No.402 | ||||
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South Dakota (サウスダコタ) | South Dakota級 1番艦 戦艦 | |||
艦船ステータス(初期値/最大値) | ||||
耐久 | 79 | 火力 | 81 / 100 | |
装甲 | 77 / 93 | 雷装 | 0 | |
回避 | 28 / 59 | 対空 | 40 / 91 | |
搭載 | 6 | 対潜 | 0 | |
速力 | 高速 | 索敵 | 15 / 48 | |
射程 | 長 | 運 | 20 / 79 | |
最大消費量 | ||||
燃料 | 150 | 弾薬 | 190 | |
搭載 | 装備 | |||
0 | 16inch三連装砲 Mk.6 | |||
0 | 16inch三連装砲 Mk.6 | |||
3 | 未装備 | |||
3 | 未装備 | |||
改造チャート | ||||
South Dakota → South Dakota改(Lv48) | ||||
図鑑説明 | ||||
South Dakota class USS Battleship South Dakotaだ。 高速空母機動部隊の護衛、南方ソロモンで水上艦隊の殴り合いなど前線で活躍した戦艦だ。 Black Princeなどとも呼ばれたな。何? 疫病神だと? 知らんな。 |
※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、改造直後の値とは異なります。
最大値はLv99の時の最大値を指します。
セリフ | CV:松岡美里、イラストレーター:ZECO |
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入手/ログイン | Nice meeting you. My name is South Dakota. 提督、よろしくな。 |
母港/詳細閲覧 | ああ、殴り合いだろ? 任せて。楽しみだ! |
How are you doing? | |
母港/クリック時 | 何だ、何が気になる? ああ、電気回路か? うるさいな、電源の大事さは誰よりも知ってる……次は上手くやる。 ああ、あいつな……上手くやるよ。 |
母港/詳細閲覧【新春】 | A happy new year! 提督、今年もよろしく頼むよ! 私も頑張るからさ! さあ、飲もう! |
母港/詳細閲覧【節分】 | はぁー、これが例のセツブーンな。私達の鬼は? ……え、Coloradoがやんの? マジ? ……じゃ、遠慮なく! |
母港/詳細閲覧【バレンタイン】 | なんか、そういうことらしいんで、私もやるさ、 チョコ。あ、いらねえなら、いいよ。 ……Really? じゃあ、はい! |
母港/詳細閲覧【ホワイトデー】 | なるほど、お返しってのがあるわけね。I see……。 ……ん? え? これ、提督の手作りなん!? はー、器用だねぇ……。 |
母港/詳細閲覧【春本番】 | これがJapanの春か。桜ってのは、綺麗だな。 霧島、それ、何の準備だ? それ! ……お花見。……私も、いいの? |
母港/詳細閲覧【秋】 | 提督、なんだ? りんご飴食うか? あっそうだ、霧島の分も買っていってやろう! |
母港/クリック時【秋】 | 楽しいなあ。提督、ここの秋、好きになりそうだ。 ……ん? あいつは……なんだっけ? あ、迅鯨! ……血相を変えてどうした? りんご飴食うか? |
母港/詳細閲覧【Xmas】 | ま、Turkeyはどこで食っても美味いよな。 ……あ、なんだズイカーク、別にお前の事言ってんじゃ…… てめえ、なに!? やるか!? かかってこいよ!! 全部撃ち落としてやるぜ!! |
母港/詳細閲覧【年末】 | ネンマツオーソウジ、っやつか。わかってるわかってる。 けど、こういうのは ……テメエ、なんだコラ! やんのか! 上等だ!! |
ケッコンカッコカリ(反転) | |
ケッコン後母港(反転) | |
編成/出撃 | USS Battleship, South Dakota. 抜錨だ。行くぞ! |
出撃 | BattleshipX、出撃する。殴り合いだ! |
開戦/攻撃 | よし、見つけたぞ。さあ始めるぞ! Open fire! |
夜戦開始 | よし夜戦だ。今度は上手くやる、続け! |
攻撃/航空戦 | 殴り負けるな、fire! |
攻撃/航空戦(秋) | この格好でも負けるかよ! 喰らえ! |
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃 | ふざけるな、負けるかよっ! |
小破 | ……っ! 電源は!? ……よし、まだいける! |
小破/旗艦大破 | ……っ、装甲は伊達ではない! |
中破/大破 | ……っ、上部構造物が……。電源は生きているか!? ……ちっ、下がるしかない……のか…… |
勝利MVP | ん、Battle starか。貰っておこう。……Washingtonめ、どうだ。ふふん♪ |
帰投 | Mission complete! よしっ! |
補給 | Thanks.十分だ。 |
改装/改修/改造 | Thanks. |
ん、良さそうだ。 | |
改装/改修/改造(遠征選択/アイテム発見) | よし。 まあ、良いだろう! |
入渠(小破以下) | 装甲は抜かれていないが……念の為、かな。 |
入渠(中破以上) | 電源、電気回路、入念に確認を頼むぞ。洒落にならん。 |
建造完了 | ん、新造艦が完成したぞ。よし…… |
戦績表示 | Infomation? ok. これよ。 |
轟沈(反転) | 戦場で、沈むのか……それもいい。静かだ……な。 |
時報 | 改で実装 |
