陸奥

Cached: 2021-05-16 00:15:53 Last-modified: 2021-05-07 (金) 22:44:06
No.002
陸奥(むつ)長門型 2番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久80火力82 / 99
装甲75 / 89雷装0
回避24 / 49対空31 / 89
搭載12対潜0
速力低速索敵12 / 39
射程3 / 39
最大消費量
燃料100弾薬130
搭載装備
341cm連装砲
314cm単装砲
3零式水上偵察機
3未装備
改造チャート
陸奥陸奥改(Lv30) → 陸奥改二(Lv89+改装設計図)
図鑑説明
長門型戦艦の2番艦として生まれた陸奥よ。
もちろん、世界のビッグ7の一艦になるわね。
え?主砲火薬庫爆発事故?
まあ、隠してもしょうがないわね。今度は大丈夫よ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:佐倉綾音、イラストレーター:しずまよしのり (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:佐倉綾音、イラストレーター:しずまよしのり
入手/ログイン長門型戦艦2番艦の陸奥よ。よろしくね。あまり火遊びはしないでね…お願いよ。
母港/詳細閲覧なにか用なの?
なに?
だから、私の中で火遊びはやめてって言ったでしょ!ねぇ、聞いてる?
母港/詳細閲覧(年末)さあ、年末は何かと忙しいわね。大掃除は早めに済ませてしまいしまょう。うふふ。長門? 貴女はこの辺りをお願いしていいかしら。
母港/詳細閲覧(新年)提督、あけましておめでとう。今年もよろしくね?あぁ、そ、長門も大事にしてあげてね。彼女、意外と不器用でしょ?
母港/詳細閲覧
(2016バレンタイン)
はーぁい提督。少し大人のチョコレート、あげるわ。大事に食べるのよ、いーい? うふふっ♪
母港/詳細閲覧(ホワイトデー)あら? チョコのお返し? 嬉しいわ♪
母港/詳細閲覧(お花見)長門、第一戦隊でお花見はどう? 大和や武蔵も呼んで。ね、楽しそうでしょう? 私、提督に相談してくるわね♪
母港/詳細閲覧(三周年)あら、あらあら! 三周年なの? すごいわね、続くものね! 少し驚きだわ。……ああ、そんな意味じゃないのよ。いい意味で、ね♪
母港/詳細閲覧(六周年)あら、あらあら! 六周年なの? すごいわね、続くものね! 長門、提督。これからもよろしくおねがいね。
母港/詳細閲覧(七周年)あら、あらあら! 遂に七周年なの? これは少し驚きね。長門、提督。いつもありがとう。これからもよろしくね。
母港/詳細閲覧(八周年)あら、あらあらあら! まさかの八周年なの? やるわね。長門、提督。ありがとう。これからもずっと、よろしくね。
母港/詳細閲覧(梅雨)ああ長門、出かけるの? この傘を持って行って。今日は降り続けるわよ、雨。
母港/詳細閲覧(初夏)長門。この浴衣どう? おかしくない? そう、よかった♪ 提督、お待たせ。ふふ、ありがと♪
母港/詳細閲覧(夏)なぁに? 長門ったら。 ……ビーチバレー? いいけど、貴女、ルール知ってるの? ……あらあら。仕方ないわね、任せて♪
母港/詳細閲覧(2016秋季)今度の戦いは少し大きそうね。私達も全力出撃かしら?準備しなきゃね。お化粧も少しだけ気合い入れなきゃ。待ってて!
母港/詳細閲覧(節分)え?私も鬼役なの?いいけど… そ。これは鬼の角じゃないの?え?長門が全開でノリノリなの?仕方ないわね。
母港/詳細閲覧(秋刀魚)秋刀魚漁支援任務、了解よ。あらあら♪ 長門、あなた張り切ってるわね。漁、やりたかったの? そう♪
ケッコンカッコカリ(反転)提督、なんでそんなに第三砲塔付近を見つめているの? 見るならこっちを見てよ。
ケッコン後母港(反転)あなたのために、今日もがんばっちゃおうかな?
編成戦艦陸奥、出撃よ!
出撃私の出番ね。いいわ、やってあげる!
戦艦陸奥、出撃よ!
遠征選択時あら。あらあら。
アイテム発見あら。あらあら。
開戦敵艦発見!全砲門、開け!
夜戦開始さ~て、止めを刺すわよ。
攻撃選り取り見取りね、撃て!
敵艦発見!全砲門、開け!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃第三砲塔、何をしてるの?
小破やだ。当てたのね。
ふう~ん、少しはやるじゃない
中破/大破ば、爆発なんてしないんだから…もう。
勝利MVPあら、私?ふーん、そんなこともあるわよね。悪い気はしないわ。
旗艦大破ふう~ん、少しはやるじゃない
帰投艦隊が帰ってきたわね。
補給ふーん。悪くはないわね。ありがと。
改装/改修/改造あら、いいのに。別に何も出ないわよ。
ふーん。悪くはないわね。ありがと。
あら。あらあら。
入渠(小破以下)ちょっとお化粧直してくるわね。
入渠(中破以上)服が傷んでしまったわ。丁寧にお願いね?
