試製 秋水

Cached: 2021-10-21 10:47:44 Last-modified: 2021-08-15 (日) 19:52:15
No.351
試製 秋水局地戦闘機
装備ステータス
火力雷装
爆装対空+2
対潜索敵
対爆+8迎撃
戦闘行動半径1
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可、改修不可
全ての艦娘に装備不可、基地航空隊にのみ装備可能
2019年7月作戦報酬
2019年夏イベント E-1 甲・乙・丙・丁作戦突破報酬
任務「改加賀型航空母艦「加賀改二」、抜錨!」選択報酬
科学の国で開発され、実戦配備に就いた世界初の量産ロケット戦闘機。その貴重な技術資料を伊号潜水艦で持ち帰り、
不完全な図面から陸海軍共同で開発を進めた日本初のロケット戦闘機の試作型です。
通常のレシプロ機では迎撃の難しい、遥か高高度から飛来する重爆の邀撃を目指します。

ゲームにおいて

装備の運用について

  • 事前に運営が「航続距離が短い」と告知したように、戦闘行動半径がたったの1。これまで戦闘行動半径が最も小さかった雷電震電改Bf109T改を下回る。
    • そのまま半径1のまま出撃しようとして出撃マップの最低半径が2以上の場合、出撃できなくなる。逆に言えばでなければ半径1のマスが存在するということでもある
  • 対空2、迎撃0であり出撃時の制空値は九六式艦戦以下になるが、対爆が8烈風改(三五二空/熟練)よりも高い。このため防空時に限り雷電と同等の対空値+18相当の制空値になる。
  • 基地防空の仕様により対爆値が高いと敵機撃墜量が増えるため、防空優勢のみならず拮抗でも働いてくれる。(位置合わせが必要だが)

  • 以上のように、出撃への使用にギリギリ耐えられた他の局地戦闘機とは異なり、この装備は完全に防空専門の装備となる。
    • 雷電に比べると配置コストが2/3。期間限定海域ではギミックの解除などで機体を切り替える機会が多いため、配置コストが安いのはうれしい点。
    • 二式大艇を使うと半径4になる。熟練度上げに。

  • 余談であるが本装備については2013年9月の田中Pインタビューで言及されており、およそ6年後の実装となった。


高高度迎撃の仕様まとめ

  • 本機をはじめ、防空時に高高度局戦(ロケット戦闘機)の配備数によって、敵重爆撃機(銀たこ焼き)の空襲に対して以下の補正がかかる。
    ロケット戦闘機の数0123以上
    制空値への乗算補正0.50.81.11.2
  • 配備なしだと通常の防空値の半分になってしまい高制空値を要求するが、1個中隊(スロット)配備で0.8倍に抑えられ、2個中隊で1.1倍と逆に加算補正になる。
    3個中隊以上は一律1.2倍であり、現時点では4個中隊以上配備しても同様に1.2倍である。
    • ちなみに1部隊に3個中隊配備しても3部隊に1個中隊ずつ配備しても補正は同じであるため1部隊だけ防空させる場合などは同一部隊に入れればいい。
  • 敵重爆撃機(銀たこ焼き)がいないにも関わらず防空計算が重爆仕様になっていたケースが存在している。というより最近のイベントはほぼ全て重爆仕様になってる
  • ロケット戦闘機

性能比較表(装備最大値/局戦・陸戦早見表/テーブルより転送)

