No.566 | ||||
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Lexington (レキシントン) | Lexington級 1番艦 正規空母 | |||
艦船ステータス(初期値/最大値) | ||||
耐久 | 84 | 火力 | 30 / 46 | |
装甲 | 40 / 64 | 雷装 | 0 | |
回避 | 21 / 40 | 対空 | 36 / 72 | |
搭載 | 80 | 対潜 | 0 | |
速力 | 高速 | 索敵 | 40 / 67 | |
射程 | 中 | 運 | 15 / 70 | |
最大消費量 | ||||
燃料 | 65 | 弾薬 | 70 | |
搭載 | 装備 | |||
27 | SBD(Yellow Wings) | |||
19 | SBD(Yellow Wings) | |||
19 | TBD(Yellow Wings) | |||
15 | 未装備 | |||
改造チャート | ||||
Lexington → Lexington改(Lv40) | ||||
図鑑説明 | ||||
太平洋艦隊所属 USS Lexingtonです。元は戦艦として建造されたの。だから最初からの正式な正規空母はRangerになるわね。南雲機動部隊の真珠湾攻撃の難は逃れ、運命の珊瑚海で日本機動部隊の翔鶴瑞鶴と対決したわ。後悔はない。正々堂々、全力で戦ったの。覚えていて。 |
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。
最大値はLv99の時の最大値を指します。
CV:松井暁波、イラストレーター:麻宮騎亜*1
定型ボイス一覧
イベント | セリフ | 改装段階 | 備考 | 追加 | ||
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未 改 造 | 改 | 追加 | ||||
入手/ログイン | Lexington級航空母艦Name ship、USS Lexingtonです。Lady Lexとも呼ばれているわ。太平洋艦隊に配属され、日本空母機動部隊と対峙したわ。Admiral、私の事もよろしく頼むわね。 | ◯ | × | 編集 | ||
Lexington級航空母艦Name ship、USS Lexington。Lady Lexでもいいわ。太平洋艦隊で日本空母機動部隊と対峙したのも懐かしいわね。今は昔。Admiral!五航戦!さあ、行くわよ! | × | ◯ | 編集 | |||
母港*2 | 編集 | |||||
母港1 | 詳細 | That's fine!*3 良いじゃない?私が行きましょう。 | ◯ | × | 編集 | |
That's fine! 良いじゃない!Admiral、私が行くわ。 | × | ◯ | 編集 | |||
母港2 | 南雲機動部隊、そしてAdmiral井上の五航戦か。久しぶりね。また会えて、嬉しいわ。 | ◯ | × | 編集 | ||
翔鶴、瑞鶴!一緒に戦えて嬉しいわ。腕は落ちていないようね! | × | ◯ | 編集 | |||
母港3 | Admiral? 何?ああ、この煙突?ごめん、少し大きかった?もともと戦艦だから多少は…ね?そうよ。だから、そこにも1発喰らっちゃった。でも、昔の話よ。敵も味方も、今は無いわ。サラとともに私のことも、よろしくね? | ◯ | ◯ | 編集 | ||
ケッコンカッコカリ | 反転ボイス | 編集 | ||||
ケッコン後母港 | 反転ボイス | 編集 | ||||
放置時 | 空母戦で翔鶴瑞鶴に遅れを取るわけにはいかないわ。今のうちに艦載機たちの整備を。ね?ヨーキ*4?…ヨーキ?あ、そうか、彼女はまだ目覚めていないのね。そうか… | ◯ | ◯ | 編集 | ||
編成出撃 | 編集 | |||||
編成 | USS CV2 Lexington、抜錨。機動部隊、行きましょうか! | ◯ | × | 編集 | ||
太平洋艦隊、USS CV2 Lexington、抜錨。機動部隊、さあ行きましょうか! | × | ◯ | 編集 | |||
出撃 | 第11任務部隊、出撃します。Lexington、微速前進。艦隊、参ります! | ◯ | ◯ | 編集 | ||
開戦・攻撃*5 | 編集 | |||||
戦闘1 | 昼戦開始 | 索敵機が敵艦隊を発見。Lexington、攻撃隊、発艦準備! | ◯ | ◯ | 編集 | |
戦闘2 | 昼戦攻撃 | 甘えないで!行きます! | ◯ | ◯ | 編集 | |
戦闘3 | 夜戦開始 | 夜間は警戒を厳に。油断しないで。 | ◯ | ◯ | 編集 | |
戦闘4 | 夜戦攻撃 | 攻撃隊!突入して!Attack! | ◯ | ◯ | 編集 | |
戦闘時ステータス*6 | 編集 | |||||
小破 | きゃっ!…やるわね! | ◯ | ◯ | 編集 | ||
ぐはっ!も、もう…! | ◯ | ◯ | 編集 | |||
中破/大破 | きゃー!え、煙突が…、飛行甲板も… | ◯ | ◯ | 編集 | ||
轟沈 | 反転ボイス | 編集 | ||||
戦闘終了*7 | 編集 | |||||
勝利MVP | あら?私が?うふふ、貰っておくわ♪ Lady Lexの名は伊達ではないの。ホントよ? | ◯ | ◯ | 編集 | ||
旗艦大破 | ぐはっ!も、もう…! | ◯ | ◯ | 編集 | ||
装備・改修*8 | 編集 | |||||
装備1 | 改修/改造 | It looks good!*9 | ◯ | ◯ | 編集 | |
装備2 | 良き機材、楽しみね♪ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
装備3 | 改修/改造/開発/バケツ/遠征/発見 | That's fine! 問題ないわ。 | ◯ | ◯ | 編集 | |
その他 | 編集 | |||||
帰投 | Operation accomplished.*10 艦隊、帰投しました。皆さん、お疲れ様。 | ◯ | ◯ | 編集 | ||
補給 | I'm full.*11 Thanks! | ◯ | ◯ | 編集 | ||
入渠(小破以下) | 少しだけ、修理を。 | ◯ | ◯ | 編集 | ||
入渠(中破以上) | ごめんなさい、私、少し下がります。 | ◯ | ◯ | 編集 | ||
建造完了 | あら、新しい子?へー、いいじゃない。うふふ♪ | ◯ | ◯ | 編集 | ||
戦績表示 | 情報の確認と整理は大事よ?いつだって。We will update you as new information come see.*12 | ◯ | ◯ | 編集 |
時報ボイス一覧
時刻 | セリフ | 改装段階 | 備考 | 追加 | |
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未 改 造 | 改 | 追加 | |||
00 | It's midnight! Admiral、今日のあれこれはこのLady Lexが担当するわ。そうよ、安心して?うふふ♪ | × | ◯ | 編集 | |
01 | It's one o'clock. この時間は流石に基地も静かね。どうする?Coffeeでもいれる?それよりブランデーがいい?…了解よ♪ | × | ◯ | 編集 | |
