扶桑

Cached: 2021-10-24 09:09:04 Last-modified: 2021-07-24 (土) 12:02:49
No.026
扶桑(ふそう)扶桑型 1番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久67火力74 / 94
装甲59 / 79雷装0
回避19 / 39対空23 / 79
搭載12対潜0
速力低速索敵9 / 33
射程5 / 39
最大消費量
燃料85弾薬120
搭載装備
335.6cm連装砲
315.2cm単装砲
3零式水上偵察機
3未装備
改造チャート
扶桑扶桑改(Lv20) → 扶桑改二(Lv80+改装設計図)
図鑑説明
初の日本独自設計による超弩級戦艦、扶桑です。
妹の山城ともどもよろしくお願いしますね。
レイテ沖? そうね、いつか突入してみたいわ。ホントよ?

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:藤田咲、イラストレーター:六花 (クリックするとセリフ一覧が開きます)

CV:藤田咲、イラストレーター:六花

定型ボイス一覧

イベントセリフ改装段階備考追加



 
 




 




 
追加
入手/
ログイン
扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。
妹の山城ともども、よろしくお願い致します。
編集
母港*1編集
母港1詳細提督……? そんなに触ると、弾薬庫がちょっと心配です。編集
母港2はぁ。……空はあんなに青いのに。×編集
提督、空はどうしてあんなにも青いのでしょう…。私の心も、提督に……いっ、いえ!何でもありません。ごめんなさい…。××編集
母港3提督、いい天気ですね。×編集
改装された、扶桑型の力……お見せします!××編集
ケッコン
カッコカリ
私の主砲、すごいでしょ? でも火力に特化しすぎて不便なこともいっぱい…提督なら、きっと、わかってくれますよね?編集
ケッコン後
母港
提督…根を詰め過ぎては、体に毒です。私? 私は…はぁ…編集
放置時あのー…提督?聞こえないのかしら……。提督?提督ー?…あら、良かった。扶桑、ここに待機しています。編集
編成出撃編集
編成戦艦扶桑、出撃いたします。編集
出撃戦艦扶桑、出撃いたします。×編集
山城。遅れないで。出撃よ。×編集
スリガオ海峡を抜けて、レイテに突入します。第一遊撃部隊、第三部隊、出撃!2017決戦前夜編集
開戦・攻撃*2編集
戦闘1昼戦
開始
主砲、副砲、撃てえっ!編集
航空戦
開始
伊勢、日向には……負けたくないの…!××編集
航空戦
開始
主砲、副砲、撃てえっ!×編集
戦闘2昼戦
攻撃
山城、大丈夫?砲戦よ!編集
主砲、副砲、撃てぇ!編集
セリフバレンタイン編集
二戦隊、突破します…!てぇーーーーッ!!??2017決戦 秋編集
戦闘3夜戦
開始
西村艦隊の本当の力…見せてあげる!編集
戦闘4夜戦
攻撃
伊勢、日向には……負けたくないの!連撃・カットイン共用編集
戦闘時ステータス*3編集
小破きゃぁぁっ!やだ…火災発生?編集
きゃぁぁぁ!?編集
きゃぁぁ!や、山城、突破するのよ!??2017決戦突入編集
中破/大破こんな姿じゃ…レイテ突入は無理ね…編集
轟沈やっぱり私、沈むのね……山城は無事だと良いけれど……編集
戦闘終了*4編集
勝利MVP主砲の火力だけは自慢なの。……へ?防御力と速力?そんなの……欲しいけど……。編集
旗艦大破セリフ編集
装備・改修*5編集
装備1改修/改造近代化改装ですね。私には……必要かも。編集
装備2妹の山城の近代化改修も、お願いします。編集
装備3改修/改造/開発/
バケツ/
遠征/
発見
いけるかしら。編集
その他編集
帰投提督。艦隊が帰投しました。編集
補給近代化改装ですね。私には……必要かも。××編集
補給……ありがとうございます。×編集
入渠
(小破以下)
かすり傷程度よ、心配いらないわ。編集
入渠
(中破以上)
砲塔が大きいと、肩がこるの…しばらくお休みしますね。編集
建造完了新しいお仲間が来るみたいね。編集
戦績表示提督にお知らせがあるみたい。編集


時報ボイス一覧

時刻セリフ改装段階備考追加



 
 




 




 
追加
00セリフ×××編集
01セリフ×××編集
02セリフ×××編集
03セリフ×××編集
04セリフ×××編集
05セリフ×××編集
06セリフ×××編集
07セリフ×××編集
08セリフ×××編集
09セリフ×××編集
10セリフ×××編集
11セリフ×××編集
12セリフ×××編集
13セリフ×××編集
14セリフ×××編集
15セリフ×××編集
16セリフ×××編集
17セリフ×××編集
18セリフ×××編集
19セリフ×××編集
20セリフ×××編集
21セリフ×××編集
22セリフ×××編集
23セリフ×××編集


季節ボイス一覧


イベントセリフ改装段階備考追加



 
 




 




