伊47

Cached: 2020-10-23 17:32:33 Last-modified: 2020-10-22 (木) 04:41:00
No.436
ヨナって呼んでくださいな。 ヨナですよ?伊47(い47)巡潜丙型 7番艦 潜水艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久14火力2 / 8
装甲4 / 20雷装36 / 72
回避13 / 39対空0
搭載0対潜0
速力低速索敵7 / 27
射程47 / 90
最大消費量
燃料10弾薬20
装備
未装備
装備不可
装備不可
装備不可
改造チャート
伊47伊47改(Lv50)
図鑑説明
佐世保生まれの伊号第四十七潜水艦、伊四十七です。
後期の主力潜水艦の例に漏れず、あの兵装を主力として、ウルシー泊地襲撃やホーランディア、
沖縄方面に出撃、終戦まで戦いました。今は五島列島沖の海底で眠っています。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:藤田咲、イラストレーター:星灯り (クリックするとセリフ一覧が開きます)

セリフCV:藤田咲、イラストレーター:星灯り
入手/ログイン伊号潜水艦、巡潜丙型の七番艦、伊四十七。
ヨナって呼んでくださいな。 ヨナですよ?
うふふ、提督、いいですか?
母港/詳細閲覧ヨナ? 良いですよ。
ヨナを呼んだの、提督? ……違う?
母港クリック時艦首に、8門あるんだ、ヨナ。これで、戦っていい? 本当? 本当に?
……よかったあ。もう、苦しくない。ないよ。
母港/詳細閲覧【秋】鎮守府秋祭り、楽しいー。
……迅鯨さん? ……大変そー。
ケッコンカッコカリ(反転)
ケッコン後母港(反転)
編成/出撃第十五潜水隊、伊47。出撃。戻って、くるからね。
出撃ヨナ、出るの? 良いですよ。提督、手を、繋いでいてね。ずっとよ?
アイテム発見あれ、イカダじゃない!? ……違う?
開戦/攻撃敵艦、見つけました! 魚雷戦、用意してください。魚雷戦です!
夜戦開始夜です、やって……みます!
攻撃/航空戦艦首魚雷! 用意、お願いします!
連撃/弾着観測射撃/夜戦攻撃1番から、4番。てぇー!
小破はあああっ!? や、やめてぇ! 急速潜航!
小破/旗艦大破やめてやめて、やめてぇ!
中破/大破ば、爆雷? 水が……責めてくる……嫌! メインタンクブロー、浮上して!
勝利MVPそう……なの? ヨナが……? 本当!? 本当に!?
みんなに……みんなに、報告して、くるね!
帰投作戦、完了。こういう作戦なら……悲しくない。
補給ありがとう。これで……ヨナは、動ける!
改装/改修/改造魚雷より大きい魚雷を、もう、積むことはありません。
こういうの、好き。
改装/改修/改造(遠征選択/アイテム発見)あれ、イカダじゃない!? ……違う?
入渠(小破以下)少し……ごめんね?
入渠(中破以上)ううん、直る……直します。ごめんね?
建造完了あたらしい、仲間。仲間だね。
戦績表示一人一人を、ヨナが、忘れることは、ありません。
轟沈(反転)水が……水が責めてくるの……でも、温かい……ヨナも……ヨナも……みんなのところに……行くの?
時報改で実装
放置時あの筏、ヨナ、覚えてるよ。……その後のことも、ずっと忘れない、一人も。
……っ、この幸せも、忘れないっ。

ゲームにおいて

  • 2020/6/27、2020年梅雨&夏イベント「侵攻阻止!島嶼防衛強化作戦」のE-3突破報酬として実装。
  • 性能は中々優秀。能力配分は伊19伊26に近いが、艦名に合わせたのか運の初期値が47と2020年6月時点で改装前の潜水艦ではトップ、最終改装まで含めても単独2位という高い値を誇る。
    • ただし1スロットでその高い運を夜戦で発揮するには補強増設スロットに潜水艦用電探をセットしつつ、潜水艦用の後期型魚雷を装備する必要がある。早めに改装するのが吉。

キャラクター設定について

  • 自称「ヨナ」。
  • 潜水艦娘は元気な子が多いが、U-511伊13のように少し儚げな印象を受ける子。
  • 戦歴が戦歴だけに、図鑑での「あの兵装」、装備換装時の「魚雷より大きい魚雷」等、艦娘の中ではアレに触れることが多い。
    • 艦首魚雷で戦えることを「もう苦しくない」と喜んだり、作戦帰投時の「こういう作戦なら、悲しくない」、放置時の筏の話等、セリフの端々にアレに関しての辛い思い出が見え隠れする。
  • スリングで箱型の8連装魚雷発射管を引っ掛けているが、通常時見えているのは後方で、発射口は中破時に見える赤い蓋の部分。
    • 蝶番から察するに発射時は赤い蓋が上下に展開して、魚雷発射管が露出する構造と思われる。
  • 潜水艦娘としては珍しく太ももに武装を装備しており、左には25mm連装機銃、右には14cm単装砲が装備されている。
  • 公式四コマでの初登場は第224話。五十鈴山風の背後から「みんなの後ろにヨナ~」と浮上。作戦行動中だった皆を心底驚愕させた。