02 | はい、おまたせ。どうぞ。…ふぅ、落ち着くわね。時間は…そうね、ちょうど It's two o'clock. かな | × | ◯ | 編集 | |
03 | It's three o'clock. そうそう、昨日翔鶴ったらね。それで、妹の瑞鶴もちょー生意気で、可愛いけどムカつく…ん、Admiral?疲れて寝てる?それとも寝たふり?まあ、いっか。 | × | ◯ | 編集 | |
04 | It's four o'clock. Admiral?まだ寝たふり続けてるの?あ、本当に寝ちゃってる…。誰も、誰も見てないわよね?ん、寝たふりの罰。また今度、ぐち聞いてよね。 | × | ◯ | 編集 | |
05 | あらやだ、私もウトウトしちゃった…。Admiral? Morning. お目覚めかしら?ん、時間?時間は…It's five o'clock. もうすぐ、朝ね。 | × | ◯ | 編集 | |
06 | It's six o'clock. Good morning everybady! そうね、ここの言葉で言うと…ソウイン、オコーシ!I repeat! ソウイン、オコーシ! | × | ◯ | 編集 | |
07 | It's seven o'clock. まず熱いCoffee、淹れたわ、どうぞ。豆を変えたの。少し良いでしょ?ん、次は朝食ね。待ってて。 | × | ◯ | 編集 | |
08 | It's eight o'clock. さあおまたせ。Lex特製Morningよ。スクランブルと厚切りベーコン、そして焼きたてパンとジャム!最高でしょ? | × | ◯ | 編集 | |
09 | It's nine o'clock. Finished? Ok? 片付けちゃうわね。さあ、じゃあ準備して海に出ましょ!サラも待ってるわ。 | × | ◯ | 編集 | |
10 | It's ten o'clock. さあ、午前の演習ね。相手は…南雲Task force?いいじゃない、上等よ。受けてあげる。ほら、サラ、いくわよ!油断しないで。 | × | ◯ | 編集 | |
11 | It's eleven o'clock. 流石ね。赤城も加賀も、そして飛龍蒼龍も噂以上だわ。あとは、五航戦か…。翔鶴瑞鶴、待ってなさい!ギッタンギッタンに…!え?古い?何がよ。 | × | ◯ | 編集 | |
12 | It's noon! お昼。あー、サラ。これ…いいの?Thanks!Admiral、サラが自慢の手作りターキーサラダサンドくれたわ!一緒に食べよ! | × | ◯ | 編集 | |
13 | It's one o'clo… ん?あれは…!やっとお出ましか五航戦!今日こそ対抗演習で白黒つけてあげるわ!行くわよヨーキ!じゃなかった、サラ!翔鶴瑞鶴、覚悟!! | × | ◯ | 編集 | |
14 | It's…two o'clock. はぁはぁ…やるじゃない、翔鶴!瑞鶴、あんたもまだまだだけど、よく頑張ったわ!あ、はあ?!そういうとこが、あんた生意気なのよ!翔鶴、あんたもなんとか言って! | × | ◯ | 編集 | |
15 | It's three o'clock. なんか運動したら喉乾いたわ。Admiral、お茶にしましょう?待ってて | × | ◯ | 編集 | |
16 | It's four o'clock. ん?何?左の頬ばっかり見て。左に何かついてる?今度見る時は右からにしてよね。え?そうよ、バランスよ。 | × | ◯ | 編集 | |
17 | It's five o'clock. 見てAdmiral、夕日が落ちるわ。綺麗ね…。ん?何?何か言った?聞こえなかったわ~?もう1回はっきり言って。いいでしょ~? | × | ◯ | 編集 | |
18 | It's six o'clock. さあ、そろそろ帰投して夕食の準備をしましょ。Admiral?夜はLex特製ステーキでいいわよね?パワー付けなきゃ。ね? | × | ◯ | 編集 | |
19 | It's seve… ん?誰か来たみたい。Hi. あら、Ranger?その両手のお酒は…差し入れ?ビールとバーボン?あ、入って。ありがとう…。え、飲むの?今から? | × | ◯ | 編集 | |
20 | It's eight o'clock. Ranger~!じゃなかった、かんぱーい!さあ、ステーキも焼けたわ。召し上がれ♪ …ってRanger、あんたピッチ早すぎ!マジで… | × | ◯ | 編集 | |
21 | It's nine o'clock. あーもう、Rangerそんな飲み方やめなさいって。Admiralもいちいち付き合わないの。私は1人でゆっくりワインを頂くわ。お酒は量じゃないのよ? | × | ◯ | 編集 | |
22 | It's ten o'clock. あの子、やっと帰ったわ。黙っていれば可愛いのにね…。Admiral?大丈夫?はい、お水。やれやれ…。 | × | ◯ | 編集 | |
23 | It's eleven o'clock. Admiral、今日もお疲れ様でした。明日もよろしくお願いね? Good night. | × | ◯ | 編集 |
季節ボイス一覧
季 節 | イベント | セリフ | 改装段階 | 備考 | 追加 | |
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未 改 造 | 改 | 追加 | ||||
春 | 桃の節句 | 編集 | ||||
春の訪れ | 編集 | |||||
ホワイトデー | 編集 | |||||
春 | 編集 | |||||
春本番 | 編集 | |||||
夏 | 梅雨 | 編集 | ||||
初夏 | 編集 | |||||
夏 | 編集 | |||||
盛夏 | 編集 | |||||
夏祭り | 編集 | |||||
秋 | 秋 | 編集 | ||||
秋刀魚 | 編集 | |||||
晩秋 | 編集 | |||||
ハロウィン | 編集 | |||||
秋のワイン | 編集 | |||||
冬 | 冬 | 編集 | ||||
師走 | 編集 | |||||
クリスマス | 編集 | |||||
年末 | 編集 | |||||
新年 | 編集 | |||||
節分 | 編集 | |||||
バレンタイン | 編集 | |||||
周 年 | 周年記念 | 編集 |
ゲームにおいて
- 2024夏イベント後段作戦『Operation Menace』E5にて報酬艦として初登場。
- 未改造時のみ射程中、夜戦で砲撃を行うなど基本的な特性はSaratogaと同じ。
アップデート履歴
- 2024/08/08:イベント報酬艦として実装。
キャラクター設定について
- “Lexington and her sister ship, Saratoga” すなわち “レキシントンとその妹のサラ”。
- 海軍休日時代のアメリカ海軍を代表する正規空母である。アメリカ海軍も、日本海軍も何度も間違えた
双子そっくりな姉妹艦Saratogaがいる。 - 船体を前後で真っ二つにしたような艤装。艦橋の前後に連装砲4基が残っているので改装前の姿がモチーフ。
- 腰回りの連装砲もカウントすると6基になるが実際は4基である。
- これらの連装砲塔は1942年3月の真珠湾帰投後の改装で取り外され、28mm四連装機銃に交換されている。