建造完了新しい艦ができたみたいね。
戦績表示提督に御伝言よ
轟沈(反転)戦いで沈む…何でだろう…あまり…悔しくはないわ…
時報
放置時

ゲームにおいて

  • 長門型戦艦の二番艦にして世界のビッグ7の一艦。図鑑No.は長門に次ぐNo.2。
    • レア度は現状二番目に高い6を誇っている。が、長門に比べるとドロップの可能性のある海域がずっと多いため、入手し易い部類に入る。
    • 運の低さでネタにされ易い彼女だが、ドロップ入手が難しめの長門と異なり、現実的な入手難度で最強クラスの能力という初心者にはかなり頼りになるお姉さんである。
      • 運以外のスペックは長門と完全同一なので、確かに長門の下位互換と言われればそうなってしまうが、前述通りの入手難易度差でトントンだろう、序盤で入手すればさっそく主力を任せたい。
  • 陸奥改になると51cm連装砲試製51cm連装砲が装備可能となる。これは大和型、長門型改/改二のみが装備できる主砲である。

  • 長門と並び、通常の戦艦では最強格なのだが、運が異常に低い。これは史実で爆発事故により沈んだためと思われる。
    • 大和武蔵という大和型実装により戦艦最強の座はそちらに譲った。が、それでも長門型の火力と耐久力は一級品。あちらほど燃費が極悪でないため運用しやすいのが最大の強みといえる。
    • 被害担当艦と呼ばれた翔鶴でも10→12、不幸姉妹こと扶桑/山城ですら5→10と改造すれば人並みにはなれるのに、陸奥は3→6。圧倒的である。
      大鳳の実装により最も不幸な艦娘ではなくなった。
  • 運ステータスの効果に関しては不明な点が多かったが解明されつつある。戦艦としてはあまり重要でない夜戦カットインの発動率だけでなく、命中回避にも若干の影響があることが検証により判明している。
    • 姉の長門との運の差による命中の差はおよそ4%(√運32x1.5-√6x1.5)。命中の低い連合艦隊時は地味に響くだろうが、この差をどう捉えるかは提督諸兄の判断にお任せする。
  • 金剛型と同じ感覚で使っていると弾薬資材が払底するのでご利用は計画的に。もっとも最近の戦艦全体で比較すれば燃費はまだ良い部類である。
  • 性能比較
    No艦名改造Lv耐久装甲回避火力雷装対空対潜索敵搭載速力射程燃料弾薬
    002陸奥改3090986999099049612低速100160
    021金剛改25758969940790491212高速90120
    149金剛改二75829473980870491512高速100125
    • 2014年2月26日のアップデートで金剛型改二は燃費が上方修正され、長門型より良好な数値となった。
    • 2014年9月26日で実装されたBismarck dreiが、僅差だが長門型改を上回る悪燃費となった。が、あちらは空前の3段階改造。
    • 姉ともども高コスト。特に弾薬消費量がキツめ。計画的に運用しないと他艦娘達の作戦行動や建造計画に支障をきたす。加えて提督の毛根にもダメージを及ぼす
    • 2014年10月24日のアップデートで装甲上限と運が上方修正された。
  • 一式徹甲弾が入手できる「第二戦隊」の編成出撃任務に必要である(陸奥改で可)。

  • コンプティーク2019年3月号にて、実装に先駆ける形で陸奥改二のイラストが公開され、2019年2月27日アップデートで実装された。

限定グラフィック

  • 2016年9月16日のアップデートで秋季限定グラフィックとして【浴衣mode】が実装された。
    • コンプティーク2016年10月号の表紙を飾ったイラストとポーズが異なる差分となっている。同時に実装された限定ボイスでは何時になく真剣味のある口調で2016秋イベントに言及している。

    限定イラスト:鎮守府秋祭りVer.

    限定イラスト:鎮守府秋祭りVer.

