瑞穂

Cached: 2021-04-20 22:45:52 Last-modified: 2021-04-09 (金) 12:24:31
No.251
瑞穂(みずほ)瑞穂型 1番艦 水上機母艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久41火力12 / 36
装甲19 / 42雷装0 / 32
回避19 / 37対空16 / 32
搭載24対潜0
速力低速索敵36 / 74
射程8 / 39
最大消費量
燃料35弾薬35
搭載装備
1212.7cm連装高角砲
12零式水上観測機
装備不可
装備不可
改造チャート
瑞穂瑞穂改(Lv40)
図鑑説明
水上機母艦、瑞穂です。千歳、千代田に続いて建造された、甲標的も運用可能な特殊水上機母艦です。
新機軸の機関部があまり上手く行かなくって……でも、開戦初頭の南方作戦などに参加致しました。
お役に立てるよう頑張りますね!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:石上静香、イラストレーター:アキラ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:石上静香、イラストレーター:アキラ
入手/ログイン提督、お疲れさまです。水上機母艦、瑞穂、推参致しました。どうぞよろしくお願い申し上げます。
母港/詳細閲覧うふ、提督、どうされたのですか?何かお忘れ物でも?
瑞穂をお呼びかしら?嬉しいわ。
母港/クリック時提督、瑞穂にお気を使っていただいてうれしいです。大丈夫、いつでも出撃できますわ。
母港/詳細閲覧(正月)提督、新年…明けましておめでとうございます!本年も第十一航空戦隊と瑞穂、どうぞ宜しくお願いいたします!
母港/詳細閲覧(節分)せつ...ぶん...ですか? えぇ?摩耶さん鬼役されるのですか?! 投げてみろって...あっ...えぇ!?
母港/詳細閲覧(バレンタイン)提督。瑞穂、…チョコレートのお菓子を作ってみたんです。………おひとつ、いかがでしょうか?
母港/詳細閲覧(ホワイトデー)提督、これは? チョコレート菓子のお返し? …感謝いたします。瑞穂、嬉しいです!
母港/詳細閲覧(春)提督、少し暖かくなってきましたね? 今年も春が訪れるのですね……瑞穂、感慨深いです
母港/詳細閲覧(梅雨)この季節…少し、物悲しいですね。潜水艦ですか? そうですね、未だに少し…複雑、ですね。
母港/詳細閲覧(初夏)だいぶ暑くなってきましたね。今年も…今年も夏がくるのですね。あの瑞穂、夏はあまり…
母港/詳細閲覧(夏)猛暑日が続きますね。提督、お体は大丈夫ですか? そうですか。お元気そう…ですね。
母港/詳細閲覧(秋)秋ですね。提督、ごはんの美味しい季節です。瑞穂、何かお作りしますね!何にしよう…?
母港/詳細閲覧(クリスマス)クリスマス…楽しいですね!瑞穂もライスコロッケ作ってみました。お味…どうでしょう…?
母港/詳細閲覧(年末)もう年末……提督、1年間本当に早いですね。瑞穂も、大掃除に加わりますね!
母港/詳細閲覧(三周年記念)提督、三周年だそうです。本当におめでとうございます。瑞穂も、嬉しいです♪
母港/詳細閲覧(四周年記念)提督、四周年だそうですね。本当におめでとうございます。瑞穂も…瑞穂も嬉しいです♪
母港/詳細閲覧(五周年記念)提督。今日は大切な記念日ですね。瑞穂も……ご一緒できて……よかった、です。
ケッコンカッコカリ(反転)
ケッコン後母港(反転)
編成水上機母艦、瑞穂、参ります。…少しゆっくりで、ごめんなさい。
出撃艦隊旗艦、瑞穂。進発いたします。皆さん、参りましょう。
遠征選択時
アイテム発見
開戦て、敵艦!?発見いたしました。…ど、どうしましょう?か、合戦用意!…ですね?
航空戦開始時敵艦を、捕捉しなくては…!瑞穂、しっかり!
夜戦開始よ、夜ですね?敵を追撃いたしますが、夜戦になってしまいます…。どうしましょう…。
攻撃瑞穂、参ります。攻撃開始、撃ち方、始め!
敵艦を、捕捉しなくては…!瑞穂、しっかり!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃
小破あぁっ!痛い、魚雷ですか…?
小破/旗艦大破いやぁ…!だ、大丈夫…?まだ沈まないで、お願い…!
中破/大破あぁ~っ!こんな恰好で…。でもまだ、航行でき、ます…!
勝利MVPえぇ!?瑞穂の…瑞穂の戦果が一番なのですか?提督…あの…どうしましょう?
帰投提督、艦隊戻りました。無事に港に着いてよかったです。
補給提督…瑞穂、感謝いたします。
改装/改修/改造水上機がいいかしら…それとも甲標的?どうしましょう…。
見たことのない兵装ですね。新兵器でしょうか?ありがとうございます。
水上機を出しましょうか?
入渠(小破以下)…少し、煤が付いてしまいました。申し訳ありません、しばし下がりますね。
入渠(中破以上)申し訳ありません、このような姿で…。瑞穂、湯浴みに参ります。すみません…。
建造完了提督、新しい艦の建造が完了した模様です。
戦績表示情報を確認されるのですね。お待ちください。整理してお持ちします。
轟沈(反転)瑞穂、沈むのですね…。でも、今度はお役にたてて、良かった、です…。
時報にて実装
放置時おかしいわ、新しい機関部のはずなのに…。あ、提督。なんでもありません。瑞穂、大丈夫です。

ゲームにおいて

  • 2015年8月10日のアップデートで新規に実装。他の新規実装艦と異なり、クリア報酬では無くドロップ艦。
    夏イベント:期間限定海域【反撃!第二次SN作戦】のE3のボスドロップで入手できた。
  • 2016年2月29日のアップデートで通常海域での入手が可能になった。
    • 5-3ボスマス、6-4-C・Lマスでドロップが確認されている。*1
    • 2018年11月16日のアップデートで実装された7-2-M(第二ボスマス)でもドロップが確認されているが、ドロップするのは攻略中のみのようなので注意。現状ドロップ報告があるのは敵旗艦の艦戴機が赤、または準赤の敵編成のみ。
    • イベントでは比較的難易度が低い海域でドロップする事もあるので、そちらを待つのも手。
  • 2017年3月17日のアップデートで大型艦建造でのみ建造可能となった。空母レシピで建造可能。
    • 大鳳Saratoga等と平行して狙うのも良いかもしれない。
  • 水母としての基本的な性能や特性はちとちよと同様なので、ほぼ同じ使い方ができる。
    • ちとちよと異なり最後まで改造しても水母で、最終的なステータスや艦載機搭載数は彼女達より高めになる。
    • ちとちよと同様に爆雷が積めるが、水上爆撃機が無いと対潜攻撃できないのも同じ。
      演習や出撃で潜水艦を相手に育成する際には留意しておこう。
    • 速力はちとちよと異なり低速。史実の実艦速力も22ktと低速だった。
      • 飛鷹型より鈍足なのだが、2015年8月の実装当初はなぜか速力が高速に設定されていた。
        その後、実装イベント終了に伴う2015年9月7日のアップデートで速力が高速から低速へ修正された。同時に索敵基本値/索敵最大値も35/70→36/74(+1/+4)へ上方修正された。
    • 甲標を装備可能だがLv1の時の雷装値は0、よって練度を上げるか近代化改修で雷装を1以上にしないと、雷撃戦には参加しないので注意。
      • 雷装値0で甲標的を載せている場合、無印ちとちよ同様開幕雷撃のみ参加する。
  • 初期装備に零式水上観測機を持ってくる。初期装備でお馴染みの零式水上偵察機と間違えて破棄しないようにロックは忘れずに。零式水上観測機を持参するのは、大和武蔵に続いて3人目である。
  • 4隻目の水上機母艦が実装されたため、同じ艦を使うことなく水母2隻が必要な「水上機基地建設」と「水上機前線輸送」の遠征に同時に出すことが可能になった。
    • ただし改造後の燃費はちとちよ(甲)のほうが安上がり。
  • 2019/4/23より、瑞穂自身または神威を近代化改修する際に瑞穂を複数同時投入することで、耐久を改修することが可能となった。→近代化改修
    • 神威を使った改修と異なり、阿賀野型や大和型には効果がない。また、海防艦による改修と異なり、運や対潜は改修できない。

非常に多い期間限定グラフィックを一挙紹介(差分含む)

  • 2015年9月7日のアップデートで浴衣バージョンの母港グラフィックが公開された。
    浴衣バージョンのグラフィックは立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:秋季限定Ver.

    限定イラスト:秋季限定Ver.

  • 2016年1月1日のアップデートで新春modeの母港グラフィックが公開された。
    手に持った三方にのせているものが鏡餅に変化している。
    新春modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。
    • 桃井涼太氏の公式4コマでは113話での初登場時のカットが鏡餅を持ったものとなっている。瑞穂曰く「洋上で餅を割るのは縁起が悪いと思い、鎮守府まで持ってきた」。なお、鏡餅はかき餅としてみんなで美味しくいただきました。

    限定イラスト:年始(2016年)Ver.