- 演じている松井暁波は『超音戦士ボーグマン』のアニス・ファームや『ふしぎの海のナディア』のナディア役で有名な鷹森淑乃の実の娘で、特にアニスに関してはキャラクターデザインが同じ麻宮騎亜*13で母娘二代に渡って同じ作家デザインのキャラクターを演じる、という珍しいことになった。
小ネタ
- レキシントン級航空母艦1番艦。艦番号は「CV-2」。瓜二つの姉妹艦サラトガと共に、第二次世界大戦におけるアメリカ海軍最大の大型航空母艦として知られる。
- 艦名は米独立戦争の「レキシントンの戦い」(1775年)から。この名前を持つ艦としては5隻目。
- なお、「レキシントン」はアメリカ合衆国内の20州に同じ地名が存在している。このうち艦名の由来になった上記の戦いがあったのはマサチューセッツ州で、余談ついでに言うと競馬の世界で「レキシントン」という地名が出てきた時はケンタッキー州のそれになるので要注意。
- 本艦の戦没後に就役したエセックス級の1隻(CV-16)が名を継いだ6隻目となり、こちらは博物館船として2024年現在も現存している。
- 後述の通り元々はレキシントン級巡洋戦艦として就役予定だったが、ワシントン海軍軍縮条約により巡洋戦艦としては建造中止。1番艦レキシントン、3番艦サラトガが空母に改造され、2番艦コンステレーション、4番艦レンジャー以下は解体された。
設計・性能について
レキシントン級巡洋戦艦
- 日本の八八艦隊計画と規模や構成が似通っているためよく比較されるダニエルズプラン、別名三年計画と称されるアメリカ合衆国の一大建艦計画の中で構想された、大型巡洋戦艦。
- アメリカは低速・重防御の戦艦を好んだことから巡洋戦艦の整備が遅れていたが、各国が次々高速の巡洋戦艦を建造していくうちに追随の必要を感じ、6隻を計画した。
しかしその設計・性能は確固たるドクトリンに依るものとは到底いえず、列強のものと比較してかなり低い評価を下されている。端的に言えば「巡洋艦を圧倒するための艦」という、巡洋戦艦のコンセプトを突き詰め過ぎた設計。当初設計では七本煙突で、機関の一部はバイタルパートの外に置かれるなど、かなりのキワモノだった。- その後ユトランド海戦の情報が伝わり、技術の進歩もあって改設計が進められた結果、最終的には二本煙突まで整理され、それなりにバランスのとれた性能に落ち着く。しかし同時期に計画されていた天城型はおろか、当時の時点で時代遅れ扱いだった金剛型以下の装甲防御は、対艦戦を考えると貧弱そのものであった。
実際日本海軍は同級をそれほど脅威とみなしていなかったことが判っている(同じ三年計画で構想された大火力・重防御のサウスダコタ級戦艦については非常に警戒しており、紀伊型以降の設計修正に繋がっている)。
- その後ユトランド海戦の情報が伝わり、技術の進歩もあって改設計が進められた結果、最終的には二本煙突まで整理され、それなりにバランスのとれた性能に落ち着く。しかし同時期に計画されていた天城型はおろか、当時の時点で時代遅れ扱いだった金剛型以下の装甲防御は、対艦戦を考えると貧弱そのものであった。
- しかし1922年2月6日、ワシントン海軍軍縮条約が締結され本級は建造中止となってしまう。だが未成艦を含めた戦艦・巡洋戦艦の空母への改装が認められた*15ことから、高速の同級が選ばれ、レキシントンとサラトガが改装されることになった。
- ちなみにサラトガはレキシントン級巡洋戦艦では3番艦であったが、2番艦のコンステレーションよりも建造が進んでいたために解体を免れた。
- レキシントン級巡洋戦艦はキャンセル・解体された姉妹にも逸話が多い。
- 5番艦コンスティテューションは米英戦争における武勲艦である帆走フリゲートの襲名艦として建造されたが、当の先代コンスティテューションはその当時も記念艦としてアメリカ海軍に在籍していた。
このままでは同じ名前の艦が2隻在籍することとなるため、アメリカ海軍は1917年に先代を「オールド・コンスティテューション」と改名させたのだった。
が、コンスティテューションの建造がキャンセルされたため改名の意味がなくなり、1925年に結局先代は元のコンスティテューションに再改名されることとなったのである*16。 - 6番艦ユナイテッド・ステーツはこの後ずっと襲名艦が建造中止になったり(CVB-58ユナイテッド・ステーツ)、別の名前と差し替えられる(→CVN-75ハリー・S・トルーマン)など「その名前の艦が就役しない呪いの艦名」の始祖となるのである。
- 5番艦コンスティテューションは米英戦争における武勲艦である帆走フリゲートの襲名艦として建造されたが、当の先代コンスティテューションはその当時も記念艦としてアメリカ海軍に在籍していた。
- アメリカは低速・重防御の戦艦を好んだことから巡洋戦艦の整備が遅れていたが、各国が次々高速の巡洋戦艦を建造していくうちに追随の必要を感じ、6隻を計画した。
航空母艦として
- 前述の通り、当初から非常に完成度の高い大型航空母艦として就役。
- エンクローズドバウや全通甲板、アイランド式の艦橋など、同時期に完成した日本の赤城・加賀と比べても遙かに近代的なシルエットを形成していることがわかる。
- 3万トンを超える巨大な船体は数々の改装を受け入れるキャパシティを十分に有しており、アメリカ航空母艦の技術的発展に大いに寄与することになった。
- 就役当時の航空機の技術水準と水上艦艇への対策から、同時期の各国空母同様に対艦兵装として8インチ(203mm)砲をアイランドの前後に合計8門搭載していた。この配置は両舷に全門を向けられるため、水上戦闘には向いているが、上構の肥大化につながり航空作業上は好ましくないため一長一短である(まあ砲塔以前にアイランドと煙突がすでに十分デカ……げふんげふん)。
- これらの8インチ砲は大戦中に撤去され、サラトガは1942年2月の修理時に5インチ連装両用砲塔に交換された。レキシントンも同年3月の小改装で同様の改装を受ける予定だったが、砲の取り付けが間に合わなかったため代わりに28mm4連装機銃を設置、5インチ砲への交換が行われる前に戦没した。
- 機関には蒸気タービンで発電機を回し、発電した電力を制御器を介してモーターへ送って推進力を得るターボ・エレクトリック方式を採用している。
- 燃費の向上や軸回転数の細かい調整などが簡単な利点があったこともあり、ターボ・エレクトリック推進は戦艦ニューメキシコ以降軍縮での戦艦建造中断までアメリカ戦艦で採用され続けた。
1910~20年代にこんな技術をものにできたのも、ひとえに当時のアメリカが電気技術先進国だったからである。 - ターボ・エレクトリック方式の特色のひとつとして、推進用モーターを逆回転することにより別途後進用ギアを用いる事無く全力で後進が可能となる。レキシントン級は後進全速で30ノット以上を発揮可能であり、実際に試験が行われた実測値である(ヨークタウン級も同じく試験され、17.5ノットを記録)。
何故こんなことが実際に試験されたのかというと、飛行甲板後部に艦載機が満載された状態に備えて、艦首側から着艦可能とすることが想定された為であり、着艦制動装置も前部飛行甲板に装備された。また、後のエセックス級空母の船体設計時でも後進時の造波抵抗低減を考慮して艦尾形状を艦首と同じように形成していたりする。