小ネタ

  • 名の由来は、本州の東北端にあり津軽海峡を有する青森県などを含む旧国名から。京から見て文字通り陸の奥*1
    西南端にあり関門海峡を有する山口県の旧名「長門」と対になっている。
    • 奈良時代に全国の旧国の境界が定まってから江戸時代まで、「陸奥国」は現在の東北地方の山形・秋田*2以外の全域という広い範囲を占める国だった。
      明治初年に陸奥国は陸奥国・陸中国・陸前国・岩代国・磐城国に分割された。
      陸奥の艦内神社は、分割以後の陸奥国で最も由緒のある神社である岩木山神社から分祀を受けている。
      なお、分割以後の陸奥国は「りくおう」と読むのが正式であるが、一般には分割前と同じ「むつ」と読まれていた。
  • 八八艦隊計画の第一段階である、八四艦隊案の第二号艦「第八号戦艦」*3として、大正六年度計画で予算計上された。
    • 計画時の同期には第三号艦「第九号戦艦→第七号戦艦(加賀)」、第四号艦「第十号戦艦→第八号戦艦(土佐)」*4、第五号艦「第四号巡洋戦艦(天城)」、第六号艦「第五号巡洋戦艦(赤城)」*5のほか、巡洋艦9隻(球磨多摩北上大井木曾長良名取五十鈴夕張)、駆逐艦28隻(峯風型9隻、樅型18隻、江風型1隻*6)などがあげられていた。
    • なお、長門は前年度の大正五年度計画において、第一号艦「第七号戦艦」として予算計上されている。
  • 設計時、「もっと主砲を増やせないのか」という用兵側の要望に対して、設計を担当した平賀譲氏のアイデアで傾斜装甲・新型ボイラーの採用・ボイラー室区画の短縮を行い、長門と同排水量で連装砲塔1基を増載する案が立てられた(副砲と搭載砲弾数も減少)。
    その名も「陸奥変体」。変態じゃないよ。
    • しかし、改正による竣工の遅れや同型艦による運用の兼ね合い、何よりも艦内が窮屈になりすぎる事が考えられて廃案となった。
      ただその後も陸奥の強化を諦めきれない海軍は、三連装砲塔と連装砲塔を混載した主砲10門艦という案も検討している。だが三連装砲塔の開発が陸奥の建造に間に合わないため、結局は没となった。
      • そして時を超え、この陸奥強化案がゲームにおける改長門型戦艦こと長門改二へと派生したのであった。
  • 1921年就役と他の艦娘に比べて割りと古く、お姉さんキャラなのはそのため*7
    --なんだBBAじゃんって思ったそこの提督。私が殺ってあげるから、一歩前へ出なさい!
  • 横須賀海軍工廠にて1920年5月31日に進水。
    就役は「1921年10月24日」ということに「書類上は」なっているが、就役と言っても実は半完成状態であった。
    これは当時、アメリカとイギリスからの「陸奥はワシントン海軍軍縮条約内にある『未完成艦は廃艦とする』という規定に含まれるだろ」というツッコミを躱す為であった。
    同年11月22日に海軍に引き渡され、佐世保鎮守府所属となったが、この時点でも完成度は85%程度であり、引き続き横須賀工廠で艤装工事が行われた。
  • イギリス・アメリカの調査を妨害してまで押し切り保有は認められたが、代償としてアメリカではコロラド級2隻(メリーランドは既に完成していたため元々保有を認められていた)の建造続行、16インチ砲戦艦を保有していなかったイギリスにもネルソン級2隻の新造が認められてしまった。
    余談だが、ネルソン級1番艦ネルソンは1927年に竣工。
    一応摂津(ほとんど準弩級)の代艦扱い、アメリカ(主砲12インチ)・イギリス(主砲13.5インチ)も代わりの戦艦を廃棄している、イギリスが一番馬鹿を見ているのは気のせいか。
  • 1934年から1936年の間に大改修が行われた際、主砲塔は戦艦土佐(未実装)と加賀に搭載予定であった新型に交換された。
    口径は同じながら、この改良で大仰角がかけられるようになり大幅に砲戦距離が延長されたほか、砲塔自体の防御力も大幅に向上した。
    • 一方で改修後の残った陸奥の旧砲塔の主砲四砲塔は、海軍兵学校の地へ教材として移設され、同地が海上自衛隊第一術科学校となった現在でも見ることが可能である。
      通常の基地見学では見学コースから外れているため遠くから眺める形だが、毎年春の構内一般公開時には近くでその威容を見ることができる。
      また近年は応募制で特別広報が実施され、人数限定で内部の公開が行われている。
      • なお、外観からは無傷に見えるこの砲塔だが、戦後イギリス軍の手により内部が爆破処理されており、補修も行われていない。
        そのため上記特別広報などで内部を覗くと、歪んだり傷ついた鋼材や爆風で浮いてしまった天蓋装甲板など、その傷跡が歴然と残っている。
      • この旧・第四砲塔、怪談ネタである江田島海軍兵学校七不思議の一つとして
        「日没後、下部ハッチから海軍時代の煙管服を着た人影がこちらをじっと覗いている」といった話が昔から言い伝えられている。不気味ではあるがこれといって悪さはしないらしい。