放置時 | おお、霧島。元気そうだな! 結構なことだ。今度は一緒に戦えるな。 小憎らしいHeavy cruiserも揃っているな。 昨日の敵は今日の……そうだ、日本語でなんと言ったかなぁ……そう、友達! それだ! 頼むぞ! |
ゲームにおいて 
- 2020/07/11、2020年梅雨&夏イベント「侵攻阻止!島嶼防衛強化作戦」のE-6突破報酬として実装。
- アメリカ艦の高速戦艦としてはIowaに続く2隻目となる。
キャラクター設定について 
- 艦名の由来はサウスダコタ州から。
- 当初海軍がサウスダコタの艦名を発表しなかったため、新聞などでは「BattleShipX」のニックネームで呼ばれていた。「謎の戦艦X」といった所だろうか。
またサウスダコタを縮めた「SoDak」や、ダークブルーの迷彩に身を包んでいた事から「Black Prince」などの呼び名もある。
険悪な関係となったワシントンの乗員からは、「Shitty Dick」「Dirty Dick」などのあだ名も付けられていた。*2 - Washingtonとの関係を反映してか、MVP時には「Washingtonめ、見たか」と見返してやったような台詞を口にする。
下記の通り霧島とは上手くやっているようなので、クリック時に「……上手くやるよ」と言っている「あいつ」はWashingtonの可能性も。
お冬さんのように居ないまま名前を呼ばれる存在にならず実装されて欲しいものである。2020年晩秋~冬イベントで無事実装されました。
- 当初海軍がサウスダコタの艦名を発表しなかったため、新聞などでは「BattleShipX」のニックネームで呼ばれていた。「謎の戦艦X」といった所だろうか。
- 砲撃戦を「殴り合い」と称するかなりの武闘派
ヤンキー艦娘。
喧嘩っぱやいところがあるようで、季節限定ボイスでは因縁深いWashingtonは勿論、瑞鶴ともケンカに発展しかかっている。
過去の因縁等をあまり引きずらないさっぱりした気性のようで、日本艦を「昨日の敵は今日の友」として頼りにしている模様。
特に史実で殴り合いをした霧島を気に入っている。殴り合って友情を深める、命のやりとりほど深い付き合いはないというタイプなのだろうか。 - Helenaの時報では申請書類を却下されそうになっているが、提督によりOKが出て難を逃れている。書類の内容は不明。
- 電源や上部構造物を気にするのは史実ネタ。
- 意外にも一人称は「私」。
限定グラフィック 
- 2020年08月27日のメンテナンスで、期間限定グラフィック「浴衣mode」が実装された。
右手には団扇、左手には金魚の袋に水風船にりんご飴と、秋祭りを満喫している模様。改では頭には狐のお面も完備。
特にりんご飴が気に入ったのか、同時実装された秋台詞ではなにかと勧めてくる上、霧島にもお土産として買おうとしている。
そして「ここの秋」を「好きになりそうだ」と言ったのを、何かと勘違いして突撃してきたどこかの潜水母艦にもりんご飴を勧めている。- やたらとりんご飴に馴染んでいるが、実はりんご飴は欧米文化圏発祥のお菓子である。アメリカでも秋の収穫祭やハロウィーンで定番のお菓子だとか。
- 通常時でも胸部装甲の主張が激しいが、中破すると黒下着と相まってさらにすごいことになる。さすがアメリ艦。
中破時の手の形が危ない形にも見える - 浴衣には紅白の併せバラの意匠。その花言葉とは...?
限定グラフィック:浴衣mode
小ネタ 
サウスダコタ級について 
- 第二次ロンドン海軍軍縮会議が締結され、35000㌧の排水量制限の中で新型戦艦の建造を開始したアメリカ海軍は、長門型やコロラド級といった従来の16インチ砲戦艦を上回る火力を有するノースカロライナ級戦艦を就役させる。
このノースカロライナ級は就役時点で最も高火力、かつ新型高速空母と作戦行動が取れる高速戦艦であったが、途中まで14インチ砲で設計されていたため、16インチ砲への防御が不完全であった。 - そこでこのノースカロライナ級の弱点を解消し、防御力を向上させた艦級が建造される事となった。これがサウスダコタ級戦艦である。
しかし依然として35000㌧の条約制限が存在するため、装甲強化による重量増加は許されないという厳しい制約の中での設計となった。- そこで採用されたのが船体のコンパクト化で、ノースカロライナ級よりも全長を15m近く縮小し*3、その浮いた分を装甲の強化に充てたのである。
船体の縮小化は水の抵抗の増加を招くため、前級よりも機関出力を向上させて最大27.8ノットの速力を確保している。- 他にも装甲を船体内部に装備するインターナルアーマー方式を採用、取り付け角度もノースカロライナ級の15度から19度に変更し対弾性能を向上させた結果
サウスダコタ級はコロラド級の16インチ砲弾に対し距離18,000~30,000ydsで耐えれるようになっていた。
装甲と船体の間を魚雷防御のための空間として使うことでバルジを不要とした他、舷側装甲を船底まで延長*4させて対水中弾防御も充実させている。 - ただし、強化されたとは言っても310mm/19度の舷側装甲そのものはリシュリュー(330mm/15度)やキング・ジョージV世(381mm~356mm/0度)に比べると少々見劣りするのは否めない。
基本的には、火力を最重視しつつ限られた防御重量でやり繰りしたデザインと言える。
- 他にも装甲を船体内部に装備するインターナルアーマー方式を採用、取り付け角度もノースカロライナ級の15度から19度に変更し対弾性能を向上させた結果
- 元々新戦艦としては非常に高い火力を有していたノースカロライナ級を強化しただけあって、条約下で建造された35000㌧級戦艦としては最強の攻防力を有する戦艦に仕上がっている。