長いので折りたたんでいます

No名称火力対空索敵対爆迎撃装甲対空値
(出撃時)
対空値
(防空時)
戦闘行動半径配置コストボーキ
消費*1
入手方法改修備考追加
175雷電65291826108任務、イベント、ランキング-編集
201紫電一一型81119.51136108、ランキング編集
202紫電二一型 紫電改913213.51446108改修、ランキング-編集
263紫電改(三四三空) 戦闘30111242171946108イベント-編集
333烈風改10621132449162イベント-編集
334烈風改(三五二空/熟練)1173115.52849162イベント-編集
418零式艦戦22型(251空)1211316.5177472イベント編集
416零式艦戦21型(台南空)1111315.5167472イベント編集
417零式艦戦32型(台南空)1211418185472イベント編集
350Me163B292201472イベント、ランキング-高高度局戦編集
351試製 秋水282181472任務、イベント、ランキング-高高度局戦編集
352秋水393211472イベント、ランキング-高高度局戦編集
354Fw190 D-92123316.52138144イベント-編集
176三式戦 飛燕81312.51337126任務、イベント編集
177三式戦 飛燕(飛行第244戦隊)934151947126イベント、ランキング編集
185三式戦 飛燕一型丁92313.51647126改修、イベント、ランキング編集
218四式戦 疾風101111.51357126イベント編集
221一式戦 隼II型62986472、イベント、ランキング編集
222一式戦 隼III型甲171311.5126472改修、イベント、ランキング編集
223一式戦 隼III型甲(54戦隊)2811312.5137472イベント、ランキング-編集
225一式戦 隼II型(64戦隊)11111518.5187472イベント、ランキング-編集
250Spitfire Mk.I17218.5124590任務、イベント、開発編集
251Spitfire Mk.V193212175590改修、イベント編集
253Spitfire Mk.IX(熟練)11024161846108イベント-編集
  • 濃緑色は局戦薄緑色は陸戦
  • 火力および装甲の効果は不明
  • 艦載機との制空値比較はこちらの表を参考のこと
  • ウグイス色は出撃時対空値空色は防空に関連する数値

小ネタ

  • 秋水とは日本陸軍と日本海軍が珍しく共同で研究開発したロケット戦闘機である。陸軍でのキ番号はキ200、海軍での略符号はJ8M。
    • 「秋水」とは「秋のころの澄みきった水」から転じて「曇りのない、よく研ぎ澄ました刀」のことであり、岡野勝敏海軍少尉の詠んだ「秋水三尺露を払う」という短歌に由来する。
    • 当初は原型となった機体と同じMe163と呼ばれていたが、飛行試験成功後の宴会でこの短歌が提出され、名称として採用された。そのため、陸軍と海軍のいずれの命名規則にも従っていない。

型破りなロケット戦闘機「秋水」はなぜ必要とされたのか

型破りなロケット戦闘機「秋水」はなぜ必要とされたのか

  • 本機は遣独潜水艦作戦によってもたらされたロケット戦闘機Me163の図面を参考にして設計された。しかし運んでいた伊29潜水艦は米潜水艦「ソーフィッシュ」の雷撃によって沈められ、日本が得た資料は経由地のシンガポールから巌谷英一海軍技術中佐が零式輸送機に乗って空輸したごく一部のみだった。このため、Me163と外見は似ていながらも日本独自の設計が多く盛り込まれており、相違点は多い。
    • ちなみに伊29はジェット戦闘機Me262も輸送していたが、こちらも巌谷中佐が持ち出したわずかな資料を除いて失われ、実質国産の「橘花」が生まれることになる。
  • 秋水が必要とされた背景には、アメリカ軍のB-29による苛烈な爆撃がある。高性能の過給機を搭載したB-29は上空10,000m以上の高高度でも飛行できたが、過給機の開発に遅れを取っていた日本の戦闘機ではその高度に到達するだけでも困難であり、到達できたとしても有効な邀撃は期待できなかった。酸化剤を内蔵するロケット戦闘機ならば、周囲の酸素濃度に関わらず推進力を維持することができる。また、Me163で問題となった極めて短い飛行時間も「局地的な防衛には十分に有効」との判断が下され、陸軍と海軍と民間の三者共同による開発が決定された。これがホンモノの局地戦闘機である。
    • 実は日本もこの手の機体についてはずぶの素人だったわけではない。Me163の大きな外観的特徴である無尾翼については、東京帝国大学航空研究所で木村秀政研究員が同様の機体を設計していた。また、ロケットエンジンの研究は1940年から陸軍航空技術研究所において開始されている。また海軍でも酸素魚雷に次ぐ新たな魚雷の駆動力としてロケットを検討しており、高濃度過酸化水素と水化ヒドラジンの化学反応によるロケット推進の研究を行っていた。実際はアレの新型に積むつもりだったらしいが
    • 開発は機体を海軍が、ロケットエンジンを陸軍が担当することに決まった。しかし、白羽の矢が立った三菱は無尾翼機の開発経験がないうえにドイツから得られた資料も外観の三面図のみで翼の形が良く分からなかったために最初は「開発は不可能である」と断った。海軍航空技術廠が翼形の割り出しや空力データの算出を急遽行い、機体の製造の方は何とか目途が立った。戦時中の日本において研究機関と現場の意思疎通がうまく行われた稀有な例である。