        しかし爆沈時の砲塔と違い大改装で取り外した砲塔であるため、元となる曰くは特にないはずである。風評被害。*8
      • 片や、爆沈時に大勢の死者を出し戦後サルベージされた曰く付きの新・第四砲塔の一部は高野山奥の院に慰霊碑として安置されている。
      • ちなみにこの新・四番砲塔の砲身は長年船の科学館に展示されていたが、2016年、東京オリンピック開催に伴うお台場周辺の再開発のために横須賀のヴェルニー公園に移設される事になった。
        「戦艦陸奥4番砲里帰り支援」と称したこの企画によって、ようやく横須賀に陸奥の里帰りが果たされる事となった。
        現在、移設は完了し、鎮魂の碑とともに安置されている。
    • この改修で搭載していた水上・水中魚雷発射管8門を撤去している。
      かつては彼女も魚雷を扱っていた筈だが、4コマ60話では競っていた日向と共に魚雷の扱いに慣れていないとされている。
      日向も改装前は魚雷を搭載していた筈なのに…爆破オチが優先されたのか?*9
  • 一般国民の知名度・人気は長門よりも陸奥の方が上だった。これは陸奥の進水式の皇后陛下ご臨席の模様が教科書に載ったことと、
    ワシントン軍縮条約で廃艦の危機にあった際に連日大々的に報道されたことで、広く一般にその名を知られていたから。
    • 長門は呉海軍工廠生まれなのに対し、陸奥は横須賀海軍工廠生まれ。横須賀のほうが東京に近いため訪れやすく、したがって陸奥の進水式の方が来賓に恵まれていた。
      臨席の来賓や拝観者は貴顕、学者、作家、職工、一般人合わせて実に十数万人に達したという。
      澄み渡った青空のもと、万歳の声と軍楽隊の演奏する軍艦行進曲に包まれ、付近の軍艦・商船・工場が一斉に吹き鳴らす祝福の汽笛の中、陸奥の進水式は挙行された。
      来賓の一人である実践女学校創立者の下田歌子は、陸奥の巨体が静々と滑走を始めたのを見て感極まり泣き崩れたという。
    • どのぐらい陸奥が国民から愛され親しまれたか、吉田俊雄元海軍中佐はこう書き残している。
      「軍艦の絵を描いてごらん、というと、子供たちは決まってヤグラマストをまず描き、まっすぐな二番煙突との間にグウッと横倒しに一番煙突を曲げて、*10
      これムツだよ、いちばん強い軍艦なんだ、胸ふくらませていったものだ。
      ムツはたしかに彼らの夢をそだてた。そして私も、その夢に育てられた一人だった。ようし、大きくなったら海軍に入ろう、ムツに乗るんだ。
      ・・・ムツに乗ろうと思って海軍に入ったものが私一人でなく、いや、ほとんどであることを知って、びっくりした」
    • 「陸奥ト長門ハ日本ノ誇リ」とカルタに詠まれる程にどちらも当時の国民に広く親しまれていた。
  • 1942年8月の第二次ソロモン海戦では前進部隊に所属して参加した…のだが、高速の重巡部隊の進撃にはかえって足手まといとされ、
    身辺警護の駆逐艦を付けられて後方に残されてしまった。結局、陸奥に課せられたのは駆逐艦たちへの給油というタンカーまがいの仕事だけだった。
    いざ決戦、戦艦の実力を見せつける時と勇み立っていた陸奥乗員たちの失望と落胆は、傍で見ていても気の毒なほどだったという。
    なお、駆逐艦村雨、五月雨、春雨に護衛されて、第2艦隊から分離された陸奥は、8月27日に艦隊に接触するアメリカ軍飛行艇に対し、主砲を発射している。驚いた飛行艇は爆弾を投棄して退避したという。これが陸奥における唯一の実戦経験である。*11
  • 1943年6月8日 呉に近い柱島泊地にて停泊中、主砲三番砲塔付近から突然大爆発を起こし、瞬く間に沈没してしまった。
    360tもの重量がある砲塔が艦橋と同じ高さにまで吹き飛ぶほどの爆発で、一瞬にして船体が二つに折れたとの証言がある。
    沈没があまりに急速であったため、脱出できたのは航海長などの艦橋にいた者やたまたま甲板上にいた者、手近に舷窓があった者などだけだった。
    運良く陸奥から脱出できた者たちも、爆発の衝撃や高所から放り出されたことで多くが脚を骨折してしまっており、泳げない状態だった。
    悪いことに流出した重油が1メートルもの厚さで海面に蓋をしてしまったため、海に飛び込んだり放り出されたかなりの人が二度と浮いてこれなかったという。
    • 当初は米潜水艦の奇襲かと判断されたが、原因は現在に至るまで未だ不明。この事件を扱ったノンフィクションに「陸奥爆沈」がある。*12
      弾薬の自然発火・誘爆、スパイの工作、乗員による放火等等いろいろ言われている。
    • 中には、柱島泊地のこの場所でが誤投下して回収されなかった対潜爆雷が突然爆発したという説もあったが、後に否定されている。
    • 三式弾自然発火誤爆説も流れて、一時期全艦から三式弾を降ろすという一面もあったが、海軍の調査委員会により否定されて再搭載された。