    限定イラスト:年始(2016年)Ver.

  • 2016年1月19日のアップデートで少しだけ節分modeの母港グラフィックが公開された。
    手に持った三方にのせているものが節分豆に変化している。
    少しだけ節分modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    立ち絵は他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納されたものの、
    通例は併せて格納されるはずのカード状態に加工されたイラストは、何故か図鑑に格納されていない。
  • 2016年2月10日のアップデートで艦娘バレンタインmodeの母港グラフィックが公開された。
    手に持った三方に代わってバレンタインチョコに変化し、表情が変わっている。
    艦娘バレンタインmodeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:バレンタインVer.

    限定イラスト:バレンタインVer.

  • 2016年3月11日のアップデートで牛丼modeの母港グラフィックが公開された。
    手に持った三方にのせているものが牛丼セットに変化している。
    牛丼modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    立ち絵は他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納されたものの、
    通例は併せて格納されるはずの、カード状態に加工されたイラストは何故か図鑑に格納されていない。
    • なお、このアップデート時の限定グラの公式発表には瑞穂が含まれて居なかったりする。
      また、他の4隻はすき家で配布しているコラボカードの絵柄だが、瑞穂のものはゲーム限定の描きおろしだったりする。
  • 2016年4月22日のアップデートより、三周年記念春の花束modeグラフィックが実装された。
    手に持った三方にのせているものが花束に変化した他、表情も笑顔に。
    三周年記念春の花束modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:春の花束mode

    限定イラスト:春の花束mode

  • 2016年6月1日のアップデートより、梅雨の季節限定の梅雨modeグラフィックが実装された。
    傘を持っている他、三方にのせているものが紫陽花に変化した。
    梅雨modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:梅雨mode

    限定イラスト:梅雨mode

  • 2016年8月1日のアップデートより、夏季限定差分modeグラフィックが実装された。
    三方にのせているものが氷あずきに変化した。
    夏季限定差分modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:夏季限定差分mode

    限定イラスト:夏季限定差分mode

  • 2016年10月5日のアップデートでなか卯コラボ限定グラフィックとして【牛丼mode】が実装された。
    いつもの通り三方に和風牛丼を載せているが、正面を向いた新規のイラストになっている。
    牛丼modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:牛丼mode

    限定イラスト:牛丼mode

  • 2016年12月22日のアップデートで【Xmas】差分modeが実装された。
    サンタ衣装に衣替えしており、三方にはお手製のライスコロッケをのせている。
    Xmasmodeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:Xmasmode

    限定イラスト:Xmasmode

  • 2017年2月28日のアップデートで【桃の節句】差分modeが実装された。
    三方にはCommandant Testeとペアの雛人形をのせている。
    桃の節句のグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:桃の節句mode

    限定イラスト:桃の節句mode

  • 2017年10月18日のアップデートで【ハロウィン】差分modeが実装された。
    三方にお菓子入りのジャコランタンを載せ、衣装もオレンジを基調にカボチャやお化けをあしらった物に着替えているほか、三方も黒いハロウィン仕様になっている。
    ハロウィンのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:ハロウィンmode

    限定イラスト:ハロウィンmode

  • 2018年8月1日のアップデートで、昨年までの夏季差分modeに代わり【水着mode】が実装された。
    今回は通常絵ではなく、2年前の一番くじ景品のポスターイラストをベースとした差分。なんだか眠そうな表情の描かれた浮輪を装備している。
    その傍らには同じ表情の小さな浮輪がもう一つ浮かんでいる…のだが、中破すると真っ赤になって牙を剥く
    さらに中破すると、どこからか現れてスイカと水鉄砲を持ってはしゃぐアイツらの姿も。この世界の何かが垣間見えるってそういう…?
    水着modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。

    限定イラスト:水着mode

    限定イラスト:水着mode

  • 2018年11月16日のアップデートで【秋の味覚mode】の母港グラフィックが公開された。
    三方には焼き芋をのせており、よく見ると三方もさつまいもカラーである。
    秋の味覚modeのグラフィックも立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    立ち絵は他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納されたものの、
    通例は併せて格納されるはずの、カード状態に加工されたイラストは何故か図鑑に格納されていない。
  • 2019年2月8日アップデートで、ローソンコラボキャンペーンとして【限定特別差分mode】が実装された。
    三方に【瑞穂のだし浸みる海鮮炊き込みご飯】をのせている。たっぷり入ったアサリの時雨煮と、海の幸を贅沢に使った出汁が味の決め手。
    焼きおにぎりにしたり、お吸い物の素でだし茶漬けにしたりとアレンジレシピが話題になった。

    限定イラスト:限定特別差分mode

    限定イラスト:限定特別差分mode

  • 上記のように、15年夏の登場以降、大幅なアレンジ衣装は三回のみだが、差分グラフィックはこまめに追加されており、
    ついたあだ名は「差分の女王」「三方芸人」「三方万能説」などなど。
  • その余波を食らい、2016年下期現在、高角砲を乗せているいわゆる「通常絵」バージョンの表示日数が、
    「差分絵」バージョンの表示合計日数より遥かに少なく、『通常絵』が『通常じゃない』という前代未聞の事態となっている。
    そのため、高角砲が三方の上に戻ってくると、「瑞穂が、今度は艦これとコラボした」というジョークが飛び交う事も……。
  • 季節ごとの小物アレンジに期待する提督も多く、運営がどれだけ期待に応えるか、要注目である。

小ネタ

  • 1933年度第二次艦艇補充計画によって建造が決定した水上機母艦で、千歳型の準同型艦。1936年12月14日に軍艦瑞穂と命名され、1937年5月1日に川崎重工神戸造船所で起工。1938年5月16日に
    進水し、1939年2月25日に竣工した。彼女らと同様に水上機母艦(第一状態)、なおかつ甲標的母艦(第二状態)としても活動可能であった。艦名は日本国の美称の一つである「瑞穂国」に
    由来する。稲穂が豊かに実る国土という意味。
    • 「ずいほ」ではない。普段余り目にしない字だったり、瑞鶴瑞鳳の「ずい」読みの印象が強かったりするせいか、読み間違える提督がいるようだ…づほ」でもない。
  • 千歳型はタービン・ディーゼル併用であったが、瑞穂はディーゼル機関のみとして作られた。大和型にディーゼルエンジンを採用する予定があったため、そのテスト艦でもあったのである。
    • ……のだが、瑞穂のディーゼル機関はやたらめったら故障を起こし、結局大和型にディーゼルエンジン採用は見送られた。それのみならず、瑞穂は機関の不調のためドックで寝込みっぱなしの
      期間が長かった。長いこと出力も制限されて定格出力に届かなかったため、ほとんどの期間で17kt~18ktが目いっぱいの速度だったのである。
    • 当時のディーゼル主機の顛末については大鯨の小ネタを参照されたし。
    • なお瑞穂の後に建造された水上機母艦日進もディーゼル機関のみだったが、こちらは瑞穂のものとは対照的に故障は少なかった。瑞穂の3倍の機関出力があり28ktという快速を発揮できた、まさしく高速水上機母艦・高速輸送艦であった。瑞穂は泣いていい。
      • ちなみに日進はソロモン諸島のブーゲンビル島沖、すなわち瑞穂がドロップした激突!第二次南太平洋海戦の海域にて沈没している。運営は日進と瑞穂を混同したのかも…。