限定グラフィック

  • 2020年09月17日のアプデで期間限定グラフィック「鰻祭りmode」が実装された。
  • 重ね着をした半袖に短パンという格好で紺のエプロン、両手に軍手をはめた本格的な出で立ち。
    右手に持った団扇には、鎮守府鰻祭りのロゴと一緒にC2機関のロゴもうっすらと確認できる。
  • 中破すると半袖が少し焦げるだけで露出は少ないが、短パンから覗く太ももが色っぽい。

小ネタ

  • 元ネタは日本海軍の巡潜丙型(伊16型)7番艦「伊号第四十七潜水艦」である。1943年9月29日進水、1944年7月10日就役。
  • 巡潜丙型としては初実装となる。

伊16型(巡潜丙型)とは

  • 1937年のマル三計画により計画された3種類の巡潜型潜水艦(甲型、乙型、丙型)の1つ。
    • 乙型(伊15型)との主な違いは、水偵の搭載廃止と雷装の強化(魚雷発射管が艦首8門に)。
  • 1940~41年に竣工した前期型(伊16,18,20,22,24)と、損耗補充のために1944年に竣工した後期型(伊46,47,48)があるが、本艦は後期型。
    • 後期型は内殻板の材質がDS鋼から軟鋼に変更されている以外、前期型とほぼ同じ。
    • 丙型の派生型としては丙型改1(伊52型)が存在するが、これは乙型の航空設備を撤去した簡易版で発射管自体は艦首6門のままだった。
  • 前期型は甲標的を搭載して甲標的母艦として活動。真珠湾攻撃、シドニー湾攻撃、ディエゴスアレス港攻撃、ルンガ泊地攻撃に参加。後期型は回天の母艦として活動した。
  • 終戦まで生き残ったのは伊47の1隻のみだった。
    • 赤穂浪士と同じように切腹するまで死なない、名前もシナナ伊、死なない御船と乗組員は信じていた。

戦歴

  • 伊47は昭和16年、昭和17年度戦時艦船急造計画、略称マル急計画の丙型潜水艦6隻のうち、第377号艦として昭和17年11月21日佐世保工廠で起工。
    • 戦況の悪化により線表の大改訂があり、佐世保工廠で着工済みの伊46、47、48だけが工事続行となった。
  • 昭和18年9月29日進水、昭和19年4月15日艤装員発令、艤装員長は折田善次少佐。乗った潜水艦は沈まない悪運がついてるという噂から折田悪次という異名があった。7月10日に完成し、以後瀬戸内海で2ヶ月間訓練に当たる。
    • 伊47についてはこの折田艦長の証言をもとに語られているが、他の乗組員たちの証言とはかなり食い違いがある
  • 伊47の乗組員のほとんどは潜水学校を卒業したばかりで、潜水艦勤務そのものがはじめてであった。そこで急速潜航だけでもできるよう、折田艦長は全没するまで50秒を切ることを要求、ついには40秒で可能となった。
    • 伊36と伊47はライバルであった。どの作戦でも36と47はともに出撃し、どちらも向こうの戦果には負けられないと強い対抗意識があった。訓練でも伊36が急速潜航で一分を切ったと聞けばうちは55秒でやるとこんな具合であり、港でならんで停泊してる時など夜中まで互いを見ながら訓練を続行、ついに両艦の先任将校が話合い、もうよそう、貴艦でやめない限り夜があけてしまうとやっとやめたという話もある。
  • 訓練終了後、横須賀で出撃前の最後の整備が行われ、レーダー対策のゴム粉末を練り込んだセメントを厚さ3cm以上塗り込み等といった工事、必要な物資の搭載等で3週間で出撃準備を整えた。
  • 10月18日、神奈川県日吉の連合艦隊司令部に折田艦長が呼ばれ、「新鋭伊47潜に大いに期待している。フィリピン東方海上で敵艦に一矢報いてほしい」と激励された
    • 連合艦隊司令部より横須賀に戻った艦長は第六艦隊司令部へ電話すると「伊47潜は横須賀工廠で後甲板に特殊工事をする。それが終わり次第、急遽呉に回航せよ」という命令を受けた。乗組員全員フィリピンへ出撃すると思っていただけに、何がなんだかさっぱりわからなかったという。
    • すぐに工廠関係者が乗り込んできて、乗組員からすれば得体のしれない工事を始めた。聞いてみても極秘事項だと答えるだけであった。
    • 横須賀での工事は数日で終わり、呉に入港、潜水艦桟橋で待ち構えていた工員達が横付けすると、すぐに飛び乗ってきて工事を始めた。この時点でもまだ何の工事なのか見当もつかなかったという。
    • だがついに人間魚雷回天搭載設備工事だと知り、仰天したのであった。