    • 三式弾が否定され、残るは火薬庫の無煙火薬だけとなった。生き残りの乗組員たちに火薬を燃焼させた煙を見せ、爆沈寸前に砲塔付近から噴き出した煙に合致するものを選ばせるという実験をしたところ、全員が三式弾の装薬ではなく発射薬の無煙火薬の煙を選び、無煙火薬から火が出たことは間違いないとの結果も出ている。だが、どう条件を変えて実験しても無煙火薬は自然発火しなかったのである…
    • 陸奥の火薬庫に火をつけた誰かがいたことは確実となり、陸奥乗組員全員の出身地、家族構成、生い立ちなどが念入りに調査されたが決め手となるものは何も出てこなかったのである。
      結論としては「人為的ではないということが確実になにか証明できれば人為的ではないと言えるけれども、それが証明できない限り、その原因は人為的でない、とはいえない」というおそろしく曖昧なものになった。
    • 言うまでもなく、ゲーム中の第三砲塔云々その他の火事・爆発台詞はこの事故が元ネタである。
      • 公式四コマでは完全に爆発要員にされており、初期は「第三砲塔の調子が…」とつぶやく程度だったが、中盤以降は何回も爆発して大破入渠する羽目になっている。
    • 陸奥の三好輝彦艦長と扶桑の鶴岡信道艦長は同期の仲で、三好艦長が扶桑に表敬訪問して歓談し、陸奥に帰っていった直後に爆発が起きたという。
      鶴岡艦長は扶桑で昼食を摂っていくようしきりに誘ったが、律儀な三好艦長は陸奥の作業を監督するため断って帰り、巻き込まれたのだった。
      その日の夕食を共にしようと約束していたが、果たせなかったそうだ。三好艦長は沈没後に艦長室で遺体で発見された。*13
    • また陸奥は当時第一艦隊旗艦をつとめており、第一艦隊司令長官の清水光美中将はじめ司令部幕僚一同が座乗していた。
      だが、たまたまこのときは呉で会議があり、長官以下司令部は陸奥を離れていて間一髪難を逃れたのだった。
      長官艇はまさに帰艦のため航行中だった。突然誰も聞いたことのない凄まじい爆発音が霧の彼方、陸奥がいるはずの方向から聞こえ、やがて霧に墨が滲むように黒煙が広がった。
      艇内では、誰もが信じたくない、有り得べからざる凶事の予感に「おい、陸奥じゃないか」というどよめきが起こり、清水長官もまた顔色を真っ青に変え、頬を引きつらせていたという。
      • たまたまの僥倖で命拾いしたかたちとなった清水中将だが、陸奥爆沈の責任を取らされて第一艦隊司令長官を罷免され、さらに翌年には予備役となって栄達の道を閉ざされている。
    • なお、この手の爆発事故は他でもちょくちょく起きており、陸奥以外にも河内、筑波が同様事故で喪われている。
      かの有名な戦艦三笠も日露戦争終了直後に弾薬庫の爆発により沈没し、凱旋観艦式に出られないという事態を起こしている*14
      しかし日向だけは、二回も同じような主砲塔爆発事故を起こしながら、いずれも砲塔損傷だけで乗り切り、終戦まで一応生き延びたのは御存知の通り。これが運の差か……。
      • 割と最近の事例では、1989年、アメリカの戦艦アイオワの2番砲塔で爆発事故が起こっている。最後の戦艦であるアイオワは2006年で退役したため、実質最後の戦艦における砲塔爆発事故である。
  • 前述のとおり広く国民に親しまれた「陸奥」が戦わずして爆沈したという悲惨なニュースは、当時の情勢から内外に報道できなかった。*15
    大和武蔵の存在は最高機密であり、国民の間ではいまだ長門と陸奥が帝国海軍の顔、最強戦艦であった。陸奥爆沈の報が与える衝撃は、海軍への国民の信頼を根幹から揺るがしかねなかった。
    死亡した乗員への郵便物は一切焼却され、その家族には生存を装って給料送金を続ける等、陸奥の爆沈は一般には秘匿された。彼らの戦死公報も、戦死日と場所を偽ったものが時期をずらして発表された。
    生き残った陸奥乗員は、特殊技能者と重傷者を除く全員が、事故後一度も内地の土を踏むことなく口封じのため第41警備隊の補充要員として最前線に送られた。「生きて帰れると思うな」と言われたとも。*16
    同警備隊の担当地域はマキン島、タラワ島、クェゼリン島、サイパン島など。これらの島々が辿った運命を考えれば、陸奥乗員たちがどうなったか、多くを語る必要はないだろう。*17
    陸奥乗員1,400余名のうち、戦後まで生き残ったのはわずかに60名に過ぎなかった。
    • 大多数の国民は終戦まで陸奥の沈没を知らなかったが、どこからか情報が漏れたのか武蔵の乗員が休暇の為上陸した際に陸奥が爆沈したと国民から教えられている。能代搭乗員の話によると「トラックへ出撃前に桂島にて陸奥の海上浮遊物を見て心を痛む」とのことなので、回収しきれなかった浮遊物を確認したり、生き残った兵から伝聞されたのかもしれない。加えて戦後GHQを通じ、ラジオにて日本の国家機密について質問を受け付ける番組が存在しており、その時に『戦艦陸奥は何処で沈没したのか?』の質問に対し、『柱島泊地にて爆発事故により沈没』と回答している。またその音声は現在でも現存しており、TBS『報道特集(2015年7月18日放送)』にて実際に再生された。