戦艦全体に比較対象を広げてみても、彼女に砲撃戦で有利を取れる戦艦は大和型とアイオワ級の2クラスのみであろう。- 条約制限による排水量の差こそあるが、コンパクトな船体に最大の攻撃力と防御力を詰め込むという設計はしばしば戦艦大和との類似性が指摘される。上記の装甲方式も大和型のそれと非常に似通ったものであった。
- 福井静夫氏は戦前にアメリカの最高機密たるサウスダコタ級の設計図を艦政本部で見せられた。大和型と構造は同じであり、自分たちのしてきたことは間違いではないと自信を持ったという。
- 一方、船体が短縮された結果、高速力を発揮しにくくなっただけでなく、艦首部の浮力不足により凌波性が低下し、大きな艦首波が発生してしまう。
これは大戦末期にカミカゼ対策で艦首部に40mm4連装機関砲が搭載されると一層悪化し、荒天時には操艦が困難になるほどであった。 - また、船体の縮小と装甲の強化によるしわ寄せは居住性の著しい悪化という形で噴出。居室スペースは水兵から上級士官に至るまで縮小され、生活用水の割当量すら他の戦艦よりも減らされた。
これは戦時に乗員数、物資搭載量が増えるとさらに顕著となった。設計時の想定を超えて積み増された物資は、居住区画を倉庫の代用として収納されたためである。- ソロモン方面に派遣される直前に増設された機銃の操作要員などはハンモックを吊るスペースすら与えられず、通路の床や露天甲板に毛布を敷いて寝起きする羽目になったとか……
- さらに、船体内空間の縮小は予備浮力の不足(≒対浸水耐久力の低下)という問題も招く。
特にサウスダコタは妹たちと違って戦隊旗艦設備ではなく、より大規模な艦隊旗艦設備を備えたため、その重量は予備浮力を危険なほどに圧迫した。
これに対処するため、サウスダコタの両用砲塔は他の戦艦より2基減らされて8基となっている。 - 基本的に米海軍の艦艇は、他の国の艦艇と異なりダメージコントロールの観点から乗員数が多い傾向にある。
このため他国と比べて居住スペースが狭く、更に戦時中に完成した大型艦には機関配置を従来よりもスペースを多くとる「シフト配置」方式を採用したため、更なる居住性の悪化を招いている。
サウスダコタ級もシフト配置を採用した結果、ただでさえ縮小した全長の多くを機関スペースに割かざるを得なくなっている。
- そこで採用されたのが船体のコンパクト化で、ノースカロライナ級よりも全長を15m近く縮小し*3、その浮いた分を装甲の強化に充てたのである。
- 1942年3月から8月にかけて4隻(サウスダコタ、インディアナ、マサチューセッツ、アラバマ)が順次竣工、太平洋戦線に投入され主に機動部隊の護衛や対地支援で活躍した。
- 大戦中、それも一番の激戦期に16インチ級の新型戦艦を多数竣工させたのはアメリカ海軍くらいである。
- 戦後は他の条約型戦艦同様早期に退役。1番艦サウスダコタと2番艦インディアナは解体されたものの、3番艦マサチューセッツと4番艦アラバマは記念艦として現存している。
- 4番艦アラバマは映画のロケで度々使用されている。スティーブン・セガール主演の映画「沈黙の戦艦」では戦艦ミズーリの役としてロケに使用されている。
- 4番艦アラバマは映画のロケで度々使用されている。スティーブン・セガール主演の映画「沈黙の戦艦」では戦艦ミズーリの役としてロケに使用されている。
- 余談だが、サウスダコタ級が計画されたのは実は二度目である。一度目は戦間期のダニエルズ・プランでコロラド級に次いで計画されていた戦艦で、16インチ砲を3連装で4基(船体前後に2基ずつ)12門搭載し、機関はコロラド級と同じターボ電気推進だが、出力を2倍にしたことで最高速力23ノットとし、防御も16インチ砲に対応したものとしていた。
- 計画当時では世界最強クラスの火力と防御力を持った戦艦であり、日本海軍も加賀型戦艦を凌駕する性能に強い警戒心を抱き、以降の戦艦設計に影響を与えたと言われる。
- しかし、1922年に締結されたワシントン海軍軍縮条約で建造中止となり、一部完成していた船体はスクラップとして売却された。
- 艦名は1番艦からサウスダコタ、インディアナ、モンタナ、ノースカロライナ、アイオワ、マサチューセッツの予定だった。
- なお、先代の設計上の船体全長は208m。いくらエンジンが低出力で軽量コンパクトだからといって、当代と1mしか変わらない全長に砲塔4基を詰め込んだのだから、実際に就役していれば居住性はお察しであったと思われる*5。
艦歴 
- BB-57サウスダコタは1939年7月5日、ニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で起工した。
- ニューヨーク造船所はサウスダコタを建造したことに誇りを持っており、入り口には「Birth Place of Battle Ship X」と書かれていた
- 1941年6月7日に進水、サウスダコタ州知事の妻、ハーラン・J・ブュシュフィールド婦人がサウスダコタと命名している。1942年3月20日には就役、訓練を経て8月には太平洋方面に向けて出港する。だが9月6日にラハイ水道で海図にない暗礁に衝突して損傷し、歴戦の工作艦ヴェスタル*6の応急修理を受け9月12日に真珠湾に寄港する。
- しかし、サウスダコタが修理を受けている間、ガダルカナル方面の戦況は急変する。9月15日には伊19の攻撃で空母ワスプが沈み、戦艦ノースカロライナも中破して長期離脱を余儀なくされた結果、米海軍が同海域に張り付けられる大型主力艦は、空母「Hornet」と戦艦「ワシントン」だけとなってしまう。このため修理は急ピッチで行われ、同様に修理を急いだ空母エンタープライズと共に第16任務部隊を編成、10月24日には米海軍の前線拠点であるエスピリトゥサント島沖にてホーネットらを中心とする第17任務部隊と合流、第61任務部隊を編成し、指揮官にはトーマス・キンゲイト中将が就任した。そしてその2日後、日本海軍機動部隊と、4回目の空母同士の決戦が始まる。「サンタクルーズ諸島沖海戦」日本側で言う「南太平洋海戦」の始まりである。