      第一次回天特攻作戦 玄作戦 菊水隊

      第一次回天特攻作戦 玄作戦 菊水隊

      • 昭和19年11月8日、回天基地のあった大津島より仁科関夫中尉、福田斉中尉、佐藤章少尉、渡辺幸三少尉が伊47に乗艦した。
        • 午前9時、伊36,37,47の順に出港、伊47には非理法権天と南無八幡大菩薩の幟、そしてセイルには菊水の紋章、仁科中尉達は七生報国と書かれた鉢巻を締めていた
          • 大津島では隊員と島民が見送り、隊員達を満載した魚雷艇等が追従、九六式水偵も低空飛行してはバンクを繰り返した。仁科中尉は軍刀を抜き、大きく振って答えた。潜水艦が増速すると、それらの艇も離れ反転していった。
      • 四国の佐多岬沖で武運長久の信号を送り、単独行動に移った。四国の南西端沖ノ島を通過する。ここから先はアメリカ潜水艦が出没する敵地であった。
      • 11月10日の朝、友軍機に対する敵味方識別標を取り外すべく上甲板へいった岡之雄兵掌水雷長が海中に転落した。
        • 太平洋の巨大なうねりの中で、なにか光るものを艦長が発見、無事救助された。重本航海長は、岡之掌水雷長の少し禿げ上がった額に朝日が反射したのだと言っている。
          • この後、福田斉中尉は「太平洋を遊泳する掌水雷長」という題の漫画を描き、艦内新聞に載った。
          • 偶然ではあるが、掌水雷長は測量特務艦「膠州」に戦前乗艦しており、ウルシー環礁、クェゼリン、コッソル水道の測量に従事したことがあった。4人は非常に熱心に掌水雷長に質問した。掌水雷長とて10年以上前しか知らず、つい話してしまったことを後悔した。
      • 潜水艦は昼間潜航して、夜間浮上航行を行うのが通常であったがこのころは連合軍のレーダーは闇夜も霧も見通し、夜間でも潜航せねばならなかった。
        • 伊47もウルシーの800海里圏内からは浮上は黎明前の4時間と日没後の2時間だけ、あとは潜航し電池の消耗を抑えるべく3ノットの最微速で行った。回天の整備もこの短い浮上航行中に行われた。
      • 出撃から10日目の11月18日、潜航中の艦内温度は38度、炊事室や電動機室は43度を越え、蒸し風呂のような状態であり、しかも呼吸によりどんどん空気が汚れていった。
        • 乗組員たちは汗まみれとなってあえいでいる中、回天隊員は身の回りのものを処分し、遺書を書いていた。攻撃まであと2日であった。
      • 日没後50分後に浮上、一番見張りの山本信号長が左10度上空が明るいと報告、それがウルシーの灯であった。
      • 18日夜、ウルシー西方を浮上したまま南下、回天の最後の整備を行う。19日夜明けの1時間前に潜航、進路を東北東にとりウルシー南西部の泊地偵察地点に向けた。
        • 午前9時、ソナー員が異様な音がするとの報告があり、ポチャポチャとなにかを投げ入れるような音がした。
          • 艦より3000mという至近距離に島があり、そのサンゴ礁に波が打ち付ける音であった。
          • この時艦長は通常の潜望鏡と夜間潜望鏡の2つを上げ、回天隊員に納得がいくまで確認させ、掌水雷長には敵艦隊の状況と回天突入の想像図を描くよう命じた。数時間後に敵空母轟沈の想像図をかきあげ、艦長と隊員が記念の署名をした。これは揚田司令が昭和天皇に回天の戦果を上奏した際に、昭和天皇も天覧したとのことである。
      • 11月20日0時30分、ついに回天搭乗命令が出た。浮上し、まずは3,4号艇の佐藤と渡辺両少尉が上甲板から回天に乗り込んだ。
        • ハッチを閉めるよう要求したが、この時整備員達は動けなかった。再度の要請と先任将校の掌水雷長の要請により、泣きながらハッチを閉めた。閉めると同時に整備員達は回天の下に泣き崩れた。
          • 伊47はすぐ潜航しなければならなかったが、整備員達は回天の架台にしがみついて離れようとしない。大堀大尉と掌水雷長は途方にくれたがなんとかなだめすかし、抱きかかえるにして彼らを艦内にいれた。
          • 潜航するとすぐに2号艇の福田中尉が「お世話になりました、行きます」の言葉の後に搭乗、1号艇の仁科中尉も「お世話になりました、ありがとうございました」と言葉を残し1号艇に搭乗、ハッチを閉め終わると回天への搭乗通路がある機関室内で号泣、機関員達も泣き出したのであった。
          • 仁科中尉は回天の開発者で、訓練中の事故で死亡したもう一人の開発者黒木博司大尉の遺骨が入った白木の箱を抱いて回天に搭乗している。
      • 回天のコンパスと深度計を伊47のものと調合の後、4時15分の発進前に折田艦長は「アイスクリームはうまかったか」と声をかけた。「とてもおいしかったありがとうございました」と返ってきた。もはや日本内地でも見ることのないアイスクリームを最後にもたせたのであった。
      • 4時15分、回天は全機発進、聴音機が回天が無事に航走していることを伝えてきた。
      • ここで折田艦長ははじめて急速浮上を命じ、20ノットで夜明け前の暗い海上を南下、艦長はずっと後方のウルシー泊地を見ていた。
        • 「やった!」と大声に倉本航海長が振り返ると、彼がかつてルンガ沖で見たものよりはるかに大きい爆発が見えた。「回天1基命中」の知らせに艦内はどよめいた。再び大火柱が立ち上った。
        • この時、艦影を発見し潜航。敵艦は伊47に気づかずウルシー環礁へもどっていった。潜航中の午前6時に再び振動を感じ、ソナーもウルシー方向での爆発を感知した。
        • 日没後に浮上。18日と違いウルシーの灯は消えていたのであった。伊47は今度は通常の潜水艦作戦を行うべく、フィリピン沖へ向かった。
          • だが11月23日、ヤップ島沖で折田艦長は特攻作戦の戦果と経過を第六艦隊に報告すると、呉への帰投命令が折り返しきた。12月1日、呉に帰投。
      • 呉で行われた戦果報告会では、正確な戦果は求められていなかった。目的は作戦の続行と訓練中の隊員の戦意高揚であった。
        • 後に金剛隊とあわせて神潮特別攻撃隊として戦果を発表。菊水隊の戦果は空母3隻、戦艦2隻撃沈というものであったが、実際は給油艦ミシンネワ1隻が轟沈したのであった。残りの3基のうち、2基はサンゴ礁に座礁し自爆、1基は軽巡洋艦モービルの機銃掃射と護衛駆逐艦ラールの爆雷攻撃で撃沈された。