「秋水」開発陣の艱難辛苦

「秋水」開発陣の艱難辛苦

  • 図面の多くが失われたことを受け、技術的な問題や資材不足も踏まえて大幅な設計のアレンジが行われた。
    • Me163の機首先端には発電用の小さなプロペラ型の風車があるが、秋水はこれを廃止し、無線装置とバッテリー搭載のために機首をやや延長した。内部の桁構造やキャノピーも日本風の設計に改められ、主翼を木製として左右に10cm程延長している。
      • 秋水とMe163を見分ける一番簡単なポイントがこのキャノピー部分の差異。5枚のガラスをフレームで留める従来と同じ方法の秋水に対し、Me163は一体成型のガラスを使用しているので識別は容易。
        当然ながら艦これのイラストでもこの差異は再現されている。
  • ロケットエンジンはある程度のノウハウがあったとはいえ、資料が殆どないこともあって開発は困難を極めた。
    • 日本版ロケットエンジンは「特呂二号(KR10)」と命名された。型番の「KR」は「クスリ=ロケット」の頭文字。クスリとは後述の甲液と乙液のこと。
    • 酸化剤として甲液(濃度80%の過酸化水素)、燃料として乙液(メタノール57%、水化ヒドラジン37%、水13%を含む混合液)が使用された。これらの危険性は元となったMe163Bの場合と同様であり、整備員は長袖長ズボンを着用しなければならなかった。
    • エンジンの仕組みは、中の一軸のタービンの回転で甲液と乙液を同時に燃焼室に送り込むというもの。まず、甲液を付属の蒸気発生器に注入して蒸気を作る。*2
      タービンには大きく分けて3つの区画があり、発生した蒸気を中央の区画でタービンに吹き付けて羽根を回転させる。その両側には甲液が通る区画と乙液が通る区画が挟むようにあり、タービンの回転により適切な量の液を同調して燃焼室へと注入する。
    • 甲液と乙液は質量比100:36で混合せねばならず、それには繊細なセッティングが必要であり、燃料噴射弁の調整がほんの少しでも違っていると出力が上がらなかった。また、それぞれの区画は隔壁とタービンの軸受けのみで区切られており、もし工作の不良で隙間があったりすると甲液と乙液が勝手に混ざって大爆発である。このエンジンの構造はドイツと同レベルの正確な工作精度を要求するものであり、当時の日本の技術力では手に余るものだった。しかし、イチから新しいロケットエンジンを開発するのはもっと困難と判断した陸軍は、少ない資料を頼りにできるだけドイツのエンジンを再現することを目指した。
    • この他にも米軍による空爆や東南海地震の被災もあってエンジンの開発を行っていた三菱航空機名古屋発動機研究所は壊滅し、横須賀市追浜の空技廠に移動して開発は続けられた。
  • 最終的な秋水の仕様は最高速度が800km/h、燃焼時間は約5分30秒、武装は30mm機関砲×2である。離着陸はMe163と同じく着脱式の車輪で離陸し、胴体に格納されたソリで着陸する。
    • Me163ではMk108 30mm機関砲2門を搭載しているが、秋水では国産の五式三十粍固定機銃一型2門を搭載している。
      Mk108と比べ五式は少々かさばるためか、搭載弾数はMe163が200発に対し秋水は100発と半減している。