サンタクルーズ諸島沖海戦(南太平洋海戦) 
- この時日本海軍は、ガダルカナル島の陸軍によるヘンダーソン飛行場への総攻撃を支援するために、近藤信竹中将指揮の前進部隊*7と、南雲忠一中将指揮の機動部隊がガダルカナル島に接近していた。新たに南太平洋方面軍司令官となっていたウイリアム・ハルゼー中将は、貴下のキンゲイト少将ら部隊指揮官に、ソロモン方面の制海権確保を指示、ここに日米双方の機動部隊が戦うサンタクルーズ諸島沖海戦が始まった*8。
- 10時頃、サウスダコタの最新型SC-1レーダーが日本機の編隊を発見する。編隊(村田重治少佐指揮の一航戦第一次攻撃隊)は第17任務部隊に向かった*13ので、エンタープライズの戦闘機隊は第17任務部隊の救援に向かう。しかし迎撃管制はうまくゆかず、攻撃隊を素通しすることになってしまう。
- こうして一航戦第一次攻撃隊はホーネットを集中攻撃し、爆弾4発、魚雷2発が命中、更に被弾した99式艦爆、97式艦攻が1機ずつ、ホーネットに体当たりした結果、ホーネットは中破の上動力を失い航行不能になる。しかし一航戦第一次攻撃隊も第17任務部隊の対空砲火と、投弾後に退避する攻撃隊を米戦闘機が追撃した結果、8割近い損失を出し、指揮官の村田少佐も戦死する。
- 続いて10時15分、一航戦第二次攻撃隊が到着する。同攻撃隊は二手に分かれて進撃していた*14が、それぞれが第16任務部隊のエンタープライズを攻撃する。サウスダコタはその後方についてエンタープライズ援護の弾幕を打ち上げた。
- まず最初に攻撃したのは翔鶴艦爆隊で指揮官の関衛少佐*15の99式艦爆19機と、護衛の新郷英城翔鶴戦闘機隊隊長の指揮する零戦5機で、エンタープライズに2発爆弾を命中させた。だがサウスダコタら護衛艦艇の激しい対空砲火に99式艦爆は10機が撃墜され、関少佐も戦死する。
- 関少佐らによる攻撃の15分後、瑞鶴艦攻隊( 艦攻隊隊長今宿滋一郎大尉指揮の97式艦攻16機、零戦4機)が現れ攻撃を開始、これも激しい対空砲火に晒されて今宿隊長機含む9機が撃墜され、魚雷の命中は0であったが、炎上する97式艦攻一機が駆逐艦スミスに突入し命中、火災が発生した。
- なお、火災が発生したスミスは、とっさの機転でサウスダコタの真後ろにつき、彼女が起こす航跡波を浴びることで消火を行うという珍芸を披露したという。
- 11時20分、今度は前進部隊にいた二航戦より第一次攻撃隊が襲来、サウスダコタのレーダーが発見した。
- 二航戦指揮官の角田覚治少将は、米空母発見の報を受けると、前進部隊から離れて敵部隊に向けて進撃を開始、隼鷹艦戦隊隊長の志賀淑雄大尉を指揮官とする99式艦爆17機、零戦12機の第一次攻撃隊を発進させていた。
- 99式艦爆17機はエンタープライズを攻撃したが、何機かは周囲の護衛艦艇達を目標に攻撃をしかけ、サウスダコタにも敵機が襲来する。
- サウスダコタには250kg爆弾一発が一番砲塔に命中する。だが強靭な天蓋装甲はこれを見事に弾き、砲塔内の人間は命中したことにすら気づかなかった。後にそのことを伝え聞いた砲塔員たちは一番砲塔を「防空壕」と呼んだという。
- だが、炸裂した爆弾の破片は周囲の乗員を襲い、2名が戦死、50名が負傷する。破片は艦橋内にも飛び込み、艦長のトーマス・L・ガッチ大佐の頚静脈に突き刺さった。命に関わる重傷であったが素早い応急処置により艦長は一命はとりとめている。
- 艦長が重傷を負ったことで、艦の指揮は後部第二戦闘指揮所にいた副長に委譲されたが、不運にも第二戦闘指揮所の電話が故障していたため、故障が直るまでの間サウスダコタを指揮を取るものが誰もいなくなってしまう。誰も指揮を執る者がいないサウスダコタは、エンタープライズへ向かって突進。エンタープライズのハーディソン艦長が素早く回避を指示したことで、あわや衝突という事態は避けることができた。
- 攻撃をした二航戦第一次攻撃隊も、帰路を米戦闘機に襲われたりして99式艦爆11機が失われた。この中には隼鷹艦爆隊指揮官の山口正夫大尉機も含まれていた*16。
- 3度にわたる空襲で、大きな損害を受けた第61任務部隊に対し、午後3時50分、ハルゼー提督は健在な艦艇の引き上げを命じた。エンタープライズはホーネットの艦載機も収容したことで、この時点で90機近い機体を搭載していたが、艦自体の損傷がひどく、サウスダコタらと共に撤退する。この後日本海軍は取り残されたホーネットに対してさらに2度の攻撃を実施し、その後同空母を撃沈することになる。
- 結果、アメリカ海軍は稼働空母が0隻となってしまい、ガダルカナル戦で最大の危機を迎えることになる。だが一方で日本側も、村田重治、関衛、今宿滋一郎、山口正夫各指揮官を含む、多くの熟練搭乗員を失い、空母機動部隊は実質行動不能に陥り、前線で動けるのは空母隼鷹ぐらいとなってしまう*17。
- 海戦より5日後のこと、潜水艦発見との報告によりサウスダコタは進路を変更したところ、駆逐艦マハンと衝突、マハンの艦首は左舷にねじまがってしまう。このため両艦ともにニューカレドニアのヌーメアに異動、1年もたたずに工作艦ヴェスタルの御厄介になる羽目となる。
サウスダコタ滅多打ち~第三次ソロモン海戦 
前哨戦(護衛駆逐艦壊滅) 
- 修理が完了したサウスダコタは、ニューカレドニアを出てガダルカナルへ向かうよう命じられる。11月11日、第16任務部隊はガダルカナル島へ向かう輸送船団の護衛を行い、12日から13日未明にかけての第三次ソロモン海戦第一夜戦ではエンタープライズがヘンダーソン飛行場に送り込んだ航空隊が、戦艦比叡に損害を与え、同艦の自沈のきっかけを作っている。
その後サウスダコタは第64任務部隊に合流、同部隊はウィリス・A・リー少将の指揮のもと、エンタープライズ護衛の任を解かれてガダルカナル島近海に待機し、引き続き接近する日本艦隊を待ち構えた。