      回天特別攻撃隊 金剛隊

      回天特別攻撃隊 金剛隊

      • 2回めの回天特攻は伊36、伊47、伊48、伊53、伊56、伊58の6隻の潜水艦による24基の回天により、複数の地点を同時に攻撃するというものであった。
      • 伊47はニューギニア島フンボルト湾内のホーランディア港(現ジャヤプラ)の攻撃を命じられ、昭和19年12月25日大津島を出港した。
        • 金剛隊の隊員は川久保輝夫中尉、原敦郎少尉、村松実上等兵曹、佐藤勝美一等兵曹であった。
          • 川久保輝夫中尉は艦長と同じ鹿児島出身であり、兄の尚久少佐とは同期、輝夫中尉は幼児のころから顔見知りであり、この時、川久保家は男子は全員が兵学校出身で兄3人が戦死、今末弟の輝夫中尉も死ぬことが決定した。
          • 四国の南西、沖の島を出る際、折田艦長は輝夫中尉を呼び、鹿児島のほうを教えた。
      • この時一つの奇跡があった。
        • 昭和19年12月30日未明のことである。伊47は北東貿易風圏内に入り、南下していた伊47は追い風をうけて後甲板に波がかぶり、回天の整備作業ができなかった。そこで波を左艦首に受けるように東に進路を変更した。
          • 倉本航海長が伊47にいた間、こんなことが起こったのはこの時だけであったという。そしてさらにおかしなことに、この日は回天整備作業もはかどらず遅れていた。ウルシー環礁から300海里の地点であり、アメリカ海軍の哨戒圏内である。夜明けは間近で一刻も早く潜航せねば危険であった。
        • 朝になり明るくなってやっと回天の整備作業は終わり、作業員達も艦内に引き上げやっと潜航できると思ったときに、山本信号長が浮遊物を発見する。最初は流木だろうと気にも止めなかったが、帆らしきものが見えるとの報告に、最初米軍機の遭難ゴムボートではないかと判断する。そうなら無線機をもってるだろうし最寄りの基地に伊47を報告するだろうとの作戦上、また人道上の理由からも何であるか確認することにした。
        • 接近すると小さな帆を貼った筏であり、人間が数人横たわっているように見えた。艦長は大堀先任を呼び状況を説明、アメリカ人である場合、反撃されることを考え砲術科員に小銃をもって艦橋に集合させた。さらに接近するとドラム缶をつなぎあわせた筏であり、その上にカバーをかぶってどこの人間か区別できないが横たわっているのが見えた。こんな貧弱なものを米軍が使うとは思えなかったが、とにかく一刻も早く潜航しないと危険だったため、日本人でもアメリカ人でもいいから救助してすぐ潜航しようと艦長も「漂流者救助用意」と命令を出した。
          • 折田艦長は戦後「助ける気はなかったが輝夫中尉に懇願されて助けることにした」と言ってはいるが、実際はそのような悠長なことをやっている時間はなかったのである。
        • 艦長は急いで収容しろと命令、伊藤少尉以下8名が救助され、伊47は予定より2時間遅れて潜航した。
          • 輝夫中尉は自分たち4人の命と引き換えに8名を救助できたのは喜ばしいことで、この回天作戦の幸先はよいとして、わずかばかりの私物を救助された8名に渡したのであった。
        • 収容された8名は衰弱しきっており、軍医長はとっさに「何だ貴様らしっかりしろ、ここでへたばるくらいなら、どうしてグアム島で切腹しなかった」と怒鳴りつけ、聞いた5名の軍人はビクンと体が硬直し、3名の軍属は戸惑い照れていた。あの上品で優しい軍医長の、どこからそんな言葉がでたのか乗組員たちはいぶかった。
          • 戦後軍医長はそんなこといったかなあ、言ったかもしれないなあと覚えていなかったようである。
      • 昭和20年1月6日、赤道を通過、この時折田艦長は赤道祭を行うことにした。
        • 演出は何事にも通じてる岡掌水雷長が行い、乗組員たちの中で最も多く赤道を通過した操舵長の山口隆雄兵曹が赤道神になり、天(司令塔)から下界(発令所)に降りて艦長に赤道の扉を開く鍵を手渡した。その後、正月の屠蘇の残りか餅が配られた。回天隊員も漂流者も楽しげであったとのことである。
      • 第6艦隊から金剛隊各艦へは昭和20年1月11日の月の出から夜明けまでに攻撃、距離は20海里以内でできる限り接近せよとの命令であったが途中で12日に延期になった
      • 8日朝には陸軍の偵察機からの報告が入り、輸送船50隻ばかりで若干の巡洋艦駆逐艦がいるが空母や戦艦は不在、ということであった。
        • 艦長は隊員達にこのことを告げたが「輸送船でもよい、ぜひ突入したい」との返答であった。
      • 1月11日午前零時、ホーランディアの50海里圏内に侵入、ホーランディア上空がうっすらと明るく見えた。夜明け前、潜航する直前伊47の進路前方に閃光が見えた。なにか危険を感じた艦長は進路を反転、しばらく浮上航行しているとまた前方に発光信号らしい閃光を確認、また進路を反転し潜航した。深度50mでホーランディアに進撃、午前11時、潜望鏡をあげて海上観測、このときに隊員達にホーランディアへ侵入する地形を観測させた。
      • 日没後、予定より30分遅れて浮上、艦内では艦長が隊員たちに攻撃命令を伝達、壮行会を行った。
        • この時伊47の左前方に灯りをつけた病院船が通りかかった。発見されると通報されてまずいため潜航、艦長は「明朝の回天攻撃による負傷者にちょうど誂え向きの病院船だ」と言ったのである。
      • 病院船をやり過ごした後は浮上、いよいよ回天に隊員達が乗り込んだ。この時、整備員達が回天の下に泣き崩れ、その整備員を抱きかかえて艦内にいれる先任と掌水雷長の苦しみも前回と全く変わらなかった。
      • この時、またも山本信号長が魚雷艇を発見、急速潜航した。魚雷艇は伊47の直上を通過していったのである。
      • 12日午前4時15分から5分間隔で1,3,4,2号の順に発進、伊47は浮上、ホーランディアから離れるべく速度20ノットで北東に進んだ。
      • 午前5時、艦尾のホーランディア方向をみていた艦長が「やった」と叫んだ。オレンジ色の爆発光は川久保輝夫中尉の1号艇に違いないと思われた。夜明け前に伊47は潜航、その直前に潜水艦に襲われたというSのモールス信号を受信、しばらくしてソナーが数発の爆発音が聞こえた。全員が黙祷を捧げ、整備員たちはやはり前回と同じように発令所に全員集まり泣いていた。
      • アメリカ側の記録によるとホーランディア港外に停泊していたリバティ船ボンタスHロス号の左舷に魚雷が衝突、直径9インチほど外板に凹みができただけで魚雷は弾き返されて水面をすべってゆき、艦首をまわりこんで右舷艦首方向90mで爆発したが損傷は軽微であった。
        • 回天は安全装置を外さねば爆発はしない。12ノットの巡航状態で港外に停泊していたボンタス号に衝突、急いで安全装置を外し自爆したものの距離が離れてしまったと推定される。
        • ほかにはホーランディア岬の方向にて閃光が確認されたとのことで、航法を誤りホーランディア岬に座礁、自爆したものと推定される。
      • 伊47は内南洋諸島東部を北上、マリアナ諸島東方沖に進路をとった。アメリカ艦隊と遭遇するチャンスを見込んでである。昭和20年2月1日呉に帰投、ここでさらに前甲板にさらに2基の回天搭載設備を増設して6基となり、すべて艦内から乗れるように交通筒を取り付けたのであった。

