は九九式艦爆を18機搭載していただけだった。
      • ただし発艦距離がぎりぎりだと、発艦待ち飛行機を甲板後部に待機させる余裕が無くなってしまい、同時発艦数が減って運用に支障をきたす。
    • 米英の鈍足空母ではカタパルトを使って補っていた。前述の「アクィラ」でもカタパルトを装備、さらには高出力化して最高速力30ktを出す予定だった。
      彼女たちもカタパルトを装備する予定だったが、日本軍は実用的なカタパルトを作れなかったため仕方なく飛行機の方に補助ロケットを搭載。しかし飛鷹に関してはそれさえも間に合わなかった……。
      • 実用的な油圧式カタパルトを開発した米英の空母であっても、カサブランカ級やコロッサス級では鈍足過ぎて、失速速度の高いアベンジャーやF6F、スピットファイアなどは射出直後にダイビングしてしまうことが多かった。
        F6Fよりも更に重いF4Uなどは大型のエセックス級においても運用が難しかったと言われ、旧式のF4Fやハリケーン、更に英国では複葉機のソードフィッシュまでもが大戦末期まで生産された背景には、こういう事情もあったりする。
  • 低速にもかかわらず回避の上限が高い理由は、建造当時は世界トップクラスの出力を誇っていたことや、ラモント式ボイラーの評価、スクリューの直径が日本海軍最大の5.5mあったことへの配慮だろう。
    • 最高速力こそ遅いが、元が速達性を要求される客船だったので経済速力は他の軍艦より4kt速い16ktだった。また航続距離も他の軽空母より長い。太平洋横断が仕事だったから当然。
      • もっともその代わりにハライタ機関故障に悩まされる事が多かった様だが。
  • 活躍したと言っているが、艦載機の練度不足や機関故障などで肝心の海戦に参加し損ねるドジっ娘。このため活躍したのは隼鷹ばかりだったりする。
    姉より強い妹がいてたまるか。 いや本当はあなたのほうが年下…。
  • 「次はどこ?アリューシャン方面?」というセリフがあるが、これはがミッドウェーに出かけていた時に、四航戦はアリューシャン方面で陽動を任されていたことによる。
    • ただし飛鷹は完成していなかったため、参加したのは隼鷹と龍驤。アリューシャン方面、行きたかったのだろうか……?
  • 直木賞作家、豊田穣氏は飛鷹艦爆のパイロットだった。
    艦載機を陸上に上げた1943年4月の「い号作戦」(ソロモン諸島空襲作戦)で捕虜になったが、米海軍主力空母エンタープライズを見学すると言う僥倖?*12にめぐり合っている。
  • 「空母『飛鷹』海戦記」によると、当初艦内のトイレの逆流が頻発していたそうである。艦底タンクに水を汲み上げ配分する方式だが、汲み上げ機能の電動作動中に水を流す・あるいは水を流している最中に電動作動してしまうと、頭からオツリを被ったりオツリにオシリを洗われたりと散々なことになっていたそうだ。某トイレを壊された戦艦よりひどい有様である。
    • なので当初は定時にしか流せず、衛生的にも精神衛生的にも非常によろしくない状態であった。さすがに後に改良工事が施され、士官用便所だけはこの不具合が解消された。
      しかし完全な改善は構造上不可能で、その後も下士官兵用と艦長室の便所はこの悪夢のダイナミックウォシュレット仕様のままだったという。いや艦長室は直そうよ……。
  • 飛鷹型の元のオーナーだった日本郵船をはじめ、当時の海運業界は数多くの商船を日本海軍に徴用され、しかも艦隊決戦主義の海軍からはまともな護衛艦艇を付けてもらえず、結果米軍の通商破壊により大半が沈められた*13
    • しかも商船暗号や護衛艦艇を付けたら付けたで、定時連絡等における日本海軍の暗号通信を米軍に解読され船団の位置が丸分かりになっていたと言われており*14、そのため1944年中旬以降は護送船団の会敵率がほぼ100%だった月も発生した*15
      「馬鹿な大将、敵より怖い」とはよく言ったものである
      • 海軍は基地航空隊による哨戒網の構築や海防艦の量産、敵潜水艦の侵入路と思われる海峡への機雷敷設などを行っていたが、同時に米艦隊に対する戦力の整備の必要もありなかなか充実しなかった。
      • この為海軍の護衛が付くと、逆に悪天候に紛れて離脱する船舶もあったほど。*16だが、ニミッツ提督は、独航船の撃沈率は船団よりも二倍半ほど高かったと記述している。*17
        どころか、海軍の護衛が付くと船員の士気が一気に下がり、逆に陸軍の船舶部隊と一緒になるとある程度士気が上がるという時期もあったそうな。陸軍……?