 
追加
桃の節句編集
春の訪れ編集
ホワイトデー提督。これを、ちょこれいとのお返しに? 嬉しいです。…あら、どうしたの、山城?編集
編集
春本番山城。西村艦隊で、お花見をしましょう。最上や、朝雲、山雲達にも声を掛けて。そうしましょう。編集
梅雨山城……梅雨の季節は、やっぱり雨が多いわね……。時雨は元気にしているかしら……編集
初夏山城、もうすぐ夏ね。扶桑型姉妹で、たまにはどこかにいく? どこがいいかしら?編集
山城、今日も暑いわね。夏ね。この服と艤装だと、少し汗をかいてしまうわね編集
盛夏セリフ編集
夏祭り編集
編集
秋01秋。今年も、この季節が来たのね。山城、準備はいい? 今年こそ、突破するのよ!編集
秋02山城。今日は、カレーにしましょうか。季節の野菜を使ったカレーは、格別よ。どう? あ、提督も、ご一緒に。2020/08/23追加編集
秋刀魚山城、一緒に頑張りましょうね。編集
晩秋編集
ハロウィン編集
秋のワイン編集
編集
師走編集
クリスマス山城。このお料理、おいしいわ。貴方も食べてみて。ね? 普通の鶏肉とは、ちがうのね編集
年末山城、年末よ。大掃除の季節。私達の主砲も、しっかり磨いて、新年に備えましょう編集
新年提督。あけまして、おめでとうございます。本年も、扶桑型、よろしくおねがいいたします編集
節分山城、節分よ。この豆を、歳の数だけ食べるの。あと、鬼役にね。投げるのよ編集
バレンタイン提督。よかったら、この…ちょこれいとを、受け取っていただけないでしょうか…?よかったら…編集

二周年記念山城、二周年よ。私達、二周年を迎えたのよ。さぁ、提督にご挨拶にいきましょう。編集
三周年記念山城、今日は特別な日よ。ほら、提督にご挨拶を……山城? あら、いないの? 山城?編集
四周年記念セリフ編集
五周年記念山城。五周年よ。私達、扶桑姉妹……遂に、五周年を迎えたのよ。さあ、一緒に提督に……ご挨拶に行きましょう。編集
六周年記念山城。大変よ。扶桑姉妹、六周年になってしまったわ。提督に、提督に、改めてご挨拶、ご挨拶にいかなくては。編集
七周年記念セリフ編集
八周年記念山城。私達、八周年よ。私達、扶桑姉妹、遂に八周年を迎えたのよ。さぁ、一緒に、提督にご挨拶にいきましょう。編集



2017決戦前夜山城、いよいよ決戦よ!私達、扶桑型姉妹の大舞台が来たのよ!頑張りましょうね。編集
2017決戦時雨、大丈夫よ。私達、第三部隊、七隻!一緒にスリガオ海峡を抜けましょう…今度こそ!編集
2017決戦突入了解。二戦隊は第一遊撃部隊第三部隊基幹戦力として、夜のスリガオ海峡を抜け、レイテ突入を目指します!編集
2017帰投セリフ??編集


お買物modeセリフ編集

ゲームにおいて

  • 戦艦の中で最もレアリティが低く、様々な海域でのドロップが確認されている。
    「戦艦」として他の艦種を凌駕する耐久や火力を持つ。
  • ただし改造前は運がたったの5、回避上限も妹の山城と共に極めて低いので被弾に注意。
    • 運の上限値も改造前は姉妹共に39とぶっちぎりに低い(大鳳改と同値)。改造後は59、改二では69と人並み。
  • Lv20と比較的低レベルで航空戦艦に改造することが出来る。
    改造すると水上爆撃機の装備が可能となり、搭載すれば開幕の航空戦ターンでの攻撃・砲撃戦時の対潜攻撃を行える。
    全体的な性能面での向上も見込めるが、火力上限は94から79と15も下がってしまう。
    詳しくは扶桑改FAQを参照。
    • 改二になれば火力上限99と未改造時を上回る。
  • このキャラの第一印象を一言で言い表すと「でかい」。
    ゲームでの「艤装の大きさ」なら伊勢日向どころか金剛型、長門型すらも凌駕し、大和型に匹敵する。
    • 後に稼働したアーケード版では3Dモデルということもあって、山城共々艤装の大きさは際立っている。
      部屋入ってこれないだろと突っ込みたくなるほどの巨大さである他、出撃して背の低い艦娘と一緒に海面を移動している姿はシュールに見えることも。
  • 扶桑あるいは扶桑改を必要とする任務は2013年12月現在、『「扶桑」型戦艦姉妹の全2隻を編成せよ!』『「西村艦隊」を編成せよ!』『「西村艦隊」出撃せよ!』の3つが確認されている。
    この内、赤字は出撃任務だが、指定は4隻なので残り2隻に強力な艦艇を配置すれば達成は難しくない。
  • 2014年10月10日のアップデートで実装された一式徹甲弾が入手できる「第二戦隊」の編成・出撃任務にも必要となった(構成は扶桑型2隻と長門型2隻、改でも可)。
  • そして2014年10月24日のアップデートで待望の改二が実装され、同日追加された任務『「西村艦隊」を再編成せよ!』『「西村艦隊」南方海域へ進出せよ!』の必須艦にも指定された(改二でなくとも可)。
    • 後者の出撃任務では勲章が入手できるので、改装設計図が用意できない勲章不足の提督には朗報かもしれない(同任務の出現や達成にはそれなりの労力が必要、弾着観測射撃を考慮すると扶桑型改二が必須というべきレベルにある。詳しくは任務の項目を参照)。

期間限定グラフィック

  • 2016年年始限定で、期間限定グラフィック「新年の晴れ着mode」が公開された。
    • 晴れ着バージョンのグラフィックは立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    • 扶桑型姉妹は初のゲーム中へのグラ実装で、扶桑提督は歓喜した。
      砲塔に並んだマークは国際信号旗で「NEW YEAR」の意味。
      しかし、この髪量があの大きさのシニヨンにまとまるものなのだろうか…?

