赤城

Cached: 2020-10-22 03:00:25 Last-modified: 2020-10-07 (水) 06:40:57
No.006
航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ。赤城(あかぎ)赤城型 1番艦 正規空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久69火力0 / 39
装甲28 / 54雷装0
回避28 / 49対空32 / 69
搭載73対潜0
速力高速索敵44 / 69
射程12 / 49
最大消費量
燃料60弾薬55
搭載装備
18零式艦戦21型
18九九式艦爆
27九七式艦攻
10未装備
改造チャート
赤城赤城改(Lv30)→ 赤城改二(Lv90+試製甲板カタパルト+改装設計図x2+新型航空兵装資材x2+戦闘詳報+開発資材x100)
*1 赤城改二戊(Lv92+高速建造材x30+開発資材x80)
図鑑説明
航空母艦、赤城です。
空母機動部隊の主力として快進撃を支えます。
日頃鍛錬を積んだ自慢の艦載機との組み合わせは、無敵艦隊とも言われたんです。
慢心…ですって?
ううん、そうかなあ……気をつけますね。
DMMの公式サイトでの説明
空母機動部隊の旗艦も務める航空母艦の艦娘、赤城。
零式21型や九九艦爆、九七艦攻などの自慢の艦載機の組み合わせで、
強力なパンチ力を繰り出す彼女も、後輩から慕われる優しい艦娘先輩です。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:藤田咲、イラストレーター:しばふ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:藤田咲、イラストレーター:しばふ
入手/ログイン航空母艦、赤城です。
空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ。
母港/詳細閲覧作戦会議でしょうか?
烈風? いえ、知らない子ですね。
母港/クリック時流星? 九七(式)艦攻とは違うのですか?
母港/詳細閲覧(正月)提督。一航戦、新年のご挨拶に参りました。本年もどうぞよろしくお願いいたします!
母港/詳細閲覧(節分)節分ね。このお豆を、鬼役の軽巡に……って、あら、おいし! 意外! あら、いけますね~♪
母港/詳細閲覧(バレンタインデー)提督。こちらのチョコを、良かったら……あっ、はい! お返しなんて要りません。うふふっ♪
母港/詳細閲覧(ホワイトデー)提督……このクッキーを、チョコのお返しに? こんなに沢山!? では、一つ……ううーん美味しい♪
母港/詳細閲覧(春本番)提督、加賀さん。お花見の季節ですね! たくさんお料理をもって、桜を見に行くのは如何ですか? 鳳翔さんと相談してきますね。楽しみです♪
母港/詳細閲覧(二周年)提督、加賀さん。私達、二周年を迎えました。本当に嬉しいですね。感謝です
母港/詳細閲覧(三周年)提督。今日は、私達一航戦にとっても大切な日。これからも、よろしくお願い致します!
母港/詳細閲覧(五周年)提督、加賀さん。私達、ついに五周年を迎えました。本当に嬉しいですね。感謝です! 頑張りましょう。
母港/詳細閲覧(六周年)提督、加賀さん。私達、六周年を迎えました。本当に嬉しいですね。すべての皆さんに、感謝です。
母港/詳細閲覧(梅雨)梅雨の季節ですね。また雨……こんな日は間宮で息抜きもいいですね、提督。……提督?
母港/詳細閲覧(初夏~夏)あら、加賀さん。もうすぐ夏ね。え、新しい水着ですか? 特に用意してないけれど。
母港/詳細閲覧(2018秋刀魚)いいですね、秋刀魚♪ ここは、私達一航戦も、一肌脱がないといけませんね。加賀さん、用意はいいですか? 提督、秋刀魚漁場の上空直掩は、一航戦にお任せ下さい!
母港/詳細閲覧(秋)提督、季節は秋…食欲の秋ですね。色々な食べものが美味しい季節…楽しみですね♪
母港/詳細閲覧(2015Xmas)これは…!おいし…!これもクリスマス…いいですね!あ、加賀さんも食べてます?
母港/詳細閲覧(2015年末)さ、一航戦も年末の大掃除をしましょう!格納庫も甲板も磨いて…うん、上々ね!
母港/詳細閲覧(期間限定)*2あの、提督? 次の作戦が、MI作戦というのは、本当でしょうか。
母港/詳細閲覧(MI期間限定)*3提督、いよいよAL/MI作戦が発動されましたね。私達機動部隊主力はMI作戦に向けて練成してきました。きっと大丈夫、勝ちにいきます。
ケッコンカッコカリ(反転)提督、提督となら運命の5分間を塗り変える事が出来そうです。頑張ります。
ケッコン後母港(反転)一航戦赤城、いつでも出撃可能です!提督は、少しお休みになっていて下さい。
編成一航戦赤城、出ます!
出撃南雲機動部隊、出撃します!
一航戦赤城、出ます!
遠征選択時上々ね。
アイテム発見上々ね。
開戦第一次攻撃隊、発艦してください!
航空戦開始時艦載機のみなさん、用意はいい?
第一次攻撃隊、発艦してください!
夜戦開始第二次攻撃隊、全機発艦!
攻撃装備換装を急いで!
第二次攻撃隊、全機発艦!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃
小破真上…直上!?
きゃぁっ!誘爆を防いで!!
中破/大破一航戦の誇り…こんなところで失うわけには…
勝利MVPこの勝利で慢心しては駄目。索敵や先制を大事にしないと…って、頭の中で何かが…
旗艦大破きゃぁっ!誘爆を防いで!!
帰投艦隊が帰投しました。
補給艦載機の補充もありがとうございます。助かります。
改装/改修/改造三段式甲板は……いりませんよね?
近代化改修、ありがとうございます。
上々ね。
入渠(小破以下)次の作戦に備えますね。
入渠(中破以上)飛行甲板の修復に少し時間がかかりそう。
建造完了機動部隊に、新しい艦が参加出来ます。
戦績表示提督! 通信が入っています。
轟沈(反転)ごめんなさい……雷撃処分……してください……
時報
放置時あの、提督?ごは…あっ、いえ、作戦開始はまだでしょうか!?
(2014夏イベ限定ボイス) 提督。 私、加賀さん、そして二航戦のみんななら必ず敵に打ち勝ちます。今度こそ、必ず。
出撃画面 大淀MI作戦説明後(反転)提督!AL作戦攻略、おめでとうございます!いよいよ次は、MI作戦ですね。手強い敵が待ち受けているはず。気を引き締めて、参りましょう!

ゲームにおいて

  • 非常に早い段階から使用可能になるにも関わらず一線級の実力を持つ正規空母。
    • 最近の性能のインフレもあり最終的には他の強空母には大きく負けてしまうが、それでも十分には戦える性能ではある。
      • 19/5/21より改二が実装。搭載数は相方には勝てないが、5スロットや夜間攻撃を活かした特殊戦闘タイプへと変わる。
  • 改造後は82機の航空機を運用可能。
    • 加賀の98機やレア空母翔鶴瑞鶴の84機にはかなわないが、入手時期や入手難度からすれば破格と言って良い。
    • 3スロット目が32機になるので、高性能機を優先して配備したい。
      • 改までの時点でこれより多くの艦載機を積めるスロットを持つ空母は加賀加賀改の3スロット目の45~46機のみ。
      • 改二も含めると飛龍改二の36機・蒼龍改二の35機・翔鶴改二甲瑞鶴改二甲の34機(1スロット目)と、赤城より多くの艦載機を積めるスロットを持つ空母が増える。
  • 空母であっても、「砲撃戦」時の攻撃力には艦の火力の高さが影響するという仕様のため、二航戦や五航戦より砲撃戦時の攻撃力が高い。
    他の正規空母は改の時点で火力の最大値は39であるが、加賀は50、赤城は54とかなり高い。*4
    • 一見駆逐艦クラスの火力しかないように見えるが空母の火力=砲撃戦での攻撃力ではない。砲撃戦における実際の火力は136(+装備)と戦艦クラス。
    • ただし装甲空母大鳳の59には届かない他、2014年の夏に実装された二航戦の改二や2015年の秋に実装された五航戦の改二と改二甲は一航戦改の火力を上回っている。
    • なお「開幕航空戦」時の攻撃力には艦自体の火力は影響しない。
  • 早い段階で任務の報酬として確実に入手できるので即戦力としては申し分なく、少なくとも中盤まで第一線で使える空母であるため育てておいて何の問題もない
    敵空母を撃沈せよ!の任務で赤城が手に入らなかった場合に限り、次の日にはその任務が復活するようなので確認してみよう)。
    • しかし正規空母だけに燃費が悪く、資材が心もとないであろう配属後間もない提督は持てあますことになる。
      特に航空戦の仕様を知らずに制空権を無視して濫用すると、大量の艦載機が撃墜されてしまいその補充に使われるボーキサイトの消費が激しくなる。
      • 序盤の海域であれば適切な装備や運用を心掛けることで艦載機の補充に必要なボーキサイトはかなり抑えられる。
        強力な艦載機があれば航空戦を有利に進めつつ砲撃戦前により多くの敵を排除できるようになる。
        司令部Lvが20以上(特に強力なものを開発したい場合は司令部がLv30以上)であれば艦載機の開発をやらせるのも良いだろう。
        無理に運用するとその艦載機開発に回す余裕がなくなってしまい、本来強いはずの空母の力を存分に発揮できなくなってしまう。
        この先艦隊が増えて遠征が可能になれば出撃・修理・艦載機補充に回せる資材が増えるので我慢も大事。
    • 一方で空母関連の戦闘システムが実装されているため、ここぞという時のために多少無理してでも使う価値はある。
      • 弾着観測射撃は制空権をある程度取った状態で水上偵察機を積んだ戦艦や巡洋艦が一定確率で強力な砲撃を行うシステム。
        制空権の確保はボーキサイトの節約や敵空母の航空攻撃の緩和だけに留まらないのである。
      • 艦載機熟練度は艦載機を使い続けると艦載機自身のレベルが上がり、様々な恩恵が得られるようになるシステム。
        空母に熟練度を上げたい艦載機を積んで出撃させる必要があるため、余裕があるならコツコツと運用した方が良いだろう。
  • 任務報酬のおかげで一隻目の入手は容易だが、本来は凄まじく入手しにくい艦娘であることを忘れないように。
    • 本来は極めてレアリティの高い、「虹ホロ背景」の艦娘なのである。任務報酬以外で会った事がない提督もいるだろう。
    • 万が一轟沈させたり、近代化の素材に回すなどでロストした場合、再度の入手には激しい苦労と相当な幸運が必要になる。
    • ドロップの場合初期マップからドロップの可能性はあるものの、ほとんどボスまたは終点でしかドロップせず、x-x-1でドロップするマップは2015年10月時点では存在しない。
    • 2013年12月24日メンテナンス後より、大型艦を含む新造艦建造システム【大型艦建造】が実装されたことにより正規空母確率は向上したが、空母狙い一般建造の約10倍の資材消費が伴うのでそれ相応の覚悟が必要である。