  • 千歳型水上機母艦と比較すると、武装面では12.7㎝連装高角砲が1基、25mm連装機銃が4基増備されている。
    • これらに加えて、艦橋前に設置された機銃の左右付近に三年式8㎝単装高角砲を1基ずつ設置していたことが判明している*2
  • 機関の面では、千歳型とは異なりディーゼルエンジンのみのために煙突がなく、後部クレーンの付け根にマフラーが付いてるのみであった。
    • さらに千歳型にあった空母の飛行甲板のような天蓋も設置していなかったので、大きめの艦橋とクレーン以外の部分ははのっぺりとした印象の、不思議なシルエットの艦だった。
      • イギリスやイタリア海軍はこの艦に非常な興味を持ったらしく、数多くの写真を撮影して残している。
  • また、瑞穂はハインマット装置と呼ばれる一風変わった水上機揚収装置を積んでいた。
    普通、艦を大きく旋回させて静波した海面に水上機を着水させ、その横へ艦を停止させた上でクレーンで吊り上げて収容しなければいけない。
    • しかし瑞穂の装置の場合、まず速力を8ノット以下に落とし、艦の後ろへ巨大なケンバス*3をゆるんだフンドシのように長く垂らす。
    • 着水した水上機を上に乗せ、このケンバスを巻き取ると、飛行機は艦尾まで引っ張られてゆく。あとはクレーンで吊り上げるだけ。低速ではあるものの、航行しながら水上機を回収できる画期的な装置だった。
      ……が、この装置を使うと、いちいち長大なケンバスを貴重な真水で洗ってから仕舞わなければいけない。
      そんな点が嫌われたのか、結局この装置は殆ど使われなかったという。
    • なおこのハインマット装置も大和型に搭載される予定があったが、上述のようにあまり実用性のない装置と判明したので、搭載は見送られた。
      • 給油艦・水上機母艦・飛行艇母艦として活動した神威も一時期はこれを装備していた。
  • 瑞穂は自身を「甲標的を運用可能な艦」と説明しているが、実際に甲標的母艦への改装が行われたかどうかは良く分かっていない。開戦後、艦尾まわりに甲標的発進設備を設けたとする説*4もあるが、甲標的母艦としては低速である点*5や、搭載設備的な観点から改造されなかったとする説もある。
  • 新しい軍艦だけに、居住性は大変よろしかった。
    水兵であってもハンモックではなく三段式のベッドが用意されており、軍艦につきものの釣床の上げ下げの苦労がなかった。
    また衣嚢棚の代わりに一人一人に現代風のロッカーがあり、カギもかけられるし容積も大きく、大変能率的だったという。
    • もっともこの三段ベッド、鎖で取り付けた開閉式のもので、しかもハシゴがついていない。
      なのでベッドに足をかけて登るしかなく、しかも上級者は下段で下級兵は上段という不文律があった。
      下級兵たちは登ろうと足をかけた際に上級者のベッドを揺らしたりガチャガチャ音を立てたりしないよう相当気を使ったという。
      • と、書くと「軍隊生活はこれだから……」と思う方も多いだろうが、実は当時の日本の「乗り物」としては、一部の新鋭外航客船を除けばこのベッドはそこそこ上等な装備である。
        例えば、鉄道省の3等寝台車*6でこの形式のベッドが採用されるのは、瑞穂就役の数年前に登場した特急用のスハネ30形からであった。

  • 竣工後は支那事変に参加し、北支や南支方面で活動。1940年2月5日に第3予備艦となり、呉に回航されて各種実験に参加。5月21日から横須賀工廠で機関の修理と検査に従事。8月25日に出渠するも、
    11月26日から12月2日に再度入渠。それでも機関は完全には直らなかった。戦争の足音が聞こえてくる1941年11月、千歳と第11航空戦隊を結成。11月24日、寺島水道を出発してパラオに進出。
    現地で藤田類太郎少将が乗艦し、第11航空戦隊の旗艦となった。そしてフィリピン攻略作戦に投入された。
     
  • 1941年12月8日、大東亜戦争が勃発。準同型艦の千歳とともに第十一航空戦隊(十一航戦)を編成していた。開戦と同時にパラオを出撃し、まず最初にレガスビー攻略を支援。
    次にラモン湾上陸を支援した。12月29日にパラオへ帰投し、束の間の休息を経て再度出撃。占領したばかりのダバオに入港した。
  • 1942年1月4日午前11時15分、マララグ湾に停泊していると北西方面からB-17爆撃機8機が襲来。在泊艦艇全てが爆撃を受けたが、瑞穂は無傷だった。だが妙高が中破し、
    旗艦を那智に移して修理に向かった。1月9日、出港。パキプタン海峡で千歳と合流し、メナド攻略作戦に参加。艦載機を飛ばして輸送船団を護衛した。1月11日午前5時40分、
    バンカ泊地に到着。延べ49機の艦載機を出撃させ、上陸部隊の援護を行った。その途上で敵飛行艇9機及び爆撃機4機と交戦し、2機の飛行艇を撃墜。しかし3機の
    零式水上偵察機を喪失。またメナドへの空挺降下部隊を乗せた味方の九六式重爆撃機1機を誤って撃墜し、全員戦死させてしまっている。敵軍の抵抗は微弱だったため、
    メナド攻略支援を打ち切り、1月15日から19日にかけてセレベス海で対潜掃討を行った。
  • 1月21日、千歳とともにケンダリー攻略作戦に参加。攻略船団の上空警戒と対潜哨戒を担った。1月24日午前、サラバンカ湾に到着。艦載機を放って佐世保特別陸戦隊を
    支援。ケンダリー攻略作戦が順調に進んだため、1月29日にアンボン攻略に転戦。艦載機を出撃させて味方の艦隊を援護した。1月31日午前5時、千歳とセラムに到着。
    アンボンへの上陸支援を実施するが、天候不順によって作戦行動が不可能だった。2月1日、パラオから出撃してきた蒼龍飛龍の支援に回り、対潜掃討を担った。
  • 2月3日15時、今度はマカッサル攻略作戦に参加。千歳、第39号巡視艇等とともにセラムを出発し、スターリング湾を経由して2月8日に上陸支援。夜、視界不良と
    天候不順に悩まされながらも部隊の揚陸を見守った。2月10日午前3時40分、マラッカ海で敵機の空襲を受ける。千歳が損傷させられたが、瑞穂は無傷で済んだ。
    その後、ケンダリーで艦載機の整備を受ける。2月17日に出港し、ティモール島クーパンの攻略支援に従事。翌18日朝、ビノンコ島東方に水上機基地を設営。夕刻に
    出港していった。2月19日午前6時、ロンブレン島ルワリング湾に同じく水上機基地を設営した。2月20日、艦載機を使ってクーパン攻略を支援。
  • 2月24日午前10時、千歳と一緒に出撃。いよいよオランダ軍の本丸であるジャワ島攻略作戦に加わる事となり、ジャワに向かう陸軍の船団を護衛。そして
    2月27日に上陸が始まったが、悪天候に阻まれて艦載機を飛ばせなかった。その日の夜、船団とともにバウアエン島に移動。翌28日に到着し、敵の空襲や敵艦隊の
    出現を警戒した。スラバヤ方面に小型砲艦3隻と魚雷艇8隻が確認されていたが、幸い敵襲は無かった。しかし3月1日午前9時45分、バウアエン島に敵機が襲来。
    上空で警戒していた零式水上偵察機が迎撃に回り、ノースロップ軽爆撃機3機を撃墜した。午前10時15分、索敵に出していた艦載機が全て帰投。午前11時3分、
    スラバヤ沖海戦で敗走中の敵駆逐艦ポープを発見したとの報告が入り、千歳とともに60kg爆弾を搭載した零式水上観測機を発進。ポープに至近弾を与え、燃料を
    漏洩させた事で停止。その後、妙高足柄が到着し、ポープを討ち取った。3月2日、アワラワラ岬西方のカランダワに水上機基地を設営。3月6日にケンダリーへ
    帰投し、船体の修理と整備を実施。乗組員は休息を得た。3月9日、オランダ軍が降伏し、ジャワ島陥落。蘭印作戦は成功に終わった。ジャワ島陥落に伴ってマカッサルに
    移動し、ようやく内地帰投となった。3ヶ月に及ぶ連戦が終わったのだった。
  • 3月22日、ダバオを出発。横須賀に向けて航海を始めた。3月28日に横須賀へ到着、翌日工廠に入渠。4月2日に出渠した。4月18日、ドゥーリットル空襲に遭遇。
    瑞穂は助かったが、隣接していた大鯨に爆弾が直撃している。ちなみにB-25のパイロットは瑞穂を空母と誤認していたようだ。
     
  • 5月1日正午、横須賀を出発。ミッドウェー作戦参加のため柱島に向かったが…。
    • 瑞穂と千歳はいつも一緒に行動を共にしていたので「曽我兄弟のようだ」と言われていたとか。*7
    • 改の時報でも「千歳さん」について言及している。
  • 開戦劈頭の比島作戦や南西方面への作戦には零式水上観測機と九四式水上偵察機を搭載して参加し、偵察・上空哨戒・対潜警戒・陸戦協力など種々の任務に従事した。
    • これらの作戦中、瑞穂に乗艦していた河村一郎飛曹長(当時一飛兵)は零観で爆撃機を2機撃墜するなどの戦果も上げている。
      • 同氏はソロモン方面に転属してからも、零観でB-17やPBY飛行艇など計3機を撃墜している。その後、戦闘機搭乗訓練を受け、台湾沖航空戦にも参加。最後は芙蓉部隊に所属して終戦を迎えた。
         