    限定イラスト:新年の晴れ着mode

    限定イラスト:新年の晴れ着mode

  • 2016年7月15日のアップデートで夏の季節限定グラフィックの水着modeが実装された。
    • 2017年も実装されたが、後述する瑞雲modeの実装に伴い、早期終了した。

    限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.

    限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.

  • 2016年10月21日のアップデートにて鎮守府秋の秋刀魚祭りmode及び期間限定ボイスが実装された。

    限定イラスト:鎮守府秋の秋刀魚祭りmode

    限定イラスト:鎮守府秋の秋刀魚祭りmode

  • 2017年6月6日のアップデートにて梅雨modeが実装された。

    限定イラスト:梅雨mode

    限定イラスト:梅雨mode

  • 2017年7月31日のアップデートにて瑞雲modeが実装された。

    限定イラスト:瑞雲mode

    限定イラスト:瑞雲mode

  • 2017年秋の期間限定海域「捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(前篇)」終了後に図鑑に同イベント限定任務関連の特殊ボイス再生項目が追加された。

小ネタ

  • 少々読みにくい彼女の名前は、扶桑と書いて「ふそう」と読む。
    • 「扶桑」の漢字を使う花にハイビスカス(扶桑花・仏桑花とも)*6がある。
      担当イラストレーター六花氏によると、「扶桑姉妹のスカートはハイビスカスを意識しています。」とのこと。
    • 日本海軍の戦艦は、命名則により「旧国名」が艦名として用いられている*7
      では、扶桑はどこの国かというと……実は「日本」そのものである。
      • 本来は中国の古書『山海経』などに登場する「東方の果てにある大樹」のことであり、その大樹の下にある国を「扶桑国」という。つまりは東方のユートピア。
        これが後世日本に準えられ、松尾芭蕉の『奥の細道・松島湾』の一文、「松島は扶桑第一の好風にして~(松島は日本一風景のよい場所)」という形で引用されている。
      • そのため艦内神社も国内最高格の「伊勢神宮」。後輩の「伊勢」と同じである。なのにこの差は一体?
      • また、妹の山城と同じ京都府の「石清水八幡宮」の分霊も艦内神社に頂いている。京美人戦艦ヤッター!
  • ちなみに、軍艦の名前としては二代目。
    初代扶桑は、明治時代に初代金剛、初代比叡と共に英国に発注された装甲艦(後に二等戦艦)であり、東洋初の装甲艦だった。
    • なおこちらの初代、前述の芭蕉の一文ではないが1897年に瀬戸内海で海防艦「松島」に衝突されて、衝角で穴を開けられ沈没している。
      幸いすぐに復旧できる位置で沈んだため、3年後の1900年までになんとか浮揚・修理がなされているが。
  • 妹の「不幸だわ」が伝染してか、「フソウ」ではなく「フコウ(不幸型戦艦とも)」と言われてしまうことも。
    陸奥日向最上と違い運が悪かったエピソードは特にないのだが・・・。
    • 余談だが、開発中は「運」パラメータの表示が今と違っていたらしく、扶桑は「凶」となっていたそうな。
  • 図鑑説明のとおり、日本初の超弩級戦艦にして、火力の方も超弩級。
    • ただ、計6基もの主砲を搭載したせいで速力や防御力がかなり犠牲になっている面もあり、この辺りは扶桑本人のMVPセリフにコンプレックスとして表れている。
      史実では二度の近代化改装でそれなりに改善されているので、ゲームでも是非手を掛けて強くしてあげよう。
  • 予算計上は日露戦争に遡る。日露戦争直前に本来の艦艇製造費による「六六艦隊計画」第三期拡張計画で、明治36年度より同46年度までの11ヵ年計画として、戦艦3隻「第一号戦艦(香取)」*8「第二号戦艦(鹿島)」*9「第三号戦艦(扶桑)」*10と装甲巡洋艦3隻「第一号装甲巡洋艦(伊吹)」「第二号装甲巡洋艦(榛名)」「第三号装甲巡洋艦(霧島)」の予算案が上がっている。
    • その後、明治44年の新充実計画によって扶桑型戦艦および金剛型装甲巡洋艦4隻の建造が決まるのだが、元々予算計上済みの「第三号戦艦(扶桑)」「伊号装甲巡洋艦(金剛)」「卯号装甲巡洋艦(のち卯号巡洋戦艦→比叡)」「第二号装甲巡洋艦(のち第二号巡洋戦艦→榛名)」「第三号装甲巡洋艦(のち第三号巡洋戦艦→霧島)」の建造計画の予算案が裁可されたのに対し、扶桑型2番艦以降の予算案はなかなか裁可されなかった。
    • 結局、大正2年度および3年度に軍備補充費の追加が行われ、「第四号戦艦(山城)」「第五号戦艦(伊勢)」「第六号戦艦(日向)」*11の建造が着手されたのである。
  • 「ドックで寝たきり」とよく言われるが、これは近代化改装を二回に分けて行ったためであり、実際の入渠期間は最古参である金剛型の方が長かったりする。