限定グラフィック

  • 2016年10月5日のアップデートで、なか卯コラボ限定グラフィックとして【親子丼mode】が実装された。
    • なか卯で貰えたイラストカードでは甲板の文字が「ナ」になっているが、ゲーム版では「ア」に戻っている。これはなか卯の「ナ」からとったものであることから、誤植ではない。

      限定イラスト:なか卯コラボVer.

      限定イラスト:なか卯コラボVer.
      提督、季節は秋…食欲の秋ですね。

  • 2018年3月17日開始の艦これ佐世保鎮守府巡り(コラボイベント)では【三段式甲板mode】が描き下ろされた。甲板の文字の「ア」がなく、甲板が木製になっていることが特徴。
  • 2020年1月1日のオンメンテナンスで、加賀から一年遅れて艦娘新春【晴着】modeが実装された。
    • 晴れ着の色はもちろん赤。「正射必中」と書かれた破魔矢を持っている。

      限定イラスト:新春【晴着】mode

      限定イラスト:新春【晴着】mode
      提督。一航戦、新年のご挨拶に参りました。本年もどうぞよろしくお願いいたします!

小ネタ

  • 栄光の第一航空戦隊旗艦にして当時世界最強の空母機動部隊、第一航空艦隊の旗艦。表のリーダー連合艦隊旗艦長門が殆ど戦っていないのに対し、こっちは実行部隊を率いていた裏のリーダーと言ったところ。
    • 赤城が率いていた第一航空艦隊はインド洋作戦までに約500機の敵機を撃墜し損失は10分の1以下、艦艇への被害はゼロという素晴らしい数字を残している。
      • 当時の連合国軍機との撃墜比率は12:1。対艦投弾命中率も他国の追随を許さず、赤城を筆頭に非常に高い命中率を誇っていた。
    • 飛行隊長は少佐で空母1隻に1人の配置が原則である。だが真珠湾攻撃時の赤城は、破格の扱いであった。
      零戦隊の板谷茂少佐、艦攻(雷撃)隊の「雷撃の神様」村田重治少佐、第一航空艦隊全空母の航空隊を統一指揮する艦攻(水平爆撃)隊の淵田美津雄中佐の3人飛行隊長体制だったのだ。
      特に淵田の人事は、真珠湾攻撃の作戦計画を担当した第一航空艦隊参謀源田実中佐が海軍省にかけあって実現したもので、すでに一度赤城の飛行隊長を務めた後、第三航空戦隊参謀となっていた同期の淵田少佐(赤城飛行隊長再任後に中佐昇進)を異例の降格人事で引き抜いたものである。淵田は第一航空艦隊司令部幕僚事務補佐を兼務し、全飛行機隊の訓練を指導統制した。
      制空の零戦二一型(板谷隊)、雷撃の九七艦攻(村田隊)、命中・索敵の九七艦攻(淵田隊)、これで3スロ埋まるな!
      • 2015年8月の夏イベントE3報酬として、ついに九七式艦攻(村田隊)が実装された。
      • 分隊長(大尉)クラスにも、日華事変で零戦のデビュー戦に参加した戦闘機隊の進藤三郎大尉や、後に彩雲に機種転換してグラマンF6Fヘルキャットを振り切っての敵泊地航空偵察を成功させた艦爆隊の千早猛彦大尉というエキスパートが揃っていた。
      • しかし、訓練当初では指揮権について問題も出た。もともと母艦航空隊の指揮運用の権利は各艦長(空母なので大佐が任ぜられる)にあったため、階級・役職も下であり、かつ赤城所属の淵田中佐が他の空母の飛行隊まで訓練指揮を行おうとすることは不都合であった。ただし開戦前の訓練時から南雲機動部隊の源田中佐:航空参謀の発案により指揮系統の見直しが行われ改善している。これは各飛行隊は発艦後、空中集合する際に飛行隊の指揮権は自動的に各艦艦長から空中指揮官(真珠湾攻撃時なら淵田中佐)に移るというもので以降から日本海軍では空母・基地航空隊に限らず集団を率いる際は空中指揮官が指揮権を握るようになった。
    • 開戦以後、連合国に対して圧倒的な戦果を重ねて軍事拠点を制圧していき、日本の勢力圏を拡大させていく。連合国にとって機動部隊を率いる赤城は最大の脅威の象徴であった。インド洋空襲でも英国空軍は赤城を最優先目標として編隊爆撃を試みている。
      • アリゾナメモリアルや太平洋航空博物館*5では赤城が特設して展示され、日本空母の代名詞的な立ち位置となっている。その展示内容から、当時の連合国軍が赤城やその機動部隊をどれだけ脅威に感じていたのか、その一端を垣間見ることができる。*6
    • 米機動部隊とミッドウェー基地航空部隊は赤城率いる日本機動部隊に勝利したものの、米軍にとって先制かつ優勢な戦況であったにも関わらず、航空機被撃墜数及び搭乗員戦死者数では米軍は日本の倍近くもの損害を出している。赤城はその最期の時まで最強の機動部隊の旗艦であり続けたとも言える。*7
  • 元々快速・高火力の「天城型巡洋戦艦」の二番艦として設計・建造されたが、ワシントン条約締結のとばっちりを受けて空母に改装された。
    本来なら重巡に近い存在だった為、命名もそれに準じて群馬県内の「赤城山」が名前の由来になっている。
    • 既に完成していた船体を無理やり改装したツケか、不具合が出まくって大変だったそうな。
      空母にした際不要になった重たい砲塔や装甲が無くなると船体が3mも浮き上がり、スクリューが一部水上に出てしまうので、艦尾だけ重くして元の位置まで沈めた。
      そのため水面下の艦底は水平でなく、艦首が艦尾より3m以上喫水が浅い。誰です?お尻が重いなんていうのは
      艦内の床も約一度傾いたので、艦首側に行くほど天井が低くなる調整用の階を途中にでっち上げて水平に戻している。
    • ちなみに巡洋戦艦赤城に搭載予定だった41㎝砲は国内各地の要塞砲に転用されていて、一番砲塔は壱岐要塞の黒崎砲台に利用され今でも跡地は見られる状態に有る。
    • なお、同様に空母に改装されるはずだった天城型一番艦の天城は、関東大震災で竜骨を破損、廃艦となっている。
      その代打として、解体されるはずだった建造中の戦艦「加賀」が空母に改装されている。
  • 計画倒れの「空母天城」を夢見た?かどうかは別として、この時空母命名基準に山岳名が正式追加された。瑞祥動物のネタが尽きたのかは定かではないが、「赤城」が名前の上で異端ではなくなったとも言える。
  • この流れの先として、雲龍型航空母艦二番艦として「天城」が登場している。新造空母での山岳名称第一号となったのも、そういった想い故かも知れない。
  • 赤城という艦名は二代目で、先代は摩耶型砲艦の4番艦「赤城」。
    わずか600トンの外洋砲艦ながら、日清戦争の黄海海戦では味方から孤立していたところに清国北洋水師からの集中攻撃を浴び、艦長の坂元少佐が戦死しながらも勇戦敢闘。軍令部長が乗ったまま同じく味方から孤立していた特設巡洋艦「西京丸」をたった一隻で守りきり、「赤城の奮戦(坂元少佐)」という軍歌が作られたほどの大武勲を建てた艦だった。
    日露戦争に従軍した後1911年に民間に売却されて「赤城丸」となり、貨物船へ改造。現役実に63年間、1953年まで現役だった。大和と同じで先代より名を受け継いだ後継が先に逝ってしまったのだ。
    • 因みに、砲艦赤城は砲艦時代に砲艦「大島」と衝突して大島を沈没させている。貨物船となった後、台風と触雷で2度沈没し、2度とも浮揚され復活した。
    • 衝突時に僚艦を沈没させたのは、艦首に衝角(体当たり攻撃用の「角」、ラムとも)が装備されていたためだが、商船に改造された後もそのままだった。僚船は赤城丸が近くに来ると緊張したという。
    • 他に日本郵船が所有し、1941年に海軍に徴傭されて特設巡洋艦となった「赤城丸」という船もある。こちらは1944年2月17日にトラック島空襲で沈没。
      何の因果か、ミッドウェーで赤城の介錯を行った舞風はこの赤城丸の最期の際も護衛として同行、戦没している。
    • また、陸軍徴用船に「赤城山丸」(三井物産所有)があり、1944年12月7日、フィリピン・レイテ島への物資輸送中に米軍機の爆撃を受け大破炎上した。
  • 巡洋戦艦としての赤城は、全長252.4m、排水量41,000t、41cm主砲10門、最大速力30ノット(予定)。長門の215.8m、33,800t、41cm8門より遥かに巨大。
    巡洋戦艦を名乗るが傾斜装甲の採用により防御力も長門と同等とされた。
    • もっともこれは装甲強化の改装が施される以前の長門と比較しての話であり、第二次大戦時の基準としては戦艦の砲撃を防御できる装甲とは言えなかった。
    • ちなみに、空母化した後の航空写真がWikipediaに有る。上が赤城で、下に並んでいるのが長門。赤城の船体が2割ほど長門より長いのと、船体の形は同じ戦艦型なのがよく判る。なお、全長は大和型と同じくらいなので、大和型の大きさがピンと来ない人は、この写真がどんなものだったかの参考になるだろう。
    • 余りに巨大で重かったために、進水式で船渠から引き出すのに20分以上掛かってしまい、その間ずっと軍艦マーチを演奏し続ける羽目になった軍楽隊がヘトヘトになったという笑い話もある。
    • こんなものを当座4隻、下手すると改良型含め12隻量産しようとしていたのだから、国庫破綻は必定なのだが反省していないのは大和を見れば明らか。
      • でも他国も傾向はそんなもんだった時代。やりすぎた列強各国で反省した結果「海軍休日」(ワシントン海軍軍縮条約)へ繋がった。
  • 空母の運用が定まっていない時代の艦艇だけあり、重巡も真っ青な20センチ砲6基6門(近代化改装前は10門)という大火力。
    • この20センチ砲、ミッドウェー時でも舷側の6門はまだ搭載されており、一応発砲経験もある。
    • 初期の艦載機は行動半径が100km程度。これでは航空機の行動できない夜に敵水雷戦隊に踏み込まれる公算が高かったので、敵を追い払う砲を用意した。結果的には全く役立たずのまま終わった。
    • 赤城・加賀の場合、排水量を維持しスクリューの喫水を確保するための「重し」が必要なため、後部20センチ砲は安易に撤去できないという戦艦改造故の事情もある。
  • 逆に対空能力は6空母の中で最も控えめと言われている。あまりにも僚艦の不具合が多い事から単一甲板に大変貌を遂げる第二次大改装は僚艦が優先され、結果として赤城改装時には友鶴事件、第四艦隊事件*8・新艦建造(マル3計画)*9*10と被ってしまい、人手不足と予算不足で旧式の12センチ連装高角砲6基12門は12.7センチ高角砲に換装・増強する予定であったのが見送られており、ミッドウェー海戦で戦没するまで高射砲は12cm砲連装高角砲6基8門のままだった。また近接防御用の25ミリ連装機銃は赤城より小型の蒼龍と同じ14基28挺で、飛龍の3連装7基、連装5基の計31挺よりも少なく、一航艦旗艦と思えないくらい対空能力は低かった。ただし高角機銃に限れば加賀よりは強化されていたようである。*11ちなみに6空母の中で最も機銃を多く積んだのは翔鶴型で、開戦時には3連装機銃が12基の計36挺である。
    • だがゲーム内の対空値は装備換装した加賀より上だったりする。
    • 改装空母の本命として最終選択された筈の赤城が後回しにされた事に違和感を覚えるかもしれないが、赤城より加賀が優先されたのは二次改装の時のみで、基本的には赤城優先であった。
      実際、空母改造工事の際は、大震災や不景気の影響もあり改装予算が足らなかったため不足分を加賀の改装費用から分捕っていたというエピソードもある。ゲーム内や二次創作におけるつまみ食いネタはこのせいか…。このため加賀の改造工事はなかなか進まず、改装要領は赤城とほぼ同じであるにも関わらず竣工時の残工事が多く、工期が非常に長引いていた。
      ちなみに上に記した通り予算不足だったので赤城も竣工時点でいくつか残工事があり、1927年3月25日に竣工扱いであるが、実際は1929年初頭にやっと甲板の二段目に20センチ連装砲塔2基を載せた完成形に至った。*12
  • 上記の通り、予算制約により軍令部からの改装要求を一部つっぱねざるを得なかったため加賀ほど満足のいく改装は行えず*13赤城の改装は中途半端のまま終わった…のだが実は改装費用は加賀より赤城の方が多くかかっている。*14おそらく工期が長引いた事*15に加え、一部加賀より工費や資材を多く必要とする改装を行った為と思われる。*16