      回天特別攻撃隊 多々良隊

      回天特別攻撃隊 多々良隊

      • 昭和20年3月26日アメリカ軍は沖縄へ侵攻、伊47、伊53、伊56、伊58に沖縄周辺のアメリカ艦隊への攻撃を命じる。
        • これは動かせる大型潜水艦のほぼすべてであった。伊53は3月30日に触雷、出撃中止となり伊44が代わりに出撃した。
      • 回天隊員は柿崎実中尉、前田肇中尉、古川七郎上等兵曹、山口重雄一兵曹、新海菊雄二飛曹、横田寛二飛曹の6人である。
        • 柿崎実中尉、前田肇中尉、古川七郎上等兵曹、山口重雄一兵曹の4人は伊56のこれが3度目の出撃であった。また新海菊雄二飛曹、横田寛二飛曹の二人はこのときが最初の出撃であった。彼ら二人はこのときも含めて3度出撃し3度生還、4度目の前に戦争が終わった。
      • 3月28日の朝呉を出港、夕方に光基地に到着回天6基を搭載、翌29日諸試験の後午後光基地を出撃した。
      • 夕方、宮崎県南部の青島沖で第一号型駆潜特務艇200号と並航していた時、上空に飛行機を発見、最初は味方だと思っていたが、200号が対空射撃を開始したため敵と気付き、急速潜航、海面で爆弾が炸裂し伊47に損害はなかったが200号は沈没した。
      • 日没後に浮上したものの、哨戒機に発見され赤と青の2色の照明弾が投下され、またも急速潜航、前方に爆雷を投弾されたが損傷はなかった。
      • 0230、種子島東方20海里にて敵艦を発見、当初は重巡だと思っていたが、艦長が潜望鏡で確認したところ駆潜艇であり、伊47へまっすぐ接近してきたのであった。
        • 急速潜航したところ、傾斜角50度という体感でいえばほぼ垂直に潜航、深度80mまで突っ込み浸水も始まった。
          • 後部メインバラストタンクのベント弁が油圧の故障で開かず、手動で開けたが今度は急角度で浮上が始まり水面をイルカみたいにはねた後また沈んだ。
        • 深度60mで水平を保ち、それから11時間に渡って2隻の駆潜艇に対潜制圧を受ける。艦内の気温は40度を越え、高温を発する配電盤がある管制室は53度、電気係は倒れた。
          • 水雷長ももうだめだと叫び、折田艦長はついに浮上し体当たりして刺し違える覚悟を決めた。喫水が浅い艦艇用の魚雷は日本潜水艦にはなく、砲も回天搭載のために撤去していたため体当たり以外なかったのである。だが海面まで浮上したところ運良く駆潜艇達は去ってゆくところであった。
      • 折田艦長は南方に敵機動部隊がいると判断、水上航走を開始したが破損したタンクから重油が漏れ、黒い油の尾を引いていた。
      • また、対潜哨戒機に発見され攻撃を受け、急速潜航する。
        • 哨戒機が去った後浮上すると艦橋の中に不発の爆雷が一発転がっていた。
      • 光基地を出撃してからわずか2日で4度も攻撃を受け、一度損傷を調査するため鹿児島の内之浦に向かう
        • 今日は多々良隊たたられたなあと藤崎兵曹はいい、伊47の人間は笑ったが、回天隊員は笑うどころではなかった。
      • 31日の朝、内之浦にて停泊、損傷を調査する。甲板は爆雷の破片がちらばって引っかき傷だらけ、甲板に搭載されていた回天もベコベコに凹み、艦の周囲の海は漏れた油で真っ黒であった。
        • あまりの損傷に手のうちようがなく、折田艦長も作戦続行を断念、回天隊員達には自分の不注意でこうなってしまったこと、だがこれでは潜水艦がここに居ますと教えるだけで部下全員を死なせてしまうと中止することを伝えた。
          • この時古川兵曹が「艦長、なんとかなりませんかねえ。われわれはこの前も帰ったんですよ。こんどもまた帰るなんてどの面さげて帰れるんだ」とくってかかった。