        ??「潜水艦など、自分がいれば近付けさせないのであります!…多分!」
      • ただ、陸軍でも地上部隊向けと異なり、船舶暗号は解読されていた。艦船用の暗号はめくり暗号などの導入が困難なためとされる。ただしこの場合の解読とは単に暗号機の基本アルゴリズムが割れていたということで、陸軍はコードブックの管理が厳密でありまた四半年ごとに変更していたため一度変更されると乱数の割り出しからやり直しであり、海軍のように行動が手に取るように分かったわけではない。海軍の暗号の最大の問題点はコードブックの管理が極めて杜撰だったこと*18なのだ*19
    • 更に、海軍兵員より高かった商船乗員の戦死率*20、金も出せば口も出した商船建造への国からの補助、戦没した船などに関しては戦後の補償は実質なし*21*22と、海運業界はまさに踏んだり蹴ったりの目に遭ったと言える*23
  • 以上のような歴史から、海運業界の政府に対する不信感は半端なものではなく、その禍根は今でも海運業界と日本政府の関係に影を落としている*24。「商船乗りは日章旗(日の丸)のもとでは死すとも、軍艦旗のもとでは死なじ」という言葉も伝えられているほどなのだ。*25 
    飛鷹型の顛末(非業の戦没・客船に戻ることなく解体)は、そんな残酷極まりない戦時徴用商船の歴史の象徴と言えるのかもしれない。
    だが漁船を船員ごと丸々徴傭、敵発見=死がほぼ確定する特設監視船やら病院船を改造して条約違反の軍需物資を運ばせた挙句証拠隠滅に沈めた第二氷川丸(オプテンノール号)など、単艦単位ではもっと酷い船がゴロゴロいるのが徴傭船の闇たる所以……。
    • じゃあアメリカはどうだったのかと言うと、アメリカ版戦標船ことリバティ級は構造上強度に問題があり大戦中に200隻以上を事故で沈めていたり、北極海航路を想定していない民間船に対ソ支援輸送を強要して低温脆化で船体が分解し沈めてしまったりと、日本ほどではないとはいえやっぱり海運業は悲惨な目に遭っている。

  • 彼女の慰霊碑は広島県呉市の長迫公園にある。
    • この慰霊碑、最初は陸軍四式戦闘機疾風など大戦時の兵器の展示で有名だった京都の嵐山美術館の庭に建立された。
      しかし同美術館の閉館に伴い、平成7年に和歌山県の白浜御苑へ移設。
      ところがそこも安住の地とならず、同御苑の閉鎖によって、平成14年に現在の長迫公園へ移されたという経緯がある。
      歴史に翻弄された飛鷹と同様、慰霊碑もまた人間の都合に翻弄され流浪したわけである。
      長迫公園はかつての呉海軍墓地の後身であり、隼鷹はじめ数々の艦艇の慰霊碑が立ち並ぶ。流れ流れて、ついに姉妹や仲間たちとともに眠れる地へ辿り着いたのだった。
      沈没日の6月20日には飛鷹会主催による慰霊祭が碑の前で執り行われている。

この艦娘についてのコメント

  • ああ、遂に観念せざるを得なくなったんだな、龍鳳……。 @節分ボイス -- 2019-01-27 (日) 05:29:05
  • 来歴的に来年の夏は隼鷹ともども東京オリンピック仕様とかになって欲しいなあ。 -- 2019-02-19 (火) 05:51:44
  • (^^; 今年も準鷹のお目付け役よろしく頼み申す -- 2019-04-24 (水) 22:08:44
  • (^Q^ 今年こそ提督の目の保養役よろしく頼み申す -- 2019-07-14 (日) 15:29:39
  • 横須賀で"いずも"を見てきた。格納庫が蒸し風呂にならないように、前後のエレベーターを下ろして風を通しているのがシュール。今も昔も日本の最大の敵は、外国の軍隊より暑さな気がする -- 2019-08-16 (金) 21:09:37
    • いずもと飛鷹関係なくね? -- 2019-08-16 (金) 21:13:19
      • 精神的続編よろしく、精神的後継艦として考えればいいのさ・・・ -- 2019-09-15 (日) 17:25:27
      • いずもは装甲巡出雲の次代で、飛鷹の次代はむしろ飛鳥Ⅱとかだしなあ -- 2020-02-25 (火) 13:33:30
  • 今年こそ飛鷹改二かもん -- 2020-01-14 (火) 19:22:36
  • 仕事で多少接点のあったヒダカさんがまさかのこの字だった -- 2020-02-07 (金) 12:44:45