Q.太平洋戦争開戦時は6という圧倒的航空戦力の筆頭格を務めたくらいだし、大戦を通じて大活躍したんだよね?

Q.太平洋戦争開戦時は6という圧倒的航空戦力の筆頭格を務めたくらいだし、大戦を通じて大活躍したんだよね?

  • A.いわゆる緒戦の栄光、即ち日本が勝っていた時期の代名詞的存在ではあるんだけど…。

  • 一航戦、ひいては南雲機動部隊の中核として真珠湾を皮切りに太平洋戦線を転戦。
    真珠湾攻撃では他の空母と共に攻撃を行い、真珠湾内の戦艦8隻の内5隻を撃沈・3隻に損害などの戦果を挙げてアメリカ太平洋艦隊に損害を与え、日本軍が南方作戦を行っている間は行動を制限させるという作戦目的を達成した。
    インド洋作戦では南雲機動部隊は英東洋艦隊の撃滅には失敗するも、空母ハーミーズや重巡コーンウォール撃沈などの戦果をあげた。
    作戦中、赤城は英爆撃機から高高度からの爆撃を受けるが、外れた爆弾の水柱がたつまで爆撃機に気付かなかったという事態が発生した。日本軍では対空電探や空中聴音機の装備、機動部隊への高性能偵察機の配備、敵機発見の報告の一層の迅速化にするために併用すると有効な方法などの戦訓が出された。
  • しかし、連戦連勝で疲労と慢心が見える中乗り込んだミッドウェー海戦において、米空母による猛攻撃を受け僚艦大破炎上、最後は第四駆逐隊(舞風野分がいた)の雷撃処分により沈没。
    開戦から僅か半年の、短い栄光だった。
    本人も言っているが、慢心ダメ、絶対。*17
  • この海戦については、「日本軍の采配ミスだ」「いや、現場レベルではミスらしいミスは特にしていない」等と、様々な見方から様々な意見が提示されている。
    • 索敵の不備により米空母の発見が遅れたことが敗因として挙げられることがあるが、当時の索敵計画は日本海軍では標準的なものだった。
      そもそも殴りこんだその日にちょうど敵空母が現場にいる状況は想定しにくく*18*19、よって索敵は「敵を探す」意味よりも「敵がいないことを確認する」意味合いのほうがはるかに強かった。
      結果的に索敵が不十分だったという事になり、戦訓として二段索敵の導入になる。赤城や蒼龍が索敵を気にするのはこの辺が由来と思われる。
    • また、ミッドウェー島爆撃と対米艦雷撃のどちらを優先するか方針を統一できなかった司令部は、時間の掛かる艦載機の魚雷・爆弾の付け替えを何度も命じている。
      この為、米艦載機隊の襲撃を受けている最中でも作業は終わっておらず、格納庫には大量の艦載機とつけかえ作業中の魚雷や爆弾がゴロゴロ。
      危険物満載の状態で爆撃を受けたのであっという間に火達磨と化し、そのまま沈むことになる。
      • 最初は「万が一」の敵空母の出現に備えて対艦装備である魚雷を付けていた。しかし「ミッドウェーへの第二次攻撃が必要」「敵空母は見つからない」との報告を受け、また、現にミッドウェーからの度重なる爆撃に悩まされていたこともあり、対地装備である爆弾への交換が命じられた。
      • そもそも作戦目的の1つに「ミッドウェー上陸部隊の支援」があり、どのみちミッドウェーは叩いておかねば上陸部隊が危険になっていたのである。
      • が、予定より遅れて発進した利根搭載の水偵4号機が「敵空母発見」*20と報告して来て司令部はびっくり。この時点では陸用爆弾に換装した機体は少なく、空母攻撃のための魚雷装着が命じられる。だが、同時に帰還する攻撃隊の収容や防空戦闘などもあり格納庫は大混乱に。
        そうこうしているうちに敵機が来襲。*21運命の時刻は来た。
    • この時の被害について、「運命の5分間」という言葉がある。
      「敵機来襲時には攻撃隊の発艦準備がほぼ完了しており、来襲があと5分遅ければ日本は勝っていた」と言うもので、当時の参謀や搭乗員の主張によって巷に流布した。
      各種資料には「その時は攻撃準備のまっ最中だった」とあるため現在では否定されているが、非常に長い間「運命の5分間」伝説が信じられてきたのもまた事実である。
      • ────が、ぎっちょん、実はこの「運命の5分間」というフレーズ自体、夕立の二つ名「ソロモンの悪夢」同様、戦後の産物である疑惑が非常に濃厚である。
        元ネタは昭和37年に常磐線三河島駅付近で発生した三河島事故(Wikipediaの記事)。
        どういう事故か詳細はググってもらうとして、簡単に言うと、
        「最初は割とありがちな貨物列車の脱線だったのがそこに下り上りの旅客電車が突っ込んできて、瞬時に死者3ケタの大惨事」
        である。
        この時、貨物列車に接触して脱線した下り電車の運転士が後から突っ込んできた上り電車の抑止を怠ったとして業務上過失致死に問われてしまう。
        この運転士は接触事故の際一度意識を失っており、その時間がおおよそ5分間だった。
        この為、後にこの5分間は「空白の5分間」「魔の5分間」などと呼ばれ、実際に社会運動家・三輪和雄のコラムとして文藝春愁に『空白の5分間』のタイトルが使われた。
        以降、「○○の5分間」というフレーズは「5分間で事態が急激に変化した」事象によく使われることになった。