  • 故障に次ぐ故障に手を焼き続け、大改修工事の末ようやく人並みに動けるようになったと思ったら、直後の柱島泊地への回航中の昭和17年5月1日、御前崎の南西40海里沖で米潜水艦ドラム(USS Drum:SS-228)が午後11時20分に発射した魚雷2本のうち1本が命中・直撃。*8病弱の上に薄幸とか王道ヒロイン。
    付近を航行中の高雄摩耶が約1時間後に救援へ駆けつけた。火災については曳航が検討されるまでに鎮火の見込みが立ったものの、浸水は絶望的であり、遂に午前3時30分、総員退去命令。*9
    摩耶に周辺警戒、高雄に生存者救助を託した彼女は、両重巡と乗組員が敬礼する中、力尽き沈んでいった。
    時に昭和17年5月2日午前4時16分。艦首に菊の御紋章がついた、旧海軍で言うところの正式な「軍艦」としては太平洋戦争での喪失第1号という記録を残すこととなった。
    艦長を含む計607名が高雄に救助された。
    • ちなみに駆逐艦や潜水艦、特務艦艇などには菊の御紋章がついていない、つまり「軍艦」の分類ではない。なので、瑞穂よりも以前に沈没した艦艇自体は存在する。要注意*10
    • 艦娘の瑞穂は自分自身が初の『軍艦の戦没艦』として自虐したりすることは(今の所)ない。
    • 余談だが、仇敵ドラムは終戦後1946年2月に退役。20年以上の窓際族予備役係留を経て1967年より、戦艦アラバマ (USS Alabama:BB-60、サウスダコタ級戦艦の4番艦)と共に記念艦展示。映画「フォレスト・ガンプ」の舞台として知られるアラバマ州モービルの地にて、2016年の現在も現存している。
      • さらに余談だが、「Drum」とはニベ科に属する魚の総称で、日本では「イシモチ」あるいは「グチ」などとも呼ばれる。
  • 艦種や戦歴など決してメジャーとは言いがたい艦ではあるが、また一定年齢以上の軍オタにとっては馴染み深い艦でもある。
    それまでの戦記ものとは一線を画してイラストエッセイの体裁を取り、豊富なイラストと軽妙な筆致で昭和50年代に人気を博した光人社よもやま物語シリーズ。
    棟田博著『陸軍よもやま物語』と並んでその第一弾を飾った小林孝裕著『海軍よもやま物語』に、著者の乗艦として登場したからである。
    • 著者小林氏は瑞穂に乗り組んで、支那事変帰りとはいえ余りにノンビリした瑞穂の雰囲気に驚いている。
      着任の際も初対面の水兵や下士官がニコニコしながら「オスッ」「オスッ」と気軽に声をかけあっているなど、
      以前に乗っていた「鬼の山城」とは全く正反対の、至って自由気楽な雰囲気の艦だったという。
    • が、気風の緩やかさは同時に乗員のタガの緩みにも直結していたらしい。
      戦時だというのに某下士官が「暑くて寝苦しいから」(遮光カーテンは閉めてあるとはいえ)舷窓を開け放って寝ていて、巡検時に先任衛兵伍長からブン殴られた一幕などもそうである。
      そして沈んだ日の前夜も下士官兵の進級日で、昇進祝いの宴席*11が艦内あちこちで開かれており、さらに本土近海という油断も手伝ったのだろう。
      ベテラン下士官兵たちは酔眼朦朧、当直の見張りに立っているのは新兵ばかりで、そこへ潜水艦の魚雷をくらったのだった。
      • 悪いことに瑞穂の緊急ブザーは度々誤作動を起こしており、この時も緊急事態を告げるブザー音を大部分の乗員たちは「またか」と聞き流した。その直後、何の準備もしていないところへの魚雷命中となり、被害が大きくなったという。


  • 艤装・衣装関連でいうと、高角砲を赤漆塗りの三方*12に掲げて持つという大変恭しい装備の仕方をしている。
    • 衣装には無数の紋が入っており、帯に「千鳥梅紋」、袂に判別し辛いがおそらく「四つ角持ち」、三宝の正面にも稲穂に「ホ」の字が入った家紋があしらえてある。

戦後の「瑞穂」

  • 戦後はその名を海上保安庁のヘリコプター2機搭載の巡視船、「みずほ」(PLH21)が引き継いだ。
    巡視船「みずほ」は、みずほ型巡視船のネームシップ。海上保安庁の中ではしきしま型*13の2隻に次いで大型の船である。*14
    • そもそも海上保安庁にはヘリコプター2機分の格納庫を持った船が4隻しかいない。
    • B'zの楽曲OCEANのPVは、この巡視船「みずほ」にて撮影された。
    • 巡視船「みずほ」は第四管区・名古屋海上保安部の所属。
    • 二代目「みずほ(PLH41)」は平成30年11月9日、下関の三菱造船江浦で進水。先代みずほ同様名古屋海上保安部に配属されることが決定した。新「みずほ」(PLH41)の就役にともなって、旧「みずほ」(PLH21)は2019年7月付で「ふそう」と変更されることになった。なお、海上保安庁の巡視船は、所属する部署で船名が変更されることが珍しくない。
  • 日本国の美称であるためか、海上自衛隊は現在までのところ使っていない*15
    • そもそも海上自衛隊の命名基準に「日本国の美称」は無いので、その辺の変更が無い限りは復活しないと思われる。
    • 国鉄の列車名としては戦後の昭和36年10月に登場。
      • しかし当初は不定期列車で、『臨時あさかぜ』からの改称、ポジション的にはブルートレイン『はやぶさ』の補完列車という微妙な立ち位置だった。37年10月に定期列車昇格、38年6月に20系客車を投入してブルートレインの仲間入りを果たすも、ブルトレの始祖となった『あさかぜ』、定期列車最長の『はやぶさ』*16、それに伝統ある『さくら』『富士』*17に比べると若干人気は劣り、東海道ブルトレとしては最も早い平成6年に愛称消滅と言う、その名前の由来に対してあんまりな扱いを受けていた。
      • その後雌伏期間を経て、平成23年3月に山陽・九州新幹線列車愛称として復活。同列車は『ひかり』タイプの『さくら』に対する『のぞみ』タイプの速達列車として設定された。『はやぶさ』『のぞみ』『かがやき』と並ぶ、日本最速列車のひとつである。

戦歴

折りたたみ

  • 1933年度第二次艦艇補充計画によって建造が決定した水上機母艦で、千歳型の準同型艦に当たる。1936年12月14日に軍艦瑞穂と命名され、1937年5月1日に川崎重工神戸造船所で起工。1938年5月16日に進水。神戸海軍監督官事務所内に艤装事務所が設置されるが、7月3日から5日にかけての集中豪雨で阪神大水害が発生。工事に遅延している。四苦八苦のすえ、1939年2月25日に竣工した。横須賀鎮守府に配備され、第4艦隊第12戦隊に編入。竣工後は北支部隊に編入され、鹿児島県志布志湾に回航。現地で駆逐艦沖風や峯風と合流し、佐世保へ回航。3月2日に出港し、チンタオに向かう。道中、敵の艦艇から襲撃を受けたという想定で訓練。沖風と峯風は瑞穂の周囲を走り回り、煙幕を展開。対峙中の支那海軍は潜水艦を持っていないが、対潜哨戒訓練も行った。訓練を重ねながら目的地のチンタオに到着し、駆逐艦2隻と分離。北支方面に移動し、支那事変に参加する。
    • ワシントン及びロンドン海軍軍縮条約で、仮想敵の米英に対し不利な制限を課せられた大日本帝國は様々な抜け道を使って戦力差を埋めようとした。そのうちの1つが秘密兵器「甲標的」を扱う母艦の建造であった。表向きは水上機母艦として、有事の際は甲標的母艦として運用できるよう設計されたのが瑞穂型水上機母艦であった。先に竣工した千歳型水上機母艦の設計を流用しており、準同型艦と呼ばれる事も。だが千歳型はディーゼルと蒸気機関を半々に搭載していたのに対し、瑞穂型は全てディーゼルエンジンに換装されている。これは大和型戦艦に搭載するか否かを決める実験的運用であり、もし良好な結果が出れば大和型に採用されるはずだった。ところがこれは大失敗に終わる。計画速力27ノットに対し23ノットしか出せず、信頼性にも乏しかった。このため竣工後しばらくは17ノットの速度制限が課せられていた。ディーゼル駆動するため、瑞穂には煙突が無い外見上の特徴があった。大和型の実験に関わったためか図面が殆ど残されておらず、大和ミュージアムに僅か1枚だけ保管されている。
    • 要目は排水量1万929トン、全長183.6m、水線幅18.8m、出力1万5200馬力、速力22ノット、重油積載量1200トン+補給用重油3348トン、乗員689名。武装は12.7cm連装高角砲3基、25mm連装機銃10基、呉式2号5型射出機4基。搭載機は九四式水偵及び九五式水偵24機+補用8機。千歳型にはあった機銃甲板が無く、フラットのみ装備されている。武装面では千歳型を凌駕し、特に前方への対空能力は海軍の中でも指折りの高さを誇る。軍艦にしては珍しく居住性にも力を入れており、初となる三段ベッドを採用。いちいちハンモックを張る必要が無く、上級者が真ん中、中級者が下、初級者が上で寝る。衣嚢棚の代わりにロッカーが用意されていて、近代的だった。
  • チンタオに進出した瑞穂は、9機の艦載機を使って航空作戦に参加。まずチンタオ南西に位置する海州の攻略作戦を実施し、偵察、海上封鎖、援蒋陸上ルートの遮断を行って陸戦隊を支援。3月10日、占領完了。3月12日に足柄と交代して第4艦隊旗艦となる。3月31日、ようやく全定員が配置に就いた。6月13日、北支の石臼所(せっきゅうしょ)港攻略作戦に参加。この港は支那軍の軍需品輸入拠点となっており、是が非でも潰しておかなければならなかった。第13号、第14号、第15号掃海艇に護衛されながら各陸戦隊や佐世保第5特別陸戦隊を援護。無事石臼所は占領され、北支唯一の輸入港を潰す事に成功した。11月15日、第4艦隊は第3遣支艦隊に改名。旗艦任務を担っていたためか、各地の攻略作戦や海上封鎖には参加しなかった。日米関係の悪化に伴う対米戦勃発を懸念し、一部の航空隊を支那方面から引き揚げさせる事に。1940年2月1日に瑞穂も内地帰還を命じられ、旗艦の座を装甲巡洋艦磐手に継承。第一線から退く。2月5日に第3予備艦となり、呉に回航されて各種実験に参加。5月21日から横須賀工廠で機関の修理と検査に従事。8月1日、係留用錨2組の供給を軍需部に求めた。また8月13日まで、貨物用自動車1台を貸与して貰っている。8月25日に一旦出渠し、横須賀を出発。
  • 8月29日、南鳥島南方で行われた連合艦隊応用訓練に参加。伊67潜の演習相手を務めた。瑞穂艦載機の接近を受けて伊67潜は急速潜航しようとしたが、何らかの不手際で潜航に失敗し、そのまま沈没してしまった。艦載機の搭乗員は後部ハッチが開いたまま潜航していくのを目撃しており、大量の浸水によって沈没したものと推測される。乗組員91名全員が死亡する痛ましい事件となった。9月7日にトラック諸島へ入港し、9月15日に出発。横須賀に帰投した。10月11日、横浜沖で挙行された皇紀2600年特別観艦式に参加。秋空は爽やかに晴れ、朝霧の中で主力艦が連なる第一列に伍した。蒼龍の隣に停泊して臣民に威容を見せ付け、御召艦比叡に向けて万歳の唱和を送った。10月15日、翔鶴の艤装委員長を務めていた澄川道男大佐が瑞穂艦長に着任。11月15日、千歳とともに第7航空戦隊を編制。11月26日から12月2日に再度入渠。それでも機関は完全には直らなかった。この改装で、艦尾に神威から外されたハイン式着水幕を設置。友邦ドイツが運用していた水上機回収装置だが、使用後に真水で洗わなければならなかったため、殆ど使用されなかったという。支那方面艦隊の指揮下に入り、12月10日に横須賀を出港。海南島やインドシナ方面で活動する。
     