ガダルカナル島周辺の狭い海域に戦艦のような大型艦を送り込むのは大変危険であったが、ガダルカナル島を守るためにハルゼー提督は最後の賭けに出たのである。- 第64任務部隊は戦艦ワシントンを旗艦にサウスダコタ、駆逐艦グウィン、ウォーク、ベンハム、プレストンで編成する、たった6隻の部隊であったが、第一夜戦で巡洋艦部隊、その前のサンタクルーズ諸島沖海戦で機動部隊が撤退した米軍としては、前線に投入できる最後のまとまった戦力であった。
- サウスダコタのトーマス・L・ガッチ艦長はサンタクルーズ沖海戦での負傷が癒えず、左腕は麻痺したままで三角巾で釣っていた。だがガッチ艦長は引き続き指揮を取ることを主張し、リー少将もそれを了承した事で、半ば強引に指揮を継続していた。
ガッチ艦長は気さくな性格で海軍の礼儀とかはうるさく言わず、サウスダコタの広い艦内のすべての部署に定期的に足を運んで部方たちにも気さくに話しかけていたので、部下達に人気があった。
- サウスダコタのトーマス・L・ガッチ艦長はサンタクルーズ沖海戦での負傷が癒えず、左腕は麻痺したままで三角巾で釣っていた。だがガッチ艦長は引き続き指揮を取ることを主張し、リー少将もそれを了承した事で、半ば強引に指揮を継続していた。
- 一方の日本艦隊は、近藤信竹提督率いる前進部隊がヘンダーソン飛行場砲撃を企図して再接近を図っていた。その全容は戦艦霧島、重巡洋艦愛宕(旗艦)、高雄、軽巡洋艦長良、川内、駆逐艦浦波、綾波、敷波、白雪、初雪、照月、朝雲、五月雨、電となっていた。
- 第64任務部隊は戦艦ワシントンを旗艦にサウスダコタ、駆逐艦グウィン、ウォーク、ベンハム、プレストンで編成する、たった6隻の部隊であったが、第一夜戦で巡洋艦部隊、その前のサンタクルーズ諸島沖海戦で機動部隊が撤退した米軍としては、前線に投入できる最後のまとまった戦力であった。
- 第64任務部隊はガダルカナル島の西岸を北上、日暮れ頃にはガダルカナル島北西のエスペランス岬に到着、総員戦闘配置がかかる。
- 21時10分ごろ、第64任務部隊は、4隻の駆逐艦、ワシントン、サウスダコタの順にガダルカナル島の北にあるサヴォ島の北岸を通り、それから17ノットで南東のコースでアイアンボトムサウンドに侵入していた。
- サウスダコタ達がアイアンボトムサウンドに侵入した時、橋本信太郎少将指揮の掃討隊*18もちょうどサヴォ島沖付近に到達し、二手に分かれて同島周辺の偵察を始めようとしていた。そして最初に相手を発見したのはこの掃討隊の方だった。
- 橋本少将は綾波を切り離してサヴォ島の周囲を予定通り反時計回りに回って偵察を継続させ、自身は残り2隻を率いて発見した米艦隊を追跡した。
- しかし綾波艦長の作間英邇中佐の証言では、綾波側は川内らが米艦隊を発見したことも、これを追撃に移った事も気づいておらず、綾波の行動はあくまでも既定の行動にのっとったものであったという。そしてこれが後の綾波の奮戦のきっかけとなる。
- 橋本少将は綾波を切り離してサヴォ島の周囲を予定通り反時計回りに回って偵察を継続させ、自身は残り2隻を率いて発見した米艦隊を追跡した。
- 22時52分、掃討隊の追尾に気づいていない第64任務部隊はルンガ岬の東に到着、事前の計画通り西に向かうため面舵をとった。
23時丁度、ワシントンが西を向くとSGレーダーがサヴォ島北東の橋本少将の艦隊を発見する。指揮官のリー提督は23時16分に準備でき次第砲撃開始を命じ、17分にワシントンが砲撃を開始する。サウスダコタも1分後に砲撃を始め旗艦に続いた。- この射撃でサウスダコタ側からは2隻に命中、1隻は火災が発生してるように見え、目標をロストする。アメリカ側は敵を撃退したと判断したが、実際には砲撃を受けたことで川内らが煙幕を張って素早く退避しただけであり、どちらにも損害はなかった。
- だがここで珍事が起こる。サヴォ島の西岸から南へ綾波が単艦で突っ込んできたのである。
- 綾波は単独でサヴォ島沖南側を偵察中、島の向こうから聞こえてきた砲声でようやく事態を把握、仲間たちの救援に向かうべく全速力で突入してきたのだが、不運にも同時刻に、川内らは煙幕を張って一時離脱をしてしまっていた。第64任務部隊の前衛にいた駆逐艦「ウォーク」のレーダーが接近する綾波を発見。直ちに砲撃を開始し、他の3隻も綾波を滅多撃ちにする。
- しかし綾波も直ちに反撃する。23時20分、初弾が駆逐艦「プレストン」に命中し、もう1弾も先頭のウォークに命中し大火災が発生する。
一方の綾波にも砲火が集中し、23時22分に第一魚雷発射管付近に命中弾を受け、これが旋回不能となる。それでも綾波は残りの2管、計6発の魚雷を発射、23時38分に1発がウォークに命中し撃沈、駆逐艦ベンハムにも命中し航行不能(翌日沈没)に追い込む。
- しかし綾波も直ちに反撃する。23時20分、初弾が駆逐艦「プレストン」に命中し、もう1弾も先頭のウォークに命中し大火災が発生する。
- だが綾波の奮闘もここまでだった。綾波も集中砲火で大火災が発生、後に沈没する。しかし綾波の後ろから木村進少将率いる前衛隊*19が接近し戦闘に参加する。
- 綾波の初弾を受けて炎上するプレストンは長良の砲撃が命中し炎上沈没、こうして第64任務部隊は護衛の駆逐艦が壊滅した。一方日本側は綾波が沈むも他はほぼ無傷な状態、日本艦隊の矢面に立つのは戦艦ワシントンとサウスダコタだけとなってしまう。
ただ日本側も前衛の掃討隊や前衛隊が魚雷の再装填等の理由で一時戦闘海域から離れた結果、日米双方の戦艦は吸い寄せられる様に接近することになる。
- 綾波の初弾を受けて炎上するプレストンは長良の砲撃が命中し炎上沈没、こうして第64任務部隊は護衛の駆逐艦が壊滅した。一方日本側は綾波が沈むも他はほぼ無傷な状態、日本艦隊の矢面に立つのは戦艦ワシントンとサウスダコタだけとなってしまう。