    改装が長引いた背景には元からあった問題に加え、第一次世界大戦の戦訓への対応やワシントン条約により主力艦の保有が制限され更なる戦闘力が求められたことなどが存在する。
    • ただし太平洋戦争でまともに活躍した日本戦艦自体が金剛型と伊勢型しかいなかったりする。
      扶桑のそのへんの事情は長門型やホテル化した大和型と大差ない。
      特に長門型や大和型は他の戦艦よりも性能が高かったことから温存された。長門は扶桑と共に航空隊の訓練標的役にされたことすらあるのだが、なぜ扶桑型だけこう貶されるのか……旧式故の不幸である。まぁ艦長の友人・長門の相棒の方が運低いけど。
  • ちなみに低速と言われるが、同世代の海外戦艦と比べた場合むしろ高速な部類であったりする。意外?
    • 自らも気にしている速力だが、扶桑以前の列強の戦艦と比べると扶桑型は僅かな差ではあるものの最も高速と言える。
      艦名建造国速力(ノット)
      扶桑日本22.5*12
      アイアン・デューク英国21.3
      ケーニヒ独国21
      クールベ仏国21
      ニューヨーク米国21
      カイオ・ドゥイリオ伊国21
      インペラトリッツァ・マリーヤ露国21
      テゲトフ墺国20.3
      扶桑以降に建造された条約以前の超弩級戦艦と比較しても、高速性を重視して建造された英国のクイーンエリザベス級が24ノット、リヴェンジ級が23ノット、独国バイエルン級が22ノット、米国の戦艦はおおむね21ノットであり、扶桑型は当時の戦艦としては決して低速では無かった。またこれらの戦艦は近代化改修によって速力が低下しているものも多いが、扶桑型は逆に機関の改良で速力を24.7ノットにまで向上させている。これは八八艦隊計画において予定していた高速戦艦と巡洋戦艦を中核とした艦隊整備が軍縮条約で中止されてしまったため、その第一弾として建造されていた高速戦艦の長門に合わせて速力が引き上げられた結果である。WWⅡ開戦時の同世代戦艦内で比較すれば、より大がかりな改造を施したイタリア戦艦に次ぐ速力を有していた。
      太平洋戦争開戦時の各国戦艦の速力を見ると
      艦名建造国速力(ノット)
      扶桑日本24.7
      キングジョージ5世英国28
      ネルソン英国23.9
      リヴェンジ英国21.9
      クイーンエリザベス英国23
      ノースカロライナ米国27
      コロラド米国21
      テネシー米国21
      ニューメキシコ米国21.8
      ペンシルバニア米国21
      ネヴァダ米国20.5
      ニューヨーク米国21
      ティルピッツ独国30.8
      シャルンホルスト独国33
      リシュリュー仏国30
      ダンケルク仏国30
      プロヴァンス仏国20
      クールベ仏国21
      ヴィットリオ・ヴェネト伊国31.5
      カイオ・ドゥイリオ伊国27
      ジュリオ・チェザーレ伊国28
      となっており、他国の新型戦艦と旧式戦艦の中間程度の速力であった事が分かるだろう。
      ちなみに、後に建造された戦艦大和もこの扶桑、伊勢、長門といった従来戦艦群と行動を共にすることを前提に建造されており、旧式戦艦と新型戦艦に大きな速力差がある米英とは対照的であった。
  • 国の威信をかけて建造された扶桑型への期待は、大和型に懸けられた期待と同等のものであったと思われる。
    なのだが、扶桑は連合艦隊の旗艦になったことが一度も無いは旗艦になったことがあるため、公式四コマでネタにされている。
    • ただし広義の意味だと、旗艦になったことはある
      扶桑が連合艦隊旗艦となったのは1917年頃で、連合艦隊が非常設だった時である。
      この頃(1894年7月19日~1922年12月1日の常設になるまで)の連合艦隊は、戦時に艦隊を総合指揮する司令部的な意味合いで編成*13されるか、毎年秋に行われていた大演習の為に特別に編成されていた。
      当時日本は第一次世界大戦に参戦していたが、大きな海戦が起こらなかったので「連合艦隊」は設置されず、扶桑・山城は秋の大演習で特別旗艦を務めただけだった。*14
    • 山城の場合は、その後連合艦隊が常設へと変わってからも務めたことがある。
    • ただ、連合艦隊旗艦はたしかに軍艦としての栄誉ではあるが、当然長官以下えらい人たちが大勢乗り込むから気を使うし、通信量も一挙に増大した。
      しかも「貴様らは連合艦隊旗艦山城に相応しい立派な兵隊にならねばならん。しかるに昼間のあのザマはなんだ、ブッたるみやがって!よってこれより気合を入れる!」
      といった具合に、往々にして栄誉が制裁の口実に化けて水兵たちに襲いかかった。栄誉と引き換えに、乗員たちの気苦労が絶えない肩書でもあったのである。