  • 1941年1月19日、海南島三亜港に入港。仏領インドシナに対し威力顕示を行うS作戦に参加する。領土問題で対立しているタイ王国とヴィシーフランスの仲裁を行うのが本作戦の目的である。第2遣支艦隊旗艦足柄とともに作戦部隊の指揮を執る重大な役割を担った。1月22日、三亜を出撃。艦載機で沿岸部を偵察しながら仏印沿岸を南下し、予定通り1月25日にサンジャック沖に到達。瑞穂はコークッド島近海で待機した。仲裁の成功が確定した事から、1月27日に駆逐艦長月水無月とともに出港。翌28日にサンジャック沖で足柄と合流し、ともにサンジャックへ入港。その威容を顕示した。タイ・ヴィシーフランスの両国は停戦条約を締結し、第一目標は完了した。次は両国に必需品の対日輸送を承諾させるべく、再び威力顕示を行う第二次作戦が企図された。停戦条約の調印が行われた1月31日、足柄とサンジャックを出発。2月3日に三亜港へ帰投。第二次作戦の全作戦の指揮を執った。作戦は無事成功したため、2月16日に三亜を出発。佐世保に帰還した。3月11日、両国が要求を呑んだ事でS作戦部隊は解隊となった。3月12日から20日にかけて鹿児島県志布志湾に寄航したのち、3月27日に横須賀へ帰投。4月10日、第7航空戦隊は第11航空戦隊に改名。艦隊演習に参加するが、雨天飛行中に分隊長萩原要大尉が搭乗する機が行方不明となって殉職。4月27日から5月1日まで横須賀工廠に入渠する。8月15日、出師準備第二着作業発令に伴って臨戦準備を整える。9月1日、全面戦時編制に移行。
  • 戦争の足音が聞こえてくる10月14日、横須賀を出港して瀬戸内海西部に回航。10月24日に呉を出発し、大三島北方で飛行訓練を実施。ところが事故で分隊長の橋爪少佐が重傷を負い、翌日殉職してしまった。どうやら射出した時に上翼中央部にシワが寄ってしまい、これが空中分解を招いてしまったようだった。この事故を機に零式水上観測機は全て回収、航空技術廠に空輸されて補強を受けた。10月25日、艦隊の集結地となっている寺島水道に回航。11月6日、瑞穂は比島部隊南比支援隊に編入され、第5戦隊の指揮下に入る。航空作戦陸海軍協定によってレガスピーの攻略に投じられる事となった。参加艦艇が続々と寺島水道に集まり、開戦の機運が高まっていく。11月24日、高橋中将から作戦位置への移動を命じられて同日中に寺島水道を出発。前進拠点のパラオを目指した。12月2日、パラオ着。現地で藤田類太郎少将が乗艦し、第11航空戦隊の旗艦となった。12月6日、ダバオ攻略に向かう艦隊が先立って出撃していった。次は瑞穂の番である。そして運命の開戦を迎える。
     
  • 1941年12月8日、大東亜戦争が勃発。開戦時の瑞穂は零式観測機12機と九四式三座水上偵察機3機を搭載していた。午前7時、開戦と同時にパラオを出撃する攻略船団を零式水上観測機4機で支援。その後の午前10時、千歳長良、第24駆逐隊(江風涼風海風山風)とともに進撃を開始。港外で警戒航行隊形となった攻略船団を護衛する。視界は靄に覆われて利かず、12月11日午前4時には敵潜水艦発見の報が出されるなど平穏な航海とは行かなかった。午前9時15分、瑞穂から2機の水偵が射出。対潜哨戒を開始するも、午前11時56分には雷跡まで確認されている。幸い天候には恵まれ、敵機の襲撃も無かった。この日の夜に泊地へ到着し、翌12日午前2時45分に上陸が始まった。午前6時20分、レガスピーの沖合いにあるラプラプ島近海で艦載機を発進。陸戦協力や上空警戒を開始すると同時に、午前11時45分に九四式水上偵察機がカタンズアネス島のビラク無線通信所へ60kg爆弾2発を投下。瑞穂と千歳はカタンズアネス島南部のガブガオ湾北東部のバトに水上基地を設営、援護に来た第35号哨戒艇が警護を担当した。翌13日、バト基地と瑞穂から水上機が出撃し、レガスピーの上空警戒やタバコの偵察を実施。18時、ソルソゴンとレガスピーを繋ぐ道路上にて、瑞穂所属の零式水上観測機4機は逃走する米比軍の自動車を発見。銃撃を加え、2台炎上・3台を使用不能にする戦果を挙げた。12月14日13時47分、九四式水上偵察機1機と零式水上観測機2機がカロルボンのアメリカ小型汽船に60kg爆弾を命中させるも、不発だった。15時15分、レガスピー上空を警戒していた瑞穂機が敵重爆撃機2機を発見。爆弾4発を投下されたが、幸い船団には命中しなかった。他の機はレガスピーの上空援護、タバコ及びレガスピー・ナガ間の道路を偵察した。12月15日はナガに進出した陸軍部隊の戦闘を支援。翌16日は天候が悪く、バトやカタンズアネス島周辺の哨戒に留めた。瑞穂は12月17日までに零式水上観測機を延べ81機放ち、偵察、陸戦支援、上空警戒、攻撃を実施。敵の雷撃を避けるため、夜間は湾を出て洋上に退避していた。瑞穂はバトに設置した水上基地を撤収し、洋上からレガスピーの攻略を支援。成功に導いた(戦史叢書第024巻 比島・マレー方面海軍進攻作戦131頁)。飛行場には航空隊が進出し、上陸部隊は西北部の掃討を終えたのち首都マニラがある北方へと進軍していった。
  • こうしてレガスピーの攻略は成功し、相方の千歳はパラオに帰投したが、瑞穂には次なる任務が控えていた。今度はラモン湾上陸を支援すべく、ラモン湾は首都マニラの南東にある湾で、12月24日に第16師団主力が上陸する予定となっていた。元々航空支援は第4航空戦隊が行うはずだったが、急遽瑞穂に変更されている。12月23日午前8時14分、ポリロ島を偵察。14分後にラモン湾の偵察を行っているが、いずれも敵情を得られなかった。瑞穂の零式観測機3機が上陸船団の上空を旋回し、警戒を行う。12月24日午前2時に船団は湾内に進入し、上陸が開始された。月明かりはあったが、時折スコールが襲来して視界は悪かった。早朝、瑞穂は搭載機を発進させたのち、ラモン湾北方ポリロ島北東海域に水上基地を設置。午前6時30分、瑞穂は艦載機を放って露払いを行う。1時間後、3機が道路上に敵自動車群と地上兵力を確認して銃撃。「効果大」と記録されるほどの大損害を与えた。マニラ方面に伸びる道路上にも敵軍が確認され、上陸部隊を阻むように展開していたため機銃掃射と60kg爆弾6発を投下。地上から射撃を受けたが、被害は無かった。午前10時35分、サングリンにて停泊中の大型船舶3隻を発見。60kg爆弾2発と7.7mm機銃弾1000発で攻撃し、かなりの被害を与えた。午前11時20分、ルセナに到着した機が未完成と思われる電信所を発見。近くの林に敵兵が潜んでいる事が分かり、電信所ともども60kg爆弾で爆撃。反撃で4発の銃弾を喰らうも、無事母艦へ帰投した。ポリロ島の電信所を爆撃し、マウバン方面の偵察も行うなど八面六臂の活躍で第16師団を支えた。午後12時10分、アチモナンに上陸を始めた陸軍部隊の戦闘を支援。13時、米双発戦闘機4機が船団を襲撃。マウバン上空で瑞穂所属の零式観測機2機が迎撃し、2機を撃墜。6発被弾した2番機はエンジン不調を訴えたものの生還。残りの機を追い払った。20分後、哨戒中の瑞穂機が船団を襲った敵戦闘機1機を発見。銃撃を仕掛けたが、すぐに雲の中へ逃げられたため戦果不明。15時20分、マウバン近隣にて軍用自動車5台を発見して銃撃。敵兵は近くの家屋に逃げ込んだ。16時、サンタクルーズ方面の敵部隊を爆撃。延べ28機の零式観測機と6機の九四式水偵を出撃させ、陸戦支援や対潜対空警戒を担う。12月25日午前8時5分、ルセナ上空に到達した瑞穂機は鉄橋の爆破作業を行っている敵兵を発見。機銃弾200発を撃って作業を妨害した。午前9時40分、電信所の近くに停められていた軍用自動車を銃撃し、5分後に敵味方機不明機を発見して追い払っている。午前10時5分、ポリロ島電信所を爆撃したが効果は小だった。13時10分、ルセナ・アチナモン間を偵察し、14時30分にカパロンガ電信所を爆撃。翌26日午前7時40分よりルセナ、リバ、タヤバスなど広範囲を威力偵察。対空砲火を受けながら、陸軍に貴重な情報を提供した。午前8時57分、上空警戒中の瑞穂機がカーチスホーク型戦闘機と遭遇して交戦。8分の戦闘を経て、これを撃墜せしめた。午前9時30分には別の場所で敵戦闘機1機と交戦。機銃弾350発を発射したが、性能差から逃げられている。同時刻、陸戦協力のためマウバンの敵軍に向けて機銃掃射を実施。瑞穂の献身的な支援もあって攻略は順調に進み、この日を以って支援を終了。パラオへの帰路につく。12月27日、蘭印部隊電令第1号により6機の水偵がダバオへ進出する事になり、瑞穂はその要員輸送を命じられる。12月29日、パラオ着。ラモン湾とリンガエン湾の上陸成功により、首都マニラの挟撃体勢が整った。束の間の休息を経て、12月31日に出撃。ダバオに搭乗員を輸送した。
     