          • 「古川!」と柿崎隊長がとめ、「いつまでも駄々っ子みたいなことを言うんじゃない」といつも回天隊員には優しい艦長も流石に怒りがこもった。柿崎隊長が謝りそれで終わった
          • 横田兵曹も後に体験するが、卑怯者だから出撃せず帰ってくるのがいるし、いつも同じ人間だと心無いことを公言する士官がいたのであった。
          • 折田艦長は柿崎大尉に「絶好の死に場所を得るまでは生死を超越していくのだよ。そうして生きることはあるいは難しいことかもしれないが、それまでは耐えなければならない」とさとした。
      • 4月1日、光基地へ帰投、壊れた回天をおろした後4月2日呉へ修理のために入港した

      回天特別攻撃隊 天武隊

      回天特別攻撃隊 天武隊

      • 千早隊と多々良隊の戦果0、潜水艦未帰還多数により警戒厳重な泊地攻撃は不可能であると第6艦隊参謀鳥巣健之助は考えた。回天も洋上攻撃へ切り替えるべきと主張、第6艦隊のみならず軍令部も反対であったが伊36と伊47の2隻のみ試験的に行われることになった。
      • 伊47の回天隊員は多々良隊と同じであり、4月20日、光基地を6本の満開の八重桜を手に出撃した。
      • 4月29日、伊36が30隻を超える船団を攻撃、回天により4隻を撃沈したとの無電が入った。横田寛氏は先を越されたことが悔しかったという。
      • 5月1日、船団に遭遇。暗夜のため回天攻撃ではなく通常魚雷戦を選択、4本を発射爆発音が3回聞こえ、魚雷3本命中1隻轟沈、他一隻に火柱を確認した
        • 折田艦長によると暗夜で距離があり、接近しようにもどんどん離されるだけで一か八かやってみたとのことで、4本じゃなく6本*1全部撃つんだったと戦後語った
      • 翌5月2日、大型輸送艦と駆逐艦を発見、柿崎大尉と山口兵曹が発進、爆発音が聞こえ命中と判定した、さらに駆逐艦を発見、今度は古川兵曹が発進発進から47分50秒後に爆発音が聞こえてきた。回天は全力だと55分で燃料がつきるため、最後の襲撃で命中したとみな信じた。
        • このとき横田寛氏は司令塔からの待ての命令に「待てじゃねえ。いるはずだ、もっとよく探してくれ」と喧嘩を始めた。下士官が伊47最先任将校に喧嘩を売ったのであった。
        • 古川兵曹発進から20分後、音源が消滅したため前田中尉と横田兵曹に新海兵曹はこの日出撃しなかった。
      • 5月2日、魚雷戦と回天戦で伊47の位置はアメリカにバレていると折田艦長は考え、移動することにした。
      • 5月5日、再びアメリカ輸送船団の航路に侵入、5月6日朝、回天の搭乗訓練を行うと横田艇の電話が不通になっていた。回天内部に異常はなく艦外部に原因があると考えられたが浮上せねば直せなかった
        • 11時に音源発見、魚雷戦用意に続き回天戦の号令がかかった。折田艦長は波が高いため、魚雷戦のみにするつもりであったが前田中尉の大丈夫だどうしても出してくれとの懇願に負けたのである。
          • 横田艇と新海艇は電話が不通で発進できず、前田中尉のみが発進、24分10秒後に爆発音が聞こえた。
          • 11日の夜、「第6艦隊長官より打電あり、伊47の奮闘、大戦果を感謝す。近日中に、軍令部総長より奏上する。ただちに作戦行動を中止し、呉に帰投せよ」と艦内放送が流れた。伊47乗組員が沸き返る中、横田兵曹と新海兵曹だけは複雑な気分でこれを聞いたのであった、
      • 伊36の菅昌艦長も折田艦長も爆発音が4度聞こえ、両者とも4隻撃沈と報告した、そう信じたのであった。