だがしかし、前進状態から着艦可能なほどの後進速力へ加速するのは相当の時間を消費する訳で、実用性があったのかは疑問符がつく。実戦で行う機会はもちろん無かった。*17 - 搭載する電気モーターもその総出力は21万馬力を誇り、最大速力は公試運転でレキシントンは34.59ノット、サラトガは35.6ノットという速力を発揮したとされる。これは第二次世界大戦に参戦した空母では最速である。
- 定格18万馬力の蒸気タービンで発電機を回すためその総発電量は下手な発電所並で、レキシントンが1929年12月から1930年1月までの1ヶ月の間電力枯渇に陥ったタコマ市に電力を供給し続けたという伝説すら持っている。うおォン 私はまるで艦娘火力発電所だ。
- 後にアメリカ政府はこの事例を範にとって、有事の電力供給を行う「海に浮かぶ火力発電所」発電船の建造を行った。
発電船はアメリカ統治時代の沖縄本島でも使用されていた。
- 後にアメリカ政府はこの事例を範にとって、有事の電力供給を行う「海に浮かぶ火力発電所」発電船の建造を行った。
- 燃費の向上や軸回転数の細かい調整などが簡単な利点があったこともあり、ターボ・エレクトリック推進は戦艦ニューメキシコ以降軍縮での戦艦建造中断までアメリカ戦艦で採用され続けた。
- 格納庫は一段で長さは船体の半分ほど。格納庫は前部エレベーターから始まり後部エレベーターを挟んで船体後部まで続いている。格納庫の長さだけなら1万トンのイギリスの空母ハーミーズ(初代)と同じくらいである。
- またレキシントン級では後の米空母と異なり格納庫は密閉式を採用している。そのためか珊瑚海海戦ではレキシントンが被雷時の航空燃料の漏洩で格納庫に充満した気化ガスが引火して爆発、致命傷となるという、後の某日本空母と同じ?末路を辿っている。
- 水中防御は巡洋戦艦時代の設計が引き継がれ、対TNT火薬227kgほどが想定されていたと言われる。後期まで生き延びたサラトガは大戦中の改装でバルジの大型化をして幅が増えており、パナマ運河の通行が出来なくなった。
- こうして完成したレキシントンはサラトガと瓜二つの大型空母として完成した。あまりにもそっくりなため誤認着艦も頻発したので、後に飛行甲板艦尾にレキシントンは「LEX」、サラトガは「SARA」という略称の表記が追加されている。参考写真(1932年、ピュージェット・サウンド海軍工廠でのレキシントンとサラトガの空撮)
- アメリカ海軍ですら、見間違いを頻発するほど瓜二つだった姉妹同士である。相対した日本も両方を見誤ることを頻発していた。そもそも戦前の頃からサラトガの写真を「レキシントン」と紹介して絵葉書を作っていたりしてたぐらいで開戦後も見間違い報告を頻発しており、珊瑚海海戦でレキシントンを沈めた時も「サラトガを撃沈」と判断してしまっている。
艦歴
年表
1921 | 1.8 | マサチューセッツ州クインシーのフォアリバー造船株式会社で巡洋戦艦として起工 |
---|---|---|
1922 | 2 | ワシントン海軍軍縮条約が始まり建造が中断される |
7.1 | ワシントン海軍軍縮条約締結。同艦は改めて航空母艦として建造される事になる | |
1925 | 10.3 | 進水 |
1927 | 12.14 | 竣工 |
1928 | 4.7 | 太平洋艦隊に合流 |
1929 | 12.16-翌年1.16 | ワシントン州タコマへの電力提供に参加 |
1937 | 7.1-19 | 女性冒険家アメリア・イアハートの遭難捜索に参加 |
1941 | 12.5 | 第12任務部隊を編成、ミッドウェー島への航空機輸送任務に出発 |
12.7 | 真珠湾攻撃。直ちに真珠湾に向かい南雲機動部隊索敵に従事するも発見できず | |
12.13 | 真珠湾に帰還。新たに第11任務部隊を編成。ウィルソン・ブラウン中将が司令官となる | |
12.20 | マキン島攻撃に向かう第11任務部隊にウエーク島救援に向かう第14任務部隊(空母サラトガ基幹)支援が命じられ同方面に向かう | |
12.22 | 救援中止となり撤退 | |
1942 | 1.23 | ウエーク島攻撃に向かうが日本潜水艦の奇襲で給油艦を失い撤退 |
1.31 | ニューカレドニア方面に向かう船団護衛に出撃 | |
2.1 | ANZAC部隊に編入、ラバウル空襲に向かう | |
2.20 | 日本軍に発見され空襲を受けるも撃退。奇襲できなくなったので作戦中止撤退する | |
3.6 | 増援の第17任務部隊(空母ヨークタウン基幹)が到着。ブラウン提督の指揮下に入る | |
3.10 | ラエ・サラモアの日本艦隊を空襲 | |
3.26 | 真珠湾に帰投。対空兵装強化等が行われる | |
4.3 | 第11任務部隊司令官がオーブリー・フィッチ少将に交代 | |
4.15 | 真珠湾を出撃 | |
5.1 | 第17任務部隊と再合流。今度はフィッチ提督が第17任務部隊のフレッチャー提督の指揮下に入る | |
5.6 | 珊瑚海海戦(1日目)勃発。ヨークタウン航空隊と共に空母祥鳳を撃沈 | |
5.7 | 珊瑚海海戦(2日目)。МO機動部隊の空襲を受けて損傷、その際漏れ出したガソリンが気化して爆発。これが致命傷となり総員退艦のうえ友軍の魚雷攻撃で自沈処分 |
- 1921年(大正10年)1月8日にマサチューセッツ州クインシーのフォアリバー造船株式会社で起工、ワシントン海軍軍縮条約で一時工事が中断され、1922年(大正11年)7月1日に航空母艦(CV-2)に艦種変更、1925年(大正14年)10月3日進水、1927年(昭和2年)12月14日初代艦長アルバート・W・マーシャル大佐の指揮下就役した。
- 竣役後は太平洋艦隊に配備され、以後沈没するまでの間太平洋艦隊所属で活動し続ける事になる。当時太平洋艦隊の拠点はアメリカ西海岸であり、レキシントンもカリフォルニア州サンペドロを母港として訓練に明け暮れる。
- 1932年(昭和7年)2月7日(日曜日)、ハリー・E・ヤーネル提督の指揮でレキシントンは妹サラトガと共に演習「フリート・プロブレム13」に参加する。ハワイオアフ島を目標に見立てた攻略作戦の演習であったが、ヤーネル提督は意表を突いて戦艦部隊を下げ、レキシントンら空母部隊のみで第一撃を実施した。総勢152機の艦載機がオアフ島の陸軍航空基地を空襲して一撃で無力化してしまう結果に、約10年後に起こる「真珠湾攻撃」を思わせるものがあったが、アメリカ海軍内の意識変革をもたらすまでにはいかず、この後も戦艦中心の運用編成がなされることになる。
- 竣役後は太平洋艦隊に配備され、以後沈没するまでの間太平洋艦隊所属で活動し続ける事になる。当時太平洋艦隊の拠点はアメリカ西海岸であり、レキシントンもカリフォルニア州サンペドロを母港として訓練に明け暮れる。
- 1937年7月にはアメリカの女性探検家「アメリア・イアハート」の遭難捜索に参加している。アメリカ海軍はレキシントンのほかコロラド等が出動し、日本側も遭難海域が当時日本の委任統治領である「南洋諸島」に近い事もあり、第12戦隊*18が捜索に協力する。
- 1940年、9代目艦長としてフレデリック・C・シャーマン大佐が着任、太平洋戦争はこのシャーマン艦長の下で迎えることになる。
- レキシントンの開戦時の、そして最後の艦長となるシャーマン大佐は「アナポリス1910年組」で同期にはマーク・ミッチャー*19、チャールズ・J・ムーア*20などがいる*21。レキシントン艦長時代の活躍は後述に譲るが、レキシントン沈没後少将に昇進した彼は合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長アーネスト・キング大将の副参謀長を務めたのち、1943年にはウィリアム・ハルゼー大将のもとで2期下のデウィット・C・ラムゼー少将と共に空母部隊指揮官として活動する。