   方針はコロコロ変えるもんじゃないというわかりやすい教訓なのだが……
     装備換装を急いで!
     きゃぁっ!誘爆を防いで!!
   赤城さんったら艦娘になっても全然懲りてない!!

  • 来襲した米艦載機のうち、低空から侵入した第一波の艦攻隊は一航戦二航戦自慢の直掩戦闘機隊が大慌てながら撃退し、投下された魚雷も空母側の適切な操舵で全て回避(この時、赤城を操艦していたのは航空の素人のためヒマな南雲司令長官だったが、これは艦長の権限を侵すものだった)。
    しかしその直後、第二波の艦爆隊が雲間を切り裂いて急降下爆撃で奇襲。
    見張担当の水兵が「敵機直上!」と叫んだ時には、既にドーントレスから狙いすました爆弾が投下され、無防備な飛行甲板めがけて落下中であった。
    頼みの味方艦戦は敵艦攻隊のいる低空に気を取られていて対応できず、空母側の回避行動も対空砲火も間に合わない、まさに一瞬の隙を突かれた形となった。*22
    小破時の「真上…直上!?」という彼女のセリフはここから来ていると推測される。
  • 日本側の記録によれば赤城への投弾数は3発で、1発目は左舷艦首へ至近弾となり、2発目が中部エレベーター後縁付近に、3発目が飛行甲板左舷後部に命中したとされ、この内、中部エレベーター付近に命中し格納庫内で炸裂した爆弾が致命傷となった。ただし、被弾数は1発で左舷後部への投弾は至近弾だったという乗組員の証言もある。
  • なお艦これでは中破時の被弾箇所から中部エレベーター後縁付近と至近弾の疑いのある飛行甲板左舷後部を被弾としている。2発の被弾で大破行動不能になったのは太平洋戦争を通して赤城だけである。
    もっとも被弾した当初は機関部へのダメージはなく、十分復旧可能な範疇であったが自分の爆弾の誘爆で・・・
    ダメージコントロールがきちんとできていれば赤城は無事だったかもしれない。
  • ほぼ同時に加賀蒼龍も爆撃により炎上、唯一難を逃れた飛龍が反撃に転じ、米空母ヨークタウンを大破に追い込むも多勢に無勢、最後は三隻の後を追うように大破沈没。
    ここにミッドウェーの雌雄は決した。
  • 上述のように炎上、航行不能になった赤城だが、元々が巡洋戦艦だっただけに船殻は非常に頑丈で、戦闘能力を失っているのに沈没する気配もないまま漂流。
    人間に例えるなら上半身が火達磨のまま立っている状態
    そんな彼女に司令部が下した決断は「戦闘中では曳航できないし、敵に分捕られるくらいなら介錯やむなし*23」というものだった。
    轟沈時のセリフの由来である。
    これをむごいと思う提督諸氏は、このセリフを言わせることのないよう努めるべし


  • なお米軍側からこの海戦を見た場合、
    「偽情報の流布や通信傍受(いわゆる『AFでは真水が不足』)による情報収集から日本の攻撃目標を事前に察知」
    「ミッドウェー基地を要塞化」
    「参加艦艇数の比較(日本軍350隻・米軍50隻)だけ見れば必敗だったため、作戦方針としては敵空母のみを狙うことで、日本軍に最大の損害を与える*24
    「味方空母が足りないから、珊瑚海海戦で五航戦飛行機隊から攻撃を受けて中破していたヨークタウンをバケツも無いのに3日で突貫修理し*25、消耗した艦載機もサラトガの航空隊を移乗*26させて補充し出撃*27*28
    「偵察機やレーダーを駆使し、敵よりも先に相手機動部隊の発見に成功」
    「敵空母発見後、当初は全力攻撃を計画していたが偵察機に発見されたため、兵力不足は承知で準備できた機体からじゃんじゃん発進させる」
    「⇒結果的に敵の空母護衛機が先行部隊に気を取られている間に後続部隊が空母を破壊」……幸運もあったが、ど根性の勝利と言っていいのかも知れない。
    • 実際米軍側の「この戦いに負けたら西太平洋は日本のもの、ハワイ陥落も時間の問題」という危機感は相当なものがあったと思われる。
    • 一方の日本軍は、ミッドウェー島を攻略し、その後進出してくる敵機動部隊殲滅をする二つの主目標で作戦立案を進めたが、同時に二兎を追う形になり、さらに暗号をほぼ解読され作戦が把握されていた*29上、セイロン沖海戦や珊瑚海海戦で起きた索敵不足や誤認、艦載機の兵装転換中での敵機襲来などの経験を十分に生かし切れず*30、この海戦においても同じ失敗を繰り返した。
    • さらに、空母の脆弱性に起因する爆雷撃のリスクを少しでも軽減するため、当時の空母は日米ともに分散配置が常識だったのが、護衛艦艇が少ないこと*31や、直掩機の数を多くできること、発艦後の艦載機は艦隊上空にて短時間での効率良い編隊集合が不可欠であること等を理由に、日本のみ小沢治三郎中将の提唱により第一航空艦隊を結成してまでの集中配置を採用*32、結果たった一回の爆撃で主力空母4隻のうち3隻を一気に失うこととなった*33。集中配置と分散配置それぞれにメリットとデメリットがあるが、ミッドウェーでは集中配置が裏目に出てしまった。
      一方従来の分散配置だった米空母*34の喪失は、手負いの状態で参加していたヨークタウンのみ*35で他の2隻は無傷だったのに加え、ヨークタウン攻撃に向かった飛龍飛行機隊は、迎撃戦闘機と熾烈な対空砲火によって多くの被害を出している。
    • 但し、米側も分散配置の欠点である「各航空隊の集結に時間がかかる」を気にした、今回初めて航空戦の指揮をとったスプルアンス少将の判断で、バラバラで攻撃に向かい、各個撃破されて大損害を蒙っている。偶然直掩の零戦が低空に降りた瞬間に爆撃を行えた結果、大戦果を上げれたのであり、空母の散開運用のリスクも十分あった。
      要はどっちの方の効果を選ぶかの問題であり、当然それぞれにリスクもあるのである。
      日本側はその後も空母の集中運用を続けているし、米側も空母の数が揃い出した戦争後期以降は3~4隻纏めて運用する集中配備を採用している。散開運用の方が逆に棄てられたのである。
    • 空母の数が揃うと、その1隻毎に散開運用するとなると、それだけに護衛の艦艇、指揮を執る空母機動戦に精通した指揮官、それら細分化した小部隊を統率する指揮系統の確立などが必要となり、幾ら大国アメリカと言えども荷が重い。なので集中配備にする一方で対空戦闘に備えた二重の輪形陣の採用や、空母搭載機のなかで戦闘機の比率を上げたり、陣の外縁に対空レーダーを搭載したピケット役の駆逐艦を配置して早期発見に努めたりと十分な対策を施している。
      十分な対空戦の対策が出来るのであれば集中配備の方が良いとアメリカ側は判断したわけである
    • また、ヨークタウンを無理やり引っ張り出した米海軍とは対照的に、珊瑚海海戦で大破した翔鶴と搭乗員を損耗した瑞鶴の復旧を待たず、準主力として有用だった龍驤隼鷹をアリューシャン方面への陽動に投入したため*36、作戦に参加した主力空母は4隻となり、米空母3隻*37の奇襲を跳ね返せなかった。
      日本が空母6隻を集中運用していれば、こんな形での敗北はありえなかったはずだった。司令部は優勢な戦力を集中するという戦術の原則よりも奇襲に拘り、準備が不十分なまま作戦を急ぐという過ちを犯した*38
    • 結局、日米参加艦艇の戦力比較だけなら圧勝してもおかしくなかった戦いで大敗したのみならず*39、アメリカ側が戦争の主導権を握る転換点となってしまった*40
      この海戦以降、日本機動部隊は主要な作戦や海戦にて航空機撃墜数や生還者数で米軍を上回ることができなくなった。そして交戦の度に多数の航空機と貴重な搭乗員を失うことで凋落の一途を辿り、2年後のマリアナ沖海戦で壊滅することになる。
    • 空戦戦術「サッチウィーブ」を考案し、ミッドウェーを戦ったジョン・サッチ大佐は「我々が生還できたのは奇跡としか言いようがない。情けないほど零戦に劣っていた」とミッドウェー海戦当時を回想している。
      実際に有利な戦局であったにも関わらず、米軍搭乗員の戦死者は日本の2倍近くに達している。
      米側も多大な犠牲を払って獲得した勝利だったのだ。
      しかし、日本の目論見だった短期決戦・早期講和路線に綻びが出始めた一戦であり、米軍にとっては文字通り反抗の狼煙となる勝利だった。
  • ただし、スプルーアンスは「日本が空母を喪った時点で撤退してくれたので勝てた。大和以下の水上艦艇が突っ込んできていたら追い返せなかった」(意訳)という言葉を残している。