  • 去る令和2年4月1日、元飛鷹乗組員の山西義政氏(ス-パーイズミ創業者)がお亡くなりに成りました、艦これ民の一人として謹んでご冥福をお祈り致します(ノД`)。 -- 2020-04-04 (土) 20:38:36
    • 伊400の元乗組員で、戦友から『お前は商売しろ。俺が作った干し柿を売れ』と言われて闇市から這い上がった人ですねえ。wikiで飛鷹に乗り組みで -- 2020-08-07 (金) 05:39:27
  • 海軍工機学校に合格したために飛鷹を降りた。その後、飛鷹はマリアナに出撃したため、間一髪で命拾いしたと書いてますね。 -- 2020-08-07 (金) 05:42:05
  • 一撃必殺の愛らしさ!!→ https://mobile.twitter.com/azukiiroiroiro/status/1575878943865180160 -- 2022-10-01 (土) 13:17:36
  • ジャッキー映画のプロジェクトイーグルって、原題だと飛鷹計劃って表記するのな。飛鷹計画(意味深 -- 2023-08-21 (月) 19:28:44
  • 初めての空母で数少ないlv99艦なので高速統一でも54機/3スロとして使ってる -- 2024-01-17 (水) 13:51:16
  • 久しぶりに提督復帰しようと思った勢だけどまだ改二来てなかったのか…推し艦… -- 2024-04-05 (金) 16:38:25
  • キャラクターについて追記してみたけど、改めてみると「運命に翻弄あされた両家のお嬢様」って感じが見て取れるなぁ……。 もっとボイスと、そして新グラと、願わくば改二が欲しい…… -- 2024-04-10 (水) 16:43:15
  • もう隼鷹の改二来てから10年か… 絵師の問題が一番デカいんだろうけど流石にそろそろ来てほしいなぁ… ここまで待たせたんだから設計図や戦闘詳報だけじゃなく新型缶とかも使って良いから高速5スロ軽空母とかにしてくれ~ -- 2024-06-30 (日) 18:16:59

*1 母港ボイスは各艦娘につき3つ割り当てられています。「詳細」ボイスは編成画面の「詳細」ボタンをクリックすることで聞くことが出来るボイスです。母港画面でも聞くことが出来ます。「母港3」ボイスは「母港画面でのクリック」もしくは「母港画面への遷移」でのみ聞くことが出来る、いわゆる「提督お触りボイス」です。編成画面での「詳細」ボタンでは聞くことが出来ません
*2 4つの基本ボイス(昼戦開始・昼戦攻撃・夜戦開始・夜戦攻撃)がありますが、各ボイスはその他の色々な場面でも使われます。各ボイスをどのフェーズ(航空戦/開幕雷撃/先制対潜/昼戦攻撃/各種CI...など)に割り当てるかは艦娘によって異なり、例えば開戦ボイスを攻撃でも使ったり、夜戦攻撃ボイスを昼戦でも使ったりします)
*3 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*4 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*5 装備ボイスは3ボイスありますが、改修/改造ボイスと共用化されています。また、ボイス3は「改修/改造」「開発」「バケツによる即時修復」「遠征出撃」「アイテム発見」ボイスと共用化されています
*6 巡洋艦出雲は日露戦争で第二艦隊(上村艦隊)旗艦として功績を挙げ、上海事変にも第三艦隊旗艦として出動、そして太平洋戦争終戦間際の昭和20年7月24日の呉軍港空襲で日向らとともに大破着底するまで戦い抜いた、帝国海軍の生き字引のような超武勲艦である。
*7 のちに日華事変に伴う国内外からの反発により1938年に開催返上。開催地は次点のヘルシンキに変更されたものの、第二次世界大戦の勃発により開催自体が中止となった。
*8 初代「飛鳥」は総トン数も橿原丸(27,700総トン)と同等の27,000総トンになるように設計されたが、運輸省(当時)のトン数測定の測定法の関係により28,717総トンと認定されている。
*9 日本郵船の英字名のイニシャル(NYK)と神社の名前を掛け合わせた船名とし、旧型の客船で苦戦が続く欧州航路の横浜ロンドン線での巻き返しを期待されていた。
*10 排水量は飛鷹と同程度なのに機関出力が倍近い。どんな変態技術だっ。
*11 いずもは飛鷹よりでかいのに、その艦種は「駆逐艦」である。