- 綾波は単独でサヴォ島沖南側を偵察中、島の向こうから聞こえてきた砲声でようやく事態を把握、仲間たちの救援に向かうべく全速力で突入してきたのだが、不運にも同時刻に、川内らは煙幕を張って一時離脱をしてしまっていた。第64任務部隊の前衛にいた駆逐艦「ウォーク」のレーダーが接近する綾波を発見。直ちに砲撃を開始し、他の3隻も綾波を滅多撃ちにする。
本戦(日米戦艦対決) 
- 23時30分、撃破された前衛駆逐艦に接近したとき、サウスダコタの通信設備とレーダーと砲射撃指揮装置が動かなくなってしまう*20。
- 原因は綾波、もしくは日本駆逐艦のどれかの砲撃による衝撃とサウスダコタ自身の砲撃による衝撃で、3番砲塔のバーベットに設置されていた配電盤No4でおそらくはショートが発生し、遮断器が降りNo4の回路では電力供給が止まったのが理由とされている。
- サウスダコタの配電盤は4つあり、それぞれが独立して運用されており、この時点では艦の4分の1が停電しただけであった。
だが機関室にあった配電盤No3で機関士官か配電盤の操作員のどちらかがパニックに陥り、No3とNo4を結ぶ電力を供給する母線を遮断し、配電盤No3を停止後、配電盤No2への母線を遮断し電力供給を停止するよう命じてしまう。
この誤った操作により、他の3系統が切断され艦内の大半が停電してしまう。しかし配電盤No2のウィリアム・A・ヒューズ電気長は独断でこの命令に逆らいNo2の電力供給を続けた。このヒューズ電気長の判断により、サウスダコタもは全電力停止に陥ることを防ぐことができた。その後No4も復帰し、サウスダコタの電力提供は復旧する*21。
- サウスダコタの配電盤は4つあり、それぞれが独立して運用されており、この時点では艦の4分の1が停電しただけであった。
- 停電は約3分続き、その間、先頭を進むワシントンは、撃破され漂流している駆逐艦を左に避けたので、サウスダコタもこれに続いていた。だがこの時、ガッチ艦長は理由は不明だが急に面舵を命じた。
- 悪いことにワシントンのレーダーはマストのトップではなく艦橋の前に設置されていたので後方がみえなかった。サウスダコタが回頭したことではワシントンの右舷後方のレーダーの死角の位置にあり、ワシントンはサウスダコタを見失ってしまう。更にサウスダコタの回頭は、日本側から見ると炎上する米駆逐艦の前にサウスダコタが進入し、サウスダコタの姿が炎をバックにくっきりと見えるという状況となり、最悪の態勢となってしまう。
- 原因は綾波、もしくは日本駆逐艦のどれかの砲撃による衝撃とサウスダコタ自身の砲撃による衝撃で、3番砲塔のバーベットに設置されていた配電盤No4でおそらくはショートが発生し、遮断器が降りNo4の回路では電力供給が止まったのが理由とされている。
- 23時40分、自身が危険な状況にいることに気づいていないサウスダコタは、後方に橋本少将の掃討隊を発見、後部3番砲塔で応射するが、後甲板に駐機していた水上機3機が発砲の爆炎で炎上、続く第二射で2機を海に吹き飛ばしてしまう。そしてこの時またしても停電が起こり、サウスダコタのレーダーが使用不能となってしまう。
- 0時前、サウスダコタのレーダーがようやく回復する。だかスクリーンに映し出されたのは、右舷前方4800mの近距離で接近する日本艦隊の姿だった。直ちに応戦準備に入るサウスダコタだったが、それよりも早く日本艦隊のサーチライトがサウスダコタを照らし出し、砲弾と魚雷が発射された。
- 魚雷は命中しなかった*22が、わずか4分の間に一発以上の14インチ砲弾を含む26発の砲弾がサウスダコタに命中した。
だが飛行場砲撃を企図していた日本側は、主砲塔内には三式弾を準備していたので、揚弾機などにあるそれらを撃ちつくさなければ徹甲弾を撃つことができず、結果16インチ砲弾に対抗できる装甲を持つサウスダコタに致命傷を与えることはできなかった。- 命中した26発のうち、霧島の14インチ砲弾は5発命中しているが、そのうち徹甲弾だったのは最後の1発だけで、あとは貫通力はない三式弾や通常弾であった。唯一命中した徹甲弾は3番主砲下の居住区を貫通して3番主砲のバーベットに衝突したが貫通できなかった。ただその衝撃で3番主砲の右砲に損傷を与え、更に砲塔旋回が出来なくなり同砲を使用不能としている(サウスダコタの3番主砲が旋回中に動かなくなった事は日本側の旗艦愛宕の戦闘報告にも記述がある)
- サウスダコタには主砲弾だけでなく、愛宕や高雄の20㎝砲弾や軽巡洋艦の15㎝砲弾も集中した。こういった砲弾は装甲を貫けず、致命的な損傷を当たる事はなかったが、非装甲の上部構造物には脅威であった。
- 後部第二戦闘指揮所付近にいたI・W・ゴードン中佐の証言では破片や砲弾の雨が降り注ぐ甲板を立って移動できず、這いながら後部第二戦闘指揮所に向かった。だがそこも地獄と化しており、破裂したパイプから高温の蒸気が室内に吹き出し、床は下の火災で加熱して立つ事も出来ない状況だった。
- 同じくダメコン班のチャールズ・カーペンター3等兵曹の証言によると、彼は右舷通路の突き当りになぜか置いてあった床屋用の椅子に座って出動に備えていたが、同僚に丸め込まれて椅子を取り上げられたうえに、砲弾が飛び交う中左舷側に移動する羽目となった。だが、その後砲弾の破片が上部構造物を貫通して、床屋の椅子とその周辺にいた同僚たちを殺傷、彼は運よく生き残ることができたという。
- 魚雷は命中しなかった*22が、わずか4分の間に一発以上の14インチ砲弾を含む26発の砲弾がサウスダコタに命中した。
- サウスダコタは致命的な損傷は得なかったが、レーダー設備など上部構造物で非装甲なものには大きな損害を受け、38名死亡、60名負傷の損害を被った。