 

  • 流星烈風もミッドウェー海戦での赤城戦没より後の機体なので、彼女がよく知らない様子なのはそのせい。
    • というか、どちらも戦争末期も末期の登場で、流星を実戦配備した部隊は極僅か、烈風に至っては試作止まり、むしろ名前だけでも知っているほうが驚き。
    • 中の人つながりでは、藤田咲が「武装神姫 BATTLE RONDO」で演じた戦闘機型飛鳥というキャラクターは「烈風」という移動スキルを持っていた。
  • 竣工当時は世界的にも珍しい三段の飛行甲板を持っていたが、最終的に近代化改装で大型の飛行甲板一段に絞られた。
    • 実の所、最上段の以外は本格的な艦上機運用には短過ぎであり、中段には艦橋と連装砲が載っていたので使用不能と言う惨状だった。
    • Q.『三段式甲板は……要りませんよね?』 A.要りませんでした。
      • 一応彼女と帝國海軍の名誉のために補足しておくと。
        下段甲板は竣工当時の艦戦ならば十分な長さを持っており、当時は特に問題視はされなかった。
        中段甲板は元々から艦橋と砲を搭載しておくための甲板であり、発着艦には全く関係がない。
        上段は着艦と艦爆艦攻などの大型機用であり、勿論当時なら問題はなかった。
        ついでに言えば、他所の国もやっぱり似たようなもんである。*41
    • 三段甲板というアイディアは先行して配備された英国海軍のカレイジャス級の二段式甲板を参考にして、昇華させたものだった。
      艦載機の発展に伴い英国海軍もその使い勝手の悪さには気付き始めたのだが、お財布事情や艦船保有数的に全面改装の難しい英国海軍の場合は二段式甲板はそのまま、艦載機発艦用の空気式カタパルトを実用化して解決した。
      それでも複葉機のグラディエーターとソードフィッシュ、単葉機ではハリケーンを飛ばすのが限界で、高翼面荷重のスピットファイアは射出直後に「I Can Swim !!(どぼん)」。
      結局アメリカからF4Fを買う結果になった(そのアメリカもまたカサブランカ級で同じようなことになったのだが)。
  • 特徴的な三段甲板と巨大な船体は国民的にも広く親しまれた。当時の軍オタ少年は戦艦長門派と空母赤城派が2大勢力で、これに水雷戦隊派やら高雄型重巡派が絡む展開である。
    • 大和派がいないことに首をかしげる人もいるだろうが、彼女は秘密兵器なので民間人のファンなど居る筈が無い。
  • 実は鳳翔と同じく当初の着艦制動索が「英国式」の縦索式という英国面だったりする。もちろんうまくいくはずがない(しかもあの三段甲板で…)。
    • 縦索式については鳳翔さんの項目を参照の事。1930年、フランスから導入された横索式に交換して、やっとまともに着艦ができるようになったのである。
  • 艦これでまさかの実装となったドイツ空母Graf Zeppelinの建造に際して、日本が赤城を見学させたり資料を提供したのは有名な話。というか、この時点で技術提供できそうな正規空母が三段甲板時代の赤城くらいしかなかったともいう(蒼龍以降はまだ完成すらしていなかった)。
    ただし赤城の技術情報がどの程度助けになったかは、見解が分かれるところである(同艦のページを参照)。
    いずれにしても、ドイツ国内の政治的ゴタゴタもあってついに完成させることはできなかったのであるが。
  • 空母で艦橋が左舷にあるのは赤城と飛龍のみ。この左舷側艦橋、航空関係者から「加賀のように発艦区域内の前部に置くと発艦作業に支障がある。また甲板後部から中央部にかけての着艦区域内は、無障害の区域が長大なほうが望ましい」とする意見が出されたことで生まれた。
    塔型艦橋は艦中央部に置く必要があり、右舷側には煙突があるため必然的に左舷配置とせざるを得なかった。このため実艦において実大模型により実験を行なうこととなり、改装前の赤城飛行甲板上で、改装後の塔型艦橋設置位置に実大模型艦橋を設置し、横須賀および横須賀から改装のため佐世保へ回航する途中に、艦載機の発着艦実験および気流測定を行ない、ようやく左舷中央部設置を決定し改装された…のだが実際のところ不評であった。
    • 諸説あるが、飛行機のプロペラの回転方向の関係で艦橋にぶつかりやすい、右利き人間の心理的イメージ、乱気流などいろいろと上がっている。
      また赤城の場合は排煙が艦橋に入り込みやすく、見張りに支障をきたすこともあったようである。セイロンやミッドウェーで敵機に気づくのが遅れているのはこのためか…?
    • 「発艦作業のしやすさ」を優先したが、計画時よりも急速に性能が向上した艦上機は着艦速度が大きく伸び、「発艦よりも着艦性能を優先する必要性」が出てきたのも大きいとされる。
    • 日本海軍の空母は当初二隻セットでの運用が前提だったため、お互いの艦橋が相手の艦載機に干渉しないよう、
      艦橋は奇数番艦が右舷(加賀*42蒼龍*43)、偶数番艦は左舷(赤城*44飛龍*45)になっていたのだが、
      実際にはあまり意味が無い事が判明したため瑞鶴の計画段階で右舷に統一された。つまり一航戦は当初から二番艦が旗艦を務めるとか赤城さんマジ裏番長なのはさておき*46
    • 加賀から取り入れられた艦橋は羅針盤橋、操舵室、発着艦指揮所を設けた四層の必要最低限の機能に抑えられた小型艦橋*47、一方赤城や飛龍はこれより一層多く、加賀や蒼龍より司令部を置きやすいので比較的旗艦向きと言う優位性がある*48。鶴姉妹よりはマシだが安定性に欠け発着艦が難しく、大戦以前の実戦における運用実績があまりない赤城が旗艦となれたのはこの艦橋のおかげもあるだろう。
  • 実物の赤城と加賀は結構似ているが、見分け方は艦橋位置。左中央が赤城、右前が加賀。艦尾部の20cm砲が片舷3基3門なのが赤城、片舷5基5門が加賀。また、目を引くような巨大煙突が湾曲して生えている空母がいたら赤城だと思って間違いない。
    • この煙突形式のお陰で右舷の窓は開けられなくなってしまった。
    • 右側に煙突、左側に艦橋を配置することで左右の重量のバランスを取ることを目的としたのだが、見事に失敗した形となった。
  • 加賀より船体が大きく、飛行甲板長が長く取れる上、大正7年の時点で空母に必要とされた30knの速力が発揮可能なことを含め、元巡洋戦艦の赤城はまだ空母化に向いた艦とされた。そのため費用の面で優遇され、積極的に改修が行われていた事もあり、近代化改修までの仕上がりは加賀より良好であった。
    しかし予算が制約された二次改装により不具合が多発、旧石炭庫を居住スペースにするなどしたため艦内は迷路のような状態になってしまい居住性は日本艦艇の例にもれず劣悪に。*49先の高角砲の改装の件のみならず弊害が居住区や飛行甲板などあらゆる点に及んでおり、結核と赤痢が流行ったこともあり、ついたあだ名が「人殺し長屋」人が住めるだけマシだって初期の加賀が40度の熱出しながら言ってた*50
    • このような劣悪な居住性もあってか、大型艦の例に漏れず彼女のシゴキや制裁、艦内いじめも苛烈なことで知られていた。
      「地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島夜叉比叡」「鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門」などの有名な戯れ歌シリーズには
      ・「鬼の山城、蛇の長門。いっそ赤城で首吊ろか」
      ・「鬼の赤城に蛇の長門、いっそ比叡で首吊ろか」、という彼女入りバージョンも残っている。
      どのぐらいアレだったかというと、ミッドウェー海戦後に赤城乗員を収容した陸奥の乗員がそのシゴキを目の当たりにしてドン引き、逆に気を遣ったほど。
  • 大型ではあったものの全般に旧式で不具合も多かった*51赤城だが、戦前の将来編成案から考えると、少なくとも昭和20年代前半までは最前線で使われる予定だったようである。
    • 艦政本部は通常、軍艦の寿命を20年程度で計画していたため、日米開戦が無ければ㊄計画以降の空母*52が複数就役していたと考えられる昭和25年度以降は、赤城も現役を退くものと思われる。
      ちなみに同時期に巡洋戦艦から改造された米空母のサラトガも、戦後は練習空母として運用される計画であった。
      しかし戦中のエセックス級大量就役で予備艦として残す必要は無くなってしまい、記念艦にするための資金も集まらなかったため廃艦に決まってしまう*53
    • 昭和17年度戦時編制案では、翔鶴型に機動部隊旗艦と一航戦の座を譲り、赤城は加賀と一緒に五航戦へ編成替えする予定もあったが、これはなぜか実現せず、昭和17年4月の戦時編制改訂でも変わらなかった。
      一説には、就役直後に翔鶴の艦内を視察した第一航空艦隊司令部の評価が芳しくなかったのが原因とされる。
      元々翔鶴は赤城の後継艦として建造されたわけではない*54ため、司令部や搭乗員からすると長年乗ってきた赤城と大きく使い勝手が変わっていたであろうことは想像に難くない。加賀同様に戦艦系からの改造のため日本空母の中では例外的に船体の横揺れが少なく、艦橋が比較的広かったという赤城特有の利点が優先されたとも考えられる。
      翔鶴はまだ就役したばかりで、艦の練度が旗艦を務める域に達していなかったという見方もある。
      詳細な理由は不明だが、改装も中途半端で旧式のはずの赤城が最新鋭空母を差し置いて一航艦旗艦の任を最期まで全うしたのは事実である。
      余談だが、翔鶴型の改良型として造られた大鳳への旗艦異動は、就役後1ヶ月で実施されている。こちらは判断した指揮官の違いや、空地分離*55実施の有無の他に、装甲空母という唯一性が重要視されたとも考えられる*56など、赤城と翔鶴の時とは異なる状況が多いため、比較は難しい。
    • ただし史実の時期以降も第一線級であり続ける場合、飛行甲板の強度、軽質油庫の容量、着艦制動装置や艦載機用エレベーターの重量制限といった戦前から指摘されていた問題とも向き合わざるを得なくなり、再度の大規模改装が求められるのは確実と思われる。
      大戦中期以降の艦載機は、開戦時の機体と比べて大きさや重量、航空燃料の消費量などが軒並み増加しており、赤城の運用能力でも不足と判断されていた可能性が高い。
      大鳳以前に就役した空母は、天山の時点で着艦制動装置や昇降装置の重量限界に達していたため、それ以上の重量をもつ流星などの新型機を運用するためには、格納庫甲板から上の構造物を丸ごと作り替えるような長期間に渡る大工事が必要であった。
      現実だと赤城が「知らない子たち」を使えるようになるためには、こんな障害もあったりするのだ。
  • 上記の人殺し長屋な居住性や大型艦に共通の陰湿な気風、シゴキ、いじめなどがありながらも、連日の出撃で母港に帰れず荒れまくっていた支那事変当時の加賀ほど風紀が悪くなかったのは、主計が料理上手であった事も一因。第一艦隊料理コンテストでも上位陣である。
    • 積み込む砂糖は毎回5トン。航空隊の補給食向けもあるが、毎日夜食にバラエティに富んだスイーツが出ており乗員の心の慰めとなっていたのであろう。他の艦は毎回汁粉。
    • もっとも、同じ艦であっても配属される時期や部署、上官の人格によってその風紀や気風は異なる。また赤城は加賀と違いWW2以前の戦歴は短期作戦に投入されたのみ、一方の加賀は早くから長期の航空作戦に投入され、何ヵ月も内地に帰れない状態が続いていた。逃げ場の無い洋上で狭い艦に閉じ込められた搭乗員、乗組員らのストレスの蓄積、外界から隔離される事によるモラル意識の低下が加賀の艦内風紀悪化の主な原因であることを考えれば、この2隻の艦内風紀を比べるのはいささか安易であると言える。
  • 戦後「赤城」を名乗った軍艦(自衛艦)は無いが*57、海保では特130トン型巡視船「あかぎ」(PS-40。1965年就役、1980年解役)、あかぎ型巡視船「あかぎ」(PS-101。1980年就役、2009年解役)、びざん型巡視船「あかぎ」(PS-14。2009年就役)の3回使われており、びざん型「あかぎ」が現役である。2代目・3代目は、那珂の名前の由来である那珂川の河口にある茨城海上保安部の配属である。