      • なお、妹の方は常設旗艦経験者だけに訓練の厳しさと制裁の凄まじさで知られ、「鬼の山城」「乗るな山城、鬼より怖い」をはじめに数々のおどろおどろしい二つ名で有名だが、
        それほどではないにせよ、姉は姉で「閻魔山城、鬼扶桑」「地獄山城、蛇の扶桑」「鬼の扶桑か蛇の伊勢か 回れ回れの声がする」などと歌われていた。
        ちなみに「回れ回れ」とは甲板磨きの時の掛け声で、少しでも遅いと容赦なく海軍精神注入棒が飛んできた由。
  • カードイラストの枠に収まりきらない艤装の大きさに驚いた提督諸氏も多いと思われる。
    実艦の扶桑型も艤装部分の占める割合がとても多く、艤装に合わせて配置された弾薬庫等の位置を含めると、全体の5割以上が被弾危険個所となっていたのである。
    • この点は中破イラストにも反映されているのか、改造後は全体の5割以上が肌の露出で大変危険な状態となる。
      「砲塔が大きいと肩がこる」……ってそんなレベルじゃないんですよ、ええ。
    • 彼女の右肩から胸元に伸びている紐状の物は飾緒(かざりお)という装飾品で、艦これ内では木曾改二が同様のものを身に着けている。陸海軍将官の正装に用いられ、特に参謀将官は略装でもこの飾緒を着けており現在に至るまで他に例がないという。
  • 「扶桑といえば艦橋」と言われるほど、彼女の艦橋は個性的。
    • これは、三番砲塔上に水偵用カタパルトを設置する際にカタパルトの制約から砲塔の向きを前後逆にする必要があり、艦橋基部が拡張できなくなった事で独特のアンバランスな形状となった。
      後に扶桑もカタパルトを艦尾に移設したが砲塔の向きは変えなかったため、艦橋は最後までえぐれたままだった。
      妹の山城はカタパルトを艦尾延長工事後、艦尾に航空儀装を設置した為このような見た目にはならなかった。
      一度見ると忘れられない見た目から、「違法建築」「ジャックと豆の木」「ジェンガ」「九龍城」などなど、あだ名が山ほどつけられている。
      なお上記のように「扶桑」とは元々古代中国で「東方の水中にありそこから日が昇る大樹」の意味であり、しかも後々「東方の地に多く生えている木」と変遷していく。あの艦橋、そして純国産超弩級戦艦の先駆けとしてはまさに名前通りなのかもしれない。
      • 公式四コマの第22話5ページ目で、頭部艤装(艦橋)がクリスマスツリーに置き換わったツッコミ待ちな姉さまが登場した。
        その微笑ましい姿に心を撃ち抜かれた提督達から、「クリスマスツリー」というあだ名も新たに頂戴することとなった。
        また、その後もぼんぼり(公式4コマ第32話)、桜の木(同35、119話)、玉入れのカゴ(同60話)、柊鰯(同114話。柊鰯そのものは28話で登場している)に置き換わっていたりと、今後もあだ名が増えていきそうである。
  • 海外(特にアメリカ)ではその特徴的な艦影が美的センスの琴線に触れたのか、日本戦艦としては大和並みの人気艦となっている。
    • 公式四コマ49話においても、ビスマルク(言うまでもなく海外艦)がつつきまわして「クールだわ!」と評していた。「本当に倒れないわ!!」
    • そして2015年春、今度はリットリオ(もちろん海外艦)に「アートのような艦橋」と評された。とうとう鎮守府の観光名所に…。
    • 「World of Tanks」で有名になったベラルーシのゲーム会社Wargaming.netの新作「World of Warships」のアバントレーラームービーで、日本はおろかWW2世界戦艦諸嬢の先頭を務めている。カメラはえぐり込まれた第1艦橋基部及び第3砲塔にガン寄せで、実に明らかなリスペクトだ。
    • もちろん当の米国艦であるアイオワが見逃す筈も無く、着任5分程で目敏く見つけるや「気に入った」と追跡を受ける羽目に。
  • 伊勢日向は扶桑型の3,4番艦として計画されたが、建造予算の遅れで着工が遅れたのが幸いし、扶桑型の欠点を改良すべく大幅に設計変更された。
    航空戦艦への改造も、日向が演習中に砲塔爆発事故を起こしたため伊勢型が先に実施され、戦況悪化とともに扶桑型の改造は見送られた。
    • 世界情勢の影響を受けていたとはいえ、下の妹達への待遇に対する扶桑の想いは、戦闘時の「伊勢、日向には負けたくないの…」というセリフに表れている。
    • 扶桑と似たような境遇の艦艇は、世界でもいくつか事例がある。テネシー級とかガングート級とかヴィットリオ・ヴェネト級とか…興味のある方は各自ググってみよう。
    • ってか、戦艦に限定しなければ、すぐ近くに同じ境遇の艦(娘)はいたりする。古鷹型と青葉型である。
      ただ、古鷹と加古は彼女らの歳の離れた姉である金剛*15もかくやの大改装の末、基本コンポーネントは青葉型と揃えられているので、
      扶桑のそれほどコンプレックスは強くないのかもしれない。
      もっとも直接実害食らってるのはあっちの方なのだが……。