- 1943年5月には米海軍の編成に大きな変更があり、ハルゼーが指揮していたソロモン・ニューギニア方面の南太平洋部隊は第3艦隊、中部太平洋を担当するレイモンド・スプルアンス中将率いる中部太平洋部隊は第5艦隊となった。だがこの時期は前線で稼働する空母自体がサラトガとエンタープライズしかなく*22、そのエンタープライズもドック入りして修理する必要があって前線を下がらねばならず、その間英海軍のヴィクトリアスを借用するような状況だった。
シャーマンはサラトガに乗艦してヴィクトリアスと共闘する。彼女の帰還後、漸く配備されたインディペンデンス級軽空母「プリンストン」*23と共に11月5日、ラバウル空襲を実施して停泊していた第二艦隊に大損害を与えている。 - この後、米海軍の人事面でひと悶着あり、最終的に
1:反攻作戦をとる中部太平洋方面の指揮を第3艦隊、第5艦隊が交互にとる
2:第5艦隊の空母指揮官を更迭し、マーク・ミッチャーとする*24
3:第3艦隊の空母指揮官をジョン・S・マケインとする
となり、長年空母部隊指揮官としてハルゼーの元で活躍したシャーマンは、空母部隊指揮官としての経験ではシャーマンに劣るミッチャーや、そもそも艦隊指揮官の経験すらないマケインの後塵を拝する事になってしまう*25 - クェゼリンの戦い、トラック島空襲、マリアナ諸島空襲で第58.3任務群を率いたシャーマンは、マリアナ沖海戦こそ転出中であったため未参加だったが、続くレイテ沖海戦では第38.3任務群を率い、因縁あるミッチャーと共に行動する。この時の旗艦は珊瑚海で沈んだレキシントンの名を継ぐエセックス級のレキシントン(CV-16) であった。同海戦では指揮下にあったラバウル空襲以来の戦友プリンストンを失っている。
1945年に入って1月にはヒ86船団を含む日本艦船の掃討戦、2月の硫黄島の戦い、3月中旬からの沖縄諸島や九州への攻撃、呉軍港空襲と転戦、その間作戦担当が第3艦隊から第5艦隊に戻り、シャーマンの部隊も「第58.3任務群」と名称を変えている。坊ノ岬沖海戦では午後からの攻撃を担当している。また5月にミッチャーの旗艦「バンカー・ヒル」が特攻を受けて大破し、指揮が執れなくなった際にシャーマンが指揮を代行している。 - 5月27日、ダウンフォール作戦に備えて作戦部隊が再び第5艦隊から第3艦隊となり、この際両艦隊の空母部隊指揮官であるマケインとミッチャーは交代となる。後任には第5艦隊側がシャーマン、第3艦隊側が因縁あるタワーズとなり、シャーマンはついに空母部隊指揮官となるが、8月15日に日本はポツダム宣言を受諾し、戦争は終結した。7月に中将に昇進していたシャーマンは第5艦隊司令長官などを歴任して1947年に大将に昇進のうえ退役、1957年7月27日心臓発作により死去した。
- 1943年5月には米海軍の編成に大きな変更があり、ハルゼーが指揮していたソロモン・ニューギニア方面の南太平洋部隊は第3艦隊、中部太平洋を担当するレイモンド・スプルアンス中将率いる中部太平洋部隊は第5艦隊となった。だがこの時期は前線で稼働する空母自体がサラトガとエンタープライズしかなく*22、そのエンタープライズもドック入りして修理する必要があって前線を下がらねばならず、その間英海軍のヴィクトリアスを借用するような状況だった。
- レキシントンの開戦時の、そして最後の艦長となるシャーマン大佐は「アナポリス1910年組」で同期にはマーク・ミッチャー*19、チャールズ・J・ムーア*20などがいる*21。レキシントン艦長時代の活躍は後述に譲るが、レキシントン沈没後少将に昇進した彼は合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長アーネスト・キング大将の副参謀長を務めたのち、1943年にはウィリアム・ハルゼー大将のもとで2期下のデウィット・C・ラムゼー少将と共に空母部隊指揮官として活動する。
真珠湾攻撃
- 1941年(昭和16年)12月5日、レキシントンを中核とする第12任務部隊はミッドウェー島に18機のSB2U ビンディケーターと第231海兵飛行群の要員を輸送するため真珠湾を出撃する。7日、ミッドウェイ島の南東約420浬(約640km)地点で日本海軍による真珠湾攻撃を知った第12任務部隊は輸送を中止して直ちに真珠湾に急行する。反転と同時に直ちに索敵機を出して南雲機動部隊の発見に努めるが発見するに至らず、13日に真珠湾に帰還した。
- 真珠湾攻撃と時をおなじくして、日本軍は太平洋海域全体に攻勢を開始、その中でハワイと日本海軍の前線基地トラック諸島の中間に位置する小島ウエーク島が孤軍奮闘して持ちこたえていた。太平洋艦隊司令長官代理のウィリアム・パイ*26中将はウェーク島を救援するため、空母機動部隊の投入を決断、レキシントンら第11任務部隊は16日にはウエーク島救援に出動した。これには真珠湾攻撃時に西海岸サンティエゴにいて、攻撃後ただちに出動して15日に到着していた妹サラトガら第14任務部隊も加わっていた。
2部隊はウエークを空襲する日本軍の拠点ヤルートもしくはマキンへの攻撃を企図して進軍していたが、ウエークへの日本軍の再上陸が報告されるとパイ司令長官代理は空母の損失を恐れて22日に両部隊へ撤退を指示、救援を得られなかったウエーク島は23日に陥落し、レキシントンらは無念のうち真珠湾に帰還した。
南洋海域でのゲリラ戦
- 年が改まった1942年、早々に妹サラトガが伊6潜水艦の雷撃で損傷し本土に帰還する事態となる。損傷は思いのほか大きく修理に5か月を要することになったが、これが姉妹の今生の別れになるとは、この時は誰も思わなかった。
- この後、レキシントンはサラトガが編成していた第11任務部隊を継承、指揮官にウィルソン・ブラウン*27中将を迎え、日本軍への反攻戦を戦い抜くことになる。
- 因みにこの攻撃を成功させた日本海軍は、サラトガをレキシントンと勘違いしていた。
- この後、レキシントンはサラトガが編成していた第11任務部隊を継承、指揮官にウィルソン・ブラウン*27中将を迎え、日本軍への反攻戦を戦い抜くことになる。
- 1月27日、第11任務部隊はウエーク島への空襲を企図して出撃するも、随伴していた給油艦ナチェスが出撃早々に伊72潜水艦に撃沈されてしまい、燃料が足りなくなってしまったので作戦中止となってしまう。31日にはニューカレドニアへの輸送船団護衛任務を帯びて出撃、翌2月1日に「ANZAC部隊」部隊への編入が決まる。
- ANZAC部隊とは第一次世界大戦時に編成されたオーストラリア・ニュージーランド軍団 (Australian and New Zealand Army Corps) のことで、ガリポリの戦いでの勇猛ぶりで有名な軍団だった。ソンムの戦いでもオーストラリア兵団と名を変えていたが大活躍し、「西部戦線で一番強い軍団」と言わしめている。
- 空母戦力を手に入れたANZAC部隊は、積極的に攻撃をかけていく決断をし、まず最初に日本軍が占領したばかりのラバウルへの空襲を計画する。