  • 艦これにおいては、「ゲームにおいて」に有るように入手のしやすさから序盤に彼女の姿を見ることになるのだが、その頃メインの駆逐~軽巡と比べて資源を大量に消費し、少しの怪我でドックを長時間占拠。
    しかもシステム修正が入る前の最初期は今よりもはるかに修理時間が長かったこともあり、このせいで食っちゃ寝娘扱いとなってしまっている。
    • 「食っちゃ」の部分には他にも理由がある。
      これは、情報が出揃っていない初期の頃「火力を上げれば威力が上がるんじゃね?」→「艦攻ガン積みして火力アップ!」が蔓延していたせいもある。
      また稼働初期は空戦システムそのものにも不備があり、ボーキサイト消費率も今より極端に多かったという事情もある。
      • システムがおよそ判明している現在では、この組み合わせで敵(特に空母)にケンカを挑めばどうなるかはお察しの通りである。
        艦戦不在のおかげで鎮守府のボーキサイトを枯渇させる要因となっていたようである。
    • 公式の4コマでも、ボーキサイトを運ぶ任務を「赤城給食」と称したり、「ボーキサイトの女王」を自称していたりする。バケツの話だけは禁句のようだが。
    • 家具の月見団子の説明においては、「某正規空母のつまみ食いに注意して!」と書かれている。某正規空母=赤城とは言われてないが、多くが赤城を連想してしまうようだ。
      • 加賀「赤城さん何食べてるの? あ、私も(ry」
    • 2月26日に実装された家具「雛人形豪華四段飾り」では加賀とともに随身を担当している…が、よく見ると菱餅をつまみ食いしている。
      人形とはいえ、ついにつまみ食いの現場が明らかになってしまった赤城さんであった。
  • ケッコン時のものに至るまで徹頭徹尾軍務に関するセリフばかりで「実際のゲーム内では戦闘マシーン」とも呼ばれてきた赤城さんであるが、ようやく追加された放置ボイスの内容が内容であっただけに、徐々に食いしんぼネタの公式化に拍車がかかりつつあるようだ。
  • 2013年10月~12月に期間限定オープンしていた艦これカフェ「甘味処 間宮」では、大盛りが「赤城盛り」、特盛りが「赤城盛り改」となっていた。
  • ネタにされたり尊敬されたりの彼女だが、実は出撃コストは加賀の方が多い。
    • おそらく搭載燃料の多さを反映していると思われる。加賀は日本軍艦の中で最も搭載燃料が多く、その為航続距離が非常に長大であった。
  • 上記でも評された様に軍務中心な印象を持たれる彼女だが、2013年12月3日~12月30日のファミリーマートとの期間限定コラボの景品であった「赤城目覚まし時計」では、甲斐甲斐しく起こしに来たり、提督に対し好意的な印象を評する発言など普段ではあまり見られない意外な一面が見られる。その割には時報ボイスの方は未だ追加されてない訳だが……。
  • 最後に実にどうでもいい話だが、とても重要な史実を記しておこう。
    昭和16年11月26日、開戦に向けて日本を出港した赤城以下南雲機動部隊であったが、到着するまで飛行隊の搭乗員はすることがない。することがないから何をしたか。下士官以下の搭乗員は日々鍛錬したり操縦の訓練に明け暮れていたのだが、士官たちときたら、なんと薄い本を発行することにしたのだ。序文、機動部隊攻撃隊総隊長 淵田美津雄。「太平洋夜話」と命名されたその薄い本は、士官たちがR18な艶話を寄稿して士官室で二日がかりで極秘裏に印刷された。その間従兵が入ってくると「入室罷りならん!いま機密文書を作成中だッ!」と追い返していたそうである。戦地に赴く際に薄い本を印刷した赤城さん(と士官さんたち)は、ある意味一部提督にとっては他人事どころではないまさに大先輩でもあるのだ。この「太平洋夜話」(R18)が現存していれば、歴史的にもそれ以外の意味でも大変なプレミアがついていたことであろうが残念ながら赤城さんとともにミッドウェイの海中に没してしまったようで現存は不明である。そして序文を寄せた淵田氏は戦後まで生き延びたが、自らの黒歴史には口を閉ざしていた模様である。しかし半藤一利著「完本・列伝 太平洋戦争」 PHP文庫にて印刷を手伝わされた大淵硅三氏の話が載っている。いろんな意味で赤城さんに敬礼を。