      回天特別攻撃隊 多聞隊

      回天特別攻撃隊 多聞隊

      • 7月、潜水艦6隻による多聞隊が編成された。
      • 伊47は6月30日に修理を終え呉を出港、光基地にて13日まで回天訓練を行う。
      • 呉に一度戻り給油を行うがもはや重油の在庫そのものがなくなっており他の潜水艦から給油を受ける。
      • 17日呉を出港し、光基地にて回天を搭載し諸試験の後、19日光から出撃する
        • 折田艦長は5月15日付けで潜水学校の教官に転任し、鈴木正吉少佐が新艦長であった。
        • 回天隊員は加藤正中尉、相沢鬼子衛少尉、石渡昭三一飛曹、河村哲一飛曹、新海菊雄一飛曹、久本晋作一飛曹の6人であった。
      • 伊47は天武隊と同じ海域へ向かったが、アメリカ機と遭遇せず、電探にも反応がなかった。
        • 7月23日、沖縄本島から300海里、沖縄パラオ間にある割当の哨戒区で作戦行動に入るが、船も哨戒機もおらず、連日の晴天が続き急速潜航することもなかった。
          • が一度船団を発見し、急速潜航し回天戦を準備したものの、攻撃前の潜望鏡による観測で船団を見失い、浮上航行で捜索したものの遂に発見できなかった。
      • 7月29日、命令によりフィリピン北東の哨戒区に移動、だが台風により7月30日より海上は大しけとなり、艦橋のハッチから海水が艦内になだれ込む荒天に潜航を決断、翌31日も潜航を続け8月1日夜、潜航してても揺れていたがバッテリーの残量がなくなり夜になり浮上、海上はうねりはまだ大きかったが風は収まってきていたため浮上充電を行う。充電が完了したのは8月2日になってからであった
        • この台風により回天一基が流されてしまい、ほかの回天の多くも浸水した。
          • 流されたのは加藤隊長の回天であり、たとえ隊長命令であろうと自分の回天を譲ってくれる隊員はいないことはわかっていたため、加藤中尉も俺と代われとはいえず、いざとなったら二人乗りで行く覚悟であった。もっとも訓練以外では2人乗ると水中でのトリムが狂うため不可能であった。
      • 8月4日、再び第六艦隊司令部からの命令により哨戒区を移動、5日に到着するも敵と遭遇せず、6日に呉への帰投命令、13日に光基地に到着、14日呉入港、伊47の戦争は終わった。
  • 一連の回天作戦の後は8月14日に呉に帰投。そのまま敗戦を迎え、11月30日に除籍されている。
    その後、昭和21年4月1日。五島列島沖で米軍の実艦標的として海没処分された。
  • そして時は過ぎ、平成27年7月。海上保安庁の測量船により、五島列島沖に複数の沈没船と見られる反応が確認される。*2
  • これを元にラ・プロンジェ深海工学会によって平成29年8月22日から26日にかけて潜水調査が行われ、海没処分となった24隻のうちで未特定であった23隻中、伊47や伊58など複数が特定されている。
    この調査の様子はニコニコ生放送で生中継され、アカウントが必要となるが現在もアーカイブの形で視聴することが出来る。*3
  • 伊47は艦尾が海底に突き刺さってほぼ垂直の状態で沈んでいる。さながら海底の墓標のように。