- 2月20日、ラバウルのあるニューカレドニアに接近する第11任務部隊を日本の飛行艇が発見する。直ちにラバウルから一式陸上攻撃機17機が出撃するが、進出したばかりで魚雷の準備が間に合わず、陸攻は爆弾を搭載して出撃していた。更に零戦の護衛も見送られた*28。
- この時レキシントン艦上戦闘機隊「VF-3」を指揮して活躍したのが、のちに「サッチ・ウイーブ」を発案して日本海軍戦闘機隊と戦う「ジョン・サッチ*30」少佐であった。また所属の「エドワード・H・オヘア」中尉は数分間で一式陸攻を5機撃墜したと認定され、議会名誉勲章を授与されて二階級特進した。
- こうして日本側の迎撃を完封した第11任務部隊だが、これにより自隊の位置がばれて奇襲が行えなくなったので、作戦を中止して撤退する。これは日本側の迎撃体制の実情を把握しておらず、さらなる迎撃が予想されたためだった。だが連合国側は同方面への攻撃をあきらめたわけではなく、ハルゼー提督指揮の第8任務部隊(エンタープライズ基幹)などでも同方面へのゲリラ的な攻撃を続けていくことになる。
- 3月になると、同海域に新設の第17任務部隊(空母ヨークタウン基幹)も加わる。指揮官はフランク・J・フレッチャー少将で後に勇名をはせるが、この時はブラウンの方が先任のため、第17任務部隊はブラウンの指揮下に入る。
2部隊は改めてラバウル攻撃を企図するが、進撃中の3月8日に日本軍がラエとサラモアに上陸した報告が入り、一転して両方面への攻撃に向かう。
3月10日、2隻合わせて104機の攻撃隊はオーエンスタンレー山脈を越えて奇襲攻撃を行い、第六水雷戦隊(旗艦夕張)が護衛する日本軍諸艦船に大きな損害*31を与えることに成功する。
珊瑚海海戦~誤認出撃と祥鳳沈没~
- 暗号解読により、МO作戦を把握したアメリカ軍は、補給整備や改修のため真珠湾に帰還していた第11任務部隊に出撃を指示、また体調を崩したブラウン中将に代わり新たにオーブリー・フィッチ*33少将を第11任務部隊の新司令官に任命する。
- この時の改修でレキシントンは、特徴的であった艦橋及び煙突の前後に背負い式で搭載していた8インチ/55口径砲連装砲4基を撤去している。その跡地には5インチ両用砲を搭載する予定だったが間に合わず、28mm対空機銃を代わりに設置して出撃している。
- 降ろされた8インチ/55口径砲連装砲は、先に日本潜水艦の攻撃で損傷して本土に帰還したサラトガが、帰還前の応急修理の際に降ろした同砲と共にオアフ島の沿岸砲として利用されることになる。
- この時の改修でレキシントンは、特徴的であった艦橋及び煙突の前後に背負い式で搭載していた8インチ/55口径砲連装砲4基を撤去している。その跡地には5インチ両用砲を搭載する予定だったが間に合わず、28mm対空機銃を代わりに設置して出撃している。
- 5月1日、第17任務部隊と合流した第11任務部隊は、フレッチャーの方がフィッチよりも先任であることから、今までとは逆に今度はフレッチャーの指揮下に入る。(以後この2部隊は「第17任務部隊」と表記)
5月3日、日本軍によるツラギ攻略を知ったフレッチャーは翌4日に攻撃隊*34を差し向け、在泊していた駆逐艦菊月らを撃沈する。また補給のため随伴していた給油艦ネオショーを駆逐艦シムスの護衛の下退避させる。 - 5月7日、互いに位置を認められぬまま接近していた日米双方の空母部隊だったが、最初に動いたのは日本側の五航戦からなる「МO機動部隊」だった。
- この時の日本側の編成は、攻略戦全般を指揮する「南洋部隊」指揮官を第四艦隊司令長官井上成美中将が務め、旗艦鹿島をラバウルに進出させそこで指揮を執っていた。
麾下には「МO機動部隊」「МO攻略部隊」が配属されており、MO機動部隊は更に重巡2*35、駆逐艦2*36の「主隊」と、空母2*37、駆逐艦4*38の「航空部隊」、補給船1*39で編成される「補給部隊」とに分かれており、主隊の高木武雄少将*40が指揮を執っていた。
「МO攻略部隊」の方も重巡4*41、空母1*42、駆逐艦1*43からなる「МO主隊」、軽巡2*44、特設水上機母艦2*45、特設砲艦3、特設掃海艇2からなる「掩護部隊」、軽巡1*46、駆逐艦5*47、敷設艦1*48、掃海艇1*49、輸送船12隻からなる「ポートモレスビー攻略部隊」とに分かれ、МO主隊指揮官の五藤存知少将*50が務めた。- 母港ボイスでレキシントンが「Admiral井上の五航戦」と言っているが、井上提督は鹿島に座乗してラバウルで終始指揮していたので前線に出て作戦指揮していた訳ではなく、五航戦を直接指揮したこともない。また、実際のМO機動部隊指揮官の高木武雄も重巡部隊である第5戦隊の司令官であり航空機動戦は専門外であったため、航空戦に限って航空部隊指揮官の原忠一少将*51が指揮を主導する形となるが、こういった複雑な指揮系統は実質同海戦の指揮を執る形となった5航戦司令部に少なからず負担となってしまった。
- この時の日本側の編成は、攻略戦全般を指揮する「南洋部隊」指揮官を第四艦隊司令長官井上成美中将が務め、旗艦鹿島をラバウルに進出させそこで指揮を執っていた。
- 午前7時30分(現地時間、以後時間表記は現地時間で記載)、翔鶴偵察機の2機がアメリカ軍空母、油槽艦、重巡洋艦発見を報告する。原は直ちに攻撃隊78機*52が出撃するが、これは誤認情報であり、9時15分ごろに攻撃隊が到着したとき、そこにいたのは米機動部隊から分派して撤退していた給油艦ネオショーと駆逐艦シムスだった。
- この少し前の8時50分ごろ、随伴する衣笠、古鷹の偵察機が、攻撃隊が向かった方向と全く違う位置でサラトガ型航空母艦、つまりレキシントン発見の報告が届く。当初は米機動部隊が分進してると判断していたが、10時35分になって翔鶴偵察機より「発見した空母は油槽船の誤り」と連絡が入る*53。
これにМO機動部隊側は驚愕する。このままでは油槽船にかかわるうちに、米機動部隊から攻撃を受ける危険がある。司令部は直ちに攻撃隊へ帰還命令を出すとともに、衣笠、古鷹機が見つけたサラトガ型航空母艦のいる海域に向けて変針する。- 攻撃隊のうち、艦爆隊は行きがけの駄賃とばかりにネオショーとシムスを攻撃、シムスが轟沈、ネオショーはアメリカ側記録で直撃8発・至近弾8発の損害を受け、さらに被弾した艦爆1機が体当たりを行った。航行不能となったネオショーは漂流し、5月11日に駆逐艦ヘンレーによって生存者救助と処分がされている。また翔鶴索敵機2機は帰還できずに不時着水し、乗員は駆逐艦有明に救助されている。
- この少し前の8時50分ごろ、随伴する衣笠、古鷹の偵察機が、攻撃隊が向かった方向と全く違う位置でサラトガ型航空母艦、つまりレキシントン発見の報告が届く。当初は米機動部隊が分進してると判断していたが、10時35分になって翔鶴偵察機より「発見した空母は油槽船の誤り」と連絡が入る*53。
- 一方の第17任務部隊は4時30分に偵察隊を出撃、6時25分には指揮下戦力からクレース提督指揮の第17.3任務部隊*54を編成して日本軍輸送船団攻撃へ向かわせる*55。
- 分離した第17.3任務部隊は結局輸送船団攻撃は果たせなかったが、ラバウル基地航空隊がこれを発見して攻撃、損害はなかったが自身に日本の基地航空部隊を引き付ける結果となり、レキシントンら米機動部隊への脅威を緩和することに貢献した。