この艦娘についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 今年もお豆が赤城の胃に消える -- 2020-01-21 (火) 08:03:10
  • バレンタインデーは提督が「食べきれないから・・・」というのを期待して、一日ずっと執務室にいそう -- 2020-02-08 (土) 06:53:29
  • 赤城さんがチョコくれると聞いてきました -- 2020-02-13 (木) 21:18:46
  • コメスペースの短さになんかわろた たまに泥するとうれしい -- 2020-02-18 (火) 16:54:02
    • 正月~バレンタインデー~ホワイトデー。赤城の食欲が増すこの季節、提督は執務室に籠りがちだと言う鎮守府伝説が・・・? -- 2020-03-17 (火) 13:23:00
  • アカギンがMVPとったあとにドロップが出るとまるでアカギンの頭の中から艦娘が出たように聞こえるな。 -- 2020-04-21 (火) 12:55:14
  • 任務で赤城もらった直後の出撃で赤城ドロップした。ビギナーズラック感謝。 -- 2020-05-04 (月) 21:03:28
  • 小ネタを編集しました。 -- 2020-06-13 (土) 21:34:46
  • 赤城さんへの果たし状!!! -- 2020-06-19 (金) 16:29:01
  • 赤城さんの相棒は改二の話が上がったまま中々降臨しませんね。現実で彼女たちが経験していない南太平洋海戦で装い新たな一航戦の揃い踏みをやりたい所ですが。 -- 2020-06-22 (月) 06:05:05
  • 全ての空母の中で、唯一の5スロ空母なのに評価低いよね・・・なんでだろ?武蔵や伊勢や夕張やタシュは最強の一角扱いされてるのにね。。。 -- 2020-06-23 (火) 03:33:56
    • 「赤城はもっと凄いだろ」と言う、改二の性能でもまだ満足できない不満の裏返しかも? -- 2020-07-17 (金) 19:22:54
      • 改二実装時、戊は軍刀佩いてる→これは装備なしでの開幕噴進砲弾幕に違いない、赤城さんなら切り払いくらいできる!って書き込みを見かけてフフッてなった記憶 -- 2020-10-07 (水) 06:40:57
  • 始めて20日ぐらいで任務報酬より先に建造ででてきた -- 2020-07-24 (金) 09:50:00
  • 空母の母と言えば鳳翔さんだけど、自分的には赤城さんもそれに匹敵するくらいの母性を持ってると思う。優しさと厳しさを併せ持つ落ち着いたその佇まいが特に…あと、自分が群馬県民だからということもある。 -- 2020-08-09 (日) 18:40:33
  • ごめん、パンケーキはだめだった・・・。ごめんよ・・・。 -- 2020-08-14 (金) 09:30:05
  • 赤城の凄さひいては当時の帝国軍の練度を誇るのは良いけど、無意味に他国を引き合いにだすのはどうなのか -- 2020-08-25 (火) 13:58:18
  • ゲーム中は割とバトルマシーンな赤城さんが、食いしん坊らしさを見せるこの季節がすき -- 2020-10-07 (水) 06:34:14
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戦闘後は撃墜されるので艦載機の搭載数が減りますが、「補給」でMAXまで回復します。
艦載機搭載数が減ったと報告する前に補給を行いましょう。