この艦娘についてのコメント

最新の30件を表示しています。 コメントページを参照

  • あれ?水着modeは終了したはずだが,水着を着てる…(錯乱) -- 2020-08-27 (木) 22:53:25
    • それは提督指定の水着であるよ。 -- 2020-08-30 (日) 18:07:28
  • 「迅鯨さん・・・タイヘンソー」すこ -- 2020-08-31 (月) 01:19:38
    • 迅鯨に誰に連行されているんだろう… -- 2020-08-31 (月) 17:12:18
    • 潜水艦娘の大半は大鯨派。迅鯨は拉致監禁されてるのさ。 -- 2020-09-03 (木) 09:00:51
    • わかる…最高ゾ… -- 2020-09-09 (水) 18:18:53
  • 通常絵だけが変な頭なのはいつかさしかわるだろうか -- 2020-08-31 (月) 22:28:37
  • ウルトラ怪獣娘に見えるw -- 2020-09-01 (火) 22:18:56
  • 準備は一任するわ47 -- 2020-09-02 (水) 07:41:05
  • ヨナ・ファイヤー! -- 2020-09-05 (土) 21:46:48
  • ヨナが負けそうなときに「優勢と劣勢には翼があり、常に戦う者の間を飛び交っている。たとえ絶望の淵に追われても、勝負は一瞬で状況を変える・・・」と励ましたらそのまま負けそう。あと発言者は伊66だとチョーイイネ -- 2020-09-05 (土) 22:33:25
    • 呂6兄さん -- 2020-09-14 (月) 18:45:04
  • ヨナはまだ、16だから・・・ -- 2020-09-08 (火) 12:58:08
    • 伊14「なにいってだこいつ」 -- 2020-09-10 (木) 18:37:35
  • ヨナを応援 よなよなエール -- 2020-09-09 (水) 21:49:33
  • カレー機関で配布されてるステッカーのゆるゆるにデフォルメされたヨナちゃん可愛すぎひん…? -- 2020-09-12 (土) 19:26:14
  • 夜(戦)はー事故嫌悪で忙しい  よるはーじこけんおでいそがしいんだー、単縦陣・単縦陣・単縦陣おまちしてます~ -- 2020-09-12 (土) 19:47:10
  • たーのしー -- 2020-09-14 (月) 10:05:44
  • ほーらうなぎだよー(ぼろん) -- 2020-09-17 (木) 20:53:01
    • 憲兵「予想通りだな、君、逮捕ね」(ガチャ) -- 2020-09-17 (木) 21:01:18
    • シラスウナギね(小声) -- 2020-09-17 (木) 23:35:45
  • 水着はどこ…?ここ…? -- 2020-09-17 (木) 23:16:40
    • 僕がさっき、食べちゃいました… -- 2020-09-17 (木) 23:28:16
    • 駆逐艦と見分けつかないっすね -- 2020-09-18 (金) 00:32:54
  • ヨナさんもホットパンツですか~最近の鎮守府ではホットパンツで提督を誘惑するのが流行りなのかな?(ギンギン -- 2020-09-18 (金) 15:34:53
  • 窓枠を筏と伊号潜水艦の窓にして秘書艦を伊47にすると・・・ちょうど団扇で窓枠に居る47のぬいぐるみが見えないという・・・。 -- 2020-09-18 (金) 20:55:11
    • でも、団扇持った47カワイイ・・・ -- 2020-09-18 (金) 20:56:49
  • 鰻やでバイトですか? -- 2020-09-19 (土) 15:21:13
  • 鰻モードの中破はお尻とホットパンツの裾の隙間が好きすぎる。これは星灯りさんも相当な手練とお見受けした -- 2020-09-19 (土) 15:54:47
  • 模様替えで秋の本棚をバックに置いたら、ちょうど左手で提督の制帽もってる感じに -- 2020-09-21 (月) 06:33:13
  • このエプロンってスク水生地だよな -- 2020-09-22 (火) 03:23:01
  • 例のさかなクンの番組の再放送、始まりました -- 2020-09-22 (火) 13:06:30
  • 浦先生が見つけたのがこの47だったのか、浦先生調べたけとめっちゃすごい先生だった(感動 -- 2020-09-22 (火) 13:52:15
  • スカートじゃなくってエプロンだからめくっても問題ないよねっ(ぴらー) -- 2020-09-22 (火) 20:28:48
  • (伊)47、準備は一任するわ。 47(水着) -- 2020-09-28 (月) 17:11:28
  • ヨッナヨッナニシテヤンヨー -- 2020-10-02 (金) 00:02:54
    • ヤーセンハマタガーンバルカラ -- 2020-10-02 (金) 17:43:42
  • 「子供の頃の扶桑姉様みたい」というのを見かけてそうとしか見えなくなってしまった(中の人も同じだし) -- 2020-10-04 (日) 09:21:54
    • 不幸姉様、成長の過程で運を何処へお捨てに? -- 2020-10-08 (木) 17:19:02
  • ハヤモトJr「フグだよフグたばしゃー(食べましょう)」 (伊)47「お待ちしました。フグです。(フグ肝入り)」 ユキ・ヤマザキ「フグの握りちょーだい。(フグで事故ったせいでフグの握りを出せない)」 (伊)47「フグの握りはいかがですか?死ぬほどおいしいですよ。(無論フグ肝入り)」 -- 2020-10-06 (火) 15:32:12
  • ヨナちゃん、4コマ出演、おめでとう -- 2020-10-09 (金) 20:25:10
  • 何だろな。普段(通常グラ)の方が露出多いのに普段以上にふとももに目がいってしまう… -- 2020-10-11 (日) 12:29:48
  • やっぱり、今の環境だとLバースト一択なんだろうか -- 2020-10-22 (木) 04:40:59
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

*1 伊47は8本のはずではあるが記憶違いかそれともなんらかの理由で6本なのかは今となっては不明
*2 五島列島沖に眠る旧日本海軍の潜水艦群:https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/press/2015/H270807_Sm_goto.pdf
*3 旧日本海軍・潜水艦「伊58」特定プロジェクト:https://live.nicovideo.jp/watch/lv304091245