  • 1942年1月2日、ダバオを出港。蘭印部隊に転属となり、千歳とともにセレベス島メナドの攻略作戦に臨む。1月4日午前11時15分、マララグ湾に停泊していると北西方面からB-17爆撃機8機が襲来。在泊艦艇全てが爆撃を受けたが、瑞穂は無傷だった。だが妙高が中破し、旗艦を那智に移して修理に向かった。1月9日午前、マララグ湾を出港。パキプタン海峡で千歳と合流。九四式水偵と零観を放って船団の前路哨戒を担当し、同時にミンダナオ南方の敵情偵察を行った。1月10日午前9時、サンギ島西方で仮泊。船団の対潜哨戒を実施しつつサンギ島とセレベス島北方を偵察。サンギ島タルナの無線電信所を破壊して連合軍の口を塞いだ。16時10分、ケマとバンカの偵察を実施。日没後、サンギ島を出発して南下。メナドに向かった。メナド市はセレベス島の中心地であり、約1500名のオランダ軍と小さな飛行場を擁していた。元々はオーストラリアとの中継地に過ぎず、連合軍から見て戦略的価値は低かった。だが日本側が偵察した時、ランゴアン飛行場にグレン・マーチン双発爆撃機の駐機が確認されたうえ、ドルニエ24型やカタリナ飛行艇用の水上基地やガソリンタンクも所在。連合軍の評価とは裏腹に大戦力を用意して、メナドの占領を図った。
    • 1月10日午前6時30分、ダバオから九六式双発輸送機27機が出撃。54機の零戦に護衛されてメナドに向かった。334名の空挺降下部隊員が分乗していたのだが、パトロール中だった瑞穂の零式水上観測機が敵と誤認。1機を撃墜してしまい、降下兵12名と搭乗員5名全員が死亡した。この件について第11航空戦隊は降下部隊の作戦行動が不明瞭だったのと、相手が味方識別を行わなかったからと弁明している。
  • 1月11日午前5時40分、バンカ泊地に入航。午前6時30分から19時にかけて船団やバンカ泊地の対潜掃討、陸戦協力、偵察を実施。敵戦闘機1機が船団付近に出現し、瑞穂機が迎撃に回るも逃げられている。午前7時40分、ケマ上空で敵機1機を撃墜。16時10分、ノースアメリカン軽爆撃機1機を発見して交戦。河村一郎飛曹長が駆る水偵は優勢な敵機に挑み、空中線を切断されたが撃墜に成功した。更に敵機を認めて追撃を行ったが、これは逃げられている。10分後、ケマの南西でロッキード型戦闘機4機と遭遇。集中攻撃を受け、操縦不能となって水偵は墜落。操縦士の西脇予備少尉は脱出に成功して軽傷で済んだが、偵察員は死亡。一連の攻略作戦で唯一の戦死者を出してしまった。16時26分、敵爆撃機1機を発見。瑞穂機が機銃弾を撃ちつつ追跡したが、逃げられた。17時、メナドを偵察中に敵中型爆撃機2機を発見。互いに銃撃を仕掛けたが、いずれも被害なし。30分後、メナド方面に繋がる道路を偵察するためトンダ湖に着水。18時、味方の陸上部隊に通信筒を落として情報を届けた。翌12日も陸戦支援に徹し、セレベス海やモルッカ海等の索敵偵察を行う。この日の空戦で2機の敵機を撃墜した。以降は敵機と出くわす事が無くなった。敵地上軍の抵抗が微弱だった事もあり、メナドも無事攻略と相成った。1月15日から19日にかけてセレベス海で対潜掃討を行った。
  • 瑞穂に休む時間は与えられなかった。今度はケンダリーの攻略支援に加わる。人口約3000名の小さな漁港だが近代的な飛行場があり、資材の集積地や航空隊の前進拠点に打ってつけだった。艦隊の停泊が出来るスターリング湾まで有していたため、大変魅力的な拠点と言えた。1月21日にバンカ泊地を出港。攻略船団は瑞穂と千歳が放った艦載機の対潜・対空・前路哨戒を受けながら前進。連合軍の反撃は無く、1月24日朝にケンダリーへ到着。大雨の中、午前4時28分より上陸が始まった。連合軍にとってケンダリー進攻は予想外だったようで、まともな戦力を置いていなかった。このため敵の第一陣こそ抵抗したが、後は町や兵舎、弾薬庫に火を放って退却していった。苦もなく良好な飛行場を獲得する事が出来た。1月24日、セレベス島サラバンカ湾に停泊。周辺の索敵や偵察を行ったが、一度も敵機と交戦する事は無かった。しかし16時45分、哨戒中の瑞穂機がスマトラ型軽巡洋艦1隻を発見。爆撃針路に入った途端、敵艦から熾烈な対空砲火が浴びせられた。何とか60kg爆弾2発を投じたが、命中せず。直ちに触接へ移り、長良に手旗信号を送って通報した。1月26日、千歳の上空を哨戒。1月28日午前10時45分、ワジョ港の桟橋に横付け中の油槽船3隻と小型商船1隻を爆撃。60kg爆弾が小型商船に直撃し、撃沈。更に戦果を重ねた。18時10分、サラバンカ水道にて瑞穂を狙う潜航中の敵潜水艦を発見、爆撃して追い払っている。
  • 続いてアンボン攻略作戦に参加。アンボンはセラム島の近くにある小さな島だが、セレベスとニューギニアの中間に位置し、アンボイナ港という南方唯一の水深を誇る天然の良港を擁していた。1月29日午前7時30分、ケンダリーを出撃した第15駆逐隊第1小隊、第21掃海隊、第1駆潜隊の前路哨戒と対潜掃討を担当。昨日対潜攻撃を行った場所で、少量の油が浮いているのを発見。午前7時45分、油状を確認するため水偵が着水している。午前9時40分、第34号及び第39号哨戒艇や漁船6隻とともに出撃。スラマンゴリ海峡へと向かった。1月30日午前10時、スラマンゴリ南方で先発していた千歳と合流。南東沖を南下する攻略船団に上空直衛と対潜哨戒を提供し、ナンレアを偵察。ナンレアに駐機していたカタリナ飛行艇1機とロッキードハドソン1機を銃撃で大破させ、13時20分に触接してきた敵中型機を撃退している。15時15分、ナンアレを空撮。続いてバラ湾を空撮し、ナンアレ電信所を爆撃して瑞穂に帰投した。翌31日午前5時、千歳とセラムに到着。未明より陸軍と海軍陸戦隊が南北から上陸を開始するが、天候不順によって作戦行動が不可能だった。アンボンを守る連合軍は高所を押さえており、遮る物一つ無い海岸に上陸した陸海軍に猛攻を仕掛ける。明るくなるにつれ弾着も正確になり、犠牲者は増えていった。午前10時15分、敵味方不明機1機が出現。瑞穂機が追跡すると、東方へと逃走していった。2月1日、天候が回復したためバンダ海の索敵と陸戦協力を実施。遅れを取り戻すかのようにラハ飛行場を猛攻。飛行場内の敵機銃陣地へ60kg爆弾12発を投下。4発の命中弾と5発の至近弾を与え、飛行場東方にある部落内の敵拠点には7発の命中弾と2発の至近弾を与えて家屋を炎上させた。翌2日、飛行場内の敵砲台へ60kg爆弾7発を叩き込み、見事破壊。14時25分、島内の敵拠点に60kg爆弾6発を投下した。17時、敵軍を爆撃及び銃撃。有効な支援によって2月2日にアンボイナ市と飛行場の占領に成功。瞬く間に全島を制圧し、約2300名の敵兵を捕虜とした。2月3日午前8時50分、瑞穂所属機6機が降伏したラハ飛行場の上空に到着。攻撃は行わなかった。15時、第39号哨戒艇や監視艇3隻とともにケラン泊地を出発。千歳と別行動を取り、次なる戦場であるマカッサル方面へと転戦すべくケンダリーに向かった。
  • マカッサル攻略作戦に参加。元々は瑞穂だけが参加する予定だったが、ラハ飛行場の占領に成功した事で千歳をアンボンに置いておく必要が無くなり、千歳も参加。2月4日夕刻、スターリング湾に到着。タンカーさんくれめんて丸に横付けし、燃料補給を受ける。そして2月6日夕刻にマカッサル攻略部隊とともに出撃した。しかし既に船団は敵潜水艦に狙われており、瑞穂機が目を光らせている間は大人しかったが、爪牙を剥く機会を虎視眈々と窺っていた。2月8日午前8時35分、サレーエル島北方の無線電信所を爆撃。船団は無事マカッサルに入港したが、悪天候により識別灯を点けていた。そして同日22時15分、船団の最後尾にいた駆逐艦夏潮がS-37に雷撃され、大破。のちに戦没させられている。2月10日午前3時40分、マラッカ海で敵機の空襲を受ける。千歳が損傷させられたが、瑞穂は無傷で済んだ。17時25分、ロンパサンとパラを偵察。パラに自動車約150台と火薬庫らしき物が確認された。2月11日午前10時20分、ブンクンバ無線電信所を爆撃。午後12時10分、マカッサルに入港中の長良を発見。対潜哨戒を実施する。13時20分、昨日確認されたパラの自動車群と兵舎を爆撃。自動車群には13発の命中弾と2発の至近弾を、兵舎には2発の至近弾を与えた。17時30分、敵兵舎を銃爆撃。要衝マカッサルには2個中隊の守備隊しかなく、あっさり陥落。先のケンダリーと合わせ、セレベス島の要所は全て制圧された。オランダ軍の中枢ジャワ島とは、海を挟んで相対する事となった。19時、第39号哨戒艇や第2号駆潜艇とともに支援を終了し、ケンダリーに向かった。ケンダリーでは艦載機の整備を受ける。
  • オーストラリアと蘭印を結ぶ空の要衝ティモール島クーパンの攻略作戦に参加。2月17日朝に出港し、翌18日朝にビノンコ島東方に到着。水上基地を設営し、攻略船団の対潜及び対空警戒を実施。夕刻に撤収して南下した。2月19日午前6時、ロンブレン島ルワリング湾に同じく水上機基地を設営した。正午、アロール島の無線電信所を爆撃。2発投じた60kg爆弾のうち、1発が直撃して粉砕された。2月20日早朝、ロンブレン島を出港。上陸を開始した陸軍を援護するため、アロール島南方を拠点にしながら泊地の警戒や陸戦協力を行った。ティモール島の防備は強固で、連合軍はトーチカや戦車を前面に押し立てながら進撃を阻んでくる。午前9時35分にケラ岬の砲台を爆撃。午前10時10分に敵戦車を銃撃し、午前11時にティモール島ウベを爆撃。60kg爆弾2発が兵舎に叩き込まれ、火災が生じた。午前11時30分、ハンシン岬砲台及び倉庫を爆撃。付近の機雷をも巻き込んで爆発している。15時30分、ロチ島南東岸の敵飛行艇を銃撃して中破させた。16時5分、敵味方不明の大型機3機が出現。追跡してみると西へ引き返していった。16時20分にクーパンの砲台と敵陣地を爆撃。18時、落下傘降下した味方の前面に敵部隊がいたため銃撃。熾烈な対空砲火を受けて1発被弾したが、生還している。22時頃、陸軍はクーパンの街を占領した。2月21日13時、高射砲牽引車に60kg爆弾2発を投下。機銃陣地も爆撃しているが、熾烈な防御放火を受けた。同日、ジャワ島攻略船団が出撃した事により支援を切り上げ、ケンダリーに回航。東部ジャワ上陸作戦の支援につく。長く続いた蘭印作戦も終わりが見えてきた。
     