*1 資材の消費だけで、改二と改二戊をいつでも変更可能
*2 2014/07/18~2014年夏イベント開催まで
*3 2014/08/08~2014年夏イベント完了まで
*4 史実で20cm砲を搭載していたためか。
*5 こちらは加賀や飛龍も展示されている。
*6 西太平洋の制海権を日本に奪われ、ミッドウェーやハワイ諸島の陥落もいよいよ現実味を帯び始めると、アメリカ政府首脳陣はアメリカ本土空襲と上陸を本気で危惧するようになる。一時はロッキー山脈もしくはシカゴでの侵攻阻止を検討している。
*7 真珠湾攻撃、ポートダーウィン空襲、蘭印作戦、セイロン沖海戦だけでも50隻を実際に撃沈、航空機を400機を破壊している。それも僅か半年で。ちなみに米海軍のエンタープライズなどが所属する空母機動部隊は参戦からWW2の終結までの3年間で艦艇71隻、航空機911機の撃墜を記録している。無論、この数値は活動期間の長さや度々旗艦変更や編成に変更されてることも考える必要があるが、日本にも負けない戦果を誇る。イギリスやフランス?知らんな。
*8 赤城の工期が約3年と長いのはこの工事に海軍工廠側が手を取られた事も影響していると思われる(歴史群像シリーズ空母「赤城」特集)加賀は友鶴事件の前に改装予算がおろされて難を逃れたようである。が、改装原案に復元性能の見直しが入り、格納庫長の大幅な短縮、艦橋は必要最低限の小型なものとするなどの影響は受けている。
*9 赤城の改装予算が不足になり中途半端な状態になったのは昭和12年の建艦計画(マル3計画・大和型2隻1億0793万3,075円×2、翔鶴型8,449万6,983円×2その他)と重なった為(歴史群像シリーズ・精密模型で見る帝国海軍艦艇集・赤城の解説より)。
*10 赤城改装予算、11年5,329万2千円、12年1億1,194万2千円、13年1,809万9千円(金剛型主機交換、比叡改装797万2,342千円等の改装予算込み)13年度予算が極端に少ないのは新艦建造に予算を割いたため(戦史叢書31巻海軍軍戦備1)。
*11 射撃指揮装置と共に25ミリ連装機銃14基装備の赤城に対し、加賀の機銃は飛行甲板舷側の機銃台上に右舷後部5基、左舷前部2基、後部4基の計11基が装備されていた。しかし昭和12年5月に撮影された加賀の写真では、先に述べた装備位置のほか、右舷艦橋下に2基、左舷前部に1基が装備され14基となっている。大改装後に追加装備されたのか大改装時に装備されたのか定かではない。
*12 「加賀の改装要領は赤城と似たようなもので1928年3月31日に竣工するが、赤城の予算不足を加賀から分捕ったために、赤城以上に残工事が増え、実際に完成したのは1929年12月になってから」『大日本帝国海軍ガイド"ImperialJapaneseNevyGuide"』新紀元社(艦船史研究会)p.116より一部抜粋。空母物語(福井静夫著)、歴史群像、丸などにおいても費用面において赤城優先であったため加賀の改造工事がなかなか進まなかったとされている。
*13 (1)飛行甲板を最上層のもの一段とし、これを延長して長大なものとする。(2)格納庫を増設して搭載機数の増加をはかる。(3)対空兵装を強化する。(4)艦橋を塔型艦橋とする。(5)艦載機昇降用エレベーターの増設と改善。(6)爆弾、魚雷および航空機用燃料搭載量の増加と関連諸装置の改善、整備。(7)ボイラーはすべて重油専焼缶とし、後方煙突が上向きになっているのを下向きとする。…これら軍令部要求案に対して、海軍省側は改装予算が充分でない事を全面に押し出し、折衝の結果、(1)対空兵装強化については、高角砲の換装は見送る。(2)撤去する20センチ連装砲2基のかわりに、舷側部への砲廓式20センチ単装砲の増設は実施しない。(3)機関部の大幅な改正は行なわない。他はそちらの要求通りに行う…といった内容に変更している。他にも、上部格納庫の密閉化にあたって格納庫幅を広くとるため現在の支柱を撤去し、新しい支柱を建てるよう要求があったが、支柱の取り替えは大工事となるため断念。できるだけ内幅を広くするため支柱の外側に側壁を張るなどの配慮がなされた。
*14 加賀の二次改装費674万5,104円、赤城の二次改装費731万7,644円(戦史叢書207巻昭和造船史1)。
*15 加賀の工期1933年10月~1935年10月・赤城の工期1935年10月~1938年9月、どちらも佐世保工廠にて改装。
*16 コメント2015-11-12-02:20参照。赤城の改装で特に大掛かりだった工事の一つが格納庫の増設、改装にあわせて行われた飛行機昇降機の増設と改正である。赤城の前部昇降機は艦中心線より右舷側に配置されており、幅11・8メートル、長さ13メートルの前後方向に長手の短形型であったが、この型式では格納庫に艦載機を出し入れするとき艦載機の向きをその都度変えなくてはならず、運用上不具合があった。このため前部昇降機を横に長くし、幅16メートル、長さ14・5メートルの長方形のものに改正したが、これにより最上甲板の昇降機の孔の大規模な補強工事が必要となり、甲板面のみならず、外板にも相当な補強工事が実施されている。
*17 後述に分析されているように、結果を見た上で振り返れば戦術的判断ミスや最善策はあったと言える。しかし、本海戦の敗因は「慢心」などという感情的要因が主因ではない。戦術を語らず「慢心」の2文字のみで敗因を断定するのはあまりにも軽率であることを補足しておきたい。
*18 米艦隊の出撃拠点であったハワイ真珠湾とミッドウェー島は約2,200kmの距離がある。日本艦隊のミッドウェー島襲来を聞いて、ハワイの米艦隊が慌てて駆けつけても、丸2日はかかる距離である。
*19 が、実際には日本の攻撃目標がミッドウェー島であることを米海軍は事前に察知しており、米空母はミッドウェー近海で待ち受けていた。
*20 利根4号機の前に筑摩1号機が米艦隊上空を通過していたが、雲の上を飛んでいたためにこれを発見出来ず、利根4号機は、遅れて発進し索敵予定コースを外れたことで米艦隊を発見できたことが判明している。ただ、筑摩1号機の索敵線を米空母が通過した時、この位置を筑摩1号機は数十分前に既に通過していたとの説もあり、米空母のレーダーには偵察機らしき反応もなかったことから、米艦隊上空を通過していたが発見できなかったという説には異論も存在する。 この時、利根4号機は敵空母の位置を間違えて報告するミスをしてしまう。
*21 利根の偵察機が報告してきた敵空母の位置と南雲機動部隊の位置の差は約210浬。この距離では敵は護衛機をつけるために更に接近する必要があり、仮に敵が護衛機無しで攻撃隊を来襲させたとしても直掩機で防ぐことができるとされた。そのため、兵装換装は間に合うと司令部は判断したとされる。実際には敵空母の位置は間違っており、報告された位置よりも近距離にいた。
*22 加賀と蒼龍は対空砲火による反撃と回避行動を行った記録もある。
*23 とはいえ火災の熱で「鈍された」状態の装甲や構造材は軍艦としての強度を保っていないであろうし、そもそも旧式で色々手狭だった彼女をわざわざ新造に近い手間を掛けて修繕する意味があるのかという問題もある
*24 これを厳命したのはあのニミッツであり、彼の命令はフレッチャーとスプルーアンスの両提督によって忠実に実行された。
*25 これもニミッツが直々に損傷状況の検分を行い、命令したものだった。
*26 サラトガは同年1月に伊号第6潜水艦の雷撃で大破し、当時は修理のため真珠湾に航空隊を降ろして米本土まで戻っていた。この航空隊がなければヨークタウンが有効な戦力になり得なかった可能性も否定できないという意味では、まさしく僥倖だった。
*27 応急修理で戦場に送り出され、飛龍の反撃を一身に受け、挙句に敵が置き土産に残していった潜水艦に撃沈されたヨークタウンはまさに踏んだり蹴ったりである。しかし結果を見れば、空母3隻という戦力を揃えた価値は十分にあり、実際にヨークタウンの飛行機隊は日本空母4隻の撃沈に大きく貢献している。
*28 日本側でも翔鶴の飛行隊の一部を瑞鶴に移乗させて、瑞鶴だけでも五航戦も参加するべきと言う意見もあったのだが、実現しなかった。理由として、この頃の日本は航空隊のメンタル的な一体性を重視しすぎていたとも、珊瑚海海戦で大きな損害を受けた五航戦の再戦力化を優先したとも言われている。
*29 ミッドウェー島に奇襲攻撃を仕掛け、ハワイから敵機動部隊を誘い出して撃滅するつもりが、逆に待ち伏せ攻撃を受けてしまった。
*30 インド洋作戦の戦訓で電探の早期実用化などが要望されていたが、MI作戦には間に合わなかった。珊瑚海海戦後、連合艦隊司令部の研究会でも空母の見張り能力の不足が指摘され、戦闘機の増載案も出されていたが実現には至っていない。また損傷した翔鶴のダメージコントロールを指揮した福地周夫運用長も、連合艦隊司令部からの要請でミッドウェー出撃直前の大和に赴き、「翔鶴が助かったのは攻撃を受けたのが艦載機を飛ばした後だったことが大きい」といった実戦で得た貴重な戦訓をレクチャーしていたが、司令部がそれらを十分に吟味する時間はなかった。ただ敵空母出現に備えての雷装待機や、二航戦の艦爆を対地・対艦のどちらの換装にも迅速に対応できるよう未武装で待機させるなど、全く経験が生かされていないわけではなかった。
*31 ぶっちゃけて言うと特型以降の「量より質」体質が原因で、条約で割り当てられたただでさえ少ない排水量を少数の高性能だが高価な駆逐艦の建造に使ってしまったことが遠因である。なんだよね吹雪……。質を優先した背景には数で不利な中、質も不利な状態では対抗が困難と判断したのが影響しているとされる。ワシントン条約脱退後には駆逐艦96隻を目標に水雷戦隊の整備がすすめられた。
*32 小沢の上官にあたる山本五十六・古賀峯一の両大将は最後まで難色を示していたが軍令部の指示で渋々了承。山本はその際には小沢自身の一航艦長官就任を希望したが航空主兵派へのカウンターや小沢より南雲の方が兵学校卒業年次が上であることなどを理由に南雲がつけられた。なおこの人事は近年、「護衛艦艇との意思疎通の点で水雷出身の南雲を起用した」という説も出ているが、小沢も水雷出身であり、第二艦隊分派の護衛艦艇との意思疎通に問題があったとする根拠に乏しい。
*33 敵第一波の雷撃回避でたまたま他の3空母から離れていた飛龍のみが最後まで戦闘を継続。
*34 皮肉にも真珠湾で戦艦が無力化されたことで護衛艦艇に余裕が生じ、各空母を中心に8~10隻の警戒艦がつく強力な輪形陣を採用していた。
*35 満足な速力が出せない上、艦内の水密性も悪化している状態で戦っていたとされる。しかも飛龍飛行機隊から2度の攻撃を受けた後もまだ浮き続けており、それどころか伊168から雷撃を受けなければ、生還していた可能性すら十分にあったほどのタフさを見せていた。
*36 陽動作戦後は状況により南雲機動部隊に合流することも計画されていた。
*37 ヨークタウン級空母の搭載機数は多く、ミッドウェー海戦時にはヨークタウンが75機、エンタープライズとホーネットがそれぞれ79機搭載していた。これに対して日本の空母は搭乗員の数が足らなかったこともあって、教官要員までかき集めた真珠湾攻撃の後は赤城、翔鶴、瑞鶴の搭載機を大幅に減らし、赤城、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が常用機各54機、加賀のみが63機だった。
*38 珊瑚海海戦でヨークタウンを撃沈したものと司令部が誤認、後に撃破判定に変更。損傷したヨークタウンは修理の必要があることから、当時のアメリカ太平洋艦隊の稼働空母はエンタープライズとホーネットの2隻であると予想していたことも判断ミスの一因だったりする。
*39 空母の艦載機の数ではほぼ互角であり、航空戦力はミッドウェーの航空機部隊も含めると米軍が優勢であった。
*40 機動部隊による積極的な攻勢に望みをかけていた日本にとって、4空母の喪失は取り返しのつかない痛手だった。残る主力空母が翔鶴と瑞鶴のみとなった日本は以降、攻撃的な作戦を立てることができなくなり、守りに入らざるを得なくなる。それしてそれは、米国の圧倒的な国力に押しつぶされることを意味していた。
*41 ライバルのうち英海軍のカレイジャス級は同様の構造の二段飛行甲板、米海軍のレキシントン級は最初から全通甲板を採用していたが水上機発艦設備などの後の世からすれば不要な設備も備えていた。
*42 加賀型一番艦
*43 蒼龍型一番艦。
*44 天城型二番艦から改装
*45 蒼龍型二番艦として計画され後に設計変更。
*46 ちなみに最も一航戦歴が長いのは鳳翔。また加賀が旗艦として鳳翔と一航戦に、赤城が二航戦に配備されていた期間もある。
*47 友鶴事件及び第四艦隊事件を機に復元性を重視した結果である。本来ならレキシントンのような大型艦橋の予定だった。
*48 真珠湾の際は二航戦旗艦は蒼龍だったが、その後すぐに飛龍に司令部が移された。
*49 一例を挙げれば、消灯後の艦内巡検も普通の艦なら15分で終わるところが、赤城は歩きずくめで4倍の1時間を要したという。
*50 二次改装前の加賀は煙路側の居住区が高温で、実際資料には夏期においては居住不能となる状況すらあったと書かれているが、それ以外なら全く人が住めないという訳でもなかったと思われる。
*51 元は大正時代に巡洋戦艦として起工し、軍縮条約により無理矢理空母に改造した艦であり、そんな艦がミッドウェーで沈むまで現役でいられたのは、乗員の高い練度によるものであった。
*52 ㊄計画で予定されていた空母は起工前に戦局の転換で改訂され、最終的に建造中止となっている。日米開戦が無かった場合の空母計画には不明な部分が多いが、大鳳の改良型となる装甲空母が建造されていったものと思われる。
*53 その後は長門、酒匂、Prinz Eugenらと共にビキニ環礁で核実験の標的艦に使われ、沈没した。
*54 翔鶴型は飛龍の改良型であり、船体の大きさに起因する部分以外は、蒼龍や飛龍に準じた設計がなされている
*55 1943年末から実施された、空母とそれに載せられる飛行機隊の指揮系統を切り離す制度。それまで母艦航空隊は各空母艦長の指揮下でバラバラに編成されていたが、空母を集中運用する上では問題も多かった。この制度の導入によって、各戦隊司令部の下には600番台の数字で命名された航空隊が組織され、状況に応じて所属の各空母に配備されることとなった。例:一航戦に第六〇一航空隊が附属し、訓練や戦闘では大鳳・翔鶴・瑞鶴にそれぞれ分乗する。詳しくは大鳳改の項目なども参照。
*56 艦隊側は戦前から「小型爆弾一発の命中でも戦闘能力を喪う現有空母は、実戦での運用に適さない。」とまで主張しており、飛行甲板の脆弱性を問題視していた。実戦でも小沢中将の前任である南雲中将はミッドウェー海戦での赤城や南太平洋海戦での翔鶴が被弾で戦闘不能となり、旗艦変更までの間は指揮が取れなくなっており、最も継戦能力の高い装甲空母を旗艦にしようと考えるのは合理的である・・・はずだったのだが・・・
*57 なお命名基準で言えば護衛艦「あかぎ」はミサイル護衛艦。つまりイージス艦となる。