    • 爆沈直後から極秘のうちに引き揚げ・修理作業が検討されており、再度戦力として加える予定だった。
      しかし沈没した船体を調査した結果、あまりにも破損が大きく引き揚げ・修理再生は不可能と判断されたため浮揚計画は放棄されてしまった。
      結局、戦時中に行った作業はまだ燃料庫に残されている再利用可能な重油を回収する程度に留まっている。*18
  • 昭和23年から28年にかけて、西日本海事工業というサルベージ会社が食料・物資欠乏の情勢に寄与するという名目で、搭載重油、缶詰、繊維製品類の回収を行った。
    ところが、作業の開始とともに朝鮮戦争による金属類の大特需が発生、同社は契約に違反し、搭載物資のみならず船体の鋼板を無断回収して巨利を得た。
    さらには同社のみならず近隣の漁民も漁船を繰り出して金属製品を拾い、周辺漁村は時ならぬ大活況を呈したという。
    • 西日本海事はさらに「船体を開かねば遺骨を回収できない」「備品や船体だって『搭載品』だ」と、ついにはダイナマイトを用いて船体を破壊回収するという暴挙に出た。
      さすがに国会でも問題となり、ついには政府と同社の泥沼の訴訟合戦に発展した。同社の金属不法取得は約400トンにも及んだという。遺族たちは眉をひそめ、心を痛めた。
  • 本格的な引き揚げ作業は、戦後昭和45年になってから行われた。
    この結果回収されたのは艦体の70%程*19なお「戦艦陸奥引き揚げ解体写真集」で検索するとこの時の写真を公開しているホームページに行き着く。(2015年8月6日にHP閉鎖。*20
    陸奥記念館(山口県周防大島町)で艦首部分等が展示されている他、全国各地で主砲・副砲・スクリュー等の展示が行われている。
    因みにこの時に陸奥を引き上げたのは深田サルベージ*21の起重機船「長門」、なお既に長門は引退している。
    • それだけではなく、陸奥から回収された鋼材は意外な形で利用されている。
      戦後に生産された鋼材には微量の放射性物質が含まれる*22が、陸奥の船体は戦前に生産された鋼材であるために放射性物質の混入が無く、また水中にあったことから、戦後大気中で多数おこなわれた核実験の影響も少なかった。
      「陸奥鉄」と呼ばれたこの鋼材は、現在でも放射線精密測定機材のシールドに用いられている。実戦に出る機会こそなかったものの、今日も彼女は世のため人のために活躍している。*23
      • なお世界には似たような例は他にも有り、英国のスカパフロー泊地に沈んだドイツ帝国海軍の戦艦もまた現在、放射線精密測定機材のシールドに再利用されている。
    • この引き揚げ作業は当初、地元漁協の強硬な反対に遭った。すでに陸奥の巨大な船体は格好の漁礁となっていたためである。
      これを見かねた浜田悦三氏という船舶保険会社経営の老人が一念発起、「戦艦陸奥引揚促進期成会」を結成し、バラバラに声を上げていた遺族や関係者を一つにまとめ上げた。
      さらには老いの身を顧みず、家族の制止も無視して漁師、漁協組合長、各省庁を文字通り東奔西走して説得してまわり、ついには陸奥引き揚げの実現を成し遂げたのだった。
      • だが老いの身で無理に無理を重ね続けた氏は、燃え尽きるかのように体調を崩した。
        奇しくも陸奥の引き揚げ作業の始まった当日の昭和45年8月21日、浜田氏は79歳で息を引き取った。臨終の床でも「ムツ、ムツ、ムツ……」と微かにつぶやき続けていたという。そして、その死に顔は医師も驚くほど安らかだったという。
  • 同じ名前で戦後(1972年)に原子力船むつが就役したものの、こちらも人体に宜しくないものが漏れちゃう事故が発生。
    修理の為に佐世保重工ドック(元佐世保海軍工廠)に入るが、旧母港のむつ市大湊港から締め出しを食らったこともあって4年間ドックに引きこもり状態に。
    母港をむつ市関根浜港に変えて再出発するも、実験航海を一度だけやった直後にお役御免。母港で原子炉を撤去された。
    名前自体に何かしら不幸を呼び寄せる要素でもあるのかと疑いたくもなるが、可愛ければそんなもん気にならないものである。
    • だがその後、むつは再就職に成功。船体をニ分割して大改装と言う某戦艦以上の魔改造*24をうけ、1996年に「海洋観測船みらい」として再進水したのだ。
      「陸奥/むつ」と言う名前の船の真髄は、不幸な過去を乗り越えて活躍するところにあるのかもしれない。
      • 2011年3月11日、東日本大震災が発生。直後に福島第一原発で事故が起き、陸奥国*25の海は放射性物質で汚染されてしまう。
        その1ヶ月後、みらい(むつ)は海洋汚染調査の為に試料採集航海を実施。試料は各地の研究所に送られて、放射能測定を受けた。
        そしてその研究所の測定器の中には、陸奥(先代)の鋼材を使ったものもあったと言うのだ。
        時を越えてタッグを組んだ陸奥とむつ。戦後最悪の"不幸"を乗り越えようとする陸奥国の闘いに、彼女達もしっかりと参加していたのだ。