  • 2月24日午前10時、千歳と一緒に出撃。いよいよオランダ軍の本丸であるジャワ島攻略作戦に加わる事となり、ジャワに向かう陸軍の船団を護衛。だがジャワ島方面は天候が悪く、味方航空隊の進出が遅れている事も手伝って有効な航空攻撃が出来ていなかった。また、連合軍の有力な大型艦もジャワ近海にいるようだった。陸海軍が協議した結果、上陸を2日遅らせる事になり、来た道を一旦引き返す。2月26日、「敵機見ゆ」との報告を受けて艦載機を出撃させるも、発見できず。瑞穂上空を警戒したのち帰投した。艦載機5機が船団の前路哨戒を行い、エスコートする。そして2月27日朝にジャワ海へ入り、首都バタビアの北を西南へ航行。ここでまたしても上陸予定日を1日遅らせる事になった。近海の掃討を行っているにも関わらず、スラバヤ沖で有力な敵艦隊が発見されたため船団とともに退避する一幕もあった。その日の夜、船団とともにバウアエン島に移動。翌28日17時40分に船団は泊地へ到着し、敵の空襲や敵艦隊の出現を警戒した。スラバヤ海峡北口に小型砲艦3隻と魚雷艇8隻が確認されていたが、幸い敵襲は無かった。早速上陸が始まったが、悪天候に阻まれて艦載機を飛ばせなかった。また艦載機の一部がスラバヤ沖海戦に参加したようだが、詳細は不明。しかし3月1日午前9時45分、バウアエン島に敵機が襲来。船団の上空で警戒していた零式水上偵察機が迎撃に回り、ノースロップ軽爆撃機3機を撃墜した。戦果を挙げた搭乗員の中に、以前ノースアメリカン軽爆撃機を撃墜した河村一郎飛曹長も含まれていた。午前10時15分、索敵に出していた艦載機が全て帰投。足柄より敵巡洋艦発見の報が入り、スラバヤ沖海戦で交戦中の敵巡洋艦と駆逐艦を攻撃すべく13時に零式観測機11機を出撃させるも、スコールの影響で発見できず。味方艦隊を発見した頃には既に敵は全滅していた。良好な飛行場が見つかるまで、瑞穂と千歳は上空警戒と陸戦協力に従事した。リランガンへと通じる道路上に敵戦車6輌を発見し、60kg爆弾6発と機銃弾600発で攻撃。敵陣地に4発の60kg爆弾を投下した。3月2日、アワラワラ岬西方のカランダワに水上機基地を設営。タラガン方面の道路に敵戦車2輌を確認し、爆撃。他の場所でも敵部隊や戦車3輌が確認され、爆撃を行っている。さすが本丸だけあって敵の数が多かった。バウエアン島西方に敵潜水艦を発見して爆撃するも、効果は無かった。3月3日、スラバヤを偵察すると同時に軍港施設へ爆弾を投下。この日を最後に陸戦支援を終了し、3月6日にケンダリーへ帰投。船体の修理と整備を実施し、乗組員は休息を得た。3月9日、千歳、第34号、第38号、第39号哨戒艇とともにスターリング湾を出港。アワラワラ岬に進出するも、この日にオランダ軍は降伏。蘭印作戦の最終目標だったジャワ島の攻略が完了し、作戦は終わった。
     