- 8時15分、ヨークタウンの索敵機が「空母2隻、重巡洋艦4隻、全艦ヨークタウンの北西方向にあり」と報告、続いて周囲の索敵機が日本軍水上偵察機1機・雷撃機1機撃墜を報告してきた。日本空母部隊を発見したと考えたフレッチャーはレキシントン、ヨークタウンから計92機の攻撃隊を出撃させる*56。ところが10時12分に地上基地から索敵のため飛来したB-17が「空母1隻、輸送船10、その他艦艇16隻(MO攻略部隊)」を発見し報告、更に帰還したヨークタウン索敵機の報告で「空母2隻、巡洋艦4隻」は「巡洋艦2隻、駆逐艦4隻」の送信ミスによる誤報と判明した。フレッチャーは急遽目標をB-17が発見したМO攻略部隊に変えるよう指示、攻撃隊は11時頃に攻略部隊を発見して攻撃を開始する。
- 攻撃は同隊唯一の空母である祥鳳に集中した*57。先陣はレキシントン艦爆隊28機による急降下爆撃だが、祥鳳はこれを全弾回避した。だが続くレキシントン艦攻隊とヨークタウン攻撃隊による波状攻撃はかわし切れず、11時20分までに爆弾13発・魚雷7本が命中、祥鳳は数分後に沈没した。日本にとって最初の空母損失であり、アメリカにとっては日本の主力艦艇を初めて撃沈するという大戦果だった。
- こうしてまずは祥鳳を撃沈した米側だったが、未発見の敵空母が存在している可能性があり、それから奇襲攻撃を受ける可能性を考え第二次攻撃隊は送らなかった。一方で祥鳳を失った日本側には衝撃が走り、特に攻撃隊に無駄足を踏ませてしまったМO機動部隊はなんとか米空母に一撃を加えるべく、艦爆艦攻のみで薄暮攻撃を実行する。
- 攻撃は同隊唯一の空母である祥鳳に集中した*57。先陣はレキシントン艦爆隊28機による急降下爆撃だが、祥鳳はこれを全弾回避した。だが続くレキシントン艦攻隊とヨークタウン攻撃隊による波状攻撃はかわし切れず、11時20分までに爆弾13発・魚雷7本が命中、祥鳳は数分後に沈没した。日本にとって最初の空母損失であり、アメリカにとっては日本の主力艦艇を初めて撃沈するという大戦果だった。
珊瑚海海戦~薄暮攻撃と切り込み騒動~
- 13時ごろよりМO機動部隊は攻撃隊の収容を開始するが、収容完了は15時を回る見込み*58だった。その後青葉索敵機から発見した第17任務部隊が北西方向への航行をやめて反転し、こちらとの距離が縮まったという情報が入った。絶好の攻撃の機会だったが攻撃圏内に入るのが18時30分で薄暮出撃となり、帰還が夜となるので危険だった。五航戦司令部内でも意見が分かれたが、結局1人乗りで航法に不安のある艦戦は出撃せず、艦爆と艦攻の中でも夜間着艦可能な熟練者のみを選抜して攻撃隊を編成、合わせて27機*59が米空母を目指して出撃した。
- 実はこの直後、艦攻隊の1機が米空母2隻を視認していたが、魚雷を投下した後であったため攻撃できず、見送ってしまった。そして艦爆隊の方はそれに気づかずそのまま帰路につくのだが、ここで珍事が起こる。
- 帰路についてから40分が立った頃、撤退する艦爆隊は暗闇の中朧気に浮かぶ2隻の空母を確認する。帰還したと思った高橋隊長は「着艦よろしきや」と発光信号を送ると、向こうからも信号が返ってきた。
これを「着艦よろしい」の信号とみた艦爆隊は編成を解き、それぞれの母艦へと進路をとった。だが近づいてみるとどうも様子がおかしい、だんだん迫る空母のシルエットに巨大な艦橋が見えたことで「翔鶴(瑞鶴)じゃない」と気づいた各機は慌てて着艦コースから退避する。実は攻撃隊が母艦だと思って近づいたのはヨークタウンとレキシントンら米空母たちだったのだ。- どうしてこうなったのかについては諸説あるが、艦爆隊が暗闇の中帰投するうちに、知らず知らずに自身を迎撃したF4F隊と再度でくわし、これを「散り散りになった艦攻隊」と思って合流し、彼らがレキシントンらに帰還するのについていってしまった*62。米側も艦爆隊を友軍編隊だと思って共に母艦に戻った。というのが原因のようである。
- 一方のレキシントンたちは、ちょうど薄暮攻撃隊を迎撃したF4F隊が帰還し、収容作業をしている最中だった。だが、帰還する機数がどうも多く、不審に思っていたところ、急に一部が着艦せずに退避しだした。よく見ると機体に日の丸があり、日本機だとそこで初めて気づいたという。レキシントンは迎撃せずにそのまま逃がしたが、ヨークタウンではいち早く気付いた砲術長が「総員切込みにそなえ」と帆船時代さながらの命令*63を出して反撃、瑞鶴隊の艦爆1機を撃墜している。
- ようやくレキシントンらを見つけた艦爆隊だがすでに爆弾は投棄しており、攻撃の手段はなかった。やむなく帰路につき、改めて母艦を見つけ帰還するが米空母との距翔は100浬(約185㎞で鈍足の97式艦攻でも30分で届く)でしかなかった。だが原司令官はすでに12機も艦載機を損失しており、これ以上の夜間攻撃は危険と判断、翌日の攻撃に備えて一時的に退避する。
一方の米側も退却する攻撃隊をレーダーで追尾し、光点が消えた位置からMO機動部隊の位置を割り出した。レキシントンのシャーマン艦長は駆逐艦による夜間襲撃を意見具申するが却下され、翌日の再戦に備えて距離を取るべく進路を南東に変え、両部隊は翌日の決戦に備えることになる。
- ようやくレキシントンらを見つけた艦爆隊だがすでに爆弾は投棄しており、攻撃の手段はなかった。やむなく帰路につき、改めて母艦を見つけ帰還するが米空母との距翔は100浬(約185㎞で鈍足の97式艦攻でも30分で届く)でしかなかった。だが原司令官はすでに12機も艦載機を損失しており、これ以上の夜間攻撃は危険と判断、翌日の攻撃に備えて一時的に退避する。
- 帰路についてから40分が立った頃、撤退する艦爆隊は暗闇の中朧気に浮かぶ2隻の空母を確認する。帰還したと思った高橋隊長は「着艦よろしきや」と発光信号を送ると、向こうからも信号が返ってきた。
珊瑚海海戦~日米空母決戦とレキシントンの沈没~
- 翌5月8日、日米両空母は黎明より索敵機を出撃させ、相手空母の所在を探った。8時25分、翔鶴索敵機の1機(菅野兼蔵飛曹長機)がレキシントンら米機動部隊を発見し位置を報告してきた。
だがそれと同時刻、レキシントンの索敵機もМO機動部隊の位置を捕捉して打電、まず8時48分に第17任務部隊がレキシントン43機*64、ヨークタウン39機*65の攻撃隊を出撃させる。МO機動部隊も9時30分に瑞鶴から31機*66、翔鶴から38機*67の攻撃隊が出撃し、4空母ががっぷり組んでの航空戦となった。両者は進撃途上で遭遇するがお互いを無視してそれぞれの母艦を叩くべく進撃を続けた。- 10時30分ごろ、ヨークタウン攻撃隊がМO機動部隊を発見、攻撃隊形を組むがこの間に瑞鶴は近くにあったスコールに身を隠したので攻撃隊は翔鶴へ向かう。これに翔鶴直掩隊や、駆け付けた岩本徹三一飛曹ら瑞鶴直掩隊が迎撃、2発を翔鶴に命中させたのみに終わった。
- 一方レキシントン攻撃隊は悪天候で一部の機が引き返し21機*68に減じていた。だがヨークタウン攻撃隊に気を取られる翔鶴に対して奇襲攻撃を成功させ、4機のSBDが爆弾1発を命中させる。TBDによる雷撃は宮沢武男一飛曹の零戦による体当たりなど、直掩隊の必死の防戦*69もあり、理想的な射点につけず全弾回避された。
- こうして戦闘力を失った翔鶴は北上して撤退、日本側の空母は瑞鶴のみとなる。
- 米機動部隊に向かった日本側攻撃隊は帰投中の翔鶴索敵機と合流する。この時菅野機は反転して米機動部隊の位置まで攻撃隊を誘導するが、燃料がギリギリの中でのこの行動は燃料切れ覚悟の行為であり、実際菅野機はこの後帰還しなかった。
こうした犠牲を経て攻撃隊は11時5分、米機動部隊上空に到着した。- 攻撃は瑞鶴隊がヨークタウン、翔鶴隊がレキシントンを狙った。