念願の初飛行と失敗、そして終戦

念願の初飛行と失敗、そして終戦

  • このような困難の中でも秋水の開発は粘り強く続けられた。
    • 1944年12月26日に、秋水を模した全木製の軽滑空機「秋草」が秋水の配備部隊である海軍三一二航空隊の犬塚豊彦大尉によって滑空飛行テストを行った。当初は着陸に成功しただけでも大喜びするレベルだったが、「秋草」による滑空テストは順調に回を重ね、操舵感覚は良好で機体設計そのものに問題なしとの評価を受けている。1945年1月8日には実機からエンジンと武装を取り外した「秋水重滑空機」が犬塚大尉の手によって試験飛行を行った。
    • 1945年の7月7日、ついに横須賀海軍航空隊追浜飛行場で試製秋水の初飛行が行われた。パイロットは引き続き犬塚大尉が務めた。秋水は離陸直後は順調に加速し上昇していたが、高度350m付近で突如噴射口から黒煙を噴きエンジンが停止してしまった。それでもなお余力で上昇したが500m付近で水平になり滑空しながら右旋回し出発地点に戻ろうとした。胴体の下からは白い霧のようなものが噴出したが、犬塚大尉が甲液の非常用放出弁を開いたものと思われる。滑走路脇上空を通過し、着陸のためにさらに右旋回したが、失速気味になり高度を失い施設部倉庫の屋根に翼端を引っ掛け墜落した。なお深いバンク角(進行方向に対し左右横方向への傾き)をとって旋回のために操縦桿を引くと速度を急激に失う挙動はドイツでも犠牲者が出てはじめてわかった無尾翼機特有の挙動であり、通常の機体ならば何の問題もない操作なのであった。
      • 犬塚大尉に柴田武雄大佐は異常が起きた場合は、機体の替えはあるから気にせず着水するように指示していた。また沖には内火艇が救助のために待機していた。艇長は犬塚大尉と海兵同期であり何が起ころうと救助してくれるのであった。
    • 指示に背き、犬塚大尉が着水を選ばなかった理由はわからない。犬塚大尉は直ちに救助され意識もあったが、翌日未明に頭蓋底骨折のためこの世を去った。
      • この事故は燃料タンクの構造上の問題が原因だった。秋水は離陸後に大きく仰角をとって上昇するが、燃料タンクから燃料を吸いこむ配管が前方についていたために燃料が吸いこめなくなり、エンジンストールを起こしたのだった(同様の問題はMe163でも指摘されていた)。
    • すぐに問題点を解決した試作2号機が製作されたが、エンジンが試験中に爆発事故を起こして失われたために頓挫した。陸軍でも試験飛行を行う予定であったが、エンジンが最後まで完成しなかったため実現しなかった。
  • 日本では多くの犠牲を払いながらも実戦投入が叶わなかった秋水ではあったが、例え量産化に成功したとしてもMe163と同じような問題に悩まされたことは容易に想像できる。
    • 特に燃料の甲液である過酸化水素の当時の製法は「電解法」である。燃料を製造するだけでも膨大な電力を消費することがネックとなったであろう。*3
    • 海軍は3,600機量産という壮大な計画を立てていたが、完成したのは試作機含めて7機に過ぎなかった。末期には自爆式の爆弾を搭載しての敵編隊への特攻も計画されていたという。
    • 戦後の日本は航空機の開発を禁じられたものの、ロケットの研究は継続し、世界でも有数のロケット技術を持つに至った。きっと秋水の開発に携わり、殉職した先人たちもそのことを喜んでいるに違いない。
  • 現在の秋水を見ることができるのは、アメリカのカリフォルニア州チノにあるプレーンズ・オブ・フェイム航空博物館と、愛知県名古屋市の三菱重工 大江時計台航空史料室の2か所。
    • アメリカの機体は三菱で製造された第403号機であり、技術調査終了後に廃棄処分される予定だったものを同博物館の創設者エドワード・T・マロニー氏が買い取り、修復作業後に展示され現在に至る。一部が「秋草」の部品に置き換わっているもののほぼ完全な状態であり、特呂二号エンジンも一緒に展示されている。
    • 愛知の機体は1961年に神奈川県横浜市金沢区で工事中に偶然発掘された胴体の一部から、当時の設計図を基に復元したもので元は愛知県豊山町の三菱重工 名古屋航空宇宙システム製作所史料室に展示されていたもの。しかし同館は建屋の老朽化を理由に2017年5月末をもって休止されたため、他の展示物とともに現在の場所に移設された。
    • また秋水の燃料タンクに使われる予定だった陶器が、愛知県常滑町で植木鉢代わりに使用されて公道に飾られている。側面にはしっかり企業ロゴと製造番号も書いてある。

この装備についてのコメント


*1 1スロ当たり
*2 蒸気発生器の中には触媒の二酸化マンガンが入れてある。過酸化水素の分解により水と酸素が発生する小中学校でもお馴染みの化学反応。
*3 同じ様に電気分解で製造される金属と言えばアルミニウム(これに銅などを少量加えた合金が「ジュラルミン」)がある。しかし当時、日本や満州にあったアルミ精製工場は資源が乏しくなり始めた1943年頃から「電力供給難」で満足に稼働できない状況であり、更に困窮極まった1945年頃にこちらへ電力資源を割く余裕は全く無かったと言っていいだろう。