  • 3月12日、クラガンに到着。設営した水上基地を撤収し、20時に出発。3月14日午前11時30分、マカッサル入港。千歳は西部ニューギニアの攻略を行うN作戦の旗艦に選ばれたため、ここで別れる事になった。3月16日にマカッサルを出発し、3日後にダバオへ入港。3ヶ月に及ぶ連戦が終わり、ようやく内地帰投が命じられた。3月22日、ダバオを出発。横須賀に向けて航海を始めた。3月28日に横須賀へ到着、翌日工廠に入渠。大鯨に使用された11号内燃機関の改良型を搭載し、4月2日に出渠した。4月18日、ドゥーリットル空襲に遭遇。瑞穂は助かったが、隣接していた大鯨に爆弾が直撃している。ちなみにB-25のパイロットは瑞穂を空母と誤認していたようだ。連合艦隊は横須賀に停泊していた瑞穂、祥鳳高雄愛宕野分に対米国艦隊作戦第三法を下令し、逃走する敵艦隊の追撃に当たらせた。しかし敵の退却が早かったため、敵情を得られずに反転している。ミッドウェー作戦に参加するため、5月1日18時に横須賀を出発。柱島へと向かっていたが…。
     
  • 時に1942年5月1日23時3分、御前崎灯台の遠州灘にて敵潜水艦ドラムが発射した魚雷2本のうち、1本が左舷機械室に直撃。格納庫内の爆弾と揮発油に誘爆し、94名が死亡。23度傾斜して航行不能に陥る。23時25分、「我、救援を求む」と打電。翌2日午前0時30分、後発の高雄摩耶が現場に到着。対潜警戒を引き受けてくれた。その間に消火を成功させるも、浸水を止める事が出来ず午前3時30分に放棄が決定。高雄に471名の生存者に移乗し、午前4時16分に艦尾から沈没していった。5月20日、除籍。帝國海軍が最初に喪失した「軍艦」となってしまった。短命ながらもフィリピン方面や蘭印方面で暴れ回り、戦果を欲しいままにした古今独歩の武勲艦であった。宇垣参謀長は戦藻録に「今日までの最大の損失、誠に遺憾なり。満月の夜の奇襲は蓋し苦手なり。参謀長より潜水艦に対する警戒に関し、与ふ」と武勲艦の死を嘆いている。総戦果は敵機9機撃墜、3機地上撃破、小型商船1隻撃沈、軍用自動車10台以上破壊。対地、対空、対潜任務で味方を支え、多くの攻略作戦を成功させた。
    • 軍艦の枠組みで見れば瑞穂は最初の戦没艦だが、かと言って一番最初に喪失した訳ではない。軍艦とは巡洋艦以上の大型艦(艦首に菊の御紋を戴く艦)の事であり、駆逐艦や潜水艦等の小型艦は艦艇と呼称される。このため瑞穂より前に駆逐艦4隻、潜水艦7隻、掃海艇6隻、哨戒艇3隻、補給艦1隻を喪失している(事故も含む)。

この艦娘についてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • たまたま二式水戦追加しようとしたらあの姿で工廠に来てびびったぜ… -- 2020-08-06 (木) 13:14:22
  • ドロップした瞬間、金背景に全身黄色の仏像みたいなのが出てきてひっくり返った。 -- 2020-08-10 (月) 14:55:44
    • お茶吹いた  ひでぇことしやがる……だいたいこんな可愛い仏像が……いやそう見えなくもないな -- 2020-08-10 (月) 15:06:02
  • 油断してた・・・夏になるたびに瑞穂にビビってしまう -- 2020-08-14 (金) 14:38:23
    • 普段慎ましやかな女性が大胆になる夏…毎夏毎夏ドキドキする。ムラムラとも言うか -- 2020-08-19 (水) 07:52:13
      • 瑞穂「お元気♂そう…ですね///」 -- 2020-08-20 (木) 12:09:00
  • 深海棲艦?と思ってたら突如なまめかしくなってびっくりだよ! -- 2020-08-28 (金) 13:48:49
    • 浴衣グラフィック本当に最高。高画質化してから余計ドロップするたびにドキドキしちゃう -- 2020-08-29 (土) 12:14:44
  • SN作戦で実装されたのに、艦これアーケードイベントのSN作戦で実装されない不具合 -- 2020-09-01 (火) 19:56:59
    • まあ本家のSN作戦で実装されなかった人もいるだろうし・・・ -- 2020-09-22 (火) 20:10:41
  • そういえば今年は新規の差分ないのか、鰻で追加あるかな? -- 2020-09-22 (火) 19:45:49
    • 差分じゃなくて普通の描き下ろしでいいから… -- 2020-10-09 (金) 12:52:51
    • 雑コラ作ってもいいのよ? -- 2020-10-09 (金) 12:56:52
  • おおう、レアバージョンだ -- 2020-11-13 (金) 21:22:37
    • 雪風改二実装の祝砲モードかな -- 2020-11-13 (金) 21:25:39
    • 期間限定の通常グラですね -- 2020-11-17 (火) 16:44:21
    • ずいぶん物騒な物を載せてるなぁ、イベント予告モードかな -- 2020-11-19 (木) 22:29:47
    • 何か違和感あると思ったら高角砲だったか -- 2020-11-24 (火) 15:06:24
    • E2でシェフィールド掘ってたら艦これコラボ差分で泥したので思わずここに来た -- 2020-11-29 (日) 21:36:16
  • 2隻所持済みのところ,秋イベE2丙戦力ゲージ削り中ボスマスS勝利でドロップ。 -- 2020-11-28 (土) 17:44:08
  • E2-2丁のボスS勝利で来た。ここの記事見て観測機を即ロックしました。間違えて捨てそうになってた -- 2020-11-30 (月) 17:21:31
  • 今回のイベントで何気に一番うれしい瑞穂さん、やっと観測機と水戦改修できるよ~;; -- 2020-12-12 (土) 19:20:57
  • よし、通常絵に戻ったな。(安心) -- 2021-01-01 (金) 15:50:01
  • E2-2シェフィールド掘りで3人きた。米食わせられすぎて糖質過多。なおシェフィールド -- 2021-01-17 (日) 01:48:33
    • 瑞穂改修で耐久49にしました -- 2021-01-23 (土) 21:52:36
  • バレンタインモードになると三方さん消えてチョコが入った箱を手渡しって感じになるのね -- 2021-02-06 (土) 05:59:51
  • 瑞穂ほしいよ。水戦改修できない、5-3でしょうか -- 2021-03-07 (日) 19:54:01
    • プレイ開始9ヶ月でまだ未所持の提督、悲しい -- 2021-03-07 (日) 19:55:08
  • 三方「提督よ、私は3Dとなって帰ってきた!」祝アケ実装 -- 2021-04-09 (金) 12:24:31
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 6-4-Lは第二期でのドロップ報告無し(2019年11月21日時点)。第一期から変更のない海域のはずなので引き続きドロップするものと思われるが、右側ルートは挑戦者が少ないため実態は不明。
*2 艦船模型スペシャル No. 49「『千歳』型水上機母艦」。
*3 海軍用語で、一般的にはキャンバスと呼ばれる。
*4 福井静夫「日本空母物語」など。
*5 甲標的の発進は速力20ktで行うことが予定されており、実際にこの速力での発進実験も行われた。母艦に対しては、それ以上の30kt程度が求められていた。
*6 現在のB寝台車。
*7 『海軍よもやま物語』。
*8 瑞穂を沈めたドラムは太平洋戦争中に通商破壊等で猛威を振るったガトー級潜水艦の最初の就役艦。瑞穂撃沈はガトー級による最初の被害(米軍から見ると初戦果)であると共に、その後に続く数多の惨劇の幕開けでもあった。
*9 高雄による報告書類に基づき加筆修正。当ページにて加筆前「高雄と摩耶が救援に駆けつけるも、大火災と浸水はもはや手が付けられず。」と記述されていたのは、瑞穂側乗組員の認識と、その一人であった小林氏の著書によるところが大きいと思われる。
*10 現在『艦これ』実装艦で最も早い日本海軍戦没艦は如月である(海外艦も含む実装艦全体ではZ1Z3の戦没の方が早い)。さらに事故による喪失も含めると深雪が最古の喪失艦になっている。
*11 当の小林氏も三等整備兵曹に進級し「祝ってもらった側」の一人である。
*12 神道・日本仏教で供物をささげる際に用いられる台座。前と左右の三方に穴を空けているためこの名が付いている。仏教では“仏・法・僧”の「三宝」にかけて「三宝」とも書く。基本的には素木(しらき)だが、漆塗りで仕立てたものもある。
*13 二番船はあの「あきつしま」。
*14 みずほ型2番船の船名「やしま」も日本の古称である「大八洲國(八島)」を由来としている。つまり、海保のヘリ2機搭載大型巡視船4隻の船名(しきしま、あきつしま、みずほ、やしま)は全て日本の美称・古称を由来とする名称で統一されている。
*15 秋津洲扶桑なども同じく海上自衛隊には引き継がれていない。
*16 『はやぶさ』を上回るのは『トワイライトエクスプレス』のみだが同列車は不定期扱い。意外にも『北斗星』『日本海』『白鳥』より長かった。
*17 ただしブルトレとしての『富士』は、『みずほ』の分割編成を独立させる形で昭和39年10月の誕生。