当時米機動部隊は第11,17両任務部隊ごとに空母を中心とした輪形陣を敷き、8機のF4F、16機のSBDが上空警戒*70、空母2隻合わせて9機のF4Fが緊急出撃に備えて飛行甲板に待機していた。だがレーダーで日本軍編隊を早期に発見していながら連係ミスで有効な迎撃を行えなかった。
特にSBD隊は日本の艦上攻撃機の性能を、自軍のTBDと同程度と考えて迎撃態勢を組んでいた*71ため、それよりもはるかに高速の九七艦攻の突入に追従できず、みすみす突破を許してしまった。 - SBD隊を振り切った攻撃隊のうち、瑞鶴艦攻隊8機(嶋崎重和隊長指揮)は二手に分かれて攻撃を仕掛けるも、まず第二中隊(佐藤善一大尉指揮)4機は迎撃に駆けつけたF4F2機の攻撃で1機を失い攻撃のタイミングを逸してしまい、目標を切り替えてレキシントン攻撃に向かう。一方嶋崎隊長自ら率いる第一中隊4機は対空砲火で魚雷投下後に1機撃墜され、魚雷もすべて回避されてしまう。
続いて江間保*72大尉率いる14機の艦爆隊がヨークタウンを襲い1発が命中し、3発が至近弾(燃料漏れの発生)*73となる。命中した1発は飛行甲板貫通後第四甲板で炸裂、3つの罐室が破壊され危機に瀕するも、応急措置でなんとか24ノット発揮可能となり戦線から離脱する。瑞鶴艦爆隊は2機失った。- 一番狙われたのはレキシントンだった。主に翔鶴隊に狙われた同艦はまず翔鶴艦攻隊(市原辰雄大尉指揮)10機と、ヨークタウン攻撃を逸してレキシントン攻撃に向かった瑞鶴隊3機の攻撃を受け、4機を対空砲火で撃墜*74するも左舷に魚雷2本が命中、第2,4,6ボイラーが使用不能となり左に7度傾斜、速力も25ノットに減じてしまう。
次いで19機の翔鶴艦爆隊が高橋赫一少佐の指揮のもと襲来する。迎撃のF4Fも零戦隊に阻まれ失敗し、艦爆隊は爆弾2発命中、5発至近弾の戦果を挙げ、命中のうちの1発は5インチ砲の砲弾誘爆を発生させレキシントンに大爆発が起こり、これを見た日本軍機が「サラトガ撃沈」と報告している。また間違えてるよ…
こうしてレキシントンに大打撃を与えた翔鶴艦爆隊だが、19機中7機を失ってしまう。この中には攻撃後も上空にとどまり戦果確認を続け、そのまま迎撃機に捕捉されて戦死した高橋隊長機も含まれる。 - 高橋隊長機については、迎撃に出たF4F搭乗員のウィリアム・N・レオナルド中尉によると、海戦終盤に単独で飛行する隊長識別表示のついた九九艦爆を発見、付近のSBDと共に接近するも退避行動も後部機銃による反撃もしないまま飛行を続けるので、これを撃墜したと証言している。このため高橋隊長機は偵察員の野津特務少尉と共にどこかの段階(攻撃のための突入時か戦果確認のため上空待機を続けていた頃)で両名とも重傷を負っていた可能性を指摘されている。
- 一番狙われたのはレキシントンだった。主に翔鶴隊に狙われた同艦はまず翔鶴艦攻隊(市原辰雄大尉指揮)10機と、ヨークタウン攻撃を逸してレキシントン攻撃に向かった瑞鶴隊3機の攻撃を受け、4機を対空砲火で撃墜*74するも左舷に魚雷2本が命中、第2,4,6ボイラーが使用不能となり左に7度傾斜、速力も25ノットに減じてしまう。
- 攻撃は瑞鶴隊がヨークタウン、翔鶴隊がレキシントンを狙った。
- 大爆発を起こしたレキシントンだが、米軍自慢のダメージコントロール能力が発揮され、火災鎮火と傾斜復元に成功した。エレーベーターが故障し動かなくなるも、離発着を妨げるものではなかったので、収容はできなくても艦載機の離発着は続けて行われていた。だが、魚雷命中で発生した燃料系統の損傷で漏れ出したガソリンが気化し、それが艦内に充満して危険な状態となっていった。
- 12時47分、気化したガソリンが発電機のスパークに引火して大爆発を起こす。やがて爆発は連鎖して状況が悪化しだすが、それでも着艦作業は行われ最終的に36機が収容されている。
14時42分、二回目の大爆発が起こり事態は急速に悪化、15時27分には格納庫でも爆発が起き航空弾薬なども誘爆しだし、手が付けられなくなる。
17時7分、シャーマン艦長は総員退艦を指示、周辺の護衛艦艇が生存者を収容し、19時に駆逐艦フェルプスによる魚雷攻撃での自沈が行われ、レキシントンは『当船は本船を放棄する』という気流信号をはためかせながら、19時56分に艦首を下にして転覆するように沈んでいった。- レキシントンは第二次世界大戦中の戦功で二つの従軍星章を受章した。1942年(昭和17年)6月16日、本艦を記念し、建造途中だったエセックス級航空母艦の一隻が「レキシントン」 (USS Lexington, CV-16) と改名された。
- 2018年3月5日、マイクロソフト創業者で探検家のポール・アレンにより、深さ約3200mの海底に眠るレキシントンが発見された。状態は船体から艦首・艦尾の各先端および艦橋が離断し、それぞれ離れて横たわっていなど、船体の損傷は激しいものの、海中での浸食はあまりなく、搭載されていたMk 10 5インチ砲等の火器や艦載機の残骸も良好な状態を保っているそうである。
- 12時47分、気化したガソリンが発電機のスパークに引火して大爆発を起こす。やがて爆発は連鎖して状況が悪化しだすが、それでも着艦作業は行われ最終的に36機が収容されている。
歴代レキシントン
- 艦娘となったCV‐2レキシントンはこの名を持つ艦としては4代目である
- 初代はもともと「Wild Duck」という名の帆船だったが、独立戦争中の1776年3月13日に海事院が購入し、武装搭載などの工事を受けて4月より通商破壊船として運用されていたが、1777年9月19日にイギリス海軍に拿捕されてしまっている。
- 二代目は1826年6月11日に竣工した帆走スループ船。しばらく沿岸警備についていたが、トリニダート島に派遣されて1819年に同地で亡くなっていた米英戦争「エリー湖の戦い」の英雄「オリバー・H・ペリー*75*76」の遺体引き渡しを受け、亡骸を米本土まで運んだ。1831年にはブラジルに派遣され同地でのアメリカ権益の保護に努める。1840年には補給船となり地中海で活動、1853年に東洋に移動して琉球でオリバー・H・ペリーの弟「マシュー・C・ペリー」率いる東洋艦隊に合流、翌1854年の二度目の黒船来航の1隻となる。1855年に退役。
- なお、この黒船来航には4代目レキシントンの妹サラトガの3代目も参加している。
- 三代目は南北戦争さなかの1861年にピッツバーグで建造された民間の木造外輪船を軍が買い取り砲艦として利用した。1865年7月2日退役。
- 5代目はエセックス級航空母艦カボット(CV-16)を建造中に4代目が沈んだことでその武勲にあやかるということで改名した。タラワ攻略戦以降中部太平洋での反攻作戦に参加し、マーシャル諸島での戦いでは野中五郎少佐率いる一式陸攻隊の攻撃で損傷している。その後はマリアナ沖海戦、台湾沖航空戦、レイテ沖海戦に参加、沖縄戦は修理のため参加していないが呉空襲などの本土爆撃に参加、終戦を迎える。着艦練習艦として1991年まで現役だった。これはエセックス級で最後の退役だった。その後は博物船となり現代にいたる。
- 因みに1976年公開の映画「ミッドウエイ」及び2001年公開の映画「パールハーバー」にレキシントンは空母役で出演している。ミッドウエイではヨークタウン三姉妹の役を、パールハーバーでは赤城役を演じている。
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