*12 「これをネタに日本軍空母の情報を引き出そう」と言う、米軍の打算まみれの計画ではあったが、それを差し引いても異例の出来事である。
*13 世界第3位の保有数を誇った商船のうち、実に88%におよぶ船舶を失うという壊滅的損害だった。
*14 そうでもなければ、大西洋より遥かに広大な太平洋で、ドイツの潜水艦隊よりも遥かに小規模な船団を毎度のように見つけるなど、非現実的というものである。ただ、前提として、日本に対する通商破壊は主に資源輸送のための南方航路に対して行われ、南シナ海やフィリピン沖を経由することから、予想ルートをある程度まで絞ることはできた。高い会敵率は暗号解読あっての成果と言える。高い会敵率の背景にはその他にも、戦線の縮小や通商破壊に投入される潜水艦の増加、潜水艦へのレーダーの装備など様々な要因が関係しているとされる。
*15 1943年後半以降は米軍は通商破壊に力を入れており、船舶全体としての被害率も1942年10月~1943年5月までは平均して月1%以下だったものが、1943年10月~1944年5月には約3%に増加し、その後も被害は急激に増え続けた。出典「戦史叢書 海上護衛戦」p237やp354等。
*16 ただ、輸送船のとる航路は限られており、定時連絡が行われていたことを考えると護衛の付いた船団から離れるのは非常に危険なことであるとも言われる。独航でも捕捉撃沈される可能性は高く、日本が独航から船団方式に移行した理由も考えると悪天候に紛れて離脱するのは危険な行為との意見もある。
*17 欧州戦線の北極海において、英国発のソ連向け援助物資輸送船団PQ17が船団を散開した後に独軍の潜水艦と航空機の攻撃を受け、各個撃破されて船団の2/3の22隻を喪失するという大被害を被った例もある。
*18 新旧のコードで同内容を同時に発信したり、中継点ごとに新旧のコードブックが入れ替わったりした。この為コードブックを新しくしても米軍はすぐに解読できた。
*19 陸軍も昭和19年に、第二〇師団がニューギニアで遺棄の際は焼却が鉄則の暗号書を沼地に沈めて処分していたためオーストラリア軍に鹵獲される事態が発生している。しかし、コードブックの管理が厳格だった陸軍の暗号は芋蔓式にバレる事はなく、さらに2か月後にはコードブックが刷新された為再び解読できなくなった。
*20 商船乗組員の死亡率は43パーセントと、陸海軍軍人の約2倍。このため戦後、高等商船学校出身の予備士官が母体となって設立された海上保安庁と、海軍兵学校出身の正規士官が中核を占めていた海上自衛隊との、長きに亘る疎遠な関係の遠因になったとされる。
*21 1946年10月公布、戦時補償特別措置法13条「戦時補償特別税の税率は百分の百とする」同17条「納税義務者の有する戦時補償請求権は、戦時補償特別税額を限度として、第十四条の規定による申告書の提出と同時に、消滅する」同19条「納税義務者が政府特殊借入金の債権を有する場合において、一般申告期限内に第十四条第一項の規定による申告書を提出しなかった場合その他命令で定める場合においては、政府は、一般申告期限の翌日に、その政府特殊借入金の債権を以て戦時補償特別税を徴収する」と日本国政府により文字通り踏み倒されている。
*22 個人資産も昭和21年11月公布「財産税法」23条によって25-90%の超高額税率で持っていかれ、代わりの補償は昭和27年4月公布「戦傷病者戦没者遺族等援護法」まで待たねばならなかった。
*23 ただし戦後のこれらの決定がなされた時期というのはGHQによる占領期である点は留意する必要がある。特に昭和21年当時の日本には自主的な判断など許されておらず、GHQもハードピース路線と呼ばれる超強硬的平和政策を取っていた時期にあたる。平和政策と表現すると聞こえが良いようだが、早い話がアメリカの敗戦国いじめである。補償が始まる昭和27年は、サンフランシスコ平和条約に調印し占領政策が解けた翌年である。日米の相互理解が進んで、今日のように対等の国家関係になるには、ずっと時代も下って1981(昭和56)年のレーガン政権まで待たねばならない。
*24 最近では2016年、民間船員を予備自衛官とし、有事の際に活用する防衛省の計画に対し、全国の船員で作る労組の全日本海員組合が「事実上の徴用で断じて許されない」とする声明を発表している
*25 麻生太郎が内閣総理大臣だった2008年、ソマリア沖に海上自衛隊派遣を決めたのは「日本の船は海自が守る」ということを内外に示すためでもある。