  • 原子力船より前、1963年には列車愛称として「むつ」が登場した。…が、ビッグセブンとはほど遠いかつての陸奥国内である仙台~青森間の地方都市連絡を任とする急行列車としてであった。その後運行区間は秋田~青森間へ移り変わり、国鉄末期の1985年にやっと特急に格上げされたものの、翌1986年には「たざわ」に統合され僅か1年8ヶ月で廃止されてしまった。ついに特急にならなかったよりはマシかもしれない。
    • トレインマークはリンゴと雪の岩木山を組み合わせたもので、シンプルでも秀逸なデザイン。
  • ちなみに、角状のヘアバンドは、長門型戦艦の前艦橋上部にあった旗旒信号用の張り出しを模したもの。鬼の角ではない
    • このヘアバンドをかたつむりの角に見立てた「り陸奥たか」というネタもあったりする。

この艦娘についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 悲報 架空戦記ノビーの新作でむっちゃん空母化される -- 2019-08-26 (月) 12:27:04
    • 作者のツイッターによると、終盤、派手な活躍をすると書いてあるが、嫌な予感がする -- 2019-10-14 (月) 11:25:00
  • 戦艦のAIがアホ過ぎて、艦これやってるとドンドン戦艦に対するイメージが悪くなっていく -- 2019-10-19 (土) 19:06:48
    • 戦艦を出撃させなければいいじゃないか。通常海域なんて戦艦無しで勝つ方法はいくらでもある -- 2019-10-20 (日) 01:37:57
    • 提督の頭に似ただけだよ -- 2019-11-23 (土) 02:33:04
      • 禿げとるやないか -- 2019-11-23 (土) 02:53:55
      • また髪の話してる… -- 2019-12-14 (土) 05:52:40
  • なんやかんでビッグ7が陸奥しかいないんで陸奥使ってるけど陸奥で十分事足りるよねって状況が多い。 -- 2020-01-18 (土) 10:00:28
  • 昨年8/26のコメにもあったけどーーローソンから届きたてのコレを読んでぶったまげた!!しばしば型破り的なプロットを描く横山センセではありますが、コレは……!?!?"コアなファン"たちが何て言うやら「蒼洋の城塞5」より、陸奥姐さん、ついに空母になる!? -- かぼちゃ大王? 2020-04-26 (日) 14:10:54
    • 型破りなプロットもそうだけど、5巻の艦隊戦は、史実を知っている者なら唸ってしまう内容でしたね。まさか、〇〇と〇〇が、こんなところで戦うとは感無量だった。ネタバレのため、伏字にさせてもらいますので、興味のある方は読んでみてください -- 2020-04-26 (日) 23:56:52
      • 遅ればせながら、ご返答にありがとです!🤗--八八艦隊の1stシリーズでもコレがあったけど--戦争終結を視野に入れ、あの御方が総理大臣に!?何やら次巻、どデカい嵐の予感・・・Σ(゚Д゚) -- かぼちゃ大王? 2020-05-01 (金) 20:09:46
  • 「二番艦はわがままボディ」むっちゃんむちむち 長門に寄り添って -- 2020-05-01 (金) 16:04:41
  • *16のHPは、しかと読んだゾイ!!コイツは掛け値なしにすごい……!!😯😦提督諸氏は、コレとNHKオンデマンド(orセルDVD)の「ドキュメンタリー戦艦陸奥」も併せてご覧あれ!! -- 2020-05-03 (日) 20:04:17
  • 2020年5/31で進水100周年だったんだね!おめでとう! -- 2020-06-01 (月) 01:33:21
  • 今日は、陸奥ちゃんが、ひどい目にあった日なんだよな。そして、その月に、横山信義先生の作品で空母として活躍する予定とは想定外だったわ -- 2020-06-08 (月) 23:06:23
    • 今日ローソンから届きたての「蒼洋の城塞」6巻(実質最終巻)を読了・・・。彼女+長門姐さんの壮絶無比なるバトルシーン(ネタバレ防止のため詳細は㊙)に、震える手でページを繰りつつ、ただただマジに涙、涙・・・。陸奥姐さん、立派ないくさ振りでしたよ(T_T)(/_;)&横山センセ、ありがとう -- かぼちゃ大王? 2020-06-27 (土) 16:50:09
      • 俺もみたゼーー!!! -- 2020-08-27 (木) 18:33:41
  • 岩手県も「陸奥国」だからね。これぞパワースポットが成せる令和の奇跡!? -- 2020-07-19 (日) 20:41:08
  • 戦艦陸奥といえば、20年前nhkアーカイブスでやってました。1970年代のドキュメンタリー番組でしたが。 -- 2020-08-25 (火) 20:10:21
  • 今のところ我が鎮守府唯一のタッチ出来る艦娘 -- 2020-09-15 (火) 19:35:22