幻の扶桑型大改装案

幻の扶桑型大改装案
扶桑型は、戦艦としては高速で船としての信頼性は高く、有力な艦だったのは間違いなく、帝国海軍は抜本的な改装を検討している。
艦政本部がまとめた案で、主砲を35.6cm連装6基12門から、41cm三連装2基・連装2基10門に換装し、バルジを追加して水中防御を抜本的に改善するものだった。
主砲塔が混載になるのは、幅の狭い艦首には三連装主砲の装備が不可能なため、元のレイアウトを生かして連装2基を背負い式に搭載、幅に余裕のある中部と後部は、それぞれの主砲塔2基を三連装1基に交換することにしたためである。
これにともない、エンジンのレイアウトも変更され缶は中央部主砲塔の後ろに移動、機械室と隣接して配置される。
事実上、艦の外皮以外丸ごと入れ替えるような、完全な作り直しである。
この案は、ワシントン軍縮条約により破棄され、沙汰止みとなった。*16

  • 開戦直後は長門や伊勢達と一緒に南雲機動部隊の支援に出撃したり、山城と共にミッドウェー海戦などに参加する。
    • はその後砲術学校練習艦となり日本本土に留まる日々が続いたが、 姉は陸奥を事故で失った長門と第二戦隊を組んで前線基地のトラック泊地へと進出。
      1943年10月には米機動部隊との決戦を目指して出撃しているが、会敵は果たせず空振りに終わり、1944年2月のトラック空襲を前にリンガ泊地へと退避している。
      • 実はこの南方進出、陸奥爆沈の事実を秘匿するための口封じを兼ねていたのでは、という乗員の証言も残る。
        扶桑は陸奥爆沈をもっとも近い位置で目撃してしまっていた上、*17陸奥乗員の生き残りを南方の最前線へ送り込むための輸送にも従事している。
        その生き残り輸送任務の完了後、内地へ帰されることなくそのままトラック島に留め置かれたのである。
        (ただ、扶桑が南方に派遣されたのは、長門と戦隊を組んでいた爆沈した陸奥の代わりとして配備されたとの説や、
        なかなか内地へ帰されなかったのは、他の戦艦が改装などで後方に移動している間、前線の戦力を維持するためとの意見もある。もちろん、その両方を兼ねていた可能性もある)
      • そのためこの時期、扶桑にはいつまで経っても新兵が配属されなかった。
        これで大迷惑を被ったのが一番下っ端の二等水兵たちで、彼らは一等水兵、上等水兵、そして水兵長に進級する者すら出始めても、相変わらず新兵の仕事をやり続けなければならなかった。
        しかも元々居住性が良いとは言えない扶桑が、暑い南方にずっと居続ける羽目になったものだからたまらない。
        ただでさえ職場が蒸し暑い烹炊所員や機関兵を中心に悪性の皮膚病が蔓延し、見るも無残なありさまだったという。
    • あ号作戦には長門と共に機動部隊・乙部隊に参加する予定だった。
    • 1944年6月ニューギニア西部のビアク島に米軍が上陸すると、同島を救援する逆上陸部隊を送り込む「渾作戦」が発動され、扶桑は米艦隊を誘い出す間接護衛隊の一員として出撃する。
      ちなみに間接護衛隊でこの時一緒にいた駆逐艦が、後にスリガオ海峡へと共に突入する朝潮型の「朝雲」だった。
      しかしこの渾作戦の第一次出撃は、艦隊が早々に米偵察機に発見されたことや米機動部隊発見の誤報などであえなく中止されてしまう。
    • その後第二次、第三次出撃が実施されたが扶桑は作戦部隊から外され、渾作戦そのものも何ら成果をあげることなく米軍のマリアナ侵攻により立ち消えとなってしまった。
    • 結局実戦の機会は一度もないまま、扶桑は山城と第二戦隊(司令官・西村祥治中将)を再編し、1944年10月に最初で最後の実戦となる捷一号作戦発動の日を迎えることになる。