だが日本艦隊の集中射撃を浴びる中、ガッチ艦長は27ノットに増速、リー提督からの安否確認には平然と「すべて順調」と答えるなど、平静とした姿を見せて部下を安心させていた。
それでもサウスダコタの状況は悪化するだけであった。0時10分、ガッチ艦長はこれ以上の戦闘は無理と判断し、艦を反転させ退却を決断した。- その後の海戦は、サウスダコタ攻撃に日本側が意識を集中したことで、無警戒となった戦艦ワシントンが、探照灯をサウスダコタに照らす霧島を捕捉し砲撃をかける。この砲撃は日本側には全くの奇襲となり、旗艦愛宕は砲撃が始まるまでワシントンの存在に全く気付いていなかった。
- この砲撃は初弾から霧島に命中、わずか7分間に9発もの16インチ砲弾を受けた霧島は瞬く間に戦闘力を失い落伍する。舵の自由を失った霧島は戦場を迷走し、後に自沈処分となる。残りの艦隊も撤退し、こうして第三次ソロモン海戦第二夜戦は、第一夜戦に続いてアメリカ側の勝利となる。
- 一方、サウスダコタの損害も大きかった。上部構造物は大破し、星条旗は信号旗を掲げる信号橋に掲げられていた。
死傷者の大半は前方の上部構造物の人間であり、消毒剤が巻かれたが数週間は死臭が消えなかった。衛生軍曹のレイモンド・カノフはその後2年半勤務したが最後まで消えなかった場所もあったと証言している。- 生存者にはサウスダコタのマスコット犬でラスカルと呼ばれるボストンテリアもいた。戦闘後、艦長が艦橋のそばで残骸に埋もれてぐっすり眠っているラスカルを発見して保護したという。
大西洋での活動~マーシャル諸島・マリアナ沖での戦い 
- 海戦後,ヌーメアで工作艦プロメテウスによって、完全修理のためアメリカ本土に帰還できるだけの応急修理を受けた。
- ヌーメア在泊時、サウスダコタはある場外乱闘を起こしている。
- 在泊中「ワシントンはサウスダコタを見殺しにして逃げた」というデマが流れたのだが、それを聴いた双方の乗員が繁華街で乱闘騒ぎを起こしてしまった。この乱闘は大規模化し、同地の留置場が双方の乗員で溢れ返る程の規模となってしまったといわれている。
- このようなデマが流れたきっかけは、今回の海戦が夜戦で、サウスダコタ・ワシントン双方が相手の位置を視認できず、サウスダコタは発生した電気系統のトラブルでレーダーや通信が一時使用不可となった事でワシントンの位置を把握できなかった。
一方ワシントンもレーダーで2隻の戦艦(サウスダコタと霧島)を捕捉はしていたが、当時のレーダーでは敵味方の識別は出来ないし、通信もサウスダコタ側が不能状態の為呼びかけにも応じなかったので、どれがサウスダコタなのか判らず攻撃が出来ない状況だった。
こういった複数の不運が重なったことで、ワシントンの霧島への砲撃が遅れ、その遅れた間にサウスダコタが滅多打ちにされてしまった訳だが、サウスダコタ側から「ワシントンは俺たちを囮にして霧島を仕留めたのではないか?」「逃げようとしてたのではないか?」と捉えられてしまった。
また、作戦後すぐの段階で双方の戦闘報告も纏められておらず、両者とも相手の言い分を聞く前に噂の方が独り歩きしてしまい、デマとして拡散してしまったようである。
- このようなデマが流れたきっかけは、今回の海戦が夜戦で、サウスダコタ・ワシントン双方が相手の位置を視認できず、サウスダコタは発生した電気系統のトラブルでレーダーや通信が一時使用不可となった事でワシントンの位置を把握できなかった。
- 更にギャッチ艦長も、本国帰還後に受けた“サンデー・イブニング・ポスト”の取材に対して「戦艦X(サウスダコタ)が霧島を撃沈し、ワシントンとリー提督は逃げた」と発言したことで、戦後になっても双方乗員に遺恨を残す結果となってしまう。
- ギャッチ艦長としては、滅多打ちにされて撤退しただけのように見えるサウスダコタも頑張ったことをアピールしたかったのかも知れないが、完全に「火に油を注ぐ」ようなこととなってしまった。
- 在泊中「ワシントンはサウスダコタを見殺しにして逃げた」というデマが流れたのだが、それを聴いた双方の乗員が繁華街で乱闘騒ぎを起こしてしまった。この乱闘は大規模化し、同地の留置場が双方の乗員で溢れ返る程の規模となってしまったといわれている。
- またサウスダコタに乗艦したある兵士が追放処分となる騒動も起こった。
- 兵士の名はカルビン・グラハム、なんと彼は実は12歳で、年齢を偽って海軍に志願に入隊、サウスダコタに配属されていたのである。第三次ソロモン海戦で負傷したことで実年齢がばれてしまい、除隊のうえ本国に送還されたという。
- 1942年12月、アメリカ本土に帰還、ニューヨークのブルックリン海軍工廠にドック入りし、40日間の修理と改装を受けている。このとき対空火器の増設や、塗装もそれまでのメジャー12からメジャー21への塗り替えなどが行われている。
- 1943年2月ニューヨークを出港、空母レンジャーとともに4月中旬まで北大西洋を哨戒、8月までスカパ・フローを母港としてイギリス本国艦隊ともに作戦行動を行っている。この頃、ノルウェーを拠点にドイツ海軍のビスマルク級戦艦「ティルピッツ」やシャルンホルスト級戦艦「シャルンホルスト」などが活動していたが、サウスダコタと撃ち合う事はなかった。
- 1943年8月1日、アメリカに呼び戻され、バージニア州ノーフォークでレーダーの変更など2度目の改装と補給休養の後、サウスダコタは再び太平洋に進出。11月にフィジー到着後第8戦艦戦隊に編入、第9戦艦戦隊とともに第50.1任務部隊を編成してマーシャル諸島戦役に参加する。
各上陸作戦では上陸前の陸上砲撃を1943年12月から3月終わりまで行ったサウスダコタは、44年3月末には第5艦隊に編入、空母部隊の護衛を務めるている。
第5艦隊は4月まで各地の空襲を行うが、サウスダコタは5月にはメジュロ環礁で改修を行い、その後第58任務部隊に編入、サイパン島とテニアン島の砲撃を行っている。- サイパン島での作戦では、島の北西、タナパク海岸にサウスダコタは6時間以上砲撃を行っている。