  • 陸奥敗れるhttps://twitter.com/JMSDF_orh/status/1322078821034549249 -- 2020-11-01 (日) 10:57:35
    • 海の男は、ゲンをかつぐもの。陸奥の名の裏に秘された事情がこれでは、忌避されるのも致し方ないか、と。sigh -- 2021-01-23 (土) 14:29:08
  • 建造5時間 ⇒ よしッ、長門型確定 ⇒ 違う、そうじゃない (陸奥改二Lv99所持、長門未邂逅)  頼むからこれ以上分身しないでくれ・・・。旗艦は関係ないのは分かっちゃいるんだがさ・・・。 -- 2020-12-31 (木) 18:23:51
  • 陸奥、覇極流奥義卍天牛固めを体得!?ツイッターより -- 2021-01-23 (土) 14:23:43
  • 陸奥鉄を使って作った刀の写真を見たけど、かなり綺麗に輝いてたな -- 2021-03-21 (日) 23:26:54
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 「みちのく」も百人一首に読まれた由緒あるもの。
*2 両県の領域は出羽国。
*3 扶桑山城伊勢日向長門の海軍での計画名・仮称艦名は「第三号戦艦」「第四号戦艦」「第五号戦艦」「第六号戦艦」「第七号戦艦」だが、別に「第一号戦艦」「第二号戦艦」「第三号戦艦」「第四号戦艦」「第五号戦艦」とする資料もあり、陸奥もそちらでは「第六号戦艦」となっていた模様
*4 扶桑~陸奥の仮称艦名は「第三号戦艦」~「第八号戦艦」だが、他に「第一号戦艦」~「第六号戦艦」とする資料もあり、加賀と土佐はそちらに続く「第七号戦艦」「第八号戦艦」が仮称艦名として採用された模様
*5 「第一号装甲巡洋艦(伊吹)」「第二号装甲巡洋艦(のち第二号巡洋戦艦→榛名)」「第三号装甲巡洋艦(のち第三号巡洋戦艦→霧島)」に次ぐ仮称艦名
*6 江風の先代である江風型駆逐艦1番艦
*7 太平洋戦争開戦時には、大和型が就役していないため、もっとも若い日本戦艦である。金剛型は1913~1915年、扶桑型は1915~1917年、伊勢型は1917~1918年、長門は1920年の就役であり、陸奥は長く「日本戦艦の末妹」であった。
*8 もっとも、戦艦の「鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門」等と謳われた苛烈なシゴキに耐えかねて新兵が自殺してしまうことは戦前は度々起きていた。長門の艦内新聞などによれば艦内の担当部署や人目につかない場所で縊死していることもあり、そういったことまで含めれば曰くありといえなくもない。
*9 まあ、主砲の長射程化で戦艦の発射管は普段使う機会もなくなり、長らく放置状態だったせいかもしれないが。しかも戦艦の魚雷はしばしば迷走することがあり、姉の長門は大正13年に自分の発射した魚雷で自分のスクリューを壊したことがある。
*10 大改装で一本煙突になるまで設置していた屈曲煙突のこと。
*11 小板橋孝策 『「愛宕」奮戦記 旗艦乗組員の見たソロモン海戦』 光人社NF文庫
*12 吉村昭『陸奥爆沈』(新潮文庫、1979年改版)。
*13 光人社「艦長たちの太平洋戦争」より。
*14 後に浮揚され戦線復帰したが、やはりダメージは残っていた。更にその後ウラジオストク沖で座礁事故を起こしたことから早期廃艦されている。
*15 山本五十六連合艦隊司令長官の戦死、アッツ島玉砕など暗いニュースが連続していた。
*16 一部乗員は長門への交代要員として転属している。「生きて帰れると思うな」も陸軍の最前線に投入される部隊などには口頭で通達されているが、陸戦に縁の薄い乗員からすれば迷惑この上ない話である。
*17 これは陸奥に限った話ではなく、救助された艦の乗員が陸戦隊や警備隊に転属されるのは当然の処置だった。例として上げれば、武蔵の乗員も救助された後に陸戦隊となり、フィリピン各地で全滅している。
*18 1944年7月に行われたこれは竹作業と呼ばれ、約600トンの重油が回収されている。
*19 すべて引き揚げるのは予算の問題で断念されたとか。
*20 閉鎖前サイト@インターネットアーカイブ:https://web.archive.org/web/20150503132611/http://navgunschl2.sakura.ne.jp/photo/mutsu/mutsu.html
*21 深田サルベージが保有する起重機船は戦艦と同名なものが多く、武蔵・金剛・大和等がいます。
*22 溶鉱炉の耐火レンガに微量の放射性物質(コバルト60)を含ませ、ガンマ線の放出によって炉の破損箇所を調べるシステムを用いているため、製造過程で放射性物質が鉄に混入する。
*23 ただし陸奥鉄などを利用した機材はあくまで一部のみである。現在では機器側で補正できるので、陸奥鉄を使用しなくても正確な数値を測定できる。
*24 前部船体は現IHIが、後部船体は三菱重工が改装を担当。別の会社との共同作業とあって、技術者達は大変な苦労をしたとか。
*25 現東北地方太平洋側。