  • とても充分とはいえない少兵力で出撃した西村艦隊。しかも扶桑は昼間の空襲でかなりの損害を被ったままスリガオ海峡に突入することとなった。
    • 至近弾により積み込まれていた爆雷が爆発。さらに搭載水偵に装着されていた小型爆弾も誘爆。
      艦尾は長官室をはじめ滅茶苦茶に破壊され、舵機室だけが辛うじて残っているだけだったという。
    • 続いて右舷1番副砲付近には500ポンド爆弾が命中、内部で炸裂した。
      1番副砲砲員、同弾火薬庫員、医務室士官、前部応急員など十数名が即死し、前部水圧機室大破のため1・2番主砲塔操作にも支障をきたすようになってしまった。
      さらに船体老朽化のため、爆発のショックでどこからともなく浸水したらしく、右舷に2度ほど傾斜。この傾斜はついに復元されずじまいだった。
  • スリガオ海峡突入後、群がり来る魚雷艇を副砲で打ち払いながら進撃を続けた。
    しかしその先に待ち構えていた敵艦隊の駆逐艦群は密かに魚雷を発射、この先制雷撃の大量の魚雷が扶桑たちを襲った。
    • 扶桑は「右砲戦、右45度、向かってくる駆逐艦、撃ち方はじめ」の号令とほぼ同時に、右舷に魚雷が命中。艦内電灯が半分消え、続く2発めで全電灯が消えた。
      全電源喪失のため無線通信も発光信号も使えなくなった扶桑は沈黙状態となり、山城たちが知らぬまま落伍していった。
    • また前部1、2番主砲塔の弾火薬庫にも浸水。ところがそのうち、下や横からではなく、上甲板ハッチからも滝のように海水が流れ込み始めた。
      異様な事態に砲員たちが外へ出てみると、艦首は既に完全に水没しており、なんと1番主砲塔が直接波を切っている状態だったという。
    • がっくり右前のめりになった扶桑は急速に沈下、こうなってはもはや艦を救う方法なく、総員退艦命令が出されたらしい。
      ところが中央部弾火薬庫が大爆発を起こして船体は真っ二つに切断、右に大傾斜していた前半分は突如左に急転倒。
      安全だと思って左舷側に脱出していた乗員たち多数を巻き込んで沈んでいった。
    • さらに、海面には重油が大量流出。火だるまとなって漂流する後部船体から炎が燃え移り、辺りの海面は文字通りの火の海、悲惨な地獄絵図と化した。
      かろうじて生還した数少ない扶桑乗員の生き残り、小川英雄一等兵曹はその光景をこのように回想している。*18
      • 「わずかに艦尾を残すだけとなった扶桑が炎に包まれるのが見えた。重油が燃え出したのだ。
        豆を炒る音を巨大に増幅したような凄まじい音と黒煙を上げて急速に炎の海は広がった。
        その炎の中から「ウオー」「ウオー」といううめき声が聞こえ出した。悲鳴なんてもんじゃない。
        助けてくれェーとふりしぼる声、声、声。まさに生き地獄の中で悶える悲痛な断末魔の叫び声だった。(中略)
        若い兵隊たちの泣き叫ぶ顔がつぎつぎと目の前に浮かんでくる。背筋に粟立つ思いをしながら、ただ呆然と目の前の地獄絵を見つめるだけだ。(中略)
        皆いい奴ばかりだった。「死なば諸共」という連帯意識で心から睦み合った乗員たち。16歳から28、9歳までの夢多い若者たちが、
        なんでこんな酷い目に遭わなきゃならないのだろうか。むざむざと死んでいかなきゃならないのか。
        「くそっ」、「馬鹿者」。誰にともなく大声でわめき、そして泣いた。無性に腹立たしく、情けなく、口惜しく、天を仰いで慟哭した」
      • 真っ二つとなって炎上するこの姿は味方の手で撮影されており、あろうことか「敵艦」の姿として歪められて報道された。(日本ニュース第235号「スリガオ夜襲戦」)
        この炎の中には、上記のように味方の将兵千名以上が生きながら火葬される地獄が広がっているのに、である。合掌。
    • 悪夢は翌朝も続く。栗田艦隊を攻撃した帰りと思しき敵艦爆や敵戦闘機が、漂流する乗員たちを片端から機銃掃射してまわったのである。
      集団を作って浮いていた生存者たちは大半がこれで射殺された。集団に入らずポツリと浮いていた人間だけが助かったという。
      戦艦扶桑乗員1,600余名のうち、生還者僅かに10名。*19
  • 扶桑の慰霊碑は広島県呉市の長迫公園に建立されている。
    • 慰霊碑の前には赤く塗られた係船柱がひとつ置かれている。
      これは扶桑が大改装工事や修理を受ける際にいつも係留していた係船柱であり、戦艦扶桑を偲ぶ思い出の品として移設されたものである。

  • 扶桑の雄姿(着色カラー)

  • 2017年11月、偶然にも艦これで捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(前篇)が開催されている最中、ポール・アレン氏率いる海底探査チームにより、山城・扶桑・満潮・朝雲・山雲の5隻がスリガオ海峡で発見された。
    この探査により定説では真っ二つになったとされていた扶桑であったが、船体が90度折れ曲がってはいたものの真っ二つに引き裂かれてはおらず、魚雷も右舷ではなく左舷に当たっていたという新事実が明らかになった。
  • 2019年7月5日付で海上保安庁のヘリコプター搭載型巡視船「みずほ(PLH-41)」の就役により旧「みずほ(PLH-21)」が名古屋の第四管区から舞鶴の第八管区へ転籍、それに伴い船名を「ふそう」に変更することになった。
    PLHに「ふそう」の名を使うのは海保でも初で、先代の戦没から75年経って三代目を襲名したことになる。
  • 戦艦扶桑・山城と戦艦時の伊勢型は主砲が6基あり艦影が似ていて紛らわしく、甘味処 間宮の展示でプラモデルが取り違えられるという珍事が起きた。
    しかし三番砲塔周辺に注意すれば見分けることが出来る。その為、分かり易くするために図も同時に掲載する。