- 6月19日、マリアナ沖海戦にも参加、第三航空戦隊所属の彗星一機が250kg爆弾を投下、上甲板に穴が空き水兵24人が死亡、27人が負傷する事態となるが、戦闘能力に問題はなく、作戦行動を継続している。
- 同海戦では20日に出撃したアメリカ側航空隊は、出撃が昼になった事もあり、帰投時は夜になってしまう。そのため各艦は探照灯や照明弾で海上を照らし、艦載機が空母の位置を把握しやすいようにした。サウスダコタも照明を照らしていたのだが、空母の隣にいたために、サウスダコタを空母だと誤認して着艦しようとする艦載機が続出、直前になって戦艦だと気づいて慌てて退避する機が後を絶たなかったという。
- 海戦後は西海岸に戻りピュージェット・サウンド海軍造船所で修理とオーバーホールを行っている。
レイテ沖海戦~沖縄戦 
- 8月26日、真珠湾に到着したサウスダコタは第38任務部隊に編入、第38.3任務群所属となり、フレデリック・シャーマン少将*23の指揮下に入る。
- 20日に米軍がレイテ島に上陸すると、日本軍は捷一号作戦を発動し、基地航空隊は米機動部隊への攻撃をより本格化させる。台湾沖航空戦で大損害を被ってはいたが、本土の陸攻隊を前線に投入する、それでも足りないのなら体当たり攻撃を採用するなど、がむしゃらな攻撃を続けていた。そうした中で第38.3任務群は、第38任務部隊の3群*25の中で、もっともフィリピンや台湾に近い海域で展開していたため、日本側に捕捉され集中攻撃を受ける。
24日には雲を巧みに利用して接近してきた1機の彗星艦爆により、空母「プリンストン」が被弾炎上、鎮火の見込みなく沈没する事態となっている。 - その後ハルゼー提督の指示により、第38.3任務群は他の部隊と合流し、夕刻に発見した小沢艦隊追撃の為北上を開始する。だが、翌25日黎明になり、レイテ湾周辺で上陸部隊を支援するキンゲイト中将率いる第七艦隊所属の第77.4任務群第3集団「タフィ3」から緊急電が届く。ハルゼーが撤退したと思い込んでいた栗田艦隊が反転して突入を再開し、レイテ湾近海まで到達していたのである。
- しかも悪いことに、キンゲイトは主戦力の殆どを、スリガオ海峡より進入してきた小部隊の「西村艦隊」に全力投入してしまっており、即迎撃は不可能な状況だった。
※なぜこういう事態になってしまったかについてはGambier Bayの小ネタに詳しく記載がある
- しかも悪いことに、キンゲイトは主戦力の殆どを、スリガオ海峡より進入してきた小部隊の「西村艦隊」に全力投入してしまっており、即迎撃は不可能な状況だった。
- 事態の深刻さに驚いたハルゼーは、11時15分に第38任務部隊を南下させる決断をする。また、先鋒としてリー提督の第34任務部隊(旗艦はサウスダコタとは因縁ある戦艦ワシントン)*27から高速の戦艦Iowa、ニュージャージー、軽巡3、駆逐8が先鋒として進発したが、サウスダコタはこれに加えられなかった。
- なお、小沢艦隊追撃の方は、サウスダコタがいた第38.3任務群が引き続いて追撃戦をしかけている。
- 海戦後、サウスダコタはミンドロ島攻略部隊に参加して支援攻撃を実施。翌1945年1月には部隊名が第38任務部隊から「第58任務部隊」に変更。2月末には硫黄島上陸作戦の支援攻撃を行っている。
- 4月からは沖縄戦に参加し地上の日本軍に対して砲撃をしている。坊ノ岬沖海戦では、サウスダコタは空母機動部隊直属であったため、大和迎撃の命令は受けなかった。
- 大和迎撃の命令はモートン・デヨ少将率いる第54任務部隊に与えられ、デヨ少将はColorado以下戦艦6隻、巡洋艦7隻、駆逐艦21隻に迎撃準備を命じるが、その前にミッチャー中将率いる第58任務部隊がこれを空襲し大和を沈めたため、大和とアメリカ戦艦との砲撃戦の機会は永遠に失われてしまった。
- 5月6日、補給船ウランゲルから弾薬補給中、第二砲塔下で爆発事故が起きている。
第二砲塔上の40mm機銃座にいた海兵隊員は、衝撃を感じたが、艦長が弾薬を運び込んでいた黒人兵の脱出命令を出さず注水命令を出したのを聞き、怒りを覚えたと証言している。この事故により11人が死亡、24人が負傷した。
- 爆発事故の後、サウスダコタは5月一杯グアムにて修理を受け、終了後は第38.1任務部隊として7月19日釜石を砲撃している。これはアメリカ戦艦が日本本土を砲撃した最初の出来事であった。
- その後、第38.1任務部隊は7月29日30日に浜松、8月9日には再び釜石に艦砲射撃を実施。これらの攻撃はいずれも軍需物資の生産する工場やそれらを輸送する鉄道施設を目標としていたが、実際は民間の市街地を含めた無差別砲撃であり釜石で705人、浜松で170人の民間人が命を落とした。
- 両軍の戦闘行動が停止となる15日には空母機による東京への空襲が行われ、これが最後の日本への攻撃となる。これらの作戦にサウスダコタは護衛として空母に付き従った。
- 8月15日、日本はポツダム宣言を受け入れ両軍の戦闘行動は停止する。サウスダコタはニミッツ大将の旗艦として8月29日東京湾に入港、戦艦ミズーリ艦上での降伏調印式が行われ戦争は終わった。
9月20日、サウスダコタは東京湾を出港し、10月アメリカ西海岸に到着、東海岸には46年1月に到着したが、すでに海軍の主力は空母の時代となっており、サウスダコタは6月には予備艦となり1948年退役。1962年アメリカ海軍籍より除籍、スクラップとして売却される。- サウスダコタの16インチ砲、錨、鐘、プロペラ、旗柱がサウスダコタ州スーフォールズ市のサウスダコタ記念公園に残されている。
- サウスダコタは太平洋戦争においてバトルスターを13個獲得した。
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