    扶桑型三番砲塔周辺図


  • 扶桑……艦橋後ろの第三砲塔の砲身が前向き(艦橋側)に配置されている。それにより艦橋の根元が抉れ今にも倒れそうな独特の艦影を形作っている。
  • 山城……第三砲塔の砲身が後ろ向き(煙突側)に配置されている。
  • 伊勢型……艦橋後ろに煙突があり、第三砲塔はその後ろに二段重ねに配置されている。
          これにより、射撃効率の向上、被弾危険区域の縮小等の効果を得た。

    伊勢型三番砲塔周辺図

    • この砲塔の積み方を考えたのは日本海軍だけではなく当時の戦艦としては珍しいものではなかった。
      • ここでもう一つ注目して欲しいのは、扶桑型よりも副砲門数が増えたのに、副砲が配置されている甲板が短くなったこと。
        実は、この甲板には兵員居住区が配置されているため、その区画が圧縮されたことを意味する。
        果たして伊勢型戦艦は、火力・防御力向上の代償に戦艦最悪の居住性という不評を囲うことになってしまった。戦闘力向上の代償に居住性を削るという傾向は飢えてる娘のあたりまで続く。


この艦娘についてのコメント


*1 母港ボイスは各艦娘につき3つ割り当てられています。「詳細」ボイスは編成画面の「詳細」ボタンをクリックすることで聞くことが出来るボイスです。母港画面でも聞くことが出来ます。「母港3」ボイスは「母港画面でのクリック」もしくは「母港画面への遷移」でのみ聞くことが出来る、いわゆる「提督お触りボイス」です。編成画面での「詳細」ボタンでは聞くことが出来ません
*2 4つの基本ボイス(昼戦開始・昼戦攻撃・夜戦開始・夜戦攻撃)がありますが、各ボイスはその他の色々な場面でも使われます。各ボイスをどのフェーズ(航空戦/開幕雷撃/先制対潜/昼戦攻撃/各種CI...など)に割り当てるかは艦娘によって異なり、例えば開戦ボイスを攻撃でも使ったり、夜戦攻撃ボイスを昼戦でも使ったりします)
*3 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*4 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*5 装備ボイスは3ボイスありますが、近代化改修ボイスと共用化されています。また、ボイス3は「近代化改修」「開発」「バケツによる即時修復」「遠征出撃」「アイテム発見」ボイスと共用化されています
*6 7月11日・9月22日の誕生花。花言葉は「勇ましさ」「華やか」。
*7 例:大和国・長門国、等。
*8 香取の先代である香取型戦艦1番艦
*9 鹿島の先代である香取型戦艦2番艦
*10 後に「第一号甲鉄戦艦(香取)」「第二号甲鉄戦艦(鹿島)」の建造計画は前倒しされた。そのためかどうかは不明だが、扶桑を「第一号戦艦」とする資料もある
*11 扶桑と同様、彼女たちを「第二号戦艦」「第三号戦艦」「第四号戦艦」とする資料もある
*12 ただ、就役後は最高速力は21ノット前後とみなされることもあった。
*13 第一艦隊司令長官が連合艦隊司令長官を兼任する。
*14 扶桑は1915年12月13日・1916年12月1日及び1919年12年1日の編成で、山城は1917年12月1日・1918年12月1日の編成時に連合艦隊旗艦として登録されている。
*15 日本海軍の正式な艦種別では、古鷹型は建造時の金剛型以来の一等巡洋艦である。
*16 ワシントン軍縮条約では改装による排水量増加は3,000トン以内にするなどの制限内で改装が認められており、主砲や舷側装甲の換装は禁止されていた。
*17 事故前日、扶桑艦長に着任したばかりの鶴岡信道大佐が陸奥艦長で友人の三好輝彦大佐を表敬訪問し、当日はその答礼に三好大佐が扶桑を訪問、夕食の約束をして帰っていった直後に爆発が起こった。天地を揺るがす轟音と「陸奥爆発!」の叫びに鶴岡艦長が甲板へ飛び出すと、陸奥は第三砲塔付近に爆煙が立ち込めつつまだ浮かんでいたが、間もなくその付近から船体が折れ、ゆっくり沈んでいった。事故の一部始終をがっつりすべて目撃していたことになる。また因果なことに、扶桑はこれを遡ること25年前の戦艦河内爆沈事故も目撃している
*18 この手記は昭和59年に『不老』誌の35・36号に掲載され、スリガオ海峡突入の縁故からの戦友会誌である『駆逐艦曙便り』に「乾坤一擲」の題で収載されたもの。同氏の手記は雑誌『丸』および近年光人社から発行された『日本戦艦の最後』にも「老朽戦艦「扶桑」スリガオ海峡に消ゆ」として掲載されているが、誌面の都合か、またはあまりに悲惨なためか、当該箇所の直前で記述が終わっている。
*19 生存者たちは戦後長らく口を閉ざしていたため、古い資料では扶桑の生存者皆無と書かれていることが多い。実際は上記の小川兵曹をはじめ、山城と同じ10名程度の